友だち戦争【エキジビション】
番外編です。
御勅使美波と玉幡遊が出会ったときの話です。
入学式のとき満開だった桜の花がすでに遠い記憶で、今では葉桜すら終わる季節へと変わり、まだ大きめで着慣れていない制服から、初めて着る夏服に衣替えしたばかりの初夏の日曜日……六科中学1年1組の《御勅使 美波》は100メートル走のスタートラインにいた。そう、私のことだ。
今日は市内の競技場を借りて、陸上部全体の記録会が行われている。新入部員はここで先輩たちにアピールできる場だが、成績が良ければ県の中学総体の地区予選に出場できる重要な日でもある。
私は小学生のときから「かけっこ」に自信があり、市内の陸上クラブにも入っていた。得意とする種目は100メートル走だ。身長は134センチで今年の新入生の中では一番背が低いけれど、それでも陸上クラブにいたときは敵なしだった。
なので中学に入学して迷わず陸上部に入った。もちろん短距離希望で、今日のために正直苦手な基礎練習を黙々とこなしてきた。ここで顧問の先生や先輩たちにアピールして地区大会の代表になり、県の中学総体に出場する……これが目標だ。
大丈夫! 今回一緒にスタートする新入部員の中には同じ陸上クラブだった子も何人かいる。私はこの子たちより絶対に速い! 何なら県大会の参加標準記録を突破して、文句を言わせない状況で代表になってやろう。
〝パーン!〟
よし、いいスタートが切れた! 私の両側には誰もいない。このまま一気に……
――ん?
半分ほど過ぎた辺りで、私の右側から人影が……え?
――え?
――え?
えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
ウソでしょ!? この私を追い抜こうなんて……クソッ、負けてたまるか! 総体の代表は私なんだからぁ! 陸上部の新入部員で一番速いのは私なんだからぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
だが、右隣の人影はゴール直前には全身がはっきり見える状態までになった。
……負けた。
――ウソでしょ? 私、市内の陸上クラブで敵なしだったのに……。
肩で息をしながら絶望感に浸っていると、そんな惨めな私に向かって更なる追い打ちをかけるような言葉が聞こえた。
「いやー、おまん速いじゃんけー! すげーなぁ」
――はぁ?
ニコニコしながら話しかけてきたのは……よりによって、さっき私を右側から追い抜いた人だ。
なっ……なんだってぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
【開戦】
――いや、アンタの方が速かったでしょ! 何なの? バカにしてんのか!?
そんな私のイラ立ちを知ってか知らずか、そいつは続けざまに話しかけてきた。
「おまん、何組でぇ? 名前は?」
「1組……御勅使……御勅使 美波」
――人に名前聞く前に自分から名乗れよ!
「ほーけぇ! 変わった名前じゃんけ」
――うるせぇ余計なお世話だ、先祖代々続く苗字をバカにするな! それにしてもコイツ……甲州弁がキツイなぁ。
すると、そのポニーテールの甲州弁がキツイ女は
「オラぁ、2組の玉幡っていうだよ! 玉幡 遊……遊って呼んでくりょお」
――え? 何コイツ。
自分のことを「オラ」って呼んだぞ……自分のことを「オラ」なんて呼ぶ人を私は「超サイ●人」と「春日部の幼稚園児」くらいしか知らないよ! えっ、これって甲州弁? おそらく山梨でも、かなり田舎のおじいちゃんおばあちゃんぐらいしか使わないんじゃないのかな……少なくとも私は生まれて初めて聞いたわ。
これが、《玉幡 遊》との最初の出会いだった。
※※※※※※※
――何なのアイツ……マジでむかつく!
記録会が終わって2日経ったが、私はまだ彼女にイラ立ちを覚えていた。100メートルで負けたことはもちろんだが、更にムカついたのはアイツが、負けた私を褒め称えたことだ。何なの? イヤミ? 同情? どっちにしろムカつくわ!
それにしても……
私はアイツのこと全く知らなかった。小学校が違っていたとしても市内に住んでいれば、あれだけ速く走れるんだからきっと陸上クラブに所属していただろう。なのに全く知らなかった。私はてっきり、アイツは出身小学校が違う陸上未経験者だと思っていた。なので全く気にも留めていなかったのだが……。
「あっ、七白ちゃん!」
「あ~美波ちゃん……どうしたの?」
休み時間、私は廊下にいた《今諏訪 七白》という子に声を掛けた。彼女は私とは違う小学校出身だが、陸上クラブで一緒だったので顔見知りだ。そして、あの玉幡という子と同じ2組なので何か知っているかもしれない。
「……あぁ、玉幡さんね」
「そう、陸上クラブにいなかったよね? 何か知ってる?」
「あ、クラスで自己紹介したとき言ってたけどあの子、小学校は市内じゃなかったんだって! 隣町から卒業と同時に引っ越してきたらしいよ」
――そうか、それで知らなかったんだ。
「へー、そっちでも陸上やっていたのかなぁ?」
「何? 美波ちゃん、玉幡さんに興味あるの?」
「えっ!? いやいやいや、そういうんじゃないんだけど……」
正直、アイツは『敵』だ。だから勝つためには『敵』のことは知っておいた方がいいだろう……ただ、それだけの理由だ。
「面白い子だよ! 方言がキツくて男子からバカにされているけど全然気にしていないし……あっ、ウワサをすれば……本人来たから直接聞いてみれば?」
「えっ?」
「あれぇ~!? 七白と美波じゃん! なんでぇ、おまんとう知り合いけぇ?」
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ! 来やがったぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!
しかもこの間、初めて口きいたばかりなのにもう下の名前で……オマケに呼び捨てかよ? なれなれしいヤツ!!
「ねぇ玉幡さん、御勅使さんがいろいろ聞きたいことあるんだって! じゃあね」
と言って七白ちゃんは去っていった。
えぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!? 七白ちゃぁああああああああああああああああああああああああああああああん! ひとりにしないでぇええええええええええええええええええええええええええ!!
※※※※※※※
「なんでぇ~オラのこん、ほんねん知りてえだけぇ!?」
――いや、正直オマエのことなんか1ミリも興味ねぇけど……。
記録会で、完膚なきまでに私を叩きのめした玉幡さんと2人、廊下の壁に寄り掛かっている……この状況、気まずい以外にどう表現したらいいんだ?
「小6のとき、両親が離婚しちまっとぉ。で、オラぁ元々おばぁちゃん子だったから、おばぁちゃんを頼ってこっちに越して来ただよぉ……甲州弁で話すとおばぁちゃんだたら喜ぶからいつの間にかこうなったっちゅーこん」
あっそ! 甲州弁の話は心底どーでもいいけど……それで小学校のとき見たことがなかったのか。
「あ、あのさぁ……玉幡さんは」
「遊でいいっつーこん、友だちじゃんけぇ」
――うわっ、なれなれしいヤツ!
「玉幡さんは……小学校のときから100メートルやってたの?」
「やってたよ! でも1位にはなれんかっとぉ」
「えっ?」
――マジか!? じゃあ地区予選は相当ヤバいじゃん!
このときすでに、総体地区予選の1年生100メートル学校代表には玉幡さんが内定していた。私は1年生400メートルリレーに、玉幡さんや七白ちゃんたちと共に選ばれたのだが、個人で選ばれなかったということが悔しかった。
それと同時に、玉幡さんのレベルでも1位になれなかった……ということは地区予選のレベルは、私が思った以上に高いということで一気に緊張が高まった。
「そういえば……この前から気になっていたんだけど」
「ん? 何でぇ」
そうだ、せっかくこうやって話す機会ができたから、彼女に一度聞いてみよう。
「玉幡さん、私のこと速いって言ってたけど……あれ、どういう意味? 私、アナタに負けたんですけど」
そう、この間の記録会で、私はこの玉幡という人にボロ負けしたのだ。なのに彼女は私のことを「速い」と言って褒めてくれた。
どういうこと? イヤミ? 皮肉? それともお世辞? あの発言が引っ掛かっているせいで、彼女に対して良いイメージはない。
「あぁ、あれけぇ? あれは……おまんのスタートダッシュがメチャクチャ速えっつーこんだよ!」
「え?」
「まぁ後半は、スタミナ切れか何かで失速したけんども……あのスタートダッシュはオラもビックリしとぉ!」
うわぁ! 後半のスタミナ切れは、何度も陸上クラブのコーチから指摘されてたわ……恥ずい。そんなことを1回……しかも、自分も一緒に走っているのに見抜いてしまうなんて……何て子なの!?
「す……スタートダッシュが速くたって……負けたら意味ないじゃん、結果的に速くないってことじゃん」
「んなこんねぇさよぉ! ほれが美波の『持ち味』じゃんけ! ほーだ! リレーはおまんが第一走者やれし」
「はぁ? そんなことアナタが勝手に決めていいと思ってるの?」
「いいさよぉ! だっておまんの持ち味はスタートダッシュずら! バトンパスじゃ活かせれんじゃんけ! おまんのスタートダッシュ見ちめぇば他校のしんとうはみんなビビっちもうっつーこん」
「私の……持ち味?」
それ以来私は、この玉幡遊という子がさらに気になってしょうがなかった。同時に、大会に出場して好成績を収めることよりも、彼女に勝つことを目標にするようになった。この子に勝たなければ大会にすら出場できないからだ。
ちなみに……地区予選の1年生100メートルで、玉幡さんは1位になり地区代表に選ばれた。だが、私も第一走者で出場した400メートルリレーは、善戦むなしく代表を逃してしまった。
※※※※※※※
――うわぁーっ!
――まただぁーっ!
――何でぇえええっ!?
――くっそぉーっ!!
地区予選が終わってからというもの、私は事あるごとに玉幡さんに勝負を挑んでいた。しかしその度に返り討ち……敗北を喫していた。なぜ勝てないの? 何でぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
今まで自分の身長は、さほどコンプレックスに感じていなかったのだが……こう負けが続くと、自分の小さい身体を恨むようになってきた。でも、身体のせいにするのは「逃げの口実」だと思ったし、まだ成長期なので牛乳を飲んだりして一応、努力はしてみた。
それと、ライバル視していた玉幡さんに追いつき追い越そうと、なるべく玉幡さんの近くで練習するようになっていた。玉幡さんの練習方法を真似たり、指摘された後半のスタミナ切れを改善するため、トレーニングや走り方を変えたりもした。
いつしか、彼女に勝負を挑むときの言葉が、
「玉幡さん、私と勝負してください!」から
「遊! 私と勝負して!」に変わっていった。
……でも、1回も勝てなかった。
くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
遊は、いつでもニコニコしながら私のわがままを聞いて勝負してくれた。でも勝負を繰り返すうちに、走り終わったときの遊の表情が、少しずつ暗くなっているようにも見えた。
そして……事件は起こった。
※※※※※※※
10月に入り3年生は受験のため引退……1、2年生は新人戦を控えていた。この日、部活の前にミーティングを行い、顧問の先生から選手の発表があった。
「ええっと、次は1年生女子100メートル代表……玉幡!」
だろうね、やっぱり遊には敵わない……こうなることはわかっていた。だが、
「あ、先生!」
「ん? どうした玉幡」
手を挙げた遊が、とんでもないことを言い出したのだ。
「私、200メートルに出たいので……100メートルは御勅使さんにやらせてください」
陸上部員全員がざわついた。
――は?
はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?
「えっ、えーっと……200は今回、ウチ(の学校)から出場者はいないから可能だが……いいのか?」
「はい、お願いします」
「そっか……じゃあ玉幡、エントリーしておくから頼むぞ! じゃあ……そうだな、次に速いのは御勅使だから……御勅使、100メートルやってくれ」
「え? はっ……はい」
え? どういうこと? 遊は……コイツは私に『お情け』で100メートル代表を譲ったってこと? とりあえず顧問の先生には逆らうことができないから引き受けたけど……
もし『お情け』でそんなことをしたのなら絶対に許せない!
遊に対しても……私のプライドに対しても……。
それと……遊は先生や先輩と話すときは標準語を使うんだな。
※※※※※※※
「ちょっと遊、あれはどういうこと!?」
ミーティングが終わって練習に入り、ウォームアップを全員で行った後、私は遊に詰め寄った。
「どういうこんって? ほういうこんずら」
「ふざけないで! 何あれ? 私がアナタに勝てないからって……お情け? だったらいらないわよ代表なんて!」
すると突然、いつもニコニコしていたりすっとぼけた顔しかしない遊が、珍しく真剣な顔をした。
「ほんなつもりは1ミリもねぇさよぉ……今の実力はおまんの方が上ずら? だからほぉ言っただよ」
「はぁ? 私、今までアンタに一度も勝ったことないのよ! なのに何でそんなことが言えるのよ?」
「じゃあ……今、勝負してみるけ?」
今まで、一度も自分から勝負を仕掛けたことがなかった遊が、珍しく私に勝負を挑んできた。
「あ、すみません先輩、タイム計測おなしゃっす」
遊が先輩たちに、スターターとタイム計測をお願いしていた。
100メートルのスタートラインに立つ……もう遊とは、数えきれないほど勝負をしたコースだ。すっかり恒例となっていたので、タイム計測やスターターの先輩たちも手慣れたものになっている。
「位置について……よーい」
〝ピッ!〟
ホイッスルが鳴った! いつものように一気に加速する……私の隣に遊の姿はまだ見えていない。
後半に来た……いつもならここで、隣から遊が余裕の走りで追い抜いていくのだが……あれ?
遊の姿が見えない……何で? 別の理由で心拍数が上がった。
そのままゴール……勝った。
えっ……えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
……え?
ちょっと待って……おかしい!
私は、呼吸が乱れている状態で、同じく息切れしている遊の元に詰め寄った。
「はぁ、はぁ……ウソでしょ?」
「はぁ、はぁ……ウソって?」
「おかしいでしょ……はぁ、私が勝つなんて……はぁ」
「はぁ……はぁ、だから、ほれが実力だっつーこん……はぁ、はぁ」
ようやく呼吸が整った私は、大声を上げた。
「ウソよ!! アンタが私に負けるワケないじゃない!? 遊! もしかしてアンタ……手、抜いてなかったでしょうね?」
「するワケねーじゃんけ……タイム見てみろし」
「え?」
私は計測していた先輩から、ストップウォッチを見せてもらった。
「う……うそ?」
手動計測なので正確ではないが……自己ベストだった。
「な……なんで?」
「オラぁ全力だっとぉ……でもおまんの方が実力が付いてきたっつーこん」
「え? ちょっと待って! 理由がわかんない」
私は、なぜこうなったのか理解できずパニックになっていた。遊はそんな私を気遣ってか、ゆっくり落ち着いた状態で説明した。
「オラぁ元々、スタートダッシュが苦手だっとぉ、だけんども後半で追い上げる自信があったからおまんに勝てとぉ……でも、おまんは後半のスタミナ切れを克服するために努力したずらぁ? オラぁ克服できんかっとぉ。だからこれは『お情け』でも『手抜き』でもなく……おまんの実力だっつーこん」
「そんな……」
「200やりたいのもそのためどぉ。スタートダッシュが遅れても200だったら追い付くチャンスが増えるじゃんけ! オラぁ持久力には自信が……」
「ご……ごめんなさい」
「?」
私は、身体を冷やさないようにと着込んだ遊のジャージを掴むと、自分を悔やんだ。遊は「お情け」も「手抜き」もせず、全力で私に向かい合ってくれたのだ。それなのに私は……
「遊は……ちゃんと私に向かい合っ……それなのに私……うぅっ」
遊に申し訳ない気持ちと、自分の情けなさに思わず涙がこぼれた。
「えっえっ!? おい、泣かんでもいいじゃんけ! 美波ぃ~泣いちょしぃ~」
「うぅっ、ごめんね……ごめん」
「あ、あとジャッシー引っ張っちょし」
ジャッシーって……久しぶりに聞いたわ。
※※※※※※※
練習が終わってからの帰り、私はジャッシ……ジャージ姿で帰宅途中の遊の元に駆け寄った。
「遊! 一緒に帰ろ!」
「おー、誰かと思ったら御勅使美波だじゃんけー!?」
カッチーンッ! やっぱコイツむかつくぅうううううううううううううううっ!
「あっあのさぁ……あのあと私、考えたんだけど……」
「何でぇ?」
「やっぱ……100出てみない?」
「え? 何で?」
「だって……もっと頑張ればいいじゃん! あきらめるのって良くないと思うよ! それに、人によっては逃げてるとか卑怯だとかって思われるんじゃ……」
「あきらめるってこん……しちゃあいけんだけ?」
「え?」
「あきらめるってさ……逃げや卑怯なこんじゃねーだよ、オラぁあきらめるって新しいこんにチャレンジするキッカケだと思ってるさぁ!」
「チャレンジ?」
「ほーだよ! だからオラぁ今、とてもワクワクしてるだよ! 200でも県大会に出て良い成績を残してぇじゃんけ! 別に……逃げてるだろうが卑怯だろうが言いたいしんとうには言わせとけばいいさよぉー! 人生一度きりなんだからやりてぇこんやればいいじゃんけ!」
やっぱこの子はすごい! 私は今日、100メートルで勝ったけど……完敗だ。
「でもさぁ……やっぱ寂しいよぉ、私は遊を目標に頑張ってきたんだから……その……ライバルがいなくなっちゃったらこれからどうやって……」
「え? オラぁおまんなんかライバルだと思ったこんねぇずら」
――は?
――は……?
はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
「えっ何それ!? 私のことなんか口ほどにもないってこと? ひどーい! どんだけ下に見てるのよ!」
「いやいや、そういう意味じゃねぇっつーこん! オラぁ、おまんも含めて人をライバル視したこんねぇだよ」
「どういうこと?」
「人間って調子いいときと悪いときがあるじゃんけ……ほんだしんとうと比べたって自分が成長したかどうかわかんねーし! ほれより過去の自分(の記録)と比べた方がよっぽどいいじゃんけ! 比較するのは他人じゃなくて自分でいいだよぉ」
「そっ……そうかもしれないけど……でも……でも……うぅっ」
「おっおい美波ぃ~またぁ、泣いちょし~もぉ……わかったっつーこん、じゃあ帰りに竹の屋に寄って巨峰どら焼きおごってやるからさぁ~」
「できれば……ラムネどら焼きがいい……」
「え? アレ食いてぇだけ? 珍しいヤツ……」
「あとさ……」
「ん?」
「甲州弁……やっぱダサいからやめたほうがいいよ」
「えー、いいじゃんけぇ別に」
「でも……さすがに『オラ』は誰も使わないよ」
「えっ、ほーけぇ? 使わんだけぇ」
「うん」
「ほうけぇー!」
「あ、それもやめた方がいい……誤解されるから」
この日……私に、お互いに本音を語れる『親友』ができた。
【終戦】
※※※※※※※
〈3年後〉
「もうすぐ完成ずら?」
「そうだねー」
高校からの帰り、通学路からさほど離れた場所ではないが、いつもは通り過ぎてしまう母校の前を、久しぶりに遊と2人で訪れていた。
「あー、アタシも新校舎で勉強したかっとぉー」
「遊……アンタ中学生に戻りたいの?」
私たちが過ごした校舎はもう無くなっていた。新校舎を建設中で、来年あたりに完成するそうだ。
「楽しかったね、陸上部」
「まぁ結局、美波は100メートルじゃ地区予選突破できんかったしねー!」
「う゛ぅっ! 過去の古傷をえぐりやがってこのぉ……」
中1で100メートル代表に選ばれて以来、2年生の総体予選まで学校の代表になっていたが、大会では散々な結果だった。で、当時の先輩のアドバイスで心機一転、中距離に転向した。スタミナ切れの問題も克服したので転向したとたん、好成績を収めるようになった。
「あ、泣いちゃっとうけ? 泣き虫の美波だちゃーん」
「うっうるさい! そのあだ名、絶対釜無(高校)で言うなよ!」
「でもさぁー、あれだけ100にこだわったおまんが中距離に転向したのには、さすがにアタシもびっくりしとぉ」
「まぁ……どこかの誰かさんが『あきらめるのは新しいことにチャレンジするキッカケ』って言ってたからね! 私もチャレンジしたかったんだもん」
「へー、誰ずらね? そんな偉人……」
「おいっ! それよりも……オマエだよ遊!」
「え? 何が?」
「私はてっきり、アンタは高校に入っても陸上部に入部すると思っていたのに……いくら『新しいこと』とはいえ、まさかのソフトボール部とは……」
「だぁってぇ~、中学にぃ~ソフト部なかったしぃ~、球技がぁ~したかったんだも~ん! うふっ」
遊は、両手をグーにして顔に寄せ、腰をクネクネさせていた。
「いやオマエのぶりっ子ポーズ、気持ち悪いわ!」
「え? これはおまんが『ちっくいヤツ(=赤坂君のこと)』と一緒にいるときのモノマネだっつーこん」
「んなコトしねーよぉおおおお!」
いくら好きだからって《赤坂 大》君の前でそんな態度とるワケないだろ!?
「さてと、この後どうするで? また竹の屋でどら焼きでも買ってくけぇ?」
「うん、いいねぇ」
「じゃアタシはキウイフルーツどら焼き! 美波は?」
「私は……コーラどら焼き」
「え? アレ食うだけぇ? おまんやっぱり変わったヤツ……」
「いいじゃん別に! 美味しいよアレ」
「よっしゃ、今回は美波のおごりっつーこんで!」
「えぇっ!? 私、今月キビシイのよ!」
「ふーん、じゃあ『あの画像(※)』一斉送信……」
「うわぁああああ! やめろぉおおおお!!」
遊とのくされ縁は……しばらく切れそうもない。
(※)二人三脚戦争(練習編)【後攻】を読んでね!
最後までお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!