二人三脚戦争(体育祭編)【後攻】
【登場人物】
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんが好き……?
彼岸を過ぎて朝晩は冷え込むようになってきたが、昼間は暑ささえ感じる9月最後の土曜日のグラウンド。釜無高校1年3組の《御勅使 美波》は、準備万端の状態で体育祭本番を迎えていた。そう、私のことだ。不安はない……たぶん。
「アンタがアンカーなんて卑怯だわぁー! あの先輩100メートルの代表だよぉ……メチャ落ち込んでたよぉ」
部活動対抗リレーが終わった。陸上部の第1走者だった私はトップでバトンを繋ぎ、そのままアンカーまで1位をキープしていたのだが、アンカーで走ったソフトボール部の1年の選手に、陸上部の100メートル代表の先輩が追い抜かれて2位になるという大番狂わせが起きてしまった。
私は1年3組の応援席に戻る途中でそのソフトボール部の選手と遭遇したので、先輩のプライドをズタボロにしたそいつに愚痴を言っていたのだ。
応援席に戻ると
「美波お疲れー」
「残念だったね陸上部」
「まぁあのアンカーはチートすぎるわww」
――ははっ、苦笑いしかできない。
「美波ー、次は何に出るんだっけ? クラス対抗リレー?」
「えっ違うよ、その前に二人三脚リレーだよ」
「えっ、そんな〈息抜き〉に出るの? もったいない、3組の稼ぎ頭なのに……」
――オマエら、あれだけHRをざわつかせたあの出来事を忘れたというのか?
今日の体育祭、全員参加の競技を除いて私が代表で出場するのは3種目ある。まずは先ほど終了した「部活動対抗リレー」、そして最後の大一番「クラス対抗リレー」、そして……「男女混合二人三脚リレー」だ。
さっき「不安はない」と言ったが、唯一不安があるとすればこの競技だ。
二人三脚ができないわけではない。優勝クラスを決める点数配分も低いので、こう言っては何だが一番プレッシャーがかからない競技だ。
不安の理由は目の前にいる……クラスの中で目立たないようにしているつもりだろうけど1人だけクラスTシャツ着ていないから余計目立っている……
二人三脚リレーでペアを組む《赤坂 大》君の存在だ。
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ、今になって緊張するぅううううううううううううううううううううううううう!!
【開戦】
そもそも赤坂君とペアを組むという話は体育委員の《玉幡 遊》の陰謀によって決められてしまったのだ。赤坂君はかなりの運動音痴、無事走り切れるか……不安は尽きない。しかし不安の理由はそこではない。
彼とは3週間近い猛練習の甲斐あって、転倒することなくスムーズに走ることはできるようになった……まだ遅いけど。でも本番当日になって全校生徒が一堂に会したのを見た途端、一気に緊張が高まった。
――え? この衆人環視の中を『好きな人』と一緒に走るの?
もちろん、私が赤坂君のことを好きだということは親友の遊以外に知っている人はいない……たぶん。
でも……やっぱ意識しちゃうじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!
歩調を合わせて走るのは当然だけど、あまりにも息ピッタリ過ぎたら「あいつら付き合ってんの?」なんて疑惑を持たれそうだし、転倒の仕方……例えばどちらかが覆いかぶさるように倒れてしまったら「えっ何それ? 計算?」「うわぁワザとらしいラッキースケベ」なんてイジられそうだし……うっうわぁああああああああどぉしよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
とりあえず、ただのクラスメイトだと思われるように普通に接していよう。特別な関係ではない……普通に……普通に。
「赤坂君お待たせ! 二人三脚もうすぐだから準備してね」
「はっ……はい! わかりました!」
ちょ……赤坂君! そんな返事されたらまるで私が命令してるみたいじゃん!? 私たち同級生なんだからもっと気軽に話せばいいのに……。
「おい赤坂! 何で御勅使に敬語なんだよ?」
「ハハハハハ」
ほーら言われたぁー! きっとクラスメイトから「姉さん女房」みたいな感じに思われてしまったんだろうなぁ。
私は部活動対抗リレーで陸上部のユニフォームを着ていたので着替えるために部室に向かおうとした。すると……
「あっそーか! お前、御勅使にビビッてるんだろ?」
――えっ脅迫? そっちかぃ!?
「そりゃ何たって〈ラーテル〉だからな……無理もない」
〝ブチッ!〟
――おい、誰か私のことラーテルって言ったな?
どうやら私は陰で「ラーテル」と呼ばれているらしい。なので、ラーテルって何なのかネットで調べてみたんだけど正直可愛くないし……世界一怖いもの知らずな動物って……えっ? どういう意味よ!?
「相手がライオンでも容赦ないわ」
「あっははははは」
私は陰口をたたいている男子の背後にそーっと近づいた。
「おい……何か言ったか?」
「うわぁ! 後ろに居やがったぁ!!」
――ラーテルだって……自分に害を及ぼさないヤツに歯向かったりしないよ。
「おーい美波! おまん早く着替えんでいいだけぇ?」
「あー、すぐ行くよぉー」
※※※※※※※
『男女混合二人三脚リレーの選手は所定の位置にお集まりください』
場内アナウンスが流れた。着替えを済ませた遊と私は、他の出場メンバーの元に急いだ。
二人三脚リレーの出場者は全部で6名。第1走者は《鶴城 舞》ちゃんと《橘 多胡》君、第2走者は遊と《大垈 竜地》君、そしてアンカーが私と赤坂君だ。舞ちゃんは遊と私、共通の友人だ。今回、二人三脚の選手がなかなか決まらなかったので、遊にコンビニスイーツで買収されて参加したらしい。おいっ、私は勝手に指名されて脅されてしかもタダ働きだぞ! 何なんだこの差は!?
「じゃあ行ってくるねー」
「おー、頑張って来いよー」
「大垈ー! ビリだったら切腹なー」
「うげっ!」
ぷぷっ、大垈君はおもしろい。見た目は赤坂君よりオタクっぽいし、最初はクラスの男子とも距離があったみたいだけど、中二病キャラとイジられ役に徹したおかげで今では男子に人気だ。赤坂君はスクールカーストを心配していたけど、大垈君を見ているとそんなものはないと思う。
「遊ぅー、美波ぃー、舞ぃー、頑張れー! あ、赤坂君も頑張ってー!」
志麻ちゃんが手を振ってくれた。《上条 志麻》ちゃん……私や遊、舞ちゃんとは友達同士で休日は一緒に遊びに行くほどの仲だ。誰も赤坂君の名前を呼んでいなかったから呼んでくれたみたいだ。すると
「おぉ、赤坂! 頑張って来いよー」
「オマエ! 全力で走らなかったら後でボコるからなー!」
ははっ、イジられたね赤坂君。でも大垈君と違ってイジられ慣れていないからマジでビビっている。そういえば彼、ビリになったらどうしよう!? ってずっと心配していた。しょーがないなぁ……
「大丈夫よ! 全力を出せばいいんだから」
「え?」
私は震えている赤坂君の肩を軽く叩いて声を掛けた。
「順位なんてどうでもいいの、比較するのは他人じゃなくて自分だよ! 今の自分が全力を出し尽くして出た結果に誰も文句なんか言わせないよ」
赤坂君の緊張を和らげるようにこう言った。まぁ、これは昔、私がある人物から言われたことの「受け売り」なんだけど……。すると遊が、
「へー、美波も言うようになったじゃんけ」
「うっうるさい!」
すると、赤坂君は
「そ、そうだね……全力を尽くして頑張るよ」
と、どうやらやる気を取り戻したようだ。
「それでも男子が赤坂君をボコりそうになったら私が蹴散らしてやるよ」
私がそう言うと赤坂君はすっかり緊張が解けたようでニコッと笑顔をみせた。
「まぁ赤坂君が全力出さなかったら私も一緒にボコるけどねっ!」
すると再び赤坂君はうなだれてしまった……ごめんごめん、冗談だって。
※※※※※※※
土ぼこりが舞うグラウンド、線が引かれた200メートルトラックの内側に選手が集められた。レースは学年ごとに3回行われる。1年生は最初のレースだ。1年は全部で6組まであるので12人で一斉に走ることになる。
それぞれ走者は100メートル走るのでトラックを半周……私と赤坂君は第1走者の舞ちゃん、橘君と同じ待機位置にいる。遊と大垈君は反対側にいる。
すると、珍しく赤坂君の方から話しかけてきた。
「ねぇ御勅使さん」
「ん、何?」
「あっあのさぁ……ボクたち半周走ったらゴールは向こうじゃないのかな? 何でゴールテープがこっちに……?」
あれ? 本当だ! ゴールテープを持った係員がこっち側にいる。トラック半周で走るのは3ペアなんだからゴールテープは向こうだよね? 何で?
すぐに私は、近くにいた係の先生のところに行き
「あのっ、すみません! アンカーのゴールってあっちじゃ……?」
と聞いてみた。すると衝撃の事実を聞かされた。
「あらアナタたち体育委員からルール聞いてなかったの? アンカーだけは200メートル、つまりここを1周するのよ」
――は?
――はぁ?
はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
「み……御勅使さん、聞いてた?」
「きっ聞いてないわよそんなの……だって遊が順番はどこになっても一緒だからってじゃんけんで決めたのに……舞、聞いてた?」
「ううん、私たちも聞いてないわよ、知ってたら美波たちをアンカーにするわけないじゃない」
私たち4人は反対側の体育委員を見た。すると遊は、右手で拳をつくり自分の後頭部を叩き、ウインクをして舌をペロッと出して……
『てへぺろ』
オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォマァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!! 忘れてたぁ~てへっ! で済む問題じゃねぇぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
私の怒りは頂点に達し脳の血管がキレそうだった。
「どどっどうする? 私たちとチェンジする?」
舞ちゃんが心配してくれた。でも……
「え、でももうアンカーのタスキを掛けちゃったし舞ちゃんだって200はキツいでしょ? どうする赤坂君……」
私は200メートルくらいどうってことはない……問題は赤坂君だ。彼の場合、順位がどうのこうの言う以前に、ゴールにたどり着けるかも微妙だ。ここは赤坂君の意思に任せるしかない。
「ボ、ボクは……や、やってみるよ」
今までマイナス思考が擬人化したような存在だった赤坂君が、最近はやる気のある発言が多くなってきた気がする。
「そうね、やってみようよ……私も頑張るから」
よし決まり! 私も頑張ろう……ただ、ひとつだけ気がかりな点があるが……。
「カッコいいよ赤坂君、そうこなくっちゃ! それに何かあったら……」
舞ちゃんも応援してくれた。私と舞ちゃんは、うっかり八兵衛……じゃなかった遊を指さし声をそろえて言った。
「「全てアイツのせいだ!」」
その間、橘君は一言も発することはなかった。
※※※※※※※
「位置について、よーい」
〝パーンッ!〟
ピストルの音が鳴り、レースがスタートした。舞ちゃんと橘君のペアは順調な滑り出しだ。舞ちゃんは華奢に見えるが実は体力がある。彼女は吹奏楽部だが、ここは文化部だけど体育部並みに体力を使うそうだ。まぁ夏の高校野球とか炎天下であれだけの長時間演奏できるんだから納得できる。
あっ! 4組のペアがいきなり転んで応援席から冷やかされている。そういやあの2人、付き合っているって聞いたことがある。うわぁ、イヤだなぁ……。
半周から1周になったことで心配している「気がかり」がこれだ。2回目のカーブを曲がるとき、ちょうど3組の応援席の前を通るのだ。もしクラスメイトの前で転倒なんかしたら……しかも覆いかぶさるように倒れてしまったら……うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ恥ずい恥ずいっ!!
舞ちゃんたちは6組中3位で遊と大垈君のペアにバトンを渡した。遊はこのくらい余裕だろう。ただ、大垈君も赤坂君ほどではないが決して運動神経がいい方ではない……ちょっとメタボ体型だし。でもメチャクチャ頑張っているのが遠くからでもわかる……ビリだったら切腹だもんね(笑)。
「アンカーはスタート位置についてくださーい」
係員にコールされた。足をベルトで固定した私たちはウォームアップを兼ねて、ゆっくり走りながらスタート位置についた。
「大丈夫だね? 赤坂君」
私は赤坂君に確認した。200メートル走り切れるかどうか? それと……3組の応援席の前を通過する覚悟はできているのか?
「うん大丈夫、御勅使さんとだったら1周でも問題ないよ」
「え? あ……」
え? 何? 大丈夫なの? 1周ってことは3組の応援席の前を通るんだよ! 下手すると勝手に公認カップルにされちゃうかもよ……まだ付き合ってないけど。はっはぁあああああああああああああああ! ヤバい、別な意味で緊張してきた。
(注※もちろん赤坂君にそのような発想はない)
第2走者の集団が近づいてきた。1番早いチームはすでにアンカーがスタートしていて独走状態だ。2位以下の集団が近づいてきた。第1走者が転倒したチームはまだ第2走者が走り始めたばかりだ。
早く来た順に手前からスタートできるので、現在3位の私たちは手前から2番目にスタンバイした。遊たちは順調に見えたが、大垈君が限界らしく最後の直線で抜かれて4位に後退した。でもまだそこまで差は開いていない。
遊たちが来た。左側の大垈君がバトンを持っている……すごい形相だ。
「2人とm……頼んd……」
大垈君はいつもの中二病キャラを封印している、それだけ真剣なんだろう。全力を尽くして倒れかけた大垈君からバトンを受け取る。バトンが汗で濡れていて少し引いたがそんなこと気にしている状況じゃない! 大垈君の頑張りを受け継がなくちゃ! その一方で、今回の騒動の「元凶」は悪びれることなく
「おー2人とも悪いじゃんね! ま、頑張ってこーし」
謝罪の言葉はそれだけかーい! ふざけんなぁー! コイツからは青月のイタリアンロールくらい献上してもらわないと割に合わないぞ!
「オマエ後でぶっ殺す! 行くよ赤坂君!」
「うん!」
「「せーの!」」
私は前を向いていつもの練習通り、赤坂君と息を合わせてスタートの第1歩を踏んだ。よしっ、順調な滑り出しだ。練習初日は最初の一歩目で転倒をくり返していた。それに比べたらすごい進歩だ。
「イッチ、ニ、イッチ、ニ……」
4位に後退したが、3位のペアの後ろにピッタリつけている。こうやって他のクラスと比べてみると、意外と私たちのペアは速いみたいだ。
だが、ここで私はある「誤算」に気がついた。目の前に左に大きく曲がるカーブが迫ってきたのだ。
私はトラックを何度となく走ってきたのでこの状況は理解できる。短距離のようにスピード勝負ならカーブのきついイン(内側)を避けるが、今の速さは中距離レベルなのでインを走った方が有利だ。赤坂君は右側……つまり少しアウト側を走ることになる。少し距離が長くなるので当然赤坂君の方が不利なコース取りになる。
――何でもっと早く気がつかなかったんだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
「ねぇ、赤坂君、これって……」
思わず赤坂君の顔を見た。赤坂君は無言で、少し涙目になっているようだ。きっと気がついているに違いない。
「どうする? 私がペース落とそうか?」
二人三脚なので、歩数は変えるワケにはいかない。考えられる方法は2つ。ひとつはスピードを変えずに赤坂君が歩幅を少し多めにとる。この場合、赤坂君に負担がかかる。ふたつ目は赤坂君のペース、歩幅はそのままに、私が歩幅を少し小さめにとる。この場合、進み方が少し遅くなり順位を落とす心配が出てくる。
「ダメ! ボクが歩幅を広げるよ!」
「えっ……うん、わかった!」
赤坂君、めっちゃやる気じゃん! さっきよりも歩幅を大きめにとっている。何か頼もしく感じてきた……よし、私も頑張ろう! でも、あまり無理しないでね。
「赤坂君! カーブ曲がり切ったよ」
直線に入った。ここから一気に追い上げたいところだが、赤坂君は無理をしたせいでペースが落ちている。さらにもう1チームにも抜かれて現在5位だ。赤坂君はあきらめてないが、そろそろ限界かなぁ……マジで心配になってきた。そのとき、
「心配しちょー! げっぴはずっと後ろだよ! そのままのペースで飛べしー!」
「赤坂殿ぉー! 限界はあるものではなく、自分で決めるものでござるよー!」
レースを終えた遊や大垈君たちが応援に駆けつけてくれた! そういえば大垈君からバトンを受け取るときに一瞬だけ見えたが、倒れかけた大垈君を遊が抱きかかえていた。なんだかんだ言っていいコンビじゃん……付き合っちゃえばいいのに。
直線が終わって次のカーブに入った。練習で走った100メートル地点はすでに越えている。ここからは赤坂君にとって未知の領域だ。
遊や大垈君の声援を受けて少しペースの上がった赤坂君だったが、さすがにこのカーブはキツいようだ。確実にペースが落ちてきている……どうしよう。
――そうだ!
――私がリードしてやろう!
「大丈夫よ赤坂君、今のペースを維持して!」
練習のときはこれで失敗して何度も転んだが、もう赤坂君のペースはつかんでいる。私が無理して引っ張ろうとしないで、少しづつ今のペースに合わせて引っ張って行けば、赤坂君の負担が軽くなりこのピンチを乗り切れるはずだ!
――今の私たちならできる!
「ちょっと無理するけど……ついてこれる?」
「うん」
私は結ばれている脚を、微妙に速いくらいのペースで前に出した。今までより少しだけ重みを増した。こんな状態で赤坂君は100メートル以上も頑張っていたんだ。よく頑張ったね赤坂君!
「赤坂ー! 御勅使ー! 頑張れー!」
3組の応援席の前を通過する。冷やかしとか覚悟していたが、赤坂君の必死の頑張りが伝わったのか、みんな真剣に応援していた。1位でも2点しか入らないオマケ的な競技とは思えないくらい盛り上がっている。
みんなの声援を背に赤坂君は頑張れそうだ。ただ、お願い……
ここで転ばないで! しかもどちらかが覆いかぶさるような状態で……
進級するまでネタにされそうだから……。
カーブを脱出した。あとはゴールまでの直線! このまま行けば5位で最下位はまぬがれる……どっちにしろ0点だが、赤坂君の面目は保てるだろう。係員が5位のためにゴールテープをスタンバイしている。このまま一気にゴールだ!
「御勅使さん!」
「うん、赤坂君、行くよ!」
よっしゃぁあああああ! 行っくよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
だが、ここで一瞬、気のゆるみが出てしまった。
――あっ!
〝ドタッ〟
ゴール直前で転倒……詰んだ。
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
何てことを……
別に私はダメージなどない。幸い転び方も、どちらかが覆いかぶさるというラッキースケベ状態の倒れ方ではなかったので恥をかかずに済んだ。特に痛みもなく、この後のクラス別対抗リレーの影響は全くない。
クラスのみんなも、1位でも2点という配分のこの競技には関しては誰も期待していないはずだ。ただ……
全力で頑張っていた赤坂君に申し訳ない。転倒の原因はわからないが、赤坂君に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
もういいや、ここまで頑張ったよ赤坂君。すでに最下位だったチームのアンカーにも抜かれ、私たち3組の最下位が確定した。
このまま歩いてゴールしてもいいし、何なら棄権しても構わない。あきらめも時には肝心だよ……そう赤坂君に伝えようとした。でも……
赤坂君の目は本気だった。最後まで走ろうという気迫が感じられた。一瞬でもあきらめようと考えた自分を恥じた。そうだよ、ゴールはすぐそこじゃないの!
「御勅使さん……」
「うん……最後まであきらめずに行こ!」
赤坂君が先に起き上がり、私を起こしてくれた。今まで体力的な面で下に見ていた赤坂君だったが、このとき引っ張り上げてくれた手はとてもたくましく感じた。
「「せーの!」」
……私たちは最下位のゴールテープを切った。
全校生徒が私たちに拍手してくれた。最後まで手を抜かずに頑張った証しだ。
※※※※※※※
「あれ? 赤坂君は?」
「ん? そういやアイツいないな……何してんだ?」
「もうすぐクラス対抗じゃない、どこ行ってるのかしら?」
二人三脚リレーが終わり、私は3組の応援席で他の競技の応援をしていたが、もうすぐ最終種目のクラス対抗リレーが始まるので集合だと呼び出しがかかった。
赤坂君に応援してほしいのだが、競技が終わってから彼の姿が見えないのだ。どこに行ったんだろう……すると、二人三脚リレーで一緒に出場した橘君が
「あぁ、赤坂なら校舎の方に行ったよ……教室に忘れ物でもしたんじゃない?」
と教えてくれた。
「あ、ありがと橘君」
忘れ物を取りに行った割には帰ってくるのが遅い。私は橘君にお礼を言って校舎に向かった。
そういえば橘君の声を聞いたのは初めてかも……?
私は1人で教室のある北校舎に向かっていた。すると、南校舎の裏でうずくまっていた見覚えのある低身長の男子を見つけた……赤坂君だ。
「あぁっ、赤坂君!」
声を掛けられた赤坂君は、一瞬だけこっちを見たがすぐに目の前に見えない壁を作るようにして顔をそむけた。え? 何で?
「何してるの? こんな所で……みんな探してたよ」
「み……」
「み?」
「御勅使さんに……合わせる顔がない……から」
「えぇっ、何で?」
さっきまで2人で全力で頑張って、全校生徒から拍手までもらっていたのに何この変貌っぷりは? と、最初は戸惑ったが……もしかして転倒して最下位になったことに責任を感じているのでは? と察した。
「御勅使さん!! ごめんなさいっ!!」
あ、やっぱりそうだ。そんなこと1ミリも気にすることはないのに……。
「ボ……ボク、自分では頑張ったつもりなんだけど……御勅使さんをちゃんとゴールまで連れて行きたかったのに……結局転んじゃって、足を引っ張って最下位になってしまって……御勅使さんにも恥をかかせちゃって……ボクは御勅使さんに何て謝ったらいいのか……うぅっ」
えっ、ちょっと待って待って! もしかして赤坂君……泣いてるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? そっそこまで責任感じることないのに! マズい、このままじゃ赤坂君が自●しちゃうかも? 何とかして赤坂君を説得しなければ!
「だっ……大丈夫だよ赤坂君! だから泣かないで!」
「え?」
「だって、最後まであきらめなかったじゃなぃ! ちゃんとゴールしたじゃなぃ! カーブ曲がるとき、ペース落とさずに歩幅広げて頑張ったじゃなぃ! 全力出して得られた結果はどんな結果でも納得できるはずだよ!」
「そ……そうかな」
「そうよ! もし、結果に不満ならそれは全力を出してないってこと! 赤坂君、もしかして全力出してなかった?」
「うっううん、ボクはあれが精いっぱい……だけどみんなと比べたら……」
「他人と比べたらダメ! 比べるのは今までの自分よ! 赤坂君はベストを尽くしたんだからそれでいいじゃん! クラスのみんなも誰も悪く言わないよ」
それにしても……赤坂君がここまで変わるとは! ついこの間までクラスメイトの名前をほぼ全員知らなかったボッチキャラだったのに……いつの間にか他人に対して責任を感じるような人に成長していた。
私は赤坂君が好きだ! 元々好きになった理由は、低身長の私より(微妙ではあるが)身長が低いというレアなキャラクターで、彼なら身長差でイジられない、つまりマウントを取れる、と考えていたからだ。
それ以外は特にこれと言って突出したものはない。正直、クラスの中にもハイスペックな男子はいる。だが……
こんな「伸びしろ」のある男子はそういないだろう。今の彼の「変化」で十分感じられた。いつかこの人は、私にとって「最適なパートナー」になるに違いない。
「それと……」
あぁ……告りたいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 赤坂君を好きなのは確定している。だからこの勢いで「好き」って言いたいところだが……この状況でそれを言っても赤坂君は「え? 何で今?」って思うだろう。
それより今は赤坂君に自信をつけてもらいたい。自分を卑下する必要はないって伝えたい! でも何て言ったら……?
――あ、そうだ!
私は赤坂君にある言葉をかけようと考えた。「好き」とまではいかないが、声に出すのはちょっと恥ずかしくて勇気のいる言葉だ。私は目一杯の笑顔で
「赤坂君……とってもカッコよかったよ!」
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 言ってしまったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
でもこれはお世辞じゃなくて本心だ。私にとってはビリであろうが200メートル走り切る体力がなかろうが、最後に転倒してもう結果がわかっているのにゴールを見つめて立ち上がり、全力で走った赤坂君はとてもカッコよく見えた。
午後になって、日陰だった校舎裏にも少しずつ西日が差し込んできた。秋になって日差しがこの時間でも、夕方のような暖かい色合いになってきたせいだろうか? 西日に照らされた赤坂君の顔は少し赤みを帯びているようだった。
っていうか……何で目を見開いてプルプル震えているの? 私、そんなに威圧的だったかな?
「じゃあ私、クラス対抗リレーあるから行くけど……ちゃんと応援してね」
「う……うん」
「私も……全力で頑張るからね!」
「が……頑張って」
クラス対抗リレーの集合時間が迫っていたのもあるが、赤坂君に「カッコいい」なんて言ってしまった恥ずかしさも相まって、私はそそくさと赤坂君の元を去ってグラウンドに向かおうとした。すると……
――ん? 校舎の陰に隠れているヤツがいる。
私は、赤坂君に悟られないように急いで校舎の陰に向かい、隠れていたヤツの元に詰め寄った。
「オマエ、ずっと見てたろ……遊」
陰に隠れて私と赤坂君のやりとりを覗き見していた悪趣味女は玉幡遊だった。
「いや~、おまんとう思いっきり青春してたじゃんけ」
「ふざけんな! 元はと言えばオマエが……」
そう、今回の二人三脚リレーの一件は全てコイツの仕業だ。私は怒りと今のやり取りを見られていた恥ずかしさのあまり、思わず遊の胸ぐらをつかんだ。
「私たちを晒し者にしやがって!」
「晒し者なんて言わんでもいいらー! 結果オーライじゃん……で、おまんは告っただけぇ?」
「こっこここ告ってねぇよ! それより……挽回できるんだろうね?」
「あぁそれけ? おまんが3位以内で繋いでくれたら問題ねぇつーこん」
※※※※※※※
『次の競技は、クラス対抗リレー、1年生の部です』
クラス別対抗リレーの選手がグラウンド内に集合した。この競技は学年別に行われ、各学年6クラスの代表で行われるクラスの威信をかけた勝負だ。そのため配点も高く、この競技の結果で優勝の行方が大きく変わるといっても過言ではない。
各チーム男女2人ずつ、計4人が全員1周・200メートルを走る。第1走者とアンカーは男女どちらでもよい。ここで各クラスの作戦がわかれる。第2走者は男子、第3走者は女子と決まっている。陸上部は出場可能だが、アンカーは禁止されている。でも私、最近短距離は走ってないからアンカーやったところで無理なんですけど……。
3組からは、男子が《押原 蛍》君と《高砂 農》君、女子は遊と私だ。押原君は集合時間に少し遅れてきた……何かあったのかな?
「おーい御勅使ぃ、お前も大変だな!? 歩幅が小さいから回転数メチャクチャ上げないとなぁ」
〝カッチーーーーン〟
また余計な一言を……私は高砂がキライだ! 何かにつけて私の身長をイジってくる。以前コイツと日直が一緒だったときも、黒板の上に手が届かずに消せなかった私をさんざんイジってきやがった。
要するに私の身長が低い、つまり脚が短いから歩幅が小さいって言いたいんだろう。だが、コイツだってバスケ部に所属しているが身長は165センチくらい……バスケ部の中で最も低身長だ。レギュラーに選ばれたこともない……むなしいマウント取りだな。
あーあ、だから私は身長の高い男はキライだ……まぁ、私にそう確信させた「決定打」は身近にいるが……。
「そうね、でも頭の回転数はアンタより速いわよ……で、バトン受け取る知能がないおサルさんは第1走者なんでしょ?」
「なっ何だと!? ま……オメーもアンカーでなくてよかったな! 1位でゴールしてもゴールテープを切らずに下を通過しちゃうもんな」
「ぷぷっ……」
「おい押原……オマエ今、笑ったな?」
「えっ! あぁスマン御勅使……」
――相手がイケメンで友だちの彼氏でも容赦しないぞっ!
「ぷっははは! 下を通過……おもしれーじゃんけぇ」
「遊! ウケすぎー!」
「あはは……あ、そろそろスタートじゃん! それじゃあみんな……行くよ!」
私たち4人は輪になって手を合わせた。
「3組ー! ぜってぇ勝つぞー!」「「おぉー!!」」
※※※※※※※
〝パァーン!!〟
スタートした! 第1走者は高砂君だ。ちなみにバトンを受け取る知能がないというのは冗談だ。でもコイツは実際にアホだから何かやらかさないか心配だ。
いきなり猛ダッシュ……1位に躍り出た。えぇっ、カーブであの走り方って……大丈夫か? と、思っていた矢先……
あぁっ、転倒した! あのサル頭ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
次々と後続に抜かれて結局最下位になった。インを責めすぎ! オープンレーンだがこのバカには後続も警戒していたので誰もぶつからずに抜いていった……あのバカ、後でボコる!!
すぐに起き上がって全力で走った高砂だったが、少し差は縮まったものの最下位のまま第2走者・押原君にバトンを渡した。
走り終えた高砂に対し、私と遊が労をねぎらう……ワケがない。
「「たーかーすーなぁあああああ!!」」
「…………ごめん」
第2走者の押原君はメチャメチャ速く、後半になって一気に2人追い抜いた。これで4位に浮上した。
いよいよ第3走者、私の番だ!
スタート位置に付く。クラス別対抗リレーは各組ベストメンバーを揃えているのでそこまで差は開かない。全員がほぼ一斉にバトンパスする混戦だ。私たちは現在4位だが、前半は最下位だったため一番アウト側でバトンパスすることになってしまった。
押原君がやって来た。
「御勅使ぃいいいいい! すまぁああああん!」
「大丈夫ぅうううう!」
他の走者にぶつからないようにしながらも、できるだけ加速しながらタイミングよくバトンを受け取った。
押原君はあと1人抜くつもりだったんだろう。でもあの位置からここまで追い上げてくれたんだから十分だ!
二人三脚では最下位、部活動対抗リレーは1位でバトンを渡したが第1走者なので目立った活躍はできなかった。代表としてはこれが最後だ。最後くらいはチームに貢献できる結果を残したい。
遊との約束は「3位でバトン」だ。現在4位……3位の選手にピッタリくっついている……が、なかなか抜けない。
練習したとはいえ短距離は久しぶりだ。しかも中学校時代は100メートルの代表で、200メートルは正直得意ではない。
やっぱり100メートル……コース半周過ぎたあたりからしんどくなってきた。
うわっ! 3位の選手に少し離されてしまった! ヤバいっ、このままじゃ4位どころか5位の選手にも……。
頑張らなくちゃ……赤坂君だってあれだけ頑張ったんだ……でも、力が……私が2回目のカーブで苦戦しているそのとき、3組の応援席から……
「頑張れぇええええええええ!! 御勅使さぁああああああああんっ!!」
赤坂君だ! 普段は声の小さい赤坂君の声援が聞こえた! しかもクラスTシャツ着ている。朝からいつツッコもうかと考えていたが、ようやくクラTを着てみんなと応援している。
よぉおおおおし! 赤坂君のためにも頑張るぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
今度は私が全力で走る番だ! 200メートルが不得意なんて言っている場合じゃない! 私は何としてでも3位でアンカーにバトンパスしてやろうと必死で3位の選手を追いかけた。
テイクオーバーゾーン(バトンパスをする場所)にやって来た……アンカーは玉幡遊だ。遊に3位以内でバトンを渡す約束だったが、4位で渡すことになった……無念だ。
「遊ぅううううう! ごめぇえええんっ!」
加速した遊にバトンを渡す。すると遊はニコッと微笑み……いや、ニヤッと不敵な笑みを浮かべ
「いいさよぉおおおお、気にしちょおおおおお!」
そういってバトンを受け取った。そのとき……
3位のチームがバトンパスに失敗してバトンを落とした。この瞬間、私たちのクラスは3位になった。棚ぼたではあるが、一応3位でバトンを渡した。
「行っけぇええええええええええ! 遊ぅうううううううううううう!!」
私はレーンの上で声援を送った。すると遊はあっけなく1人抜き去った。そう! 彼女こそが部活動対抗リレーで陸上部の100メートル代表の先輩をいとも簡単に抜き去ったソフトボール部の選手で、私が中学校時代に100メートルでどぉーしても勝てなかった相手だ!
聞いた話だと、ソフトボールは野球と違って、塁に出たランナーが投球前にベースから離れる行為……いわゆるリードができない。なので塁間の距離は野球より短いものの盗塁は難しいらしい。
そんな状況で遊は、塁に出ると確実に盗塁を決めるそうだ。つまりそれだけ俊足ということだ。しかも中学では200メートルの代表だった。おまけにアンカーは陸上部NGだが彼女はソフトボール部……もはやチートと言っても過言ではない。
半周過ぎたあたりでトップに躍り出た。そのままゴール!! こりゃ最下位でバトン渡しても勝てたかもね?
3組は10点を獲得し、総合優勝も勝ち取った。
※※※※※※※
「赤坂君!」
私は、優勝が決まって大盛り上がりの1年3組の応援席に凱旋した。
赤坂君はクラスTシャツを着ていた。クラスに溶け込んで応援していた。私は、自分たちが優勝したことよりも、今まで壁を作っていた赤坂君がクラスの一員となれたことの方がうれしかった。
「赤坂君、クラT着てんじゃん! いつか注意しようと思ってたんだけど……」
「えっあっ、ごめんなさい……それより御勅使さん、すごかったよ!」
「えー、まぁ私というよりは遊がスゴすぎただけ! あ、そういえば赤坂君の応援、ちゃんと届いてたよ」
「えぇっ、そうなの? ボク、声そんなに大きくないんだけど……」
そんな会話を続けていると
「やっぱり……お前ら仲よすぎ」
「これ絶対付き合ってるよね」
「えーどうなんですかぁ? 美波さんからのコメントも聞きたいですぅ」
――へっ? えっ? えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
赤坂君の顔をチラッと見ると赤くなって視線を逸らしていた。どうやら私が走っている間に、みんなから同じようにイジられていたみたいだ。
「えぇっ、付き合ってないわよ! 付き合ってるワケないじゃん!!」
――付き合いたい……が正解だよ。
【終戦】
「へぇー、お前ら付き合ってるのか……小さすぎて気がつかなかったよ」
「おぅ高砂……そういや貴様にお仕置きするの忘れてたわ」
最後までお読みいただきありがとうございました。次回は(番外編)です!