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二人三脚戦争(体育祭編)【先攻】

【登場人物】


◆赤坂 大(あかさか だい)◆

高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんが好き……?

◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆

高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。

 彼岸を過ぎて朝晩は冷え込むようになってきたが、昼間は暑ささえ感じる9月最後の土曜日のグラウンド。釜無高校1年3組の《赤坂(あかさか) (だい)》は、期待と不安が入り混じる心境の中、体育祭本番を迎えていた。そう、ボクのことだ。ただ、期待と不安の比率は0.5:9.5だ。


 今から20日ほど前、ボクは運動神経が悪いのにもかかわらず、今日の体育祭の種目の一つ「男女混合二人三脚リレー」の代表選手になってしまった。今までのボクならこんな体力を使うこと、ましてや全校生徒から注目されるような行為は絶対に断っただろう。何なら当日、仮病を使ってでもここに来なかったと思う。

 でも今は違う。ボクは隣の席の《御勅使(みだい) 美波(みなみ)》さんと出会ったことで、自分はもっともっといろんなことにチャレンジしていこう、立ち向かっていこうと思うようになった。そして、御勅使さんにいいところを見せたい。もっとボクを見てほしい……と思った。



 そう、ボクは御勅使さんが好き……だと思う。確証はないけど。



「アンタがアンカーなんて卑怯だわぁー! あの先輩100メートルの代表だよぉ……メチャ落ち込んでたよ」


 向こうから何やら愚痴りながら1年3組の応援席に帰ってきた女子が……


「赤坂君お待たせ! 二人三脚もうすぐだから準備してね」


 みっ……御勅使さんだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!






【開戦】






「はっ……はい! わかりました!」


 うっうわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ緊張するぅううううううううううううううううううううううううううううううう!


 この緊張が二人三脚リレーのプレッシャーのせいなのか、御勅使さんに声かけられたからなのかはわからない。ちなみに御勅使さんが愚痴っていたのは御勅使さんも出場した部活動対抗リレーのことで、どうやら彼女の所属する陸上部は、ソフトボール部に敗れて2位だったらしい。何で「らしい」という言い方かというと御勅使さんが走っているとき転倒しないか心配で、緊張で走っている姿を直視できなかったからだ。


「おい赤坂! 何で御勅使に敬語なんだよ?」

「ハハハハハ」

「あっそーか! お前、御勅使にビビッてるんだろ?」

「そりゃ何たって〈ラーテル〉だからな……無理もない」

「相手がライオンでも容赦ないわ」

「あっははははは」


「おい……何か言ったか?」

「うわぁ! 後ろに居やがったぁ!!」


 御勅使さんは「ラーテル」と呼ばれている。ラーテルとは体が小さいがどんな猛獣にも歯向かうイタチ科の動物だ。

 でもボクは知っている。確かに御勅使さんは凶暴で、ボクも何度か()()にあったことがある。しかし本当の御勅使さんは優しくて感情的で涙もろい人だ。


 ボクは御勅使さんが泣いている顔を2回も見ている。

 でも、それ以上に笑った顔は……。


「赤坂殿、出番が刻一刻と迫っておるでござる。そろそろ拙者と準備運動(ウォームアップ)でもお手合わせ願いたく候」


 同じ二人三脚リレーに出場する親友の《大垈(おおぬた) 竜地(りゅうじ)》君が声を掛けてきた。御勅使さんたちは部活動対抗リレーで、それぞれの部活のユニフォームを着ていたので着替えてからくるそうだ。その間に竜地君とウォームアップしておこう。


 竜地君、お手合わせって……勝負じゃないんだからおかしくない?



 ※※※※※※※



『男女混合二人三脚リレーの選手は所定の位置にお集まりください』


 竜地君とウォームアップしていると、場内アナウンスで呼び出された。せっかくウォームアップして体がほぐれたのに緊張感で一気に固まってしまった。


「2人ともいいけ? じゃあ行かざぁ(こう)


 着替え終わった《玉幡(たまはた) (ゆう)》さんが声を掛けてきた。ボク(と竜地君)をこの競技に引きずり込んだ張本人だ。


「じゃあ行ってくるねー」

「おー、頑張って来いよー」


「では参る!」

「大垈ー! ビリだったら切腹なー」

「うげっ!」


 応援席から声援が飛んできた。竜地君はすごいなぁ……オタクで中二病なのに他の男子と普通に会話している。もうこれってリア充じゃん。

 それに引きかえボクは……クラスで普通に話せる人はほとんどいないし、でも運動音痴は皆が知っているところだから、きっとみんな何の期待もしていないだろうし、それどころか「足引っ張るジャマなヤツ」とか「クラスのお荷物」だから誰も関わろうとはしないだろう。


「遊ぅー、美波ぃー、舞ぃー、頑張れー! あ、()()()も頑張ってー!」


 ――え? 誰か「赤坂君」って声を掛けてくれた?


 声がした方向に振り向くと、《上条(かみじょう) 志麻(しま)》さんが手を振っていた。確か、御勅使さんや玉幡さんの友達で、2学期の席替えのとき、初めにボクの斜め後ろに座って挨拶してくれた人だ。その後、目が悪いからと前の席に移動したので、そこで席が移動して御勅使さんが再びボクの隣の席になったんだっけ……。

 こんなボクにも声をかけてくれるなんて……このまま無視したら申し訳ないから軽く手を振った。すると


「おぉ、赤坂! 頑張って来いよー」

「オマエ! 全力で走らなかったら後でボコるからなー!」


 数人の男子に声を掛けられた……ボコる?


 ひっ……ひぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!


 どうしよどうしよっ! 集団リンチだ! こっ殺される……たまに御勅使さんからも殺されそうになることがあるが、男子からのこれはガチのやつだ!

 どどどどうしよう!? うわぁああああああああ一気にプレッシャーがかかって吐きそうになってきた。


「大丈夫よ! 全力を出せばいいんだから」


 ボクの肩をポンと叩いて声を掛けてくれたのは……御勅使さんだ!


「え?」

「順位なんてどうでもいいの、比較するのは他人じゃなくて自分だよ! 今の自分が全力を出し尽くして出た結果に誰も文句なんか言わせないよ」

「へー、美波も言うようになったじゃんけ」

「うっうるさい!」


 隣で聞いてた玉幡さんが茶々を入れてきた。


「そ、そうだね……全力を尽くして頑張るよ」


 ボクが運動音痴なのはみんな知っている。全力を出しても遊んでいるように見られるかもしれない。だから1ミクロンも力を抜くことはできない。


「それでも男子が赤坂君をボコりそうになったら私が蹴散らしてやるよ」


 御勅使さんは頼もしい……けどそれはシャレにならないから止めてください。


「まぁ赤坂君が全力出さなかったら私も一緒にボコるけどねっ!」


 うわぁああああ! 男子全員にボコられるよりも怖い。



 ※※※※※※※



 土ぼこりが舞うグラウンドに線が引かれた200メートルトラックの内側に選手が集められた。レースは学年ごとに3回行われる。1年生は最初のレースだ。1年は全部で6組まであるので12人で一斉に走ることになる。

 ボクたち3組は、第1走者が《(たちばな) 多胡(だいご)》君と《鶴城(つるぎ) (まい)》さんのペア、第2走者が竜地君と玉幡さんのペア、そしてアンカーがボクと御勅使さんのペアだ。順番は練習のときにじゃんけんで決めた。特に逃げ切りとか追い上げとか作戦は考えてはいない。考えていたらじゃんけんで決めないだろうし、そもそもボクがアンカーをやるという時点でノープランだということがわかる。

 それぞれ走者は100メートル走るのでトラックを半周……ボクと御勅使さんは第1走者の橘君、鶴城さんと同じ待機位置にいる。竜地君と玉幡さんは反対側にスタンバイして……あれ?


 ボクはおかしなことに気がついた。ゴールテープを持った係員がボクたちと同じ場所にいるのだ。ボクたちが100メートル……つまり半周走ったのならゴールは反対側じゃ……?


「ねぇ御勅使さん」

「ん、何?」

「あっあのさぁ……ボクたち半周走ったらゴールは向こうじゃないのかな? 何でゴールテープがこっちに……?」

「え……そういえば……あれ?」


 御勅使さんも今、気がついたようだ。御勅使さんは慌てて近くにいた係の先生に


「あのっ、すみません! アンカーのゴールってあっちじゃ……?」


 するとその先生は


「あらアナタたち()()()()からルール聞いてなかったの? アンカーだけは200メートル、つまりここを1周するのよ」



 ――え?



 ――え?



 えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?


「み……御勅使さん、聞いてた?」

「きっ聞いてないわよそんなの……だって遊が順番はどこになっても一緒だからってじゃんけんで決めたのに……舞、聞いてた?」

「ううん、私たちも聞いてないわよ、知ってたら美波たちをアンカーにするわけないじゃない」


 ボクたち4人は反対側の体育委員(たまはたさん)を見た。すると玉幡さんは、右手で拳をつくり自分の後頭部を叩き、ウインクをして舌をペロッと出すジェスチャーをした。




『てへぺろ』




 玉幡さぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!! 今、そのジェスチャーは止めてくださぁあああああああああああああああああああああああああああい!!


 御勅使さんがブチ切れる寸前の表情をしているので……。


「どどっどうする? 私たちとチェンジする?」


 鶴城さんも焦っていた。


「え、でももうアンカーのタスキを掛けちゃったし舞ちゃんだって200はキツいでしょ? どうする赤坂君……」


 御勅使さんはボクの顔を見つめた。御勅使さんなら200メートルくらいどうってことはないだろう。問題はボクだ。


「ボ、ボクは……」


 今までのボクなら間違いなく回避する手段を選択しただろう。いや、そもそもこの場に立つことすら回避していただろう。

 でも今のボクは違う! 心の中で御勅使さんに誓ったんだ。決して逃げない、立ち向かって行く……そして御勅使さんに認められる男になるって……。


「や、やってみるよ」


「そうね、やってみようよ……私も頑張るから」


 御勅使さんも同意してくれた。鶴城さんも


「カッコいいよ赤坂君、そうこなくっちゃ! それに何かあったら……」


「「全てアイツのせいだ!」」


 御勅使さんと鶴城さんが、玉幡さんを見ながら声をそろえて言った。その間、橘君は一言も発することはなかった。



 ※※※※※※※



「位置について、よーい」


 〝パーンッ!〟


 ピストルの音が鳴り、レースがスタートした。橘君と鶴城さんのペアは順調な滑り出しだ。鶴城さんは華奢に見えるが意外と足が速い。

 3組はマジメに練習していた方なのかもしれない。他のクラスの中には、初めて組んだのでは? って思うくらいぎこちないペアもいる。中には早く走ろうとしたあまり転倒するペアもいて……周りから「ヒューヒュー」と冷やかされている……うわぁ、イヤだなぁ……転ぶことよりもこっちの方が恥ずかしい。


 橘君と鶴城さんは6組中3位で第2走者、竜地君と玉幡さんにバトンを渡した。この2人も橘君と鶴城さんと同じくらい息ピッタリだ。でも竜地君は全力だ。普段の中二病キャラはどこにもない。鼻の穴を正面に向けるくらい顔を上げて、歯を食いしばっているのが遠くからでもわかる。そして玉幡さんはニコニコしながら余裕で走っているように見えるが、進行方向と竜地君を交互に見ながらしっかり竜地君をコントロールしている。なんだかんだ言ってもこの2人は相性がよさそうだ。


「アンカーはスタート位置についてくださーい」


 係員に呼び出された。足をベルトで固定したボクと御勅使さんは準備運動も兼ねて、ゆっくり走りながらスタート位置についた。


「大丈夫だね? 赤坂君」

「うん大丈夫、御勅使さんとだったら1周でも問題ないよ」

「え? あ……」


 すると御勅使さんの顔が赤くなった。え? ボク何かヘンなこと言った?


 第2走者の集団が近づいてきた。1番早いクラスはすでにアンカーがスタートしていて独走状態だった。2位以下の集団が近づいてきた。第1走者が転倒したクラスはまだ第2走者が走り始めたばかりだ。

 早く来た順に手前からスタートできるので、現在3位のボクたちは手前から2番目にスタンバイした。竜地君は全力で頑張っていたけど、体力が続かず最後の直線で1組抜かれて4位に後退した。でもまだそこまで差は開いていない。

 竜地君たちが来た。左側の竜地君が同じく左側の御勅使さんにバトンを渡す。


「2人とm……頼んd……」


 竜地君は声を出すのが精いっぱいだった。いつもなら「赤坂殿ぉー! 御勅使殿ぉー! お頼み申す」とか言ってきそうだが……それどころか体中汗だくで目も虚ろだった。それだけ全力を出し切ったんだ。

 すごいぞ竜地君! ボクに何も言えなくても君の思いは伝わったよ! 竜地君はボクの背中を押してくれた。ボクも全力で挑んでいくよ!


「おー2人とも悪いじゃんね! ま、頑張ってこーし」

「オマエ後でぶっ殺す! 行くよ赤坂君!」

「うん!」


「「せーの!」」


 ボクは前を向いていつもの練習通り、御勅使さんと息を合わせてスタートの第1歩を踏んだ。前を向く直前に見た光景は、倒れ掛かった竜地君を支えて介抱する玉幡さんの姿だった。


「イッチ、ニ、イッチ、ニ……」


 御勅使さんと声を合わせて走っている……今のところ順調だ。4位に後退したが、3位のペアの後ろにピッタリくっついて差はそれほど開いていない。

 順調だった直線を過ぎると、次にやってくるのが()に大きく曲がるカーブだ。


 このとき、ボクたちはある「大きな過ち」に初めて気がついた。


 あ……ボクが右側にいるってことは、ボクの方が大回り、つまり距離が長いってことだよな?



「……」



 なぜ気がつかなかったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 完全に不利じゃん! 御勅使さん以上にボクが速く走らなければうまく回れないってことじゃん!


「ねぇ、赤坂君、これって……」


 御勅使さんも気がついたようだ。しかし時すでに遅し。今さら左右のポジションをチェンジすることができないくらい小学生でも理解できる。ついでにボクの方が走る距離が長いことも円周の公式がわかれば小学生でも理解できる。


「どうする? 私がペース落とそうか?」


 御勅使さんが気を使ってくれた。でもそれじゃあ遅くなってしまうし……全力ってそんな意味じゃないと思う。ボクが出せると思っている「全力」じゃ他人から見たらまだまだって思われるだろう、「それ以上の力」を出さないと……!


「ダメ! ボクが歩幅を広げるよ!」

「えっ……うん、わかった!」


 そう、走るペースは落とさずボクが歩幅を広げればいいんだ! もちろんボクには大変な負荷がかかるが、着地する場所を少し遠くにするだけのことだ。多少ペースが乱れても御勅使さんなら大丈夫だと思う……そんな気がする。


「赤坂君! カーブ曲がり切ったよ」


 はぁ、はぁ……かなり疲れてきた。でも最初のカーブを曲がり切って直線に入った。ここでもっとペースを上げたいけど……やっぱりカーブで無理しすぎたかな? すると、


 ――あぁっ!!


 ボクの右側を1組のペアが追い越していった。マズい! 5位に後退した。もう1組抜かれたら最下位だ。頭の中を不安がよぎる。

 ペースを上げなきゃ……でも上がらない、これが限界なのかな?


「心配しちょー(するなー)! げっぴ(最下位)はずっと後ろだよ! そのままのペースで飛べしー(走れー)!」

「赤坂殿ぉー! 限界はあるものではなく、自分で決めるものでござるよー!」


 レースを終えた竜地君や玉幡さんたちが応援に駆けつけてくれた! そうだよね竜地君、今のボクはまだまだ限界じゃないんだ。


 ――ボクはまだ行ける!


 頑張るよ、みんな……あと竜地君、その言葉……確か君に貸してもらった「る●剣」で読んだ記憶があるよ。


 みんなの声援を背に直線を通り過ぎた。100メートルは完全に切っている。もうひとつのカーブを通過すればゴールだ!

 最初のカーブと同じように進めばいいんだけど……力が出ない。でもこれを限界って認めたくない。


「大丈夫よ赤坂君、今のペースを維持して!」


 御勅使さんが声を掛けた。


「ちょっと無理するけど……ついてこれる?」


 そう言うとボクの左足が少し引っ張られる感覚になった。御勅使さんが引っ張っている。でも、最初の練習のときみたいに強引な引っ張り方ではない。少し速いくらいだ。これなら……行ける!


「うん」


 この2週間ちょっとの練習で、御勅使さんはボクのペースを完全に把握していたみたいだ。


「赤坂ー! 御勅使ー! 頑張れー!」


 ちょうどこのカーブの目の前に3組の応援席がある。みんながボクの名前を呼んで応援してくれている。

 ボクがスクールカースト最下層だったら名前なんか呼んでくれないだろう。たとえ義務的なもので呼んでくれたとしても構わない。


 ボクは3組の代表として走っているんだ。


 存在を認められているんだ。


 だから……それに応えなければ!


 御勅使さんのフォローと3組のみんなの声援のおかげで無事、2回目のカーブを曲がりきれた。

 あとはゴールまでの直線だ。すでに4チームゴールしていて係員が5位のためにゴールテープをスタンバイしている。最下位の組はまだ後ろ、ボクたちのクラスは最下位をまぬがれることができる。やった!


「御勅使さん!」

「うん、赤坂君、行くよ!」


 よっしゃぁあああああ! 行っくぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!



 だが、ここで一瞬、気のゆるみが出てしまった。




 ――あっ!



 どっちがミスったのかはわからない。ただ、わかっていたのは……


 ボクたちがバランスを崩して……目の前に地面が迫っていたことだけ。



 〝ドタッ〟



 ゴール直前で転倒してしまった。



 声援も場内放送も……全ての音が聞こえなくなった。

 全てがスローモーションになった視界に入ってきたのは……ボクたちを追い抜いてゴールテープを切った、さっきまで最下位だった組の後ろ姿だった。


 ボクたちの組は最下位が確定した。タイムを競うワケではなくあくまでも順位なのだからこの後、歩こうが棄権しようが結果は変わらない。


 でも……


 ボクは御勅使さんにいいとこを見せる目的でこの種目にエントリーしたんだ。ここであきらめたらその目的が果たせない。

 負けは負け。でも、御勅使さんをゴールまで連れて行かなきゃ……いや、御勅使さんと一緒にゴールしなきゃ……本当の「負け」になってしまう。


「御勅使さん……」


 ボクは御勅使さんの顔を見た。


「うん……最後まであきらめずに行こ!」


 ボクは先に立ち上がり、御勅使さんを起こした。御勅使さんの手は柔らかくて温かかった。


「「せーの!」」






 ……ボクたちは最下位のゴールテープを切った。


 最後まで歩かずに走り切った。



 全校生徒がボクたちに拍手してくれた。でも同情の拍手なんていくら大きくてもうれしくない。それよりも……


 御勅使さんと一緒にゴールできたことが一番うれしかった。





 でも…………ごめんなさい。





 ※※※※※※※



 ボクは1人で校舎裏にいた。ここにいる意味は特にない。ただ、クラスのみんなや御勅使さんに合わせる顔がなかったからだ。


 最後に転倒した理由はわからない。でも元はと言えばボクにもっと体力があって早く走ることができたらこんな結果にはならなかっただろう。

 玉幡さんたちも「ドンマイ」とか「ナイスファイト」とか励ましてくれた。しかもこの種目、1位が2点、2位と3位が1点、4位以下は0点だから5位も最下位も一緒だし、クラス対抗リレーの10点の配分に比べたら確かにエキジビションかもしれない……でも悔しいし、みんなに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 やっぱり、ボクのような人間はみんなに迷惑を掛けないように、陰に隠れてボッチで暮らしているのが最適なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられた。


「あぁっ、赤坂君!」


 うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ! 御勅使さんだぁあああああああああああああああああああああああああああああ!


「何してるの? こんな所で……みんな探してたよ」


「み……」

「み?」


 御勅使さんは心配してきてくれたようだ。でもボクは自分が情けなくて……。


「御勅使さんに……合わせる顔がない……から」


「えぇっ、何で?」


「御勅使さん!!」


 ただでさえ情けないのにこんなことを言ったら恥の上塗りになるのはわかっている。でもボクは言わずにはいられなかった。


「ごめんなさいっ!!」


「!?」


「ボ……ボク、自分では頑張ったつもりなんだけど……御勅使さんをちゃんとゴールまで連れて行きたかったのに……結局転んじゃって、足を引っ張って最下位になってしまって……御勅使さんにも恥をかかせちゃって……ボクは御勅使さんに何て謝ったらいいのか……うぅっ」


 うわっ、自然に涙が出てしまった。女の子の前で泣くなんて……ボクはどこまで情けない男なんだろう。


「だっ……大丈夫だよ赤坂君! だから泣かないで!」

「え?」

「だって、最後まであきらめなかったじゃなぃ! ちゃんとゴールしたじゃなぃ! カーブ曲がるとき、ペース落とさずに歩幅広げて頑張ったじゃなぃ! 全力出して得られた結果はどんな結果でも納得できるはずだよ!」

「そ……そうかな」

「そうよ! もし、結果に不満ならそれは全力を出してないってこと! 赤坂君、もしかして全力出してなかった?」

「うっううん、ボクはあれが精いっぱい……だけどみんなと比べたら……」

「他人と比べたらダメ! 比べるのは今までの自分よ! 赤坂君はベストを尽くしたんだからそれでいいじゃん! クラスのみんなも誰も悪く言わないよ」


 そ……そうなのかな? でももし、クラスのみんなから責められても、御勅使さんが認めてくれればそれでもいいかもしれない。


「それと……」


 校舎裏は日陰だが、午後になって西日が少しずつ差し込んできた。御勅使さんの背後から差し込んだ日差しはまるで後光のように御勅使さんを照らし出した。そして御勅使さんはニコッと微笑みながら




「赤坂君……とってもカッコよかったよ!」




 あ……あぁあああああ……あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 後光に照らされた御勅使さんはまるで女神のようだった。そしてボクはこの世に生まれてから、こんな素敵な笑顔をみせた女子を初めて見た。


 間違いない。


 ボクは……







 『御勅使 美波さんのことが好きだ』







 この笑顔を……これからもずっと見ていたい。そう思った。



「じゃあ私、クラス対抗リレーあるから行くけど……ちゃんと応援してね」


「う……うん」


「私も……全力で頑張るからね!」


「が……頑張って」



 御勅使さんはそのままグラウンドに向かって走って行った。





 御勅使さんに言われたので、トボトボとグラウンドに向かって歩き出した。まだクラスのみんなに会うのは怖い。すると


「おい、赤坂!」


 ボクを呼び止める声が……振り向くとそこにいたのは《押原(おしはら) (けい)》君だ。押原君は2学期の学級委員長で成績優秀で運動神経も抜群、ついでにイケメンでどうやら隣の席の《西条(さいじょう) (あや)》さんと付き合っているらしい。御勅使さんは「スクールカーストは無い」と言っているがもしカーストがあれば間違いなく頂点に君臨する人だ。そんな人から呼び止められるということは……


 うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 これは転倒して最下位になったことでボクは罰せられるんだ。粛清されるんだ。ごめんなさいごめんなさい! 悪いのはボクです。御勅使さんじゃありません!


 すると押原君は


「赤坂、ナイスファイトだったぞ! やるじゃん」


 ……え? もしかしてほめられた? ホントだ、御勅使さんの言うとおりだ。責められるどころか押原君にほめられるなんて……


「赤坂、この後クラス対抗リレーだから……お前たちの分の点数も取り返してやっから早く応援席に来いよ!」


 え? ボクも応援席に行っていいの? クラスに迷惑かけちゃったのに……


「おっ押原君!」


 ボクはグラウンドに向かう押原君を呼び止めた。正直、ボクみたいなのが押原君の名前を呼んでいいのか不安だったけど……


「ん?」

「あっあの……ボクも……応援しても……いいんですか?」


 すると押原君は苦笑いをして


「おいおい、していいに決まってんだろ……ってゆーか、しろよ!」


 御勅使さんの言ったとおりだ。このクラスにスクールカーストなんてなかったんだ……今までクラスの中で孤独感や疎外感を感じていたのはボクの勝手な思い込みだったんだ!


 ありがとう押原君、ボクは応援席に向かおうとしたそのとき


「あっ、そういや赤坂! お前……」


 押原君が急に大声を上げた。


 うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! やっぱり調子に乗りすぎていましたか? それとも仲良さそうに見せて実は違いましたって言うドッキリでしたか?


「お前、よく見たら……()()()着てねぇじゃんか!」


「へっ!?」


 そういえば体育祭の前にクラスのみんなでお金を集めていた。何かTシャツを買うとか言ってボクにも配られたけど……


「そういえばお前、朝から着てなかったよな? 忘れたのか?」

「えぇええええ……あの……きょ、教室に」


 ボクみたいな者がクラスTシャツを着るなんておこがましいと思っていた。だから教室に置きっぱなしだ。お金を渡したのも上納金のようなものだと思っていた。


「バカ野郎! 早くとって来い! そして応援しろよ!」

「あぁああああはいっ!」

「オレはもう呼び出しかかってるから先に行ってるけど……いいか着て来いよ!」


 押原君は焦るようにグラウンドに向かった。ボクは慌てて教室にTシャツを取りに行った。教室は3階なので急いで往復はメチャクチャきつい。しかも二人三脚リレーで疲労困ぱいなのでなおさらだ。

 押原君に言われたとおりに3組の応援席に来た。でもまだ不安だ。みんなの足引っ張ったボクみたいなのがここに来ていいのだろうか? こんなTシャツを着ていいのだろうか? すると


「おぉ、来たぞ! 本日のヒーローが」

「遅いじゃねぇか赤坂! どこ行ってたんだよ」

「赤坂くーん、頑張ったじゃない! 早くこっち来なよ」


 ――え? みんな……ボクなんかを受け入れてくれるの?


「よーし、次はクラス対抗リレーだぞ赤坂! 気合い入れて応援しろよ」

「あっあの……」

「ん?」


「ボ……ボク、転んで最下位になっちゃったけど……みんな、責めないの?」


 クラスのみんなの雰囲気が想定外だったので思わずこちらから聞いてしまった。


「おいおい、あんなに一生懸命頑張ったヤツを責められるかよ」

「そうよ、美波も赤坂君もメッチャ頑張ったじゃん!」

「大垈だって頑張ったもんな! 切腹はナシだよ……島流しに減刑だ」

「何でじゃぁあああああああ! 解せぬ」

「ハハハハハ」


 そうか、ボクは頑張ったんだ。だからみんなに認められたのかもしれない。

 もしかしたら他のクラスだったらボクがいくら頑張っても、みんながこんなに優しくなかったかもしれない。たまたまこのクラスが優しいメンバーだっただけかもしれない。でもそれでもいい……ボクはこのクラスに居場所があったんだ。

 御勅使さんの言うとおり、このクラスにはスクールカーストなんて存在していなかった。もし今まで存在していたとしても、さっきの二人三脚リレーでカーストの境目が消えていったのかもしれない。


 どっちにしろ……今、こうしているのは御勅使さんのおかげだ。


 だから今、ボクにできることはクラス対抗リレーの選手、そして……御勅使さんを応援することだ!



 頑張れぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 御勅使さぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!






【終戦】






「あ、ところで赤坂ぁー」

「え?」


「お前と御勅使、ずいぶん息ピッタリだったけど……もしかして付き合ってる?」

「あっそれオレも疑問に思ってた」

「私もー! ねぇどうなの?」


 ――え?


 ――え?



 えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?

 つっつっ……付き合ってはいません! 付き合ってはいませんよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!






 でも……つっ……付き合いたいです。




 恋する気持ちは……【終戦】じゃなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました。


次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。

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