二人三脚戦争(練習編)【後攻】
【登場人物】
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんが好き……?
◆玉幡 遊(たまはた ゆう)◆
高1。身長168センチ。御勅使の親友で体育委員。甲州弁がキツい。
◆大垈 竜地(おおぬた りゅうじ)◆
高1。身長165センチ。赤坂の親友で侍モノが好きな中二病。
朝からどんよりとした曇り空で、時々にわか雨も降りだす9月中旬の火曜日、釜無高校1年3組の《御勅使 美波》はこの日、久しぶりに登校する予定の男子に謝るため、彼が来るのを今か今かと待ちわびていた。そう、私のことだ。
謝る相手は私の片思いの相手《赤坂 大》君だ。謝る内容は相合傘のこと……ではない。先週、私が強引に赤坂君と相合傘をした結果、彼は風邪をひいてしまい昨日まで休んでいた。でも金曜日の放課後、クラスメイトに内緒でこっそりお見舞いに行き、そこで彼に謝罪した。そのあと、2人で今まで話したことがない話を色々しながら楽しい時間を過ごした。
こうして赤坂君とは仲直りしたのだが……昨日、彼が休んでいる間に「とんでもないこと」が決定してしまったのだ。とてもじゃないがニャインで簡単に済ませるようなレベルの話じゃない。会って直接説明しないと……。
――あっ、赤坂君が登校してきた!
「あっあぁあああああ赤坂君!!」
「えぇええああおはよう御勅使さん……あぁのこの間は……」
まだ事の重大さをわかっていない赤坂君は、金曜日の話をしようとしている。
「それどころじゃないの赤坂君! っていうかゴメンっ! 私の力不足で……」
「え、ええっ何?」
「い、いいいいいい? おぉおおおおお落ち着いて聞いてね」
ようやく赤坂君が異常事態に気付いたようだ。
「あ、あのね……今月末に〈体育祭〉があるのは知ってるよね?」
「う……うん」
「その体育祭でね、〈男女混合二人三脚リレー〉があるんだけど……」
赤坂君が目を丸くして、ゴクリとツバを飲み込んだ。
「その競技の代表に……私と赤坂君が決まっちゃったの」
赤坂君は一瞬、他人事のような表情を見せていたが、すぐに自分のことだと理解したようでパニックになった。
「えぇええっ!? なななな何でボクが?」
「そっそれは……身長が近いからっていう理由……だっ、だよ」
私は赤坂君から視線を逸らした。身長の話も間違いではないが、「本当の理由」は私の口からは絶対に言えない。
「えっ? でもボク、運動全然できないし……」
「うん知ってる、私も最後まで反対したんだけど……ちなみに、今回の策略を巡らせたのは……アイツよっ!!」
私は近くにいた「悪女」を指さした、そいつは……
「おー、ちっくいの! 久しぶりじゃんけぇ!」
そう、この今どきレアな甲州弁使いの魔女、《玉幡 遊》が原因だ!
……まぁ私にもコイツの暴走を止められなかった責任はあるのだが。
※※※※※※※
話は昨日のホームルームにさかのぼる……。
この日は月末に行われる体育祭の出場選手を決める話し合いをしていた。ほとんどの競技は揉めることなく選手が決まっていったのだが、「男女混合二人三脚リレー」になった途端、選手決めが難航した。
「ええっと、誰か立候補はいませんか?」
仕切っているのは2学期の学級委員長になった《押原 蛍》君だ。
「はーい、はい! 私、蛍とだったらやってもいいよー」
手を挙げたのは《西条 彩》ちゃん、私の友達で押原君の彼女だ。案の定、周りから「ヒューヒュー」などと冷やかしの声が上がった。
「おっおい、ダメだろ! オレはもう3種目選ばれているし……オマエだって選ばれてるだろ!」
そう、体育祭実行委員会の方針で、全員参加の種目を除き代表は1人最高で3種目までと決められている。それぞれサッカー部とバスケ部、運動神経のいい2人は話し合い開始早々、すでに3種目決まってしまった。私も陸上部に所属しているため、すでに「クラス別対抗リレー」と「部活対抗リレー」に選ばれている。
難航している理由はわかる。ただの二人三脚ならすんなり決まりそうだが、問題は「男女混合」という点だ。
いくら競技と割り切っていても、男女で二人三脚ってそりゃ意識しないわけにはいかないだろう……おのずと敬遠されがちだ。まぁ彩ちゃんみたいな特殊な例もあるが、たいていの人は恥ずかしがって出たがらないだろう。押原君だって制限とか言い訳してるけど……あれ、絶対照れてるよ。
――私だって……もし赤坂君と付き合っていれば彩ちゃんみたいに堂々と……
「ええっと……じゃあ誰か推薦はありますか?」
「はいはい、はーーーーーーい!」
すると突然、浮かれた声を上げ挙手したヤツが……2学期から体育委員をやっている遊だ! コイツのこのテンション……も~うイヤな予感しかない。
「じゃあ体育委員の〈指名〉つーこんで! 美波と赤坂君に……」
は……?
「はぁああああっ!?」
私は大声を上げた。クラス中がざわついた。
「なっなんで私と……よりによって赤坂君なの? みんなアイツの運動神経は知ってるでしょ!?」
すると教室のどこからか「そうだー!」の声……うーん、自分の好きな人が他人からネガティブイメージで思われていて、それを改めて言われるって……何か複雑な気持ちだ。すると遊は、
「まぁまぁ……おまんとうは身長も近いし体型的にはバランスいいらぁ? それに実行委員会からできるだけ多くのしんとうを代表にしてくりょうって言われてるだよ。だからまだ選ばれちゃいんしを出さんきゃいけんじゃん……しかもこの種目はエキジビション要素が強いから点数なんかちっとしかねーじゃんけ! げっぴでもかまーんじゃん」
「そんなこと言ったって! 赤坂君今日休んでいるのに勝手に決めちゃうなんてひどくない?」
「何でぇ、おまんはやりたくねぇだけぇ?」
――う゛っ!
やりたいよ……そりゃやりたいわよ! 赤坂君と肩組んで足結んで密着して二人三脚~♪ なんて、相合傘の何十倍もテンション上がるに決まってんじゃん! 願ったりかなったりだよ! でもね……運動音痴の赤坂君を全校生徒の前で恥かかせるわけにはいかないじゃん!
もう頭にきた! 私は遊の手を掴み
「遊! ちょっといい?」
ホームルーム中だけど廊下に連れ出した。クラス中が騒然となった。
※※※※※※※
「ちょっと! どういうつもり!?」
私は遊を問いただした。コイツ……どういうつもりなんだ? 答えによってはコイツと久しぶりにケンカする覚悟だ!
「どうって? これを機会におまんとう付き合っちめぇばいいじゃん」
「はぁ!? アンタ馬鹿じゃねぇの!? 赤坂君にまで恥かかせる気? こんなの公開処刑じゃないの!」
「ほんなこん言っちょし、やってみんとわかんねーじゃんけ、それに……」
「それに? 何よ?」
すると遊は突然、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて
「相合傘より密着度高いから絶対楽しいらぁ~」
「は? ちょっと待って!」
今、遊の口から「相合傘」というワードが出たよな? 何で? たまたま?
「い……今、何て?」
「聞こえんかっとうけ? あ・い・あ・い・が・さ」
――ちょっと待って待って待って! 何でそれを?
「おまん……アタシに逆らえるなんて思っちょし」
と言うと遊はスマホを取り出した……いやぁあああああ怖い怖い怖いっ!
「ほれ!」
遊が私にスマホ画面を見せた。そこには何と……
――私と赤坂君がバス停の前で相合傘をしている写真が!
うっっっぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――何でコレを!? はぁ……はぁ……し、心臓が止まりそうだ。
「なっななななっなななな……」
「ジョイ●ンかおまんは? これけ? この前の大雨んときアタシ、コンビニに寄って雑誌読んでとぉ……ほいだら目の前のバス停に何か見覚えのあるしんとうがいるじゃんけ! だから写メ撮っとぉ」
――うわっ最悪だぁ! よりによってまさか遊に見られていたとは……。
「あっ……ってこんはもしかしてちっくいの(赤坂)が風邪ひいた原因って……」
「うわぁあああ! くぁwせdrftgyふじこlpー!!」
「さて、この画像どうしっか? ぶちゃるのもったいねぇからクラス女子ニャインにでも……」
「…………」
私は……震える手を遊の肩に乗せるのが精いっぱいだった。
「ちゅーこんで美波、二人三脚……やるよな?」
黙ってうなずいた…………ぐうの音も出ない。
※※※※※※※
まさか相合傘のことがバレて遊に脅されたなんて……赤坂君には口がさけても言えない。ちなみに遊も、全く代表に選ばれていなかった《大垈 竜地》君と組んで二人三脚リレーに出場することになった。
「赤坂君どうする? 今からでも遅くないから先生に直訴して取り消してもらう? そもそも〈欠席裁判〉なんだし認められると思うよ」
私は、赤坂君に選手登録を取り消してもらえるよう助言をした。あれ? 赤坂君の様子が変だ。顔が赤いじゃん。まだ風邪が治りきっていないのかな?
「――え? ねぇ、赤坂君、どうしたの? 」
「えっ、ううん、何でも……」
「まだ調子悪いの? やっぱ無理だよね? 断る? 」
いくらエキジビション的色合いが強い種目だからと言っても、運動音痴の赤坂君を引っ張り出すなんて単に恥をかかせるだけ……全校生徒の前で公開処刑だ。おまけに病み上がりだし選手決めを欠席しているし……さすがにこれはひどい話だ。
――まぁ、私としては赤坂君と二人三脚できるのはうれしい、でも……。
すると赤坂君から、予想だにしない返事が返ってきた。
「あ、あの……ボク、やってみる」
「え?」
「二人三脚の選手……やってみるよ」
えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええマジで!?
100パーセントありえないと思っていた答えだ。まさかこの超ネガティブキャラから「やってみる」なんて言葉が発せられるなんて……クラスのみんなも意外過ぎる発言に全員こっちを向いてる! 千塚さんはビックリして筆入れを落として中身ぶちまけちゃっているし、高砂君に至っては早弁中の弁当箱落としちゃって……ってオマエは始業前に早弁してるんかーい!
「えっどうしちゃったの赤坂君……何で?」
「この間、御勅使さんに言われて思ったんだ。逃げちゃいけない、前を向いていかなきゃいけないって! だから……」
「え、えええっ!? たっ確かにそんなニュアンスの話したかもしれないけど……えぇっ、ちょっとぉ!」
そっか! この間、赤坂君の家にお見舞いに行ったとき「迷わず突き進んでいけばいい」みたいなこと言った気がするけど……え? もしかして私が赤坂君に火をつけちゃったってこと? 私が原因んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!?
――赤坂君が何事にもチャレンジしていくのには賛成だけど……大丈夫かなぁ?
赤坂君はそう言うと席を離れた。すると、背後から
「み~~な~~み~~」
――ギクゥ! 奇怪な声がすると思ったら……今回の騒動の張本人だ。
「何でぇ? この間って?」
――うわっ! 何でそんなさりげない一言を聞きもらさないんだよ遊は……
「えっええ何のこと?」
「おかしいじゃんけ? アイツ金曜から休んで学校来ちゃいんに。ひょっとしておまん……アイツん家に行っただけぇ?」
「いっいいいいやそれはライッ……じゃないやその……あのバス停で……」
やっべぇ~赤坂君とニャインつながってるの遊には内緒だった。
「は? おまんとうあんな場所でそんな話してただけぇ?」
「あっえっいや……」
すると隣で私たちの会話を聞いていた大垈君が
「あぁそういえば御勅使殿! 金曜日、拙者の代わりに問題用紙を赤坂家に届けていただいたな! 感謝申し上げる」
「あっ、それは!?」
「ふ~~~~~~~ん……やっぱ行っただけぇ」
遊がドヤ顔でニヤニヤしながら私を見た。
お……大垈ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
コイツの口封じをするのを忘れてた。
※※※※※※※
「お待たせ―」
放課後、二人三脚の代表で練習をすることになり、校庭の隅に集まった。私は部活の合間を縫って参加したので陸上部の練習着で参加した。
二人三脚リレーのメンバーは私と赤坂君、遊と大垈君、そして《鶴城 舞》ちゃんと《橘 太湖》君の6名だ。舞ちゃんは私や遊の友達で、今回は遊に依頼されたので引き受けたみたいだ。彼女には同じ部活で1年先輩の「ユウキ君」という彼氏がいる。なのでこういう競技に対して全然抵抗がなく、ユウキ君も全然気にしないそうだ。橘君は……よくわからない。常に赤ら顔でつかみどころのない人だ。
「そ……それじゃ赤坂君、どっちがいい?」
とりあえず右か左、走りやすい方の立ち位置を決めておくべきだろう。私は足首に結ぶ紐を先にキープしておいて、赤坂君にどっちがいいか聞いてみた。
私はできれば左側の方がよいのだが、まぁ実際はどちらでも走れると思う。なので赤坂君が走りやすい方を優先しよう。
「え?」
いや「え?」じゃねーよ、右に立ちたいか左に立ちたいか……だよ! すると赤坂君からまさかの答えが
「あ……じゃあ腕で」
――はぁ?
二人三脚メンバーや、隣で練習していたムカデ競争のメンバーも爆笑していた。おいっ! まさかマジで二人三脚を知らずに代表を承諾したんじゃないだろうな?
「そうじゃなくて! 右か左、立ち位置はどっちがいいの!?」
正直、この場でそんなボケは必要ない。私は少しキレた。
「え? その……どっちかって言われても……」
「うーん、じゃあ〈利き足〉はどっち?」
「え? そんなのわかんな……」
何だ、利き足がわからないのか……
「あー、じゃあっちの方に歩いてみて」
私は何も理由を告げずに赤坂君を歩かせてみた。ほとんどの場合、無意識の状態で先に出た足が「利き足」になる。
「ストップ! もういいよ」
1歩目は右足だ。
「赤坂君、利き足は〈右〉ね。じゃあ右側に立ってくれる? 私は利き足が〈左〉だから左側! その方がバランスがとれるハズだよ」
私は早々に赤坂君の左側に立った。こんなことで時間を費やすヒマはない。いきなり紐を結んで走るなんて段階じゃないのでまずは脚を合わせて歩いてみよう。
「じゃあまずは紐を結ばないで練習ね」
「う……うん」
「〈うん〉じゃない! 返事は〈はい〉よっ!」
「ハ……ハイッ!」
――ヤバッ! 何かイライラしてるな私……焦ってるのかな? でも赤坂君は何もわかってはいないようだ。隣に立っていてもまだ距離を置いているし……ここは私がリードしてやらなければ……
「こっちに来て! 右側」
「う……ハイッ」
「まずは並んで……赤坂君は左足から1歩目を出してね」
私は赤坂君の肩に腕を回した。腕を回した瞬間、赤坂君がビクッと反応した。
「あぁああの……その……肩……組ん……で走るの?」
「えっ、あっああ当たり前でしょ? 肩組まなかったら走れないじゃん」
「あっあぁ……そう……だよね」
やっぱり! コイツは何も知らないんだ……そりゃ二人三脚ってその体勢にならなきゃ移動することもできないでしょ!? それに……
私だって肩組むの恥ずかしいんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 気持ち的にはうれしいけど、こんなことを衆人環視の中でやるなんて……私が赤坂君に対して「そういう気持ち」があると誰も知らなくたって……恥ずかしいんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
肩を組み、紐で結ばない状態で脚を合わせて歩いてみる。心臓のドキドキが伝わらないか心配だ。
「イチ、ニ、イチ、ニ……うん、大丈夫そうね?」
「う……うん、そうだね」
とりあえず冷静さを保ちながら練習している。赤坂君、この前の相合傘で腕組んだ時より体温が高い気がするが……風邪、まだ治っていないのかな?
「じゃあ次は脚結んで行けるね?」
「うん……あっハイッ」
いいよ言い直さなくても……ゴメン私が言い過ぎた。どうかしてるわ、今の私。
私は右足を赤坂君の左足に近づけて、お互いの足首に紐を巻き付けた。本番では専用のベルトを用意してくれるそうだ。
「それじゃ行くよ!」
たぶん大丈夫だろう。私が何も知らない赤坂君を引っ張って行けばいい。
「「せーのっ!」」
2人で声を合わせて1歩目を出す。私は右足だ……あれ? 思ってた以上に足が重いなぁ。赤坂君の脚ぐらい簡単に引き寄せられると思っていたのに……っていうか赤坂君、スタートダッシュもメチャクチャ遅いじゃん! 私のペースについていけないの? え、ちょっと待って! このままじゃ右足が引っ張られ過ぎちゃってバランスが――!
〝ドタッ!〟
1歩目でいきなり転んでしまった。
「イタタタタッ」
うわぁ……大ゴケしてしまった……この練習着、帰って速攻で手洗いだな。この状態で洗濯機に放り込んだらママに怒られる。
「あぁ、みっ御勅使さん、ごっごめんなさい! あっあのっケガは……?」
「う、うん大丈夫、このくらいじゃケガしないよ」
赤坂君に心配されてしまった。ゴメンね、こっちこそ……私がちゃんとしなくちゃいけないのに。
「ドンマイ! 次はちゃんとやろうね赤坂君!」
私は赤坂君を鼓舞した。でも本当に鼓舞しているのは私自身だ。大丈夫、赤坂君は何もしなくても私が引っ張っていくよ! なんたって私は陸上部! もちろん陸上に二人三脚はないけど、走ることに関しては誰にも負けない、負けたくない!
再び二人三脚の体勢になった。せーのっ!
〝ドテッ!〟
「ドンマイ! 次、頑張ろう!」
〝ドスンッ〟
「ド……ドンマ……」
〝バタンッ〟
「…………」
……息が合わない。
……な、何でぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!? 赤坂君くらい簡単に引っ張っていけると思ってたのにぃいいい! それとも赤坂君の運動神経の悪さは想像以上ってことか?
周りを見ると
「ぬぉおおおおおおっ!」
「いいじゃんけ! その調子で桜の木までとんでいくじゃん」
うわっ! 遊と大垈君メチャいい感じで走っているじゃん。舞ちゃんたちも息ピッタリだ……何で? 大垈君だってぶっちゃけ運動音痴のハズなのに……。
「……」
「……」
赤坂君が黙りこくってしまった。私も赤坂君に掛ける言葉が見つからなくなってしまった。
「なぁそろそろ休憩でもしんけぇ?」
遊が休憩しようと言い出した。そうだね、この状態じゃ埒が明かない。赤坂君に合わせる顔がないと思った私は、自然と赤坂君から離れていった。すると、
「美波……ちっとこっちこうし」
遊に呼び出された。でも遊の様子がいつものおちゃらけた感じと違う。私は遊とケヤキの木の下へ移動した。
※※※※※※※
「おまん何焦ってるで?」
遊が開口一番こう切り出した。
「えっ!? 別に焦ってなんかないよ」
とは言ったものの……焦ってるのかなぁ? まぁ確かに、体育祭まで時間がないのに赤坂君が全く動けていなかったり、だから代わりに私が積極的にリードしてやろうと思っても全然上手くいかなくて、そのことがプレッシャーになってさらに空回りしているような気がする。
「まぁおまんがちっこいのに対して積極的なのはわかるけんど……」
「ええっ? そっ……そんなことないけど」
「いやいや、だってこの前相合傘してけえったし」
「うぐっ!」
「こっそり見舞いに行くし」
「うげっ!」
「カラオケのドリンクで間接キスを……」
「うがぁあああ!」
っていうかそれはオマエが仕掛けたんだろぉがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
「でもおまん、アイツのこん全然信用しちゃあいんだろ?」
――!?
遊の口から意外な言葉が出た。私が赤坂君を信用してない?
「えっ? そんなことあるわけないでしょ!?」
「いや、おまん見てると何か……自分が全部引っ張っていこうとしてねぇけ? 逆にアイツの実力をいっさら信用しちゃいんように見えるさ」
「え?」
「おまんはとびっこ速いからリードしてぇだろうけんど、付き合わされるアイツはたまったもんじゃねぇよな……それに」
「それに?」
「アイツ、自分からやりてぇって言っただよ! やる気あるだよ! だったらアイツの実力を十分に引き出してやったらどうで?」
そっか……そうだよね。私は赤坂君に実力がないから自分が引っ張ってやろうと躍起になっていた。でもそれは違う。彼にはやる気も実力もあるんだ……この前お見舞いに行ったとき、あれほど彼に対してやる気を起こさせるようなことを言ってたくせに……何やってんだ私!
「アイツに全力で走らせてやれし……おまんの実力じゃ余裕だろ?」
そんなことを遊は簡単に見抜いていた……やっぱ私、コイツには敵わないな。
※※※※※※※
休憩を終えて練習を再開した。あれっ? 赤坂君は大垈君と握手している……何があったの?
私は赤坂君の左足と自分の右足を紐で結んだ。そうだよね、普通はこんな状態で歩けるワケがない。この紐はお互いが信用している証しだ。
赤坂君は運動音痴だ……絶対に遅い。だからこそ彼が100パーセントの力を自から発揮してくれることを信じよう。そしたら私が「彼の全力」をサポートしてあげればいいんだ。
私は紐を結び終えると赤坂君に言った。
「赤坂君! 絶対大丈夫……信じてるよ!」
「うん、頑張るよ! 任せて!」
赤坂君が親指を立てた。何となく上手くいく自信が出てきた。
「じゃあ結んだ脚からね」
赤坂君と目が合った。目を見た瞬間、自信が確信に変わった。
「「せーのっ!」」
私は自分から引っ張っていくのを止め、赤坂君に力をゆだねた。私の右足が、赤坂君の左足によって引っ張られていくのを感じた。今だ! 私は赤坂君のペースに合わせ、右足を添えるように動かした。1歩目が着地! そのまま2歩目は1歩目と同じペースで動かしていく。私のペースから考えるとかなり遅いが、ここは赤坂君の「全力」に合わせよう!
――あっ!
いつの間にか何歩も進んでいる。やった! うまく走れたじゃん。
「ストップストップ! もういいよ赤坂君」
気がついたらかなりの距離を進んでいた。大成功だ!
「やったぁー赤坂君! 転ばずに行けたね」
やっと赤坂君と息が合った! 私は嬉しさのあまり赤坂君に抱きついてしまった……足首が紐で結ばれていることを忘れて……。
〝ドタッ〟
赤坂君がバランスを崩して尻もちをついた。つられて私もバランスを崩し……
――あ゛っ!
赤坂君に覆いかぶさるように……いや、赤坂君を押し倒すような形で倒れ込んでしまった。
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ! これじゃ私が公衆の面前で赤坂君を襲っているみたいじゃないのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? 違う違うっ! 私、変態じゃないからね! 変態じゃないからねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
すると、それを冷ややかな目で見ていた遊が
「おーいご両人……特にそこの痴女! 公然ワイセツ中のところ悪いけんど……」
「だっだだだだ誰が痴女だぁ!!」
「ちっちちちち違いますこれは!!」
遊と大垈君は声を合わせ
「「転ばないのが前提……だっつーこん」」
とても冷めた声でツッコミを入れてきた。
「「あ゛……」」
私と赤坂君は顔を見合わせた。
【終戦】
その後、練習は何日も続けられ、私と赤坂君のペアは、確実に息ピッタリで走れるようになった。
そして月末……私たちは万全の状態で体育祭本番を迎えた。
(つづく)
最後までお読みいただきありがとうございました。次回は(体育祭編)です!