消しゴム戦争【後攻】
これは、何事にも素直になれない女の子が
ひとりの男の子に想いを伝える物語です。
関東甲信越地方に梅雨入り宣言が出されて2週間経ったある雨の日、釜無高校1年3組の《御勅使 美波》はこの日の天気と同じくらい憂鬱な気分で3時限目の授業を受けていた……そう、私のことだ。
私は高校に入学して以来、ずっと好きな人がいる。それは私の左隣の席に座っている《赤坂 大》君だ。
中学は別だったが、高校入試のとき彼の存在を知った。その後、たまたまクラスが一緒になり運命的なものを感じた……要するに「一目ぼれ」だ。なぜ一目ぼれしたのかというと……
私は身長148センチ、女子の中でもかなり低い方だ。コンプレックスとは思っていなかったが、自分より背が高い男の人にマウントを取られるのがイヤ! という性格……要は負けず嫌いだ。そのため次第に、身長差が低いのをイジってくる男子に対して威圧的な態度をとってしまうようになった。
そんな性格が災いしてか、どうやら私は一部の男子から「ラーテル」などと呼ばれているらしいが、意味がわからなかったので検索してみた。画像を見たらカワイイ動物が写っていたが、動画を見たら……何これ超怖いヤツ……失礼よっ!
なので彼氏にするなら絶対私より『低身長』、しかも性格が大人しい(マウントを取りやすい人)と昔から決めていた。
だが現実は残酷だ。中学くらいから男子はみるみるうちに背が高くなり……もう私の理想の彼氏は小学生しかいないのでは? と半ばあきらめていた時期に受験したこの高校で……
――見つけたっ!
どう見ても私より同じか低身長! しかもどう見ても草食系……つまりマウントを取りやすそう。ルックスもまぁまぁ問題ナシ(ちょっとカワイイくらい)……理想の男子だ!
でも……草食系は接し方が難しい。入学してからの3か月間、いろいろ試行錯誤してそれとなくアプローチしたつもりだけど全く反応ナシ。この間、中学時代からの親友に恥を忍んで相談したら「彼女いるかストレートに聞いてこぉし」と、あっさり言われたので勇気をもって聞いてみた……
「ねえ、ア……アンタ誰か付き合っている人いるの? いないよねー!?」
…………ガン無視された。
そりゃそうだ! いくら緊張していたとはいえ、あの聞き方はナシに決まってるよなぁ~。その日は1日中自己嫌悪になってしまった……私のバカ!
その前もそうだった。2回ほど日直で2人きりになって親しくなるチャンスがあったのに、緊張して「○○やって」と、お願いしたつもりが……どうやら命令口調に聞こえてしまったみたいで思いっきり引かれた。
普段から男子に威圧的な態度を取るクセがついてしまったのか? うぅっ……まだまだ続きそうだなぁ~この片想い。
恋愛はムズい。こんなとき私は、占いやおまじないに頼ってしまう。実は今、赤坂君と付き合えるようにある「おまじない」をやっている。それは……
私の消しゴムの「中」……つまりカバーを外した消しゴム本体に、緑色のインクのペンで赤坂君の名前をこっそり書いておいた。これを誰にも見られることなく使い切れば、両想いになれるそうだ! まあベタな「おまじない」だけど……
その消しゴムを使い切るために今日も……あれっ?
――消しゴムが無い!!
――もしかして落とした? マズい……超マズい!
――そんな大事なモノ……他の人に見られたらマジで終わる!
――周りに落ちて……うーん、目の前の床にはないなぁ~。
――もしかして盗られた? それとも誰か拾った? どっちにしろ最悪だ!
私はいつも左側に筆記具を置いている。とりあえず左側から探そ……
――えっ左!? まさ……か?
イヤな予感がしたので、そ~っと前方の床から左側に目をやると……私の目の前にそのまさかの光景が!
なんと私の消しゴムは、その「おまじない」で書いた名前を一番見られてはいけない相手《赤坂 大》君が持っていたのだ! 彼は消しゴムを私の机に置こうとしたのか、明らかにビクついた態度で私の方に手を伸ばそうとしていた。そして、私と目が合うと……
「「あっ!?」」
赤坂君と私、2人同時に声が出てしまった。
その瞬間、私の心の中の戦争が――
【開戦】
い……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――何で? 何でよりによって……
赤坂君が私の消しゴムを持っているのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
思わずムンクの「叫び」の表情になってしまった。頭と顔から血の気が引いている感覚が自分でもわかる。
赤坂君も驚いた顔でこっちを見ていた。あれ? 急に下向いて目をそらしたんですけど何で!? もしかして盗もうとした? まさか~そんなワケないよね?
ん? 赤坂君、何かボソッとつぶやいてる……声が小さいなぁ。
「あっあの……これ落ちました……」
あ……って事は拾ってくれたんだよねーありがとー! っていやいやいやそれはそれでメチャ嬉しいんだ~け~れ~ど~も~ぉ!
今は彼に消しゴムの中の「名前」、つまり……
『赤坂 大くん♥(はーと)』
……と書かれた文字を見られたかどうかが重要な問題だ!!
今は私の一方的な片想い。まだ気持ちを全然伝えてない相手の名前が書かれた消しゴムを、他人に見られるのも十分恥ずかしいのに、それをよりによって当の本人に……しかもハートマークまで見られたら……
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! マジで死ねる。
彼は下を向いたままだ。名前を見たかどうか表情で判断できない。
どうしよう、ここは彼が名前を「見ている」「見ていない」の二択になるワケだが……「見ていない」のならそのまま素直に受け取ってお礼を言えばよい。
だが問題は彼が「見ていた」場合……全てが終わりだ。いくら低身長で草食系の見た目でも、弱みを握られてしまったら「へぇ……キミはボクのことが好きなんだねぇ……まぁ仕方ない、付き合ってもい・い・け・ど(上から目線)」って態度になりかねない!
それじゃあ完全にマウントを取られてるじゃん! いくら私の方が好きでも、やっぱり告白は向こうからして欲しい! でなけりゃ私は、そのうち身長も追い越されて……ずっと彼の「下女」で過ごさなければならなくなる……。
いやだぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!
そんな関係なら初めから付き合いたくないっ! 一生独身で過ごしてやるぅ!
それにもし彼が「見ていない」と言ってもウソをついている可能性もある。どうする? この状況をうまく解決する方法はあるの?
んんんんんんんんんんんんんん(考え中)んんんんんんんんんんんんんんん……
そうだ! いいこと思いついた。
――脅せばいいんだ(ニッコリ)!!
もし「見ていない」とウソついても私が凄みをきかせて威圧すれば、たぶんあのタイプは「見た」と白状しそう。そしてもし「見ていた」としたら……更に威圧して彼に恐怖心を与え……
「鷺を烏」「白を黒」そして……
「見た」を【見てない】と、記憶をすり替えさせよう!
――我ながらナイスアイデア! 心の中で自分にグッジョーブ!
赤坂君が顔を上げてこっちを見た。よし! 睨みつけよう! こっちも恥ずかしさでちょっと顔が熱くなってるけど冷静に……
じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ……
キミは見てないよぉ消しゴムに書かれた名前なんか見てないよぉましてやハートマークなんて絶っっっ対見てないよぉもし見ていたとしてもそれは幻覚だよぉそれはキミの記憶からたった今抹消されるよぉさあっさあっさあっさあっ!! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
――赤坂君、怯えた表情で私を見ている。
ごめ~ん! 赤坂君を恐怖に陥れるつもりはないんだけどアレ(消しゴムに書いた名前)を見られたら「おまじない」が効かなくなってしまいそうだし……それ以前に……見られたらメッチャ恥ずかしいんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!
――私は……真剣にキミのことが好きなんだよ。
まあ何にせよ少しでも早く返してもらおう。
「わかったから……早く返して」
私は左手を差し出した。
――あーあ、何で私ってこんな不愛想な返ししかできないんだろうか?
消しゴムに書いた名前は見られたかな? 睨んだことで彼に嫌われたかな? 緊張と恥ずかしさで心臓がバクバクして破裂しそうだ。
お願いだから中に書かれた名前は見ずに(万が一見たとしても忘れて)そーっと渡してちょうだ……えっ?
――ちょ……何よ? その渡し方はあああああああああああああああああっ!?
消しゴムを渡そうとした赤坂君の行動に思わずキレそうになった。私の消しゴムを2本の指の先端でつまんでそのまま横移動……ってクレーンゲームかよっ!?
えっ何? 私の持ち物が汚いって意味? 失礼だ……ってかおいっ! そんな持ち方で床に落とすなよぉ~!
赤坂君の失礼な行動に対する怒りと、消しゴムを落とされて「二次被害」を出してもらいたくない緊張から、さっき以上に顔がこわばり睨みをきかせたような表情になった……そのせいか赤坂君、かなりビビッて手がぶるぶる震えている。ごめんごめん、あともう少しだから頑張って!
この教室は隣同士っていってもかなり間隔が空いているからなぁ~、私たちのような低身長だと少し椅子を移動させないとちょっとキビシイかも?
――あれ? あっああ赤坂君! ちょっその体勢は無理があるんじゃ……
――え!?
バランスを崩した赤坂君の右手が、私の左手の上に……
〝ペタッ〟
消しゴムを挟み込むように手が重なり合ってしまった。
きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
うっ……うれしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
――何というサプライズ。最高だ!
神様ありがとぉおおおおおおお! しばらくこのまま手を洗いたくない気分だ。
いけないいけない……思わぬハプニングで興奮してさっきより表情がこわばってしまった! 顔も熱いし震えも止まらない……とりあえず上がった口角だけでも元に戻しておこう。
赤坂君は重なりあった手をすぐに引っ込め、再び下を向いてしまった。そして少しずつ顔を上げていたが私の顔を見た瞬間、全ての動きがフリーズした。目がうつろで、まるで死を覚悟したような表情……脳内で遺書でも書いていそうだ……そっそんなに怖いの私って?
そうだ、アレを確認しておかないと……そう、消しゴムの「名前」、つまりケースの中を見たのか見てないのか?
「ねぇ……消しゴムの……中……見た?」
いいかぁ~見てるなよぉ~見てるな~見てるな見てるな見てるなぁああああ……くすんっ……お願い~見てないでぇ~万が一見たとしても忘れてぇえええええ~!
私は、祈る思いで彼を睨み……もとい、彼の目を見続けた。
「いえっ見てませんっ! 何も見てませんっ!」
赤坂君は、まるで雨の中で親とはぐれた子猫のように目をウルウルさせながらそう答えた。うっ……カワいい。
「そう……」
とりあえず信じよう。好きな人が言うことなんだもん……信じなくちゃ! たとえ「見ていた」としても、これだけプレッシャーを与えたんだ。きっと見なかったことにしてくれるよね?
あっそうだ、お礼言わなくちゃ! でも面と向かって言うのもこの状況では恥ずかしい。かといってそのまま無視なんて彼に申し訳ないし……なので、正面向くときにそれとなく聞こえるように小声で……
「あ……あり……だと」
はい、噛んだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――うわあああっ! 恥ずい恥ずいっ恥ずかしぃいいいいいいいいいいいいいい!
何でこういう大事な場面でキメられないんだ私……あー死にたい。
【終戦】
でも拾ってくれたのが赤坂君でよかった。本当にありがとう! 正直者だし親切だしちょっとカワイイし、それに今日は手も握れたし……
(注※実際は手が触れただけですが彼女の脳内で勝手に盛られています)
消しゴムの「おまじない」……できるだけ早く使い切って赤坂君の彼女になれるように頑張ろう! 今はまだ距離があるけどいつかは……
――赤坂君、今日のことで少しは私のこと意識してくれたかな?
※※※※※※※
〈1年後〉
私には今、彼氏がいる……そう、当時左隣の席だった《赤坂 大》君だ。
あの出来事から半年後に消しゴムは使い切り……告白。どっちから告白? それは今の段階では言えないなぁ……最後までのお楽しみ!
もちろん、他にも色々エピソードはあったんだけど、それはまた次の機会に!
そういえば先日、消しゴムの話題が出たときに彼がこんなことを聞いてきた。
「あのとき……もしボクが消しゴムを振り落として他の人に拾わせていたら?」
どうやら彼は最初、自分が拾ったら迷惑じゃないかと思って足にのった消しゴムを振り落とそうとしたらしい……うわっ! マジか!? 私はこう答えた。
「絶対泣く……そして(オマエを)ぶっ飛ばす!」
赤坂君、めっちゃビビってた(笑)。まあ「ぶっ飛ばす」はウソだけどね!
あと「『消しゴムの中』ってどういう意味?」って何度か聞いてきたけど……
――これだけは絶っっっ対に教えられないよ♪
最後までお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!