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お見舞い戦争【後攻】

【登場人物】


◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆

高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。

◆赤坂 大(あかさか だい)◆

高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんがちょっと気になる。

 昨日の大雨がまるでウソだったかのように晴れ渡った9月上旬の金曜日の午後。釜無高校1年3組の《御勅使(みだい) 美波(みなみ)》はこの日、「あること」が気になって気になってとても気になって……ずっと罪の意識にさいなまれて朝から授業に全く身が入らないでいた。そう、私のことだ。


 同じクラスで2学期から私の右隣の席に座り、私がひそかに想いを寄せている男子の《赤坂(あかさか) (だい)》君がこの日、風邪をひいて休んだ。

 昨日は大雨、私は赤坂君とより一層親密になりたくて、以前から計画していた方法で、彼とバス停まで相合傘をして帰ることに成功した。

 無事、バス停まで着いたのはいいが強風と横殴りの雨で私が困っていると、赤坂君は持っていた傘を私に渡して、自分は雨に打たれて帰ってしまったのだ。

 赤坂君が風邪で休んだのは間違いなく私のせいだ。赤坂君はその気がないのに、自分の一方的な欲求を満たすための行為によって赤坂君に迷惑を掛けてしまうなんて……私は最低だ。


 うわっ! ボーっとしていたらノートに何だかよくわからない文字を書いているじゃん。私は筆入れから消しゴムを取り出した。


 ――あ……


 私は1学期のときから、赤坂君の名前を書いた消しゴムを使っている。最後まで使い切ると両想いになれるという「おまじない」だ。

 半分くらいまで減っている。でも、このまま使い切っても今の私は……。


 赤坂君に謝りたい。そして、このバカな頭を冷やすために赤坂君と少し距離をとろう。でも、どうやって謝りに行こうか?

 謝罪のためだけに、いきなり病人の家に押し掛けるのは自分勝手で非常識な考えだろう。でも、ニャインとか使わずできるだけ早く、直接会って謝りたい。

 何かいい方法はないか考えていたら6時限目の授業が終わってしまった。はぁ、どうしたら……。すると、先生が


「おーい、大垈(おおぬた)! お前、帰りに赤坂の家の近く通るよな? 悪いけどこのプリント届けてくれないか? 」

「えっ……あ、承知つかまつりました! 」


 先生が大垈君に、赤坂君へ渡すプリントを預けている……これだ!! これなら()()()()()で赤坂君の家に行ける。


「あ……大垈君! 」


 私は、先生が教室から出ていったタイミングで大垈君に声を掛けた。


「おぉ御勅使殿、拙者に何か用でござるか? 」


 《大垈(おおぬた) 竜地(りゅうじ)》君、赤坂君の友人で、とてもいい人なんだけど……ちょっと会話が面倒くさい。


「あっあのさ……私、今日ちょっと駅前の方に用事があるんだけどさ……そっその、赤坂君の家の前を通るからさ……私が届けて()()()()()()んだけど……大垈君、ちょっと回り道だよねぇ……だっだから……」


 うわぁあああああああああああああああああああっ自分でも何言ってんだろ? あんまり「行きたいアピール」すると怪しまれるし、かと言って「仕方ない行ってやるわよ」みたいな空気感出したら断られるだろうし……難しいよぉおおおお!

 すると、大垈君はしばらく考えてから、


「そうでござるか? 実は拙者も本日は用事があり、一刻も早く帰りたい故、ならば御勅使殿にお頼み申したく候」


 ええっと……よくわかんないけど私が持って行っていいってことだよね?


「あ、うん、ありが……じゃない、任せて! 」


 やべぇやべぇ……ありがとうなんて言ったら完璧に「行きたいアピール」じゃないか。私は大垈君からプリントを受取ると、急いで自分のバッグに入れた。

 赤坂君の家は私の家と逆方向だ。部活は休むと連絡した。急いで行こう。


「じ、じゃあね大垈君! 」

「あっ御勅使殿! 」


 帰ろうとした私を大垈君が呼び止めた。


「え? 何? 」



「御勅使殿……()()()を祈る! 」



「あ、あぁ……ありがと……」


 私は急いで教室を出た。大垈君っていいヤツだよねー、()()()かぁ……



 ――え?



 ちょっそれどういう意味よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 ……もしかしてバレてる?



 ※※※※※※※



 赤坂君の家に着いた。うぅっ、やっぱり緊張するぅううううううううううう!!


 場所は、以前赤坂君から聞いていたので、だいたいこの辺りだということはわかっていた。表札もあるし間違いなくここだ。それにしても……

 赤坂君に「謝りたい」という一心でここまで来てしまったが、好きな男の子の家に「初めて」「1人で」「アポなし」……勢いで来たとはいえ、この行為、一歩間違えれば()()()()()だ。とはいえ、こちらには「プリントを届ける」という「大義名分」がある。大垈君には感謝しかない。

 玄関チャイムのボタンに指を置く。指先が震え、心拍数爆上がりだ! しかしここで突っ立っているワケにはいかない……ええぃ、ままよ!


 〝ピンポーン〟


 ――お……押してしまったぁあああああああああああああああああああああ!


 どどどっどうしよう? 家の人がインターホン越しに「はい、どなた? 」って聞いてきたら何て答えれば正解なのぉ? 高校の関係者? 同級生? クラスメイト? 友人? 彼女? 婚約者? ……おぉい、何言ってんだ私ぃいいいい!?


 すると、奥から


 〝ワンワンワンッ〟


 犬の鳴き声が聞こえた。うわっ完全に不審者扱いされてる? インターホンのカメラに怪しまれる姿で映らないように前髪を直していると、


 〝ガチャッ〟


「はい、どなた? 」






【開戦】






 ――うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああインターホンかと思って待ち構えていたらいきなりドアから顔を出してきたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 家の中から赤坂君のお母さんらしい人が出てきた……どうやらインターホンは無かったみたいだ。


「あっああの私、赤坂君と同じクラスのみっ……御勅使って言います! 」

薬袋(みない)さん? 」

「えっあっミ()イです。あのっ先生から頼まれたプリントを届けに……」

「あら珍しい、今日は大垈君じゃないのね」


 ――うわぁああああそうですよねぇええええ不自然ですよねぇえええええ!?


「あっ大垈君は何か急用ができたみたいで……そっそれで私が代わりに……」


 ――大垈くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん、ごめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!


「あらそう……じゃあプリント頂いて息子に渡しておけばいいのね? 」


 え゛ぇっ!? そしたら赤坂君に会わずして帰る……門前払いじゃないかぁあああああああああああああああ! それじゃいったい何しに来たんだ御勅使美波?


「あっあの私、実は学級委員長で……そのっ、クラスを代表して赤坂君の見舞いにきたんです! 」


 学級委員長の《玉幡(たまはた) (ゆう)》、マジですまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!


「あらそうなの? じゃあミダイさん、中に入ってちょっと待ってて! 今、大が起きているかどうか確認してみるから」


 そういうと赤坂君のお母さんは2階に上がっていき、私は玄関で待たされた。すると1匹のワンちゃんがこちらに向かってきた。


 ――うわっ! かわぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!


 茶色のダックスフンドだ。さっきまでけたたましく吠え続けていたが今はめちゃくちゃシッポを振っている。私がワンちゃんに手を振っていると


「あ、どうぞ! 大、起きているみたいだから上がって! 」

「あ、すみません、おじゃまします」


 赤坂君のお母さんが2階から下りてきて部屋まで案内してくれた。うわぁ緊張する! 訪問のマナーってどうすればいいんだ? 失礼ないかなぁ? 

 一緒に階段を上りながら赤坂君のお母さんが話し掛けてきた。


「ごめんなさいねぇミダイさん、ウチのは女の子に免疫がないから……」


 ――あぁ……何となくわかる気がする。


「こんな()()()()()が家に来たらビックリしてひっくり返るかもよ? ()()()()が帰ってきたらさっそく報告しなきゃ」


 ――え? お母()()……今、何ておっしゃいましたか??



 ――もしかして……【カ】【ワ】【イ】【イ】?



 きっ……きゃぁあああああああああああああああああああああああああああ! もっと言ってくださいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! ウソでもうれしいですぅうううううううううううううううううううううううう!!

 私は天井を突き抜け屋根まで上りそうな気分だったが、ふと我に返った。


 ――そうだ、今日来た本当の目的は「赤坂君に謝ること」だ。



 ※※※※※※※



 赤坂君の部屋の前まで来た。部屋の入り口はドアではなく()()()だった。


「どうぞ入って! あ、あとでお茶持ってくるからね」

「あ……すみません、お構いなく」


 やっぱ緊張するぅううううううううううううううううう! この緊張の原因が、好きな男の子の部屋だからなのか、今から謝罪するからなのかはわからない。

 私はふすまを少し開け、覗き込むようにして


「こんにちは……赤坂君」


 と、声を掛けながら部屋を見た。男の子の部屋だが、私の兄貴の部屋と違い、アニメのポスターやフィギュアが飾ってある、ちょっと子どもっぽい感じの部屋だ。

 赤坂君はベッドに入った状態で目をまん丸くしてこっちを見ていた。まだ具合悪そうに見える……顔が赤くて熱がありそうだ。


「あ、あああああどうぞ入って……」

「お……おじゃまします」


 さっきお母さんが言ってたみたいにひっくり返らなかったが、ビックリするというより、明らかにおびえた目で見ている。そんな……魔王軍に平和な村が襲われたときの村人のような目で見ないでよぉ!


「あ、あの……赤坂君……具合、どう? 」

「う、うん……午前中は熱あったけど今は下がったみたい」

「そ……そう、良かった」


 ――いやいや、良くない。私は赤坂君に謝りに来たんだ。


「ま、まさか御勅使さんが来るとは思わなかったよ、てっきり竜地君だと……でも竜地君ならドラコが吠えるはずがないからおかしいと思ったんだ」


 えっ? ……珍しく赤坂君の方から話しかけてきた。どうしよう、謝るタイミングを逃してしまった。


「ドラコ……って名前なんだ、あのワンちゃん」

「うん、最初は竜地君が〈龍虎王〉って名前付けようとしたんだけど女の子(メス)だし、さすがにそれは……って思ってボクが〈ドラコ〉って付けたんだよ」


 何で友達の犬に名前を勝手につけようとした大垈君……ってかセンス悪っ!


「へぇ……そうなんだ」


 普段無口で声の小さい赤坂君が珍しく饒舌だ。何か私に対して気を使っているように見える……いやいや、そんな話をしに来たんじゃないんだよっ!


「あ、御勅使さんごめん立たせたままで……座布団とかないけど、どこか適当に座って……」


 赤坂君がベッドから体を起こして立ち上がろうとした。私は急いで赤坂君のベッドの前にひざまずき、そのまま土下座をした。




「赤坂君……ごっ……ごめんなさいっ!! 」




「えっ!? 何で? ボッボク何も……」

「だって私が……私があんなことしなければ……グスッ……赤坂君、こんな目にあわなくて……グスッ……」


 私は1ミリも泣くつもりはなかったが、自然に涙がこぼれてしまった。バカバカバカ! 何で泣くんだよ私! 赤坂君に誠意を見せなきゃいけないときに……ちゃんと謝らなければいけないときに……これじゃあ「女は泣けば許される」みたいに思われてしまうじゃないかぁあああああああああああああああああああああ!

 でも、顔を上げて赤坂君の優しい表情を見た瞬間に涙が止まらなくなっていた。


「だっ大丈夫だよ御勅使さん、ボク平気だし……だから、泣か……」


 赤坂君がそう言いかけたとき、


「ごめんなさいねぇミダイさん、たいしたものないけど……」


 赤坂君のお母さんが飲み物とお茶菓子を持って部屋に入ってきた。


 うっうわぁあああああああああああああああああああああああああああああああタイミング悪すぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!


「えっ!? ちょっと! 大っ……アンタ何で女の子泣かしてるの!? 」


「えっえっ!? 違うよ! こっこれはっそのっ……」

「あっあいえ違います! そういうんじゃないですから……」


 2人で誤解を解くのに必死だった。



 ※※※※※※※



 飲み物とお茶菓子を持ってきたあとに、赤坂君のお母さんが私に座布団を用意してくれた。赤坂君は自分の座椅子に座っているけど、なぜか正座している。


「あ……どうぞ、飲んで……ください」

「あ、すみません……いただきます」


 気まずい雰囲気の中、用意されたのはアイスコーヒーと、ソフト紅梅というお菓子だ。ソフト紅梅は好きなんだけど……ここで遠慮なくパクパク食べる状況じゃないよなぁ……飲み物だけいただこう。でもコーヒーは正直苦手なんだけど、ガムシロとミルクを入れれば何とか……うわっ、まだ苦いよぉー。


「あ、御勅使さん……こっちのガムシロも使う? 」

「え? ……あぁ、ありがとう」


 赤坂君が自分の受け皿にあったガムシロをくれた。あ……そういえば赤坂君ってブラック飲めるんだっけ? そこだけは何か大人なんだよなぁ~。そういえば夏休みに赤坂君と大垈君と遊と私の4人でカラオケに行って……あ゛っ!


 そっそそそそういえばあのとき、赤坂君と……かっ間接キスしたんだっけ? 思い出しちゃったぁああああああああああああああああああああああああああ!!


 ――っておいっ! 今はそんなこと考えている場合ではないだろ私!


「あっあの……赤坂君! 」

「はっはひっ!? 」


 私は持っていたカバンの中から、赤坂君の折り畳み傘と、先生に頼まれたプリントを取り出して


「傘、ありがとう。ちゃんと乾かしておいたけど……もし心配だったらもう一度干してね。それと、これ、先生から頼まれたプリント……」

「あ、あぁありがとう」

「それと……本当にごめんね。私のワガママに付き合ってもらったばっかりにこんなことになっちゃって……」

「えっだっだから大丈夫だって! ……それに、正直言うと……ちょっとうれしかったんだ」

「え? そうなの? 」


 ――うれしかった? えっまさか私に気があるってこと?


「うん……だって、今まで竜地君以外にボクのこと頼りにしてくれた人なんていなかったから……」


 ――そんな理由かよ、いくらなんでも信頼度低すぎじゃね? でも……


 赤坂君が大垈君以外の人と話をしている姿はほとんど見たことがない。別にクラスのみんなは赤坂君のことを嫌っているワケじゃないけど、何となく()()()()()()みんなを避けているというか……壁を作っているように見えることがある。


「えーっ、他にもいるでしょ? そういう人」



「いないよ……だってボク、『スクールカースト最下層』だもん」



「えっ? 」


 ――カースト? そういう差別的な用語は私が最も嫌いな言葉だ。 


「何? それ……」

「何って……()()()()()()()()だよ。だってボクって陰キャだしキモオタだし、竜地君以外友達いないし、どう見てもカースト最下層でしょ? 押原君や西条さんみたいな陽キャのカースト上位……あ、もちろん御勅使さんもだよ! そんな人たちに比べたらボクなんて不可触民……触れてはいけない身分だよ」



 ――あぁそういうことか。



 赤坂君は自分のことを過小評価しすぎて、結果的に劣等感がとても強くなってしまったんだ。観察力も無いよな……いや、初めから周囲を見ようとしていない。

 そういえば赤坂君(この人)は、1学期の終わりまで私も含めてクラスメイトの名前をほぼ全員知らなかった……いや、知ろうとしなかった。そうか、じゃあこの何もわかっていない赤坂君(コイツ)に「事実」を教えてあげよう!



「ないよ……そんなの」



 私がそう言うと、赤坂君は目を丸くして


「えぇっ!? だって……ボクなんてこの低身長(見た目)だし、性格も暗いし何のとりえもないし……どう見てもカースト最下層だよ! 」


 ――あぁ、やっぱりそう勝手に決めつけているんだ。


「赤坂君、もしそんなのがあるとしたらさぁ……それを証明する名札とか身分証明書とかあるの? 『私は○○の身分です』とか……」

「えぇっ……そっそれは無いと……思……ぅ」

「ないよねー? 私も聞いたことがないよそんなの」


 私は少しずつ、彼にじわじわと効果が出るように、言葉のボディブローをかませた。さて、そろそろ決定打でもお見舞いするか。


「あのさぁ赤坂君……そのスクールカーストっていう境界線……それってもしかして自分の心の中で勝手に引いているだけじゃないの? 」


 あ゛……調子に乗って「自分の心の中」なんてこっ()ずかしいフレーズが出てしまった! 赤坂君、お願いだから聞き逃してくれぇええええええええええええ!


「赤坂君、もし……もしもだよ、そのスクールカーストってのが本当に3組で存在していたとしたら、そんなの無視しちゃえばいいだけの話だよ! 」

「え? 無視って……そんなこと……えっ? えっ? 」


 赤坂君はかなり動揺しているみたいだ。彼にとってカーストという線引きはもしかしたら、そこに収まることで居心地がいい部分もあったのかもしれない。でもそれじゃダメだよ! 成長していかなきゃ! 前を向いていかなきゃ! 



 ――少なくとも……「私が好きになる人」はそういう人であって欲しい。



 仕方ない、この話をするか。



「私ね……小学校の時にイジメられていたの」



 私は、自分の過去の話をした。ちょっとしたキッカケでクラス全員から無視されイジメられたこと。逆にクラスのみんなを無視(シャットアウト)して、自分の好きな短距離走に夢中になっていたら他の友達ができたこと。すると知らない間にイジメが自然消滅したこと……。赤坂君が魅力的な人間になって欲しい一心で夢中で語った。


「そうか……そうだよね? すごいよ! 御勅使さんってすごくカッコいいね」


 ――ヤバッ! 思わず熱くなりすぎた。うわっ恥っず!


「あ、あああぁ私1人でしゃべりまくってゴメンねっ!? そっそそそういえばさぁ……赤坂君って、小中学校の頃ってどんな子だったの? 」


 ここまで卑屈な性格になるには、それなりの「過去」があるに違いない。赤坂君のことがもっと知りたい私は、赤坂君の昔の話を聞いてみた。

 とても困ったような顔をしたが、私がここまで過去の話を語ったことに負い目を感じたのか


「ぼ……ボクは……」


 赤坂君は自分のことを話し始めた。



 ※※※※※※※



「何もなかったよ……小学校の時は」


 赤坂君はそう語り始めた。


「えぇっ、何もないってことはないでしょ? 6年間もあったんだから何か思い出とか出来事はあるでしょ? 」


 私がそう言うと赤坂君は困った顔をして言葉を詰まらせたが、やがて覚悟を決めたような感じで再び語り始めた。


「本当に何もなかったよ……ていうか何もしなかった……ううん、何もさせてもらえなかったのが正解かも……」


「させてもらえなかった? 」


「う……うん、小学校時代までは学校が終わったらすぐに家に帰らなければいけなかったんだ。勉強以外は何もさせてもらえなかった。常に『大は何もできなくていい。勉強だけしていればいい』って言われていたから家のお手伝いもさせてもらえなかったんだよ」


「え? アニメとか好きじゃなかったの? 」

「あれは中学校に入ってからだよ、小学校の時はテレビも見せてもらえなかった」


 そうなんだ、ずいぶん教育熱心な家庭なんだなぁ……とてもあのお母さん見ているとそんな風には見えないけど……。


「へぇ、いろいろ制約があったんだぁー、あれぇー? ていうかもしかして赤坂君ってお坊ちゃん? それとも箱入り息子? 」


 私はこんなお坊ちゃまの箱入り息子は見たことがなかったので、ちょっとイジってみたくなった。でも、この後の赤坂君の一言で私が思っていた印象は180度転換し、ちょっとでもイジってみようかと思ったことを後悔することになった。


「ううん、ちょっと……違うよ」

「ええーっだってぇ、門限もあってお手伝いもしないなんて普通じゃないよぉ」




「そうだね、普通じゃない……言うとおりにしないと()()()()()()からね」




 ――え?



 私の心臓が1度だけ大きく鼓動した。


「え? どういうこと? 」


「言うこときかないと〈父親〉に暴力振るわれていたんだ。殴られたり蹴飛ばされたり……まっすぐ家に帰らなかったら殴られる。テレビはニュース以外の番組を勝手に見たらぶたれる。何かお手伝いしようとしたり勝手な行動をすると怒鳴られる……毎日がそれの繰り返しだったよ」


「何それ、虐待じゃん! 」


「そうだね……虐待かもね。でも、ボクにとっては小さいときからそれが普通だったからそれは〈しつけ〉だと思わされていたんだ。

 父親は……自分の思い通りにならないと気が済まない人だったみたい。だから自分以外の人から情報を吹き込まれるのを嫌がっていたみたいで……学校に行ってもクラスメイトや先生と話をしてはダメって教え込まれていたんだ」


「ひ……ひどい」


 私はショックだった。赤坂君にそんな壮絶な過去があったなんて。でもこれで少しわかってきた。赤坂君は幼い時から何もさせてもらえず、何かしようとすれば暴力で抑圧される……そんな生活を続けていて、いつしか「自分は何もできない」と思い込むようになったことが今のネガティブキャラにつながったのだろう。


 ――あ゛っ!?


「ちょっと待って赤坂君……ってことは今、こうして赤坂君と話をしているのって……超マズいんじゃない? 」


 もしかして赤坂君のお父さんに見つかったら私も叩かれるってこと? うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ超ヤバいじゃん!


「あ、大丈夫! ボクが中学校に入る前に両親は離婚したから」


 ――あぁそうなんだ、ちょっと焦った。


「元々、父親の暴力はお母さんの知らないところで行われていたんだけど、お母さんもうすうす感づいていたみたい。で、こっそり児童相談所とかいろいろな所に足を運んでたんだけど……ある日それがバレて今度はお母さんが暴力振るわれたんだ。それで警察沙汰にまでなって離婚が成立して……ボクの中学進学を機にお母さんと一緒にこっちに引っ越してきたんだ」


 ――へぇ、大変だったんだね……って、あれ?


「あれ? 赤坂君、さっき家におじゃまするときに赤坂君のお母さんが『お父さんが帰ってきたら……』って言ってたけど? 」


「あぁ、お母さん再婚したんだよ、()()父親との離婚の相談をした弁護士さんと」


 ――えぇっマジか!? 息子が草食系なのにお母さんメッチャ肉食系じゃん!


「そっそうだったんだ」


「うん、今のお父さんは前の父親(ひと)と正反対で、大抵のことは許してくれるし、やらせてもくれる。ボクがアニメやゲームに興味を持ったときも反対しなかったし、中学校では積極的に友達をつくるようにって言われたけど……今まで友達のつくり方を知らなかったからなかなか上手くいかなくて……」


 ――まぁそうだよね、いきなり違う環境に放り出されても戸惑うよね。


「でもある日、休み時間にノートの隅にアニメキャラのイラストを描いていたら話しかけてくれた人がいて……それが竜地君、初めての友達だよ。でもなかなか他の人たちとは馴染めなかった。高校に入ったら変われるかなって思ったんだけどまだ全然ダメだね……」


 赤坂君は今まで引っかかっていた何かが取れたようにスラスラと話していた。その表情は明るく、そんな暗い過去はまるで無かったかのように振舞っていた。


「そ……そう、それは大変だったよね? 」

「うん、でも今はボク幸せだから……」

「そ、そうね……これからだよ赤坂君! 」


 赤坂君も大変な思いをしてたんだ。ネガティブでコミュ力の低い男子なので、私も見た目(身長とか)は好きだけど正直、彼の性格に若干の不安があった。でも、こんな理由があったことを知って全て納得した。そして、こんな暗い過去を明るく話す彼に対して、実は芯の部分でとても強いものを持っているようにも感じた。

 それにしても、親を選べないってのは不公平だなって感じたのと同時に、私は今の家庭が普通だと思っていたが、それがとても幸せなことだと実感した。

 赤坂君は、新しいお父さんの元でこれから上手くやっていける気がする。私もできる限り()()()応援したい。


「あっ……あのさっ! 」


 突然、赤坂君が声をあげた。


「ん? 」


「ぼっ……ボク、これからみんなとうまくやっていけるかな? そっその……友達とか()()とか……」


「え? 」


 えぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!? 今、赤坂君の口から『彼女』って言葉が出たよねぇええええええええええええ!? えっ? えっ? 今まで恋愛ごとに興味なさそうな人だと思っていたけれど……えぇええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?


「だっ……大丈夫だよ赤坂君! 今の赤坂君のまま迷わず突き進んでいけば友達なんて簡単にできるよ……そ、……それと……赤坂君……さぁ」

「えっ……なっ何? 」


 一応、確認しておこう。たったたたたたぶん大丈夫だと思うけどぉおおお……でもそんな言葉が出るってことはもしかして()()()()()がいるのかな?


「彼女って……その……今、好きな子とか……いるの? 」


 うわぁあああああああああ聞いてしまったぁあああああああああああああああ! 確か1学期のときにも同じこと聞いた気がするけど……このときはお互いほとんど交流なかった状態だったから完全に無視されたっけ?

 でも今、この流れでこんなこと聞いたら、赤坂君に気があるってことがバレちゃいそうだけど……。


「えっあっいっいません! いませんけどぉそっその……いつかはって……」


 ――よかった、いないんだ……ってか私でもないのか? やっぱよくない!


「大丈夫! 赤坂君のことを好きになる子は…………()()()()()()! 」


 今、目の前にいますけどねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!


「だから……赤坂君も誰か好きな人(できればワタシ)を見つければいいと思うよ」

「そっそうだね……頑張ってみるよ」


 私は赤坂君の目をじっと見つめた。超能力も催眠術も使えない自分を悔やんだ。

 お互いの昔話をしていたら、いつの間にか時間がだいぶ過ぎていた。よく考えたら赤坂君は病人だ。これ以上長居したら申し訳ない。


「あ……ごめんね赤坂君、長居しちゃって」

「ううん、大丈夫だよ」

「じゃあ私帰るけど……ゆっくり休んで早く治してね」

「う、うん……今日はありがとう」


 私が帰ろうと立ち上がり赤坂君に背中を向けたとき、赤坂君が声を掛けた。


「あっあのっ! みっ御勅使さん……ボッボクと……」


 ――え? 『ボクと……』って? えっ? ってことはまさかその後に続くのはもしかして『付き合ってくれませんか? 』ってくるのか? えっえっ? ここで告白? えぇえええええついに来たかぁああああああああああああああああ!?




「ボクと……()()になってくれますか? 」




 うぉおおおいっ!! 今さらソレかぁあああああああああああああああっ!! まぁそんなことだろうと思ってはいたけどさぁー(涙目)。


「あのさぁ……」


 告白じゃなかったからちょっとキレ気味に言った。



「ここまでお互いの秘密さらけ出して……今さら他人? 」



「そっそそそそうだよね……ゴメン」

「フフフッ」


 しょうがない、ゆっくり少しずつ距離を縮めていこう。もちろん赤坂君のことはカーストでも何でもない、同じ目線の友達だと思っているよ……ずっと前から。


「じゃあね赤坂君バイバーイ、また学校でね」

「うん……バ、バイバイ……あ、御勅使さん」

「ん? 何? 」

「帰りどうするの? ずいぶん遠回りだけど? 」

「あ、今日は制服だからバスで帰るよ」

「あ、そうなんだ」

「陸上部のジャージ着てたらたぶん走って帰ると思うけどね……でも今日、部活サボっちゃったし」

「え? ここから走って? 坂も距離もハンパないけど……あ、そういえば」


 ――え、そういえば?


「御勅使さん……短距離好きだったのに何で転向したの? 」

「あ……あぁそれ? 」


 え? そこ? 私が小学校時代、短距離走に夢中になっていた話をしたが、今は中距離に転向していることが気になっていたんだ。


「中学校の時にね、どぉーしても勝てない相手がいたの。私は()()()に勝ちたかったんだけどね……そいつから〈あきらめる〉ってことを教えてもらったの」

「あきらめる? 」

「うん、〈あきらめる〉って〈逃げ〉や〈卑怯〉じゃなくて、新しいことに〈チャレンジ〉するキッカケなんだってさ! それはまた今度ゆっくり話すね」




 ちなみに……「そいつ」って赤坂君もよく知っているヤツだよ!






【終戦】






 ※※※※※※※



「あ、すみません長居しちゃって……おじゃましましたー」

「あらミダイさん、もういいの? もっとゆっくりしていってもいいのに」


 赤坂君の部屋を後にして階段を下りた私は、赤坂君のお母さんに挨拶した。


「あ、いえ……まだ風邪が治っていないのに申し訳ないです」

「大丈夫、たぶんあの子この後ゲームするハズよ」


 ――えぇえええ? そうなの?


 赤坂君のお母さんは赤坂君と違ってとても明るい人だ。でも大変な思いをしていたんだよなぁ……。強い人だ、何かあこがれる。


 〝ハッハッハッ〟


 息を切らしてドラコ(ワンちゃん)がやって来た。うわっ改めて見てもカワイイ! 初めは吠えられたが、今はシッポを振りながら私の足元に寄ってきて飛びつこうとしている。


「あ、ダメよドラコ、お客さんに飛びついちゃ」

「いえ、大丈夫です……あ、この子なでてもいいですか? 」

「ええどうぞ! なでられるの大好きだから」


 私はドラコの顔をなでた。ドラコはうれしそうに私に身体を預け「また来てね」って言ってるように見えた。もちろん私の勝手な妄想だが。

 よーしよしよし、また来るからねぇ~! 今度は友達としてではなく……。


「あ、すみません、それじゃあ帰ります。おじゃましました」


 ドラコのお腹まで一通りなで終わって、赤坂君のお母さんに一礼した。


「ああ、ちょっと待ってミダイさん、大したもんないけどこれ持ってって」


 お母さんがお菓子か何かを袋に入れて私に差し出した。


「え? あぁすみません」


 元はと言えば私が原因で赤坂君が休んだというのに……何か申し訳ない。


「あ、ところでミダイさん」

「はい? 」


「ウチの大とは……その……お友達なの? 」

「え、えぇ……仲良くさせてもらっています……」


 まぁたった今「友達」って双方確認したし……間違いはないだろう。


「そうなの……それは()()だわぁ」


 ――え?


「いえ、2人仲良さそうだったから……ワタシはてっきり大の『彼女さん』なのかと思ったんだけど……」


 ――えぇえええ?


「ミダイさんみたいなカワイイ()が大の『彼女さん』だったら良かったのにねぇ~まぁウチの大にはもったいないか……でも残念だわぁ」


 ――えぇええええええ?


「ミダイさん、これからも大のことよろしくお願いしますね」



 ――えぇええええええええええええ?


 この日、私の心の中の戦争が再び……






【開戦】






 こちらこそ……よろしくお願いしまぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっす!!



 ※※※※※※※



 私は頭がボーっとした状態で、甲斐の名将の名前を冠した橋を歩いて渡っていた。本当は近くにバス停があったがボーっとしていたので見逃してしまった。


 私は今回の失態で、一時は赤坂君への思いをあきらめようかと悩んだ。世の中にはあきらめることが大事なこともある。

 でもそれは、ある程度「努力」をしてから判断することだ。今の私は……今のところ大した努力はしていない。

 あきらめるのは……もっともっと赤坂君に、私を気に入ってもらえるように努力をして、最終的に赤坂君に『告って』それでダメだったときでいい。それまではがんばろう! あきらめちゃダメだ。


 赤坂君のお母さんからいただいたのは「きつねや」のかりんとうだった……大好物だ。私はかりんとうをつまみながら、もっと自分自身を磨こうと心に決めて家路についた。



 結局、考えごとをしていたらバス停を3ヵ所ほど通り過ぎていた。


最後までお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!

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