お見舞い戦争【先攻】
【登場人物】
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんがちょっと気になる。
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
昨日の大雨がまるでウソだったかのように晴れ渡った9月上旬の金曜日の午後。釜無高校1年3組の《赤坂 大》はこの日、風邪をひいて熱を出し学校を休んでしまったのだが、午後になって熱は下がってきたので2階にある自分の部屋でゲームをしながらごろごろしていた。そう、ボクのことだ。
熱を出して1日中寝込んでいれば時間がたつのも早かっただろうが、中途半端に動けるようになるとそれはそれで退屈な時間がとても長く感じてしまう。こんなときはゲームでもして時間をつぶすのが一番だ。
ボクがゲームやアニメといった趣味を持ったのは中学校に入ってからだ。小学校の時は全く趣味というものを持っていなかった……いや、持つことができなかったというのが正解かもしれない。
この趣味のおかげで中学校時代に《大垈 竜地》君という唯一無二の親友ができた。陰キャキモオタスクールカースト最下層のボクには、それまで友達と呼べる人は1人もいなかったのでとてもうれしかった。
そういえば今日は竜地君、遊びに……お見舞いに来てくれるかなぁ? 今日の授業内容も知りたいし、新作のゲームも手に入ったから対戦してみたいし……そんなことを考えていたら夕方になってしまった。
〝ピンポーン〟
玄関チャイムの音がした。竜地君、来たのかな?
〝ワンワンワンッ〟
《ドラコ》が激しく吠え出した。ドラコとはウチで飼っているダックスフントの名前だ。あれ? おかしいなぁー、竜地君だったらドラコは絶対に吠えないハズなのに……宅配便かな?
しばらくしたらドラコが鳴き止んだ。まだお母さんが応対しているみたいだ。誰が来たんだろう?
「大、起きてる? 」
お母さんが階段を上って部屋の入り口にやってきた。
「え? おっ起きてるよ! 」
ボクは慌ててゲームの音声を消音にした。いくら熱が下がったとはいえ、ゲームをして遊んでいるのがわかったら間違いなく怒られるだろう。
ふすま越しにお母さんが話しかけてきた。ボクの家は古い造りなので部屋は畳張りの和室になっている。
「学校のお友達が来ているんだけど……どうする? 」
――あ、やっぱり竜地君だ!
「いいよ、上がってもらって! 竜地君でしょ!? 」
「ううん、大垈君じゃないよ! 」
――え? じゃあ誰?
「女の子よ! ミダイさんっていう子……」
――え?
えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
――何で御勅使さんが来てるのぉおおおおおおお!?
【開戦】
「上がってもらっていいね? じゃあ呼んでくるわよ」
えぇっちょっと待って待って待ってぇえええええ! 上がってもらっていいってのは竜地君のことだよ! でも、だからといって御勅使さんを門前払いするわけにもいかないし……。ボクは慌てて、部屋の中で特に目立って散らかっているものと『巨峰』を片付けてベッドにもぐりこんだ。
《御勅使 美波》さん――同じクラスで1学期はボクの右隣、2学期からは左隣に座っている女子だ。
昨日、その御勅使さんが傘を忘れたというので、ボクの傘を使ってバス停まで一緒に……つまり相合傘で帰った。
一度は御勅使さんとバス停で別れたが、突然雨風が強くなったので、心配になって引き返した。そして御勅使さんに傘を渡して、自分は雨の中を傘なしで帰った。風邪をひいてしまったのは、これが原因だったのかもしれない。
「どうぞ入って! あ、あとでお茶持ってくるからね」
「あ……すみません、お構いなく」
ふすまの向こうでお母さんと御勅使さんの声がした。心なしかお母さんの声が機嫌のいい時の声になっている。
ボクの友達は竜地君だけなので、家族と竜地君以外はこの部屋に入れたことがない。もちろん同い年の女子が入るなんて想像すらしたことがない。
「こんにちは……赤坂君」
ふすまが少し開き……御勅使さんが覗き込むような形でボクの方を見ていた。
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ!! 本当に来たぁああああああああああああああああああああああああああああ!!
心拍数爆上がりだ! 鉄壁の守りで固められた魔王城に、勇者が入ってきたときの魔王もこんな気持ちなのかもしれない。まさか本当に来るとは――?
「あ、あああああどうぞ入って……」
「お……おじゃまします」
本当に女子が……御勅使さんが、ボクの部屋に入ってきた!
「あ、あの……赤坂君……具合、どう? 」
でも御勅使さんの様子がおかしい。いつもの元気がなくて、御勅使さんの具合の方が悪いんじゃないかと思った。
「う、うん……午前中は熱あったけど今は下がったみたい」
「そ……そう、良かった」
いやいや、良くないよ。何かいつもの元気な御勅使さんじゃない。落ち込んでるみたいで心配だ。何か話すこととかないかな? ああ、そういえば……
「ま、まさか御勅使さんが来るとは思わなかったよ、てっきり竜地君だと……でも竜地君ならドラコが吠えるはずがないからおかしいと思ったんだ」
「ドラコ……って名前なんだ、あのワンちゃん」
「うん、最初は竜地君が〈龍虎王〉って名前付けようとしたんだけど女の子だしさすがにそれは……って思ってボクが〈ドラコ〉って付けたんだよ」
「へぇ……そうなんだ」
御勅使さんは少し明るい顔をした。あ、そういえば御勅使さんを立たせたままだった。ボクはベッドから体を起こし
「あ、御勅使さんごめん立たせたままで……座布団とかないけど、どこか適当に座って……」
ボクが話していると御勅使さんは突然、ボクの目の前で土下座をした。そして、
「赤坂君……ごっ……ごめんなさいっ!! 」
えっ!? えぇええええええええええええええええええええええええええ!? なっ何で? 何で御勅使さんがボクに謝るのぉおおおおおおおおおおおおお!?
「えっ!? 何で? ボッボク何も……」
「だって私が……私があんなことしなければ……グスッ……赤坂君、こんな目にあわなくて……グスッ……」
えぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
御勅使さんが泣き出してしまった。「あんなこと」とはきっと昨日、バス停で御勅使さんに傘を渡したので、ボクが傘を持たずに雨に濡れて帰ったことだろう。
きっと御勅使さんはあのとき、「きゃっ」と声を上げたことでボクに気を遣わせたことを悔やんでいるのかもしれない。
「だっ大丈夫だよ御勅使さん、ボク平気だし……だから、泣か……」
そのとき、
「ごめんなさいねぇミダイさん、たいしたものないけど……」
お母さんが飲み物とお茶菓子を持って部屋に入ってきた。
うっうわぁあああああああああああああああああああああああああああああああタイミング悪すぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
「えっ!? ちょっと! 大っ……アンタ何で女の子泣かしてるの!? 」
「えっえっ!? 違うよ! こっこれはっそのっ……」
「あっあいえ違います! そういうんじゃないですから……」
2人で誤解を解くのに必死だった。
※※※※※※※
御勅使さんがやっと落ち着きを取り戻したようだ。お母さんが御勅使さんの分の座布団を用意してくれた。ボクはいつもゲームするときに使う座椅子に座っているが、2人ともなぜか正座している。
「あ……どうぞ、飲んで……ください」
「あ、すみません……いただきます」
お母さんが出してくれたのはアイスコーヒーと、ソフト紅梅というお菓子だ。御勅使さんはミルクとガムシロップの両方を入れた。そういえば御勅使さんってコーヒーが嫌い……いや、ブラックが嫌いなんだっけ?
「あ、御勅使さん……こっちのガムシロも使う? 」
「え?……あぁ、ありがとう」
御勅使さんはボクの分のガムシロップも使った。ボクはブラックが好きなのでガムシロップは使わないし、お母さんもそれを知っているが一応、見栄えのためなのかボクの受け皿にも置いてあった。
確か御勅使さんはコーラが好きだったはず。夏休みに御勅使さんと友達の玉幡さん、そして竜地君の4人でカラオケをしたときに……あ゛っ!
そそそっそういえばあのとき、御勅使さんと……かっ間接キスしたんだっけ? 思い出してしまったぁあああああああああああああああああああああああああ!!
思い出したら御勅使さんの顔が見れなくなってしまった……気まずい。
「あっあの……赤坂君! 」
「はっはひっ!? 」
いきなり名前を呼ばれて声が裏返ってしまった。御勅使さんは持っていたカバンの中から、ボクの折り畳み傘と何かの用紙を取り出して
「傘、ありがとう。ちゃんと乾かしておいたけど……もし心配だったらもう一度干してね。それと、これ、先生から頼まれたプリント……」
「あ、あぁありがとう」
「それと……本当にごめんね。私のワガママに付き合ってもらったばっかりにこんなことになっちゃって……」
「えっだっだから大丈夫だって! ……それに、正直言うと……ちょっとうれしかったんだ」
「え? そうなの? 」
「うん……だって、今まで竜地君以外にボクのこと頼りにしてくれた人なんていなかったから……」
ボクは陰キャキモオタスクールカースト最下層の人間だ。小学校の時は1人も友達がいなかった。イジメられることすらなかった。なぜなら誰もボクと関わろうとはしなかったし、ボクも誰とも関わることはなかったからだ。
だからパシリであってもイジリであっても、いつもボクに絡んでくる御勅使さんの存在は、怖いけどそれと同時に少しうれしい気持ちもあった。
「えーっ、他にもいるでしょ? そういう人」
「いないよ……だってボク、『スクールカースト最下層』だもん」
ボクがそう言った途端、御勅使さんは
「えっ? 」
そう言って目を丸くさせた。そして
「何? それ……」
「何って……スクールカーストだよ。だってボクって陰キャだしキモオタだし、竜地君以外友達いないし、どう見てもカースト最下層でしょ? 押原君や西条さんみたいな陽キャのカースト上位……あ、もちろん御勅使さんもだよ! そんな人たちに比べたらボクなんて不可触民……触れてはいけない身分だよ」
すると御勅使さんは衝撃的な一言を口にした。
「ないよ……そんなの」
――え? そんなこと……ないでしょ?
「えぇっ!? だって……ボクなんてこの低身長だし、性格も暗いし何のとりえもないし……どう見てもカースト最下層だよ! 」
「赤坂君、もしそんなのがあるとしたらさぁ……それを証明する名札とか身分証明書とかあるの? 『私は○○の身分です』とか……」
「えぇっ……そっそれは無いと……思……ぅ」
「ないよねー? 私も聞いたことがないよそんなの」
御勅使さんは少し気分を害したっぽい。どうやらボクが言った「スクールカースト」という言葉が気に入らなかったみたいだ。
「あのさぁ赤坂君……そのスクールカーストっていう境界線……それってもしかして自分の心の中で勝手に引いているだけじゃないの? 」
――!?
そっそうなの? じゃあボクが今までクラスの中で感じていた閉塞感や疎外感って何? ボク自身が勝手に作っていたってこと??
「赤坂君、もし……もしもだよ、そのスクールカーストってのが本当に3組で存在していたとしたら、そんなの無視しちゃえばいいだけの話だよ! 」
「え? 無視って……そんなこと……えっ? えっ? 」
ボクは頭が混乱していた。カーストがないとか無視すればいいとか……今まで当たり前のように存在していたものが突然ガラガラと音を立てて崩れてしまった。
すると御勅使さんは大きくため息をつくと、アイスコーヒーを一口飲んでから静かにこう言った。
「私ね……小学校の時にイジメられていたの」
――え?
※※※※※※※
御勅使さんがイジメを受けていた? 信じられない。この人は低身長だけど、自分よりはるかに体格が良かろうが不良だろうが、男子に対して構わず威圧し歯向かっていく女子として有名で、恐れをなした男子たちが、本人の知らないところで「ラーテル」というあだ名を付けて呼んでいるらしい。
「不思議だと思っているでしょ? 陰でラーテルなんて呼ばれているヤツがイジメられていたなんて……」
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ! この人、自分がラーテルって呼ばれているの知ってんじゃん!
「えっ! あの! その……」
御勅使さんはクスッと笑うと話を続けた。
「小学校4年生のときにね、隣のクラスに幼馴染で仲のいい男の子がいたの」
御勅使さんは過去の話を始めた。小中学校は別だから当然ボクの知らない話だ。
「私、男っぽい性格だから異性とか何も意識してなくて、普通にその子や他の男の子たちとサッカーとかやったりして遊んでいたの……」
――へぇ……何となく想像がつきそうだ。
「そしたらある日、同じクラスの女の子がね……どうやらその男の子のことが好きだったらしくて私に『○○君と一緒に遊ぶのやめて! 』って言ってきたの。私はバカだから、当時は好きとかそういうの全然わかんなくて『何でアンタに遊び相手を決められなきゃいけないの? 』って言って断ったの。そしたら……」
「え? どうなったの? 」
「その子がクラス全員に、私を無視するようにって裏工作をしたの。リーダー格の子で私以外の女子は全員従えていて……その流れでクラスの男子も誰一人逆らえなかったから……次の日から私が挨拶しても全員無視。そのうち机の上に落書きされたり花瓶が置かれていたり……下駄箱も荒らされていたわ」
「えぇっ? それはヒドい! 」
ボクは小学校時代、石ころのように存在感を消していたのでイジメられた経験はなかったが誰とも口をきいた記憶もない。それもヒドい話だが、御勅使さんのそんな状況はもっとヒドいんじゃないかなと思った。
「最初のころは、寂しくて悲しくて悔しくて……毎日がとても辛かった。でもね……ある日、考え方をチョット変えてみたんだ! 」
「変えてみた? 」
「うん、私がみんなから〈無視されている〉と思うから、悲しかったり悔しかったりするんだってことに気付いたの。だから、私がみんなを〈無視している〉って思えばどうってことないって考えることにしたんだよ」
――えぇええええ!? こっこの人、発想がぶっ飛んでいる。
「え? でもそれって1人でクラス全員を敵に回すってことだよね? 相当メンタルが強くないとできないことじゃないの? 」
「全然大丈夫! だって、すでに全員から無視されている時点で友達ゼロだって自覚していたし……それに当時の私は、やりたいことがあったから正直こんな連中を相手にしているヒマなんてなかったわ」
「やりたいこと? 」
「うん、走ることだよ。当時は100メートルが好きで誰にも負けたくなかったから……。夜は市内の他の学校の子たちとアスリートクラブで練習していたんだけど、イジメのおかげでクラスの子と遊ばなくなった分、学校でも練習する機会が増えたんだよねー」
「え? 御勅使さんって中距離じゃなかったの? 」
「今はね。当時は短距離が好きだったよ」
――へぇ……知らなかった。
「学校のグラウンドは100メートルなかったから……校庭の片隅で毎日ヒマを見つけては50メートルを走り込んでいた。当然1人だったからタイムを計ってくれる子もいなかったけどね。でもずっと続けていたらある日、他のクラスの女の子が私に話しかけてきたの……『私も速く走りたい』って。
それから2人で毎日走って、お互いにタイムを計るようになって……そしたら上級生や下級生、男の子まで近付いてきて、いつの間にか学校の中で陸上部みたいな集まりになってきたの! ちょうど秋の運動会も近くなってきたから、みんな速く走りたかったんだろうね」
「えぇっ!? すごい! 」
「でね、運動会の時期になってクラス対抗リレーの選手決めの話になったときに、今まで私のことをさんざん無視していたクラスの子たちが、手のひらを返したように私を推薦してきたんだ」
「なにそれ? 都合よすぎじゃん! 」
他人の話とはいえ、さすがにボクもそれにはイラっとした。
「でしょ!? だから言ってやったの、『あれぇー、御勅使さんっていう人、このクラスにいたっけー? いない人が走るワケないよねー』って……独り言のように言ってやった」
「はははっ! それはしてやったりだよね? 」
「でもね、クラスのみんなは先生の前ではええ格好しいだから『何言ってんの? 御勅使さんは友達でしょ? 』って白々しく言ってきたの」
「うわっ! めっちゃ胸くそ悪いなぁ」
「そっ、だから捨て台詞のようにボソッと言ってやったの『そっかぁ、ここで私が代表になるってことは……みんな、負けを認めるってことでいいね? 』って」
――えぇえええ! 完全にマウント取っちゃったよ……やっぱこの人コワい。
「それで……結局運動会は走ったの? 」
「ううん、先生からも説得されたけど断固拒否した。一応、あの人たちにもプライドはあるだろうから、もし私が代表で走ったら余計にうっぷんが溜まって、運動会が終わった途端にイジメが再燃したと思う。それに私は運動会よりも地区の大会の方がよっぽど興味あったし……現状維持が一番の得策だと思ったの」
「えぇっ! でもそれじゃずっと大変だったんじゃないの? 」
「そんなことないよ! しばらくしたら何人か飽きてきちゃったみたいで、こっそり私に話しかけてきたし、5年生になったときクラス替えがあって〈にわか陸上部〉の仲がいい子と同じクラスになったりしてイジメは自然消滅したよ。で、私をイジメてきたリーダー格の子は別のクラスになって……まぁその子とは卒業するまで一度も口きくことはなかったけど……
結局さぁ、クラスなんてたまたま一緒にさせられた集まりなんだから、別にそこで友達や仲間を作る〈義務〉なんて全然ないし……どうせ1、2年後にはクラス替えでバラバラになるんだからカーストなんていう上下関係つくったって何の意味もないと思う! それより……」
「それより? 」
「自分が今、一番やりたいことを夢中でやればいいと思うよ! 私は陸上が好きだから夢中になっていた。そしたらいつの間にか友達が勝手にできたの。赤坂君もアニメとかゲームが好きだから大垈君と友達なんでしょ? 一緒だよ! 」
――そうか、そういえばボクも中学生のとき、ノートの隅にアニメキャラクターの絵を描いていたらある日突然、竜地君に声を掛けられたんだっけ?
「クラスのみんなと仲良くやっていこうなんて考える必要はないし、卑屈になる必要もないよ。もし孤立したって来年にはリセットされるんだから、またやり直せばいいじゃん! 」
御勅使さんが熱く語りだした。この人って……すごい人だ! ボクは御勅使さんにとても魅力的なものを感じた。
「そうか……そうだよね? すごいよ! 御勅使さんってすごくカッコいいね」
すると御勅使さんは「あっ」と声を上げると顔を赤らめて我に返ったようだ。
「あ、あああぁ私1人でしゃべりまくってゴメンねっ!? そっそそそういえばさぁ……赤坂君って、小中学校の頃ってどんな子だったの? 」
――え゛っ!? 正直語りたくないんだけど……。
でも御勅使さんがここまで自分のことを語ってくれたんだ。ボクも自分の小学校時代の話を御勅使さんに話した。
※※※※※※※
「そ……そう、それは大変だったよね? 」
ボクは自分の小学校時代の話をした。実はまだ竜地君にも話したことがない。御勅使さんはその話を聞くとショックを受けていたようだった。
「うん、でも今はボク幸せだから……」
「そ、そうね……これからだよ赤坂君! 」
御勅使さんの過去に比べたらボクの過去なんて大したことないと思った。まだまだこれからやり直せる……はず。
「あっ……あのさっ! 」
「ん? 」
「ぼっ……ボク、これからみんなとうまくやっていけるかな? そっその……友達とか彼女とか……」
「え? 」
――え?
えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
ボクは何を言っているんだぁああああああああああああ? 「友達」って言おうとしただけなのに、何で「彼女」なんて言葉がパッケージされて出てきたんだろ? 友達すらマトモにできていない現状で彼女なんてさすがに欲が深すぎるって!
御勅使さんはしばらく考えてから
「だっ……大丈夫だよ赤坂君! 今の赤坂君のまま迷わず突き進んでいけば友達なんて簡単にできるよ……そ、……それと……赤坂君……さぁ」
「えっ……なっ何? 」
「彼女って……その……今、好きな子とか……いるの? 」
え? それって1学期にも聞かれたような……あのとき御勅使さんは数人の女子と話をした後に聞いてきたから、罰ゲーム的なことだと思っていたけど……?
「えっあっいっいません! いませんけどぉそっその……いつかはって……」
すっすすすすみませぇええええん先ほどは口が滑っちゃいましたぁああああ! まだ友達も1人しかいない状況で彼女なんて……10万年早いですよね!?
すると御勅使さんはまるで打ち上げ花火のようにパッと明るい表情になって
「大丈夫! 赤坂君のことを好きになる子は…………絶対にいるよ! 」
本当かなぁ? 今の「…………」間は何だったんだろう?
「だから……赤坂君も誰か好きな人を見つければいいと思うよ」
「そっそうだね……頑張ってみるよ」
ボクは今日、学校を休んで授業が受けられなかったが、そのおかげで御勅使さんとこうして色々な話ができたことは本当に良かった。学校で教わるどの授業よりもためになった気がする。
「あ……ごめんね赤坂君、長居しちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
「じゃあ私帰るけど……ゆっくり休んで早く治してね」
「う、うん……今日はありがとう」
御勅使さんは立ち上がって帰ろうとした。
「あっあのっ! 」
ボクは聞いていいのかどうか迷ったが勇気を出して聞いてみた。
「みっ御勅使さん……ボッボクと……友達になってくれますか? 」
御勅使さんは少しムッとした表情になった。そして少し怒った口調で
「あのさぁ……」
あ……やっぱり怒っていますか? 図々しいお願いだったでしょうか?
「ここまでお互いの秘密さらけ出して……今さら他人? 」
御勅使さんはニコッと微笑んだ……
ボクに2人目の『友達』ができた瞬間だ。
「そっそそそそうだよね……ゴメン」
「フフフッ」
ボクは自分が恥ずかしかった。いちいち確認する必要なんてなかったんだ。御勅使さんはすでにそのつもりでボクに接していたんだ。
「じゃあね赤坂君バイバーイ、また学校でね」
「うん……バ、バイバイ……あ、御勅使さん」
「ん? 何? 」
「帰りどうするの? ずいぶん遠回りだけど? 」
「あ、今日は制服だからバスで帰るよ」
「あ、そうなんだ」
「陸上部のジャージ着てたらたぶん走って帰ると思うけどね……でも今日、部活サボっちゃったし」
「え? ここから走って? 坂も距離もハンパないけど……あ、そういえば」
御勅使さんは陸上部で中距離の選手だとは聞いていたけど……さっきの話の中で疑問に思っていたことがあったので聞いてみた。
「御勅使さん……短距離好きだったのに何で転向したの? 」
「あ……あぁそれ? 」
部屋のふすまを閉めかけた御勅使さんは少し遠い目をしながら
「中学校の時にね、どぉーしても勝てない相手がいたの。私はそいつに勝ちたかったんだけどね……そいつから〈あきらめる〉ってことを教えてもらったの」
「あきらめる? 」
「うん、〈あきらめる〉って〈逃げ〉や〈卑怯〉じゃなくて、新しいことに〈チャレンジ〉するキッカケなんだってさ! それはまた今度ゆっくり話すね」
そう言い残して御勅使さんは帰っていった。
【終戦】
御勅使さんが帰っていった部屋は、いつも通りのボクの部屋のはずだが、何かいつもより物足りなさを感じた。
――もっとここにいてほしかった。
1学期、初めて御勅使さんの存在を知ったとき、彼女はただ「怖い」だけの人だった。でも今は、お互いの過去の話までするような間柄になって、そして……友達になった。
ボクは小さいころ、自分が何もできない人間、何もしてはいけない人間だと教え込まれてきた。だから何でもできる人たちに劣等感を感じ、その人たちの下にいなければいけないと勝手に思い込んでいた。天は人の上に人を造り、いつかは超えたいと思っていても一生超えられないであろう階層に絶望していた。
でも御勅使さんは違った。初めから階層なんて気にすることなく、自分のやりたいことを突き進んでいった結果、彼女の周りに人が集まってきたんだ。
ボクもいつかは御勅使さんみたいな人になりたい! いつの間にか周りを惹き付けるような人間になりたい。そして、友達や恋人…………
――うっうわぁあああああ! やっぱり今の段階で恋人……は気が早いよな。
そういえば御勅使さんは「好きな人を見つければいい」って言ってたけど……そうだよな、まずは自分が好きな人が誰なのかわからない現状じゃ話にならない。
好きな人……か、好きな人……好きな人……
あ……あれ?
何で……御勅使さんの顔が思い浮かぶんだ??
おかしい……他にも女子はいるハズなのに、頭に浮かんでくるのは
御勅使さんの『笑顔』だけだ。
もっ……もしかして、ボク……
――御勅使さんのことが……好き?
えっ……えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
ボクの心の中の『本当の』戦争が――
【開戦】
うっうわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
この後ボクは、風邪と違う原因不明の熱を出して寝込んでしまった。でも、なかなか寝付けず寝不足になってしまい、結局月曜日まで学校を休んでしまった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。