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相合傘戦争【先攻】

【登場人物】


◆赤坂 大(あかさか だい)◆

高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんがちょっと気になる。

◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆

高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。

 席替えから3日経ったてもなお、教室の位置関係に多少の違和感を覚える木曜日の放課後。午後から降りだしてきた雨の中で釜無高校1年3組の《赤坂(あかさか) (だい)》は、やるせない思いでいっぱいになっていた。そう、ボクのことだ。


 今日は2学期になって初めての日直だ。本来なら座席順で右先頭の人から順番にやるはずだが、1学期の終わりに日直をやった人から、すぐに回ってくると苦情が出たので揉めに揉め、最終的にクジ引き(席替えのとき使ったヤツ)で決めた。結局、月曜日が《大垈(おおぬた) 竜地(りゅうじ)》君たちに決まった。そこから順番で4日後の木曜日の日直はボクと、み……ぎ隣の席の《玉幡(たまはた) (ゆう)》さんだった。でも……


 玉幡さんに先に帰られてしまった。「今日は(雨で)部活ねーし、この前買ったDVD見てぇから先にけぇっちもうけんど(帰るけど)……コンビニにも寄りてぇし、わりぃ(悪い)じゃんねー。でもおまん(おまえ)はふだん帰宅部なんだからいいじゃんけ、たまには残ってやってけし! 」と言って戸締りと学級日誌を残して先に帰ってしまった。これじゃあ御勅使さんと組んでた時のほうがまだマシだ。


「西八幡先生、学級日誌持ってきました。戸締りOKです」

「おぅご苦労さん……あ、赤坂! 」


 職員室へ学級日誌を届けて帰ろうとしたら先生に呼び止められた。


「今日、雨強いけど……傘持ってるか? 」


 今日は午後から降る予報だったので、あらかじめ折り畳み傘を用意してきた。


「はい、持ってます」

「そうか、川が増水して通れなくなるといけないから早く帰れよ」

「あ、はい……さようなら」


 先生が心配してくれた。ボクは家に帰るとき大きな橋を渡らなければならない。まあ、増水して通れなくなるなんてよほど大きな台風でも来ない限り心配はないんだけど……。


 下駄箱で靴を履き替え、昇降口から外の様子を見た。うわぁ、確かに雨が強いなぁ、ちゃんと帰れるだろうか少し心配になるレベルだ。今日は夕方から夜にかけてさらに雨足が強まるらしく、先生たちから早く帰るよう促されたので、校庭を使う体育部の部活はもちろん、体育館を使う部活や文化部の人たちも早く帰ったみたいだ。もしかしたらボクが一番最後まで残っているのかもしれない。


 ボクはカバンの中から折り畳み傘を取り出し、雨の強さに少々不安を感じつつ傘を開いた。昇降口の前の階段を下りたとき、


「あっあああ赤坂君!! 」


 突然左後方から雨音よりも大きな声で呼び止められ、ビックリして心臓が止まりそうになった。怖くて振り向きたくなかったが、ボクの名前を知っている人はこの学校にそう多くはいないはず。誰だろう? そーっと振り向いてみるとそこにいたのは……


 えっええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?



 何で御勅使さんがいるの!? 





【開戦】





 昇降口の階段に腰かけていたのは《御勅使(みだい) 美波(みなみ)》さん。同じクラスで2学期からボクの「左隣」に座っている女子だ。彼女とは1学期に3回、日直を組んだことがあるが今回は一緒ではない。

 今日は大雨で、部活動はすべて中止のはず。御勅使さんが所属する陸上部も例外ではないはずだが……何でこの時間にここにいるの?


「えっえ? 御勅使さん、帰ったんじゃないの? 」

「う……うん、実は傘忘れちゃって帰れなくなっちゃたんだけど……」


 ええっ!? それは大変だ。そういえば職員室に行けば、卒業生が置き忘れていったり長期間置きっぱなしになっていた持ち主不明の傘を「置き傘」として借りられたはず。ただ、いちいち許可申請しなくちゃダメなんだけど……。


「じゃあボクが職員室に行って傘を借りてくるよ」

「あぁあああああああちょっ待って! 」


 御勅使さんが焦った様子で制止した。何で?


「すっすぐそこ……バス停までだから……申請とかめんどくさいし……」


 ――えっでも……じゃあどうするつもりなんだろう?


「だっ……だから赤坂君、()()()があ……るんだけど……」


 えっ「お願い」って? 何か御勅使さんの怖いオーラを感じる。以前、ボクにパンを買って来いと「パシリ」を要求してきた時と同じような感覚だ。




「バス停まで……か……傘に入れてくれない? 」




 ――え? それってまさか……?








『相合傘? 』






 えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?


 ちょっちょっと待って! そんな……ひとつの傘で帰るなんてボクの唯一の友達の竜地君とだってやったことないのに! いきなり(威圧系で怖い存在の御勅使さんとはいえ)女子と一緒になんて……陰キャキモオタスクールカースト最下層のボクにとって、このミッションの難易度は高すぎるぅううううううううううう!


「えっいやいやボッボクじゃなくて他に誰かいませんか? たたた例えば……」

「え~もうみんな帰っちゃったみたいだよ……お願い、赤坂君だけが頼りなの」


 珍しく御勅使さんが弱気な態度になっている。


「そそそそんなこと急に言われてもボボボボクだって……」


 ボクは「女子と相合傘」という強敵とのバトルを回避しようとした。すると御勅使さんは態度を豹変させて


「あっそ……赤坂君って女子が帰れなくて困っているのを見て見ぬふりをするような冷たい人間なんだ……これは今夜クラスの女子全員にニャイン一斉送信して明日から君のあだ名は『()()おっぱい星人』でいいね? 」


 うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああそうきますかぁああああああああああああああああああああああああああああ!?


 この敵キャラから逃れることはできないみたいだ……そして()()()()御勅使さんに戻った。


「ていうか……だっ誰かに見られたらマズくないですか? 」


 女子と相合傘という行為自体も恥ずかしいが、どちらかといえばこっちのほうが心配だ。仮にもボクは陰キャキモオタスクールカースト最下層……こんなボクと同じ傘に入っているところを他の生徒に見られたら、リア充の御勅使さんまでボクと「同類」に見られてしまうのではないか? それは御勅使さんに申し訳ない。


「大丈夫。もうみんな帰っているだろうし、それに……」


 ――それに?


「人って、そこまで他人のことに興味ないと思うよ。たとえ面白いイベントがあっても、自分にとって関心がある方を優先するから……今は自分たちが無事に帰ることが最優先だよ」

「そっ……そうなのかな? 」


「そうよ! 他人(ひと)の目なんて気にしない方がいいよ」


「じ……じゃあ、ボクのでよければ」

「うん、ありがと」


 御勅使さんが左側からボクの傘に入ってきた。ボクは傘を左手に持ち替えて傘の左側を空けた。そういえば御勅使さんはボクと身長があまり変わらないから腕を持ち上げる必要がない。


 昇降口の階段を降りると雨が一気に傘に打ちつけてきた。このとき、ボクの傘に重大な「欠点」があることに気づいた。それは「ボクの傘は小さい」ということ。

 ボクの折り畳み傘はコンパクトさを優先したため、広げたときのサイズが普通の傘より小さめにできている。ボクは小柄なので1人ならこのサイズで十分だ。

 でも2人で入るにはかなり無理がある。せっかく御勅使さんが入って雨をしのごうと思ってもこれでは左半分がびしょぬれになりそうだ。


「あ……赤坂君、これ……思ってたより小さい……よね? 」


 御勅使さんも気づいた。ごめんなさい御勅使さん! 2人で使うという設定は1ミリも考えていなかったのでこんな仕様になってしまいました! ごめんなさぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!


「ごめん赤坂君、左肩濡れるからちょっと寄せていいかな? 」


 そう言うと御勅使さんは、傘を持っているボクの左腕に体を密着させてきた。


 ――え?


 えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!


 ちょっ……メチャクチャ近いんですけど! 御勅使さんがボクの左わきから腕を入れると腕を組むような形で傘を持っているボクの左手の上に手を添えてきた。そして今、ボクの左腕に当たってるのってもっ……ももももしかしてむっむむ胸ですか!? はっあああああそれって……


「ちょ……ちょっと私のオッパイ当たってるって思った? 」

「えっ!? えぇいえその○×▲※◇……」


 ――もしかして見透かされた!?


「ごっごめんね、ふたばちゃんほど無くて……ガッカリしたよね? 」


 ふたばちゃんとは、クラス1の巨乳と言われている《水辺(みずべ) ふたば》さんのことだ。1学期のときに右斜め前の席で水辺さんの透けブラに(たまたま)視線が合ったところを御勅使さんに見つかり脅されたことがある。


 ていうか今の質問、「イエス」「ノー」どっちを答えてもダメなヤツじゃん! やっぱこの人、精神的なプレッシャーを与えるプロだ。でも……




 今までで一番近付いた御勅使さんから、かすかにいい匂いがした。香水? シャンプー? よくわかんないけど……不快じゃなかった。




 ※※※※※※※



「あれ? こっちって裏門だよ、こっちでいいの? 」


 この学校の校門は2か所あるが、確か御勅使さんの家の方面なら昇降口から出て右側にある正門の方が近かったはずだ。


「えっあああだっだって正門は、ほっほらまだ誰かいるかもしれないじゃない!? やっぱ見られたら恥ずかしいじゃん」


 ――さっきと言ってることが全然違うんだけど……?


 ボクたちは昇降口を出て左側にある裏門からコッソリ出た。御勅使さんの家とは逆方向だ。こちらの門は出るとすぐに急な下り坂になっていて、利用する生徒は少ない。おまけに今日は雨も強いから滑らないように気を付けないといけない。


 学校周辺のこの地域は大きな扇状地で、全体的に緩やかな坂になっている。御勅使さんは普段、トレーニングを兼ねてこの扇状地を上って帰るそうだ。しかも走って帰るらしい。

 すごいよなぁ……ボクは帰宅部で、部活をやってる御勅使さんが走って帰る姿を見たことはないが、とてもじゃないけどボクにはできないことだ。


 今日は雨だから御勅使さんはバスで帰るそうだ。なので近くのバス停まで一緒に行かなければいけない。そういえば、日直だった玉幡さんもいつもはチャリ通だけど、今日はコンビニに寄ってからバスで帰るって言ってたよな? 傘も持ってるって……あ、あれ?


「あれ? 御勅使さん、そういえば玉幡さんには会わなかったの? 確か玉幡さん傘持ってるって言ってたような……」


 すると一緒に歩いていた御勅使さんの動きが止まった。


「えっあっああああぁ遊? 遊はぁあああどっかで行き違ったみたいぃいだよ、おっかしいなぁーどこで行き違ったんだろー? 」

「あっああそうなんだ……」

「……・・」

「……・・」


 何か御勅使さんの態度が不自然だ。そのせいかそれ以降会話が続かずお互い無言のままだ。まあボクの場合は元々会話自体が苦手なんだけど……。


 裏門の前の下り坂が終わると今度は上り坂に変わる。歩道は左側にあるのでこのまま左側を歩いた。さっきの下り坂と合わせてこの高低差が裏門の人気のなさだと思う。ボクも正直、この上り坂は苦手だ。


 ――そういえば……


 上り坂が苦手なボクは思いっきり歩くスピードがダウンしているはず……走って帰るような御勅使さんにとって、ボクのスピードはかなりイライラするレベルなんじゃないのかな? まあもちろん相合傘という状況じゃ勝手に進めないからだろう。でも御勅使さんはイヤな顔一つせず一緒に歩いてくれている。


 ――御勅使さんって意外と優しいのかも?



 ※※※※※※※



 共選所(※)を過ぎると上り坂が緩やかになり交差点が見えてきた。駐車場の広いコンビニが目印だ。確かバス停は交差点を「左」に曲がり、坂を100メートルくらい上った場所にあるはずだ。とりあえず御勅使さんをバス停までは送っていかなくちゃ……って、あれ?

 御勅使さんは交差点を右に進もうとした。何で? 遠回りだよ! それとも左側のバス停知らないのかな?


「ちょっ御勅使さん! バス停こっち(左側)だけど……」

「うっうん……でも赤坂君の家こっち(右側)だよ……ね? バス停、道路沿いだからつっ付き合うよ」


 確かにボクの家は交差点を右に進んで坂を下った先だ。でもこっちのバス停は遠くて400メートルくらい先のはずだ。ボクは左側を指さして


「でもこっちのバス停の方が近いよ? 」

「ええっいっいいのよ! そそそっそれに(坂の)上のバス停じゃ〈快速〉がとっ停まらないでしょ? 」

「え? このバス路線に〈快速〉なんてあったっけ? 」

「あっあるよあるある! そっそれに(坂の)下のバス停は屋根があるでしょ!? それとも何? 私に雨の中でずぶぬれになってバスを待てって言うの? 」


 ――うわぁああああ! 御勅使さんが逆ギレしたぁああ! そんなことないですよぉおおお! ちゃんとバスが来るまで一緒に待ってる……つもり……です。


 御勅使さんの迫力に圧倒され、交差点を右に進んだ。この道路は交通量が多くて誰かに見られるのではないか不安になる。


 〝バシャッ〟


 反対車線を猛スピードで通過していった車がものすごい水しぶきをあげた。


 ……あ。


 この道路は最近舗装し直して水溜まりはできないと思っていたけど……どうやら坂の上の方で側溝から水があふれ、川のように流れている。広くて見通しの良い道路だからほとんどの車が減速しない。


「みっ……御勅使さん」

「え? 何? よく聞こえない! 」


 雨音が大きくボクの声では届かないみたいだ。ボクは目一杯大きな声で


「御勅使さん! ボク左手が疲れちゃったから右手に持ち替えていい!? 」

「……いいよ! 私は左利きだからそっちの方が楽! 」


 ボクは傘を持つ手を右手に替えたので自然にポジションが入れ替わった。ボクが左側、御勅使さんが右側になった。

 ボクが道路側を歩くことにした。御勅使さんを車の()()()の犠牲にするわけにはいかない。こういうのは下層カーストの役目だ。


 緩やかな坂道をゆっくり歩きながら下りていった。右側には広い空き地があってトレーラーの駐車場と資材置き場になっている。かつてここには自動車教習所があったと前にお母さんが教えてくれた。ボクはできるだけ右側を歩くようにした。


 〝バシャーン〟


 大型トラックが猛スピードで水しぶきをあげながら坂を上っていった。うわっ! 幸い直撃は免れたがそれでも少し制服にかかってしまった。


「赤坂君、大丈夫!? 」

「う、うん大丈夫」


 HP(ライフ)は消耗したけどXP(経験値)は少し上がったかも? 今のボクたちは雨のステージで車というモンスターと戦いながら進んでいるパーティーみたいだ。御勅使さん、ボクのHPが少なくなったら回復魔法をお願いします。



 ※※※※※※※



 交差点から400メートルほど下り、やっとバス停に着いた。本当だ、このバス停には屋根が付いている。あまり意識して見たことなかったな。

 道路を挟んで反対側にはさっきのとは別のコンビニがある。ここも駐車場は広いがこの時間、車は1台も停まっていなかった。


 御勅使さんはバスの到着時間を確認するとベンチに座ろうとしたが、ベンチが雨で濡れていたため座るのをあきらめたようだ。このバス停には屋根はあるが壁はない。この日は時々強い風が吹いて横なぐりの雨になっていた。


「あと10分くらいありそう……あっ今日はありがとね赤坂君 」

「え……うん」


「……・・」

「……・・」


 お互い黙りこくってしまった。何か話題がないかな……あ! 共通する話題といえば……


「そっそういえば、玉幡さんが……」

「えっ遊がどうしたの? 」

「今日、日直だったんですけど……玉幡さん、DVD見たいからって学級日誌と戸締りをボクに押し付けて先に帰っちゃったんですよぉ……まあボクが帰宅部だからたまには残れって言われたらぐうの音も出ませんけど……」


 玉幡さんは御勅使さんの親友だ。玉幡さんの話題なら会話できるかも……もちろん玉幡さんに対しての恨みはない。反論したって返り討ちに遭うだけだ。


「ああーそういえばアイツそんなこと言ってたなぁー」


 ――え?


「御勅使さん、さっき玉幡さんと『行き違った』って言ってませんでした? 」

「あぁああああああ~そっそんなこと言いそう……って言いたかったの! 」


 ――何か変だな御勅使さん。


「……・・」

「……・・」


 再び沈黙してしまった。何かこうして黙っているのも御勅使さんに申し訳ないなと思ってはいるけど、元々陰キャコミュ障のボクは人と話すのは苦手だ。御勅使さんが何か話しかけてくれればいいけど彼女も黙ったままだ。でも、いつもならこのような状況になったら1秒でも早く立ち去りたい気分になるんだけど……何でだろう? この人とは会話がなくても全然苦にならない。


「あ……赤坂……君……私、もうここでバスが来るのを待つだけだから大丈夫だよ。また雨も強くなってきたし……赤坂君もずぶ濡れになっちゃうから帰っていいよ! じゃあまた明日! 」


「う、うん……じゃあね」


 バスが来る時間はまだありそうだけど……「帰っていい」と言われて「いやまだ一緒にいるよ」なんてボクみたいなキャラが強引に居座ったら「マジキモい」って思われるだろう。御勅使さんのことは心配だけど、帰ろうと再び傘をさして歩きだした。その時……


 〝ビュッ〟〝ザザァーッ〟


 風と雨が強くなった。御勅使さんに雨が掛かったみたいで


「きゃっ! 」


 と声をあげた。




 ――やっぱりダメだ!




 十数メートル進んだボクは再び御勅使さんの元へ引き返した。そして


「みっ御勅使さん、これっ!! 」


 と言ってボクの傘を渡した。


「え? 」

「御勅使さん、ここじゃ雨掛かりますからボクの傘使ってください! 向こうに着いてからも必要でしょ? 」

「えっえええそんなことしたら赤坂く……」

「ボクは大丈夫です! (家は)ここから近いですから! 」


 そう、ボクの家はこの先にある大きな橋を渡ってすぐだ。このくらいの雨なら走って帰れる……と思う。ボクは背負っていたカバンを頭の上に乗せた。


「それじゃ御勅使さん、明日学校で! さようなら! 」

「えぇええ赤坂君! そうじゃなくてぇー!! 」


 ボクは満足だった。ボクは陰キャキモオタスクールカースト最下層だからこのくらいの犠牲……いや、奉仕は当然だろう。それに……



 なぜだろう……御勅使さんが困っていると放っておけない。



 ボクはコミュ障だ。誰か困った人を見かけても、いつもならできるだけ関わらないようにスルーしてしまうだろう。ボクなんかが首を突っ込んでも何の役にも立たないし、逆に迷惑がられるだろう。

 でも今は、困っている御勅使さんを助けてあげたい気持ちでいっぱいだった。


 ボクは全力で走った。走るのは苦手だが御勅使さんに親切にできたことで何となく足取りが軽かった。このまま家まで走って……と思ったが歩道が切れる場所あたりで力尽きた。やっぱりボクは体力がない。ここってまだ御勅使さんがいるバス停から見えるよな? ……カッコ悪い。


 結局ここから家までは歩いて帰った……でももうびしょ濡れだしどうでもいいや。むしろ、何か雨に濡れていることが気持ちよかった。






【終戦】






 ※※※※※※※



 翌日……何だか具合が悪い。

 熱を測ったら37.6度だった。



「え? マジで?」



 この日、学校を休んだ。

 昼過ぎには熱も下がり、学校にも行けそうだったが念のため安静にしていた。





 この後、再び「発熱」する事態になるとは……まだ想像すらしていなかった。



(つづく)





(※)共選所=農家が収穫した作物を持ち寄り共同で選別や出荷作業をする施設。

最後までお読みいただきありがとうございました。


次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。

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