席替え戦争【後攻】
【登場人物】
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんがちょっと気になる。
最高気温が30℃近くまで上がる日が続き、このまま9月になっても夏休みが続いてほしい……という願いもむなしく始まってしまった2学期最初の月曜の朝。釜無高校1年3組の《御勅使 美波》は、朝の「失態」を回収すべく速足で学校に向かっていた……そう、私のことだ。
今日は学期ごとに行われる『席替え』の日だ。1学期は、私が思いを寄せる相手《赤坂 大》君の隣だったが、今回の席替えで離れてしまうかもしれない。だから2学期も隣になれるように、ネットで見つけた「おまじない」を実践してみた。
それは、席替え当日の朝……つまり今日の朝、ケータイのメールで自分宛に「パンダパンダ……」とパンダを9回、好きな人のことを思いながら書いて送信するというもの。
私は、赤坂君のことを思いながら送信した。だが、いつまで経っても私のケータイにメールがこない。おかしいなぁーと思って送信先をよーく見ると……
うっかり赤坂君のケータイに送信していた。
ごっ……
誤爆しちゃったあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
【開戦】
私はいつもより早く家を出た。
――何たる失態!!
もしこのメールを赤坂君が見て(いやたぶん見るだろう)
もし赤坂君が不審に思って(いやフツーに怪しい内容だろう)
もし赤坂君が……
意味を調べようとググったりしたら――!?
終わりだぁああああああああああああああああああああああ!! 私が席替えで好きな人(赤坂君だけど)と隣同士になりたいからって非科学的な「おまじない」までやっているイタイ女の子だって思われてしまう! 終わりだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――赤坂君が意味を知る前に「口封じ」をしなくては……。
教室に着いたぁああああああっ! 赤坂君は? ……あっスマホ見ている!! これはマズいっ! 私は赤坂君の元に一直線に向かっていった。
「あ、御勅使さんおはよう! あの……今朝のメー……」
させるかぁああああああああああああああああああああああああああ!! 私は赤坂君の顔面に、うっかりするとキスするんじゃないかぐらいの距離まで近づき、自分で出せる最も低い声のトーンで、
「いいかその話は誰にも言うな……言ったら〈あの本〉のことバラすからな」
最終手段の「脅し」をかけた。「あの本」とは夏休みに赤坂君が買ったエッチい本のこと。私のお祖母ちゃんがやっている本屋にこっそりと買いに来たようだが、レジでバイトしていた私が見つけて彼の弱味を握ったのだ。これで2学期は何かと優位に立てると思っていたが、「おまじない」のことがバレたら全て台無しだ!
「いっ、言いませんよぉ! ただボクはこのメールの意味がわからなくて……」
よかった……まだ意味を知らなかったみたい。周りのクラスメイトが何人かこっちを見たが、まぁいつもの男子に対する攻撃だと思われているだろう。
赤坂君はマジでビビっていた……ゴメンね!
※※※※※※※
月曜の1時間目は担任の西八幡先生の授業だが、その時間をロングホームルームに充てて席替えをするようだ。
席替えは、いったん全員が教壇の方に集まり出席番号順にクジ引きをし、出てきた番号の席に座っていくという方法だ。クジ引きに使う抽選箱は男女別になっているから最終的には男子の列と女子の列に分かれる。
出席番号は五十音順、私は「みだい」だからかなり後の方だ……しばらくはギャラリーだな。先生が男女別の抽選箱と、番号が書かれた座席表を教卓に置いた。
「それじゃあ席替えを始める! 出席番号順に呼ぶから呼ばれた人はクジを引いて、出た数と同じ番号の席に座るように……じゃあまずは赤坂! 」
「は……はい」
「相変わらず声がちっくいなぁオマエは」
〝クスクスクスッ〟
そっか、赤坂君が1番目かぁ。あーあ……声小さいからいきなりイジられちゃったじゃん! 赤坂君、どこの席になるんだろう?
赤坂君が移動した。真ん中の男子の列……の……後ろから……2番目? うわー、低身長の赤坂君にはちょっとキツい席かな? でも、端じゃないから隣の席になれるチャンスは……「右」と「左」の2回ある。
「次、大垈! 」
先生が次々と出席番号順に呼び出す。
「拙者の番か……では参るでござる! 思えば長き一学期、絶対に気を抜けぬ最前列で過ごした緊張の日々……だがしかーs」
「いいから早くクジ引け」
「……はい」
《大垈 竜地》君……赤坂君の親友だ。
「飛●御剣流……九●龍閃!! 」
高校に入っても中二病の大垈君が引いた番号は……あ、赤坂君の前じゃん! よかったね2人とも。
「次、押原! 」
出席番号は男女混合で呼ばれる。大垈君からしばらく男子が続く。
《押原 蛍》君。高校入学前からここのサッカー部に出入りしていて入部していきなりレギュラーになった逸材だ。しかもこのクラスの副委員長で成績優秀でイケメンな完璧男子……ま、172センチという高身長は私の好みではないけどね。それに……
あっ、押原君、赤坂君の後ろだ! しっかし170センチ超えと150センチ未満って……凸凹コンビじゃん……ぷぷっ。
大垈君、押原君と続いたら今度は女子も呼ばれるようになる。
「次、上条! 」
《上条 志麻》ちゃん。私の友達で、低身長の私よりも背が低い眼鏡っ娘だ。夏休みにみんなでカラオケに行く約束をしたんだけど、当日になって志麻ちゃん体調不良で来られなかったんだよなぁー。
――え? 志麻ちゃん、押原君の隣かぁー。でもその席は……ちょっとマズいかもね……まぁ本人も知ってると思うけど。
「次、西条! 」
志麻ちゃんの後に男女4人呼ばれて、次はいよいよ「問題の」人が来ちゃった。
《西条 彩》ちゃん。私の友達で……押原君の『彼女』だ。
左隣に志麻ちゃんが座ったので、残るは右隣のみ……当然、押原君の隣をゲットしたいだろうから相当なプレッシャーだろう。
「大丈夫? 彩、……左、志麻ちゃんに決まっちゃったけど……」
「う……うん、頑張ってみる」
私は思わず彩ちゃんに声をかけた。2人が付き合っているのは、ほとんどの人が知っている。クジを引く彩ちゃんの手が震えているのがよくわかる。
クジを引いた彩ちゃんが重い足取りで移動した。あーあ、あの様子じゃ押原君の隣じゃないな? でもどこなんだろう? 押原君の近くには行っているけど……
〝バンッ!! 〟
彩ちゃんは悔しさをカバンに詰め込み思い切り机に叩きつけた。隣の赤坂君がめっちゃビビっている。あっはは、とばっちりだね! 「彩ちゃんの隣の」赤坂君!
――あれ? ……ってことは??
うわあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
赤坂君の「左隣」が決まっちゃったってことじゃん!! 隣になる確率が減ってしまったぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!
どうしよう……私の番が来る前に(赤坂君の右隣が)決まりませんよーに!
それにしても……志麻ちゃんも「事情」を知っているからばつが悪いだろうなぁ……あれ? 志麻ちゃんが彩ちゃんに何か話しかけているなぁ? ……何を話してるんだろ?
その後も次々と席が埋まっていくが、幸いにも赤坂君の「右隣」は、まだ誰も決まっていない。これはイケるかも!? 期待に胸をふくらませる……いや、ふくらませるほど胸はないですけどっ!!
「次、玉幡! 」
《玉幡 遊》、ウチのクラスの委員長で私の親友だ。
「ねぇ、美波ぃ」
遊がこのタイミングで話しかけてきた。コイツは「親友」というよりどちらかと言えば「悪友」だ。どうせロクなこと言わないだろう。
「もしアタシがちっくいやつ(赤坂君)の隣になったら怒るけ? 」
「殺すわ」
「あはは、怖えー怖えー」
私が赤坂君に片思いなのはクラスメイトには内緒だが遊だけは知っている。知っててこういうことを言うから余計にムカつくっ!
遊がクジを引いた……あれ? 何か固まっている。しばらくして私の方を申し訳なさそうな顔でチラッと見たかと思うとスタスタと後ろに向かって歩き出した。そして……
――え?
赤坂君の「隣」で彼に何か話しかけている。
――ま……まさか!?
「おーい、美波だと思ったけぇ? ……ざーんねん、アタシだっつーこん! おいちっこいの、よろしくたのまぁ! 」
オマエが赤坂君の右隣かぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ってかそこで私の名前を出すなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
それじゃ私と赤坂君が「そういう関係」みたいに思われてしまうじゃないかぁあああああああああああああ! いや、いつかはそう思われたいんだけど……って何言ってるんだ私はぁあああああああああああああああああああああああああ!!
赤坂君の両隣が決定したことで私はパニックになってしまった。
それにしても168センチの遊と166センチの彩ちゃんに挟まれた赤坂君はまるでどこかで見た宇宙人のようだ。
――終わった。
私の席は決まっていないが私にとっての「席替え」は終わった。
その後も次々と席が決まっていく。ちなみにもう1人、私と仲のいい友達の《鶴城 舞》ちゃんは1学期と同じ廊下側だった。
「次、御勅使! 」
もう席替えには1ミリも興味がない……場所なんかどこでもいいや。なんなら廊下やベランダでもいいですよ先生。
何も考えずにクジを引いた。……あ、赤坂君の「左斜め前」だ。近くにはなったけど……何かビミョーだ。
赤坂君の顔は後ろを振り向けば見ることはできるけど、授業中にそんなことはできない。やったら不自然だし周囲から怪しまれる。せいぜいプリントを後ろに渡すときぐらいだ。
彩ちゃんの気持ちがわかるなぁー、たとえ列が1つ違っているだけでも、視界に入るか入らないかは大きな問題だ。
はぁあああああああーもう最悪だ。私は席に着く前に赤坂君の顔を見た。もう授業中は見ることができないんだね? 見納めだ。そして新しい席に着くと机の上に顔をうずめた。もう寝ているって思われてもいいや。
「さて、これで席替えは終わったが、誰か都合の悪い人はいるかー? 目が悪いとか前の人がデカすぎて見えないとか。……あ、好きな人の隣に行きたいとかそういうのはダメだぞー」
〝あはははは〟
面白くねーよ、そんなこと許されるんだったら初めからクジ引きにしねーよ。でも「好きな人の隣」って言葉に思わず反応してしまった。そんなことないってわかっているのに……。
「せんせーい、酔いやすいから窓際にしてくださーい」
「バスじゃねぇよ」「つまんねーぞ」
ホント、つまんねー。言ったヤツ、マジで殴りてー。
私が自暴自棄になっていると、
「はいっ」
後ろから声がした……え?
――志麻ちゃんだ。
「先生! 私、目が悪くて黒板がよく見えないから前にしてください」
――え?
「そうだな、上条は仕方ないな。じゃあ前に来なさい! 」
え? 志麻ちゃんが前に行くってことは、前から1つずつ下がるってことだから……えっえぇええええええええええええええええええええええええええ!
もしかして赤坂君と『隣同士』に!? 奇跡が起きたぁああああああああ!!
「ええっと……ほかにいるかー? 」
私は周りを見た。すると……え゛? 赤坂君が手を挙げようとしていた。
何でやぁああああああああああああああああああああああああああああああ!! せっかく隣同士になりそうなのにぃいいいいオマエってヤツはぁああああああああそんなに私の隣になるのがイヤかぁあああああああああああああああああああ!!
すると、赤坂君が挙げようとしていた手を止めた人が……遊だ。
結局、志麻ちゃんが最前列に行ったため、私や彩ちゃんのいる列は1つずつ下がったので私は赤坂君、彩ちゃんは押原君の隣に座ることができた。
志麻ちゃんは前に移動するときに振り向いて私の顔を見た。そして私に向かってニコッと微笑み、親指を立てた。私もつられて親指を上げて応えた。
――って……え?
――何で志麻ちゃんは、私が赤坂君の隣に座りたいって知ってるんだ?
私は隣になった赤坂君の顔を、嬉し涙をこらえて一瞬だけ見た……だが今、一番確認しなくてはいけない顔はその先、しらばっくれた顔をしてこっちに視線を合わせないヤツ……
やっぱり……玉幡 遊! オマエぇえええええええええええええええええええ志麻ちゃんにしゃべったなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
【終戦】……いや、遊とは【続行】だっ!!
※※※※※※※
〈1年後〉
私は今、この席替えで《右隣》になった人と付き合っている。
そう、《大垈 竜……じゃないよ! 志麻ちゃんの機転で1つ後ろに移動して隣になった《赤坂 大》君だ。
後で大君から聞いたんだけど、あのとき彩ちゃんが機嫌が悪かったのは自分が「キモいから」だって思っていたらしい。このときの彼は、自分が「スクールカースト」最下層って勝手に思い込んでいたみたい。彼がそんなことを思っているなんて当時は全然気が付かなかったよ。
それと、手を挙げたのは左右と後方に「リア充」に囲まれて居心地が悪かったからだって! 彼は陰キャコミュ障だと思っていたけどここまでだったとは……。
――でもこの数日後、ある「事件」がきっかけで、お互いのことをよく知るようになった。そして、2人の「関係性」も彼の「考え方」も大きく変わっていった。
ところで大君……あの「おまじないメール」の意味、まだ知らないよね?
最後までお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!