期間限定商品ですが、いろいろあるようです
12話「漫画家ですが、描きたいものが描けるとはかぎりません」と
13話「漫画の監修ですが、報酬はご飯になっていました」の間におきた小話短編になります
少しずつ朝夕が涼しくなってきた頃。私は慣れた足取りで黒鷺の家に向かっていた。
「この時期は患児も少ないし、仕事も落ち着いてるから、早く帰りやすいわ」
軽いステップに合わせてエコバッグが揺れる。中身は職場の近くのコンビニで買ったもの。バスが来るまでの時間潰しのつもりで寄ったんだけど、美味しそうで買ってしまった。
※※
洋館に到着すると、コスモスが出迎えてくれた。ピンクや白の花が細い茎とともに揺れる。儚くも、しっかりと咲く姿に思わず抱きつきたくなる。
「いや、いや。コスモスはここに咲いてるから良いのよ。摘み取ったら、魅力が半減するわ」
コスモスの道を抜けて玄関に到着する。
私は合鍵で鍵を開けると、そぉーとドアを開けて中を覗いた。合鍵を渡されたとはいえ、他人様の家に堂々と入るほど肝は据わってない……つもり。
「お邪魔しまーす」
静かな玄関に私の声が響く。いつもなら(いつもと言っても数回だけど)リビングから返事があるのに、今日はない。
「いないのかしら?」
玄関に視線を落とせば黒鷺の靴はある。私はリビングへと歩いた。
いつもなら(いつもと言っても、以下略)ここら辺で夕食の匂いが漂ってくる。でも、今日はそれがない。
「あれ? 来る日、間違えた? まさか、夕食なし?」
いや、もうお腹は準備万端なのに。ここで、おあずけは辛い。
私はドキドキしながらリビングのドアを開けた。そこには、テーブルに料理を並べている黒鷺が。
(なんだ。いるじゃない)
無駄に緊張した私は全身の力を抜いた。
焦げ茶色の細身のシャツに、ジーパンというラフな格好。でも、逞しい体格とイケメンの顔のため、ファッション雑誌のモデルみたい。
むしろ、ダサくなる服を探すのが難しいレベル。
(肌着と腹巻きとステテコでも絵になりそうで、逆に怖いわ)
そんな失礼? なことを考えていると、黒鷺が声をかけてきた。
「いいタイミングですね。ちょうど料理が出来たところです」
「お邪魔しますって、言っても返事がないから。いないのかと思ったわ」
「あー、考え事をしていたので」
そう言った黒鷺の顔は、どこか暗いように見えた。いつもより(いつもと言っ、以下略)元気がない?
私は心配しながら黒鷺の手元を見た。皿にのっていたのは……
「麻婆豆腐!」
「辛い料理も大丈夫と話していたので」
「ちょうど食べたいと思ってたの! 辛すぎるのは苦手だけど」
「普通の辛さだと思います」
私はさっさと鞄を置いて食べる準備をする。そこで、手に持っているエコバッグを思い出した。
「冷蔵庫、借りてもいい? ちょっと、冷やしておきたい物があるの」
「いいですよ」
黒鷺が興味を持つことなく、あっさりと了承する。私はコンビニで買ったものを、いそいそと冷蔵庫に入れた。
(夕食が麻婆豆腐なんて、これにピッタリじゃない)
手を洗った私は、ニコニコと席に座った。目の前には麻婆豆腐と卵スープ、海老焼売に回鍋肉と中華料理のオンパレード。餃子がないのが寂しいけど、明日も仕事だからニンニクはないほうがいい。
お茶が入った湯飲みを置いた黒鷺が反対側に座る。
「どうぞ」
「いっただっきまぁーす!」
私は両手を合わせてから麻婆豆腐を食べた。肉と豆腐の旨味が口に溢れて辛さは、そんなに…………
「んぐぅー!」
辛くないわね。と余裕ぶった私を殴りたい。
我慢できない程ではないが、確かに辛い。でも、辛いだけではない。旨味もあって、これは癖になる。
「辛すぎました?」
「ち、違うの。美味しいわ。美味しい辛さなの」
「そうですか」
黒鷺が素っ気なく視線を下げる。いつもなら(いつもと、以下略)美味しいと誉めたら、はにかむような反応をするのに。
気になった私は卵スープで辛さを流しながら訊ねた。あ、ふんわり卵が優しい味で癒される。
「なにかあった?」
「いえ、別に」
なんか拗ねてる? いつもより態度が素っ気ない。いや、最初の頃は、こんな感じだったけど。最近は、もう少し柔らかくなっていたような。
「ネームがうまくいってない?」
「いえ、大丈夫です。うまくいってなかったら、監修のお願いはしません」
私は麻婆豆腐を食べながら首を捻った。んぅー、病み付きになる辛さ。
「えーと……夢見が悪かった? それとも、イタズラ電話があった? あ! 連続ピンポンダッシュがあったとか?」
「全部ありません。なんですか?」
「だって、なんか、いつもと違って元気がなさそうだから……」
黒鷺は薄い茶色の瞳を丸くした後、恥ずかしそうに顔を背けた。
「すみません。顔に出しているつもりはなかったのですが」
「謝ることじゃないけど。で、なにがあったの?」
「…………」
黙々と黒鷺が麻婆豆腐を食べる。まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど。
あ、回鍋肉のお肉が香ばしくて美味しい。キャベツもシャキシャキで、白いご飯と一緒にいくらでも食べれちゃう。
私が次々に食べていると、ポツリと声がした。
「…………ったんです」
「んぅ? なに?」
「なかったんですよ」
「なにが?」
「コンビニの期間限定商品が!」
予想外の言葉と力量に私は手が止まった。
「ほぇ!?」
「何度かコンビニに足を運んだんですが、その度に売り切れで! 今日こそは! と思っていたのに! そもそも、なんで日本は、こんなに期間限定商品や、新商品がすぐ出るんですか!? いや、出るのはいいんです。ただ、出たあとで消えるのが早いんですよ! 一回だしたら一、二年ぐらいは販売してほしい!」
黒鷺は一気に言いきると、怒りをぶつけるように麻婆豆腐に食らいついた。
ストレスが溜まってる時って、辛いものが食べたくなることがあるもんね。それで麻婆豆腐かぁ。
「また買いに行ったら?」
「しばらくは漫画のペン入れで、買いに行く余裕がなくなります。時間が出来る頃には、また別の期間限定商品が出ているでしょう」
先ほどの勢いはなく、拗ねたようにボソボソとした声。買えなかったことが、そんなにショックだったのかぁ。
「じゃあ、私が買ってこようか?」
「いえ、そこまでしなくていいです」
きっぱりと拒否。
あー、もう。完全に諦めモードだ。よし! こうなったら、どんな期間限定商品か徐々に聞き出して、こっそり買ってこよう!
そのために、まずは情報収集。相手を警戒させないために、少しズレた話題をふって……
「日本って、そんなに期間限定商品や新商品が多いの?」
「はい。こんなに出るのは、日本ぐらいじゃないですか? 少なくとも、僕が住んだことがある国々ではありませんでした」
「えっと……新商品が出るのは、一年に一回ぐらい?」
「数年に一回出るか、出ないか、ですね」
「…………飽きない?」
つまり、いつお店に行っても同じ商品しかないって状態よね? お店に行く楽しみが半減しそう。
「それが普通でしたから、なんとも思っていませんでした。ところが、日本で生活するようになって、期間限定商品や新商品の多さに驚いて……」
黒鷺が俯いてプルプルしている。
「ど、どうしたの?」
「……美味しそうだと目を付けていた商品が期間限定で、いざ買おうと思った時には、もう販売していなくて。それを何度、繰り返したか」
あれ? 怒りが再燃したっぽい? どんな期間限定商品か聞ける雰囲気じゃあなくなった? こうなったら、玉砕覚悟でストレートに聞くしかない!
「じゃ、じゃあ、なおのこと早く買っておかないと。黒鷺君が買おうとしていたのは、なんだったの?」
「もう、いいです。縁がなかったんです」
そう言って、海老焼売を食べていく。完全に拗らせてしまった。
「失敗かぁ……」
私も海老焼売を一口。プリップリッの海老の食感に海鮮の旨味がジュワーと溢れる。その隣には、緑が輝く茹でブロッコリー。その色鮮やかさにつられて、かぶりつく。ほのかな塩味とブロッコリーの甘味が広がる。
麻婆豆腐や回鍋肉と濃い味が続いていたので、味が変わってちょうどいい。
「やっぱり、黒鷺君が作るご飯は美味しいわ」
「…………どうも」
黒鷺が恥ずかしそうに顔を逸らす。なんか、いつもの黒鷺に戻ってきたかも。言いたいこと言って、少しスッキリしたのかもしれないわね。
しっかり夕食を堪能した私は、冷蔵庫に入れた物のことを忘れ、ソファーで漫画のネームを読んでいた。
そこに、片付けをしていた黒鷺から、驚いたような声が上がる。
「あっ」
「どうしたの?」
キッチンの方を向くと、冷蔵庫を開けて固まっている黒鷺の姿が。
黒鷺が冷蔵庫からある物を持って私に見せた。
「あの、これ、どうしました?」
「あー、忘れてた。ここに来る前に寄ったコンビニで、ちょうど店員さんが商品棚に並べていたの。なんか人気商品らしくて、すぐ売り切れるんだって。だから、食べてみたいな、と思って」
「グッジョブですよ! ゆずりん先生!」
黒鷺が目を輝かせ、手に持っている物を見つめる。
「だから、私の名前は柚鈴だって。なんで、グッジョブ?」
「二つあるってことは、僕も食べていいんですよね?」
「一緒に食べるつもりで買ってきたんだけど」
「お茶は何にしよう? やはり、ここは中国茶で……」
私の話を無視して、黒鷺がウキウキとお湯を沸かし始める。
ここまで露骨にされたら、普段から鈍いと言われている私でも分かる。黒鷺が食べたかった期間限定商品。
「黒鷺君。もしかして、杏仁豆腐が食べたかったの?」
私の指摘に黒鷺は顔を真っ赤にした後、そそくさとキッチンに逃げた。
「そ、そうですよ。今日こそは買うつもりだったので、夕食は中華にしたんです。文句ありますか?」
ジロリと黒鷺が睨んでくる。イケメンが赤い顔で睨んできても、可愛いだけなんだけどな。
私はなにも言わずに軽く笑って返した。それだけなのに、なぜか黒鷺の顔がますます赤くなる。
(あれ? 私、変なことした?)
悩む私に、黒鷺が照れ隠しのように言った。
「さっさとネームを読んでください」
「はい、はい」
大人な私は何も言わずに流してあげた。杏仁豆腐が好きなんて、まだまだお子さまね。
「なんか、余計なこと考えてません?」
「そんなこと、ないわよ」
ふふん、と余裕の表情を見せると、黒鷺の目が鋭くなった。ツカツカとこちらに歩いてくる。
「な、なに?」
身構える私の前に黒鷺が立つ。そのまま腰を屈め、両腕を突き出した。腕は私の顔の横を抜け、ソファーの背に。
(えっと……これ、もしかして壁ドンならぬ、ソファードン?)
混乱する私に黒鷺が顔を近づける。
————————————えっ!?
カチコチに固まって動けない私の顔をすり抜け、耳元に口を寄せる。い、息がかかる!?
「ありがとうございます」
低音のイケボ。しかも、色気付き。耳がぞくぞくする。なんて、お礼の言い方するのよ!?
恥ずかしさを隠すように睨むと、してやったりと笑う黒鷺の顔が!
悔しくなった私は原稿で顔を隠した。