第7話 ここは“異界”よ
「……はぁ。……はぁ」
いきなり現れた七星葵に言われて、教室に逃げてきた俺たち。
扉を閉めて、それから離れて――感情をぶちまけるように息を吐いた。
だけど、訪れた静寂。麻痺させていた自分の感覚が戻りつつあった、その時に。
「――ひぃっ!?」
「どうしたの、アキ――し、死体!?」
……床に着いた手が、冷たいブヨブヨしたナニカに触れる。
恐る恐る目を向けると――だらんとした、肢体を俺の手が触れていた。
驚いた俺は思わず叫びそうになって、それを止めようとして足掻いて、今度は肺が苦しくなって、むせそうになって……なんとか持ちこたえた。
息が整ってから、死体を見ないよう彼女のポケットから生徒手帳を取り出した。
『――中学 土野裕子』
やはり行方不明になっていた女子中学生だな。これで3人目かよ。
「もう、なんで人の死体が、こんなにも……!?」
「――この“異界”で、あの“怪異”に殺されたのよ。わかるでしょ」
声が聞こえた途端、教室の扉がゆっくりと開いた。
一瞬、怪物が来たと身構えたけど……七星さんだった。良かった、けど?
「と、とりあえず、助かったんだね……」
「助かった、じゃないわよ! 私の忠告を無視して!」
開口一番。思いっきり俺たちに説教を始めてきた七星さん。
「忠告!? 葵ちゃん、いつしてくれたの?」
「あの時に決まってるでしょ! あなたが怪事件を調べるとか言った時!」
「あれが忠告だったの!? なんか訳イタい言葉を並べてるだけかと思ってたよ!」
「ま、まあ、正直のところ、ビックリしたよな」
「ほら、アキもそうみたいだよ。伝わってないんだから無意味だよね!」
ゴマカそうと、あれこれ会話を繰り広げる俺たちだけど。
なんか逆ギレになってない? どう考えても悪いのは俺たちだろうに。
乗った俺もなんだけど、まさかの一転攻勢に困惑しつつも七星さんを見ると。
「た、確かに、わかりにくかったかしら……?」
だけど、七星さんの反応。なんか真面目に反省してないか……。
楓が付きまとわれた時の反応といい、変に律儀というかなんというか。
「ごめんなさい。私が至らないばかりに伝わらなかったようね」
「あっ、ど、どうも。そうだよ、わかってくれたら良いんだよ!」
しかも謝ってきた。七星さん……意外と悪い人じゃないかも?
「いや、なんで私が謝ってるのよ。おかしいじゃない」
意外な彼女の一面に驚いた後、七星さんは流石に我に返ったみたいだ。
「あっ、バレちゃった?」
「まったく。怪異に抵抗する手段も脱出する手段もないのに関わろうとして。これで危険に巻き込まれたらどうするつもりだったの」
「その時はその時、だよ。だって、私とアキのコンビは無敵なんだから!」
「……はぁ。能天気なものね、あなたたちは」
呆れた表情で溜息を吐いた七星さん。楓はともかく俺はまともだぞ。
俺がそう否定しようとした……その前に、楓が身を乗り出して質問した。
「それで、葵ちゃんはここが何処なのかわかってるの?」
「はぁ、ここまで来たら教えましょうか。――ここは“異界”よ」
「「い、いかい?」」
意味不明な単語が飛んできて、思わず楓と2人で声を上げてしまった。
「そう、異界。現実世界とは異なる世界。現実と非現実の境目があやふやになり、人々の認識から乖離し、怪異が支配する世界のこと」
「……怪異? さっきも言ってたけど?」
「アレ、に決まっているでしょう。あなたたちも遭遇したわよね」
七星さんが教室の外をチラリと見た。壁の向こうには奴がいる。
もはや人間の所業じゃない、怪異とか悪霊とか、訳わかんねぇけど、そんな類。
……怪異、怪物、オカルト、今まで空想上の存在としか思ってなかったのに。だけど、現実として俺は体験しているから認めるしかなかった。
「だけど、本当に驚いたわ。あなたたちが異界に迷い込むなんて」
「そうだけど、どうしてこうなったの? 私たちが閉じ込められたのもそうだし、こんな異界、だっけ、ここにあるのも」
「それは、私が話すよりも。あの子に聞いた方が早いんじゃないかしら?」
俺も思っていた疑問に、七星さんは視線をある方向に移した。
「あ、ああ……はるか……はるか……」
その先には、部屋の隅に縮こまり、うわ言のように誰かの名前を呟く彼女。
な、何だ、あの子は。――だけど、来ている制服が死体や化け物と同じだと気づいた。もしかして、あの子も行方不明者なのか!?
ということは、彼女が行方不明事件について何かを知っているのかも?
「ねぇ。あなたは誰かな。ちょっと話を聞いても良い?」
考えるよりも前に動いた楓が柔和な様子で、少女に質問した。
こういう時、アイツの物怖じしない行動力は役に立ってくれるな。
「な、長澤望。そ、それだけ、それだけだから!」
「わかったから、落ち着いて……ね?」
長澤望、この名前にも見覚えがある。集団失踪事件の被害者の1人だ。
死体を含めると、見つけた人数は4人。身元がわからないのが城田沙耶と山岸唯、宮島遥……待てよ。この子は “はるか”と言ってなかったか?
「それで、何か知っているかな。葵ちゃんが言ってたけど」
「な、なんでもない、なんでもない……! なんでもないから……!」
そんな疑問はさておき、質問を続けた楓。反応は良いものではなかった。
「なんでもない、はないと思うんだけど。心当たりがあることは――」
「い、イヤ、違うの、犯人は、城田だ、城田沙耶なんだ! アイツが!?」
「えっと、し、しろた、さや? その人がどうしたの?」
「アイツが遥を殺して、遥は化け物になったんだ! 初めに唯が殺されて、みんなが逃げようとしたけど、昇降口が開かなくて、窓も壊れなくて、みんな、殺されて、血が飛んで、私は隠れて、あ、あああ、あああああ」
「……ご、ごめんね、ちょっと落ち着こうか、ね、ね?」
話に出てきた遥。これまた被害者の1人、宮島遥か。というか怪物になった?
「宮島遥さんだよな。だけど、いきなり怪物になった?」
「――おそらく、今回の怪異は“ひとりかくれんぼ”でしょうね」
彼女の口から告げられたのは、俺でも知っている有名な都市伝説だった。
――ひとりかくれんぼ。
いわゆる都市伝説の1つで、まず用意したぬいぐるみに綿やら爪やら詰めて。
“最初の鬼は――だから”とぬいぐるみに言って、風呂桶に入れる。その後、なんやかんやしてぬいぐるみに“次は――が鬼”と包丁を指す。
そして、その後は隠れて、なんとか。あまり覚えてない。興味なかったから。
様々な小説やゲーム、アニメの題材にも使われるだけに有名で、概要くらいなら知ってる人間も多い都市伝説の一種だろう。
だけど、あの怪物が“ひとりかくれんぼ”? いろいろ違うんじゃないか?
「だけど、方法とか違うだろ。ぬいぐるみとかないし」
「飽くまでアレは降霊術の一種なの。ぬいぐるみを用意するのも、それに儀式めいたコトを執り行うのも依り代を生み出し、霊を呼び起こすためよ」
「そ、そうなんだ……。詳しいね、葵ちゃん」
「まあ、そうね。一応、オカルトとか、そういうのが得意だから」
「すっごい。オカルトマニアって奴なんだ!」
「えっ、そ、そうね。オカルトマニアよ、私は。だから、ここに来たの」
……七星さんの反応。どこか不自然だったような。気のせいか?
「だけど、葵ちゃんの話が事実なら、あの徘徊してるアレは」
「宮島遥さんの死体、になるわね。それを依り代にして、この廃校に棲み憑いた悪霊が入り込み、怪異と化してこの異界を作り上げたわけね」
現実世界ならフザけていると一蹴する話でも、今は信じるしかなかった。
だって、現に起きているんだから。少なくとも死人が学校を動き回り、人を殺したことは事実だった。嫌というほど見せられたし。
「だけど、ここまで酷い惨状になるなんて異様よ。ありえない話ね」
「……そうなんだ。だけど、そうなったのはなんで? もしかしたら宮島さん自身が恨みを抱えていたの? あなたたちに」
「い、いや、そ、それは、城田が、城田沙耶に対する恨みがあったから……!」
2人は納得したのか困っていた表情を浮かべたけど。俺は疑問だった。
たかが女子グループの諍いであれだけの怪異を生み出せるのか。
もしかして、今回の怪異。原因は――じゃないのか。それを確かめるためにも。
「――いや。それは、おかしいんじゃないか?」