第5話 この赤いの、血だよね……!?
「おお、中はこんな感じなんだねー!」
すんなりと開いた昇降口を抜けて、俺たちは廃校に侵入した。
最初に見えた光景は小さな下駄箱が並ぶ場所。昇降口だったか。中は薄暗いし、ジメジメしている。どこか虚しさを感じさせた。
本来なら子どもたちで溢れかえるはずの学校に人がいない。寂れている。それだけで悲しい気持ちが沸き上がるから不思議だった。
「ほい、懐中電灯。ちゃんと持っとけよ」
「ありがと! アキはやっぱり私に優しいよね~」
「……別に、そういうわけじゃねぇよ」
その辺の店で購入した明かりを楓に渡す。買っておいて正解だったな。
「うわぁ~。すっごい雰囲気出てるね~!」
「おいおい、相変わらず呑気な奴だな、お前は」
なんか楓は場の空気に支配されず、マイペースなこと言ってるな。
……だけど、この廃校。1つだけ違和感を覚えるような何かがあった。
「あのさ、廃墟にしては……ここ、まともすぎじゃないか?」
「えっ、まとも?」
「普通ならこういう場所はモノが壊れてたり、床が抜けてたり、不良が書いたようなラクガキとかあったりするだろ。なのに、ここは整いすぎている」
「うーん、そうだけど。スゴい田舎だから荒らす人も来なかったんじゃないかな」
疑問に思ったものの、楓に言われて引っ込めた。そういう線もあるか。
「見た感じ、ここで霊に襲われたーとかない感じだね」
「怪事件どころか事件の痕跡すらないな。まだわからないけどさ」
うーん、言い聞かせるように告げたけど……それでも怪しいな。
そうして徐々に募っていたのが、あのブログ記事に対する不信感だった。
そもそも、あれから怪事件を調べてみたけれど。細かい謎が多いんだよな。
――何故この場所で集団失踪事件が起きたのか?
――何故彼女たちは都内から大きく離れたこの場所に来たのか?
ここまで不可解な点があると、前提が違うじゃないかと思えるな。
とはいえ、ここで諦めたところで残るのは虚無感と財布の空気だけだ。
「でも、千里の道もなんとやら。頑張ろうよ!」
「一歩から、な」
楓の言う通りか。結論は急がず、俺たちは調査を進めることにした。
1階の教室、保健室らしき部屋、職員室らしき部屋、その他の用途不明な部屋。いろいろ回ったものの、何の成果も見つからなかった。
「期待外れだな。完全に無駄足だったぜ」
「ま、まだ2階があるよ! 行ってみるよ!」
そして、2階に進んだ俺たち。2階は1階以上に何もなさそうな空間だった。
コ字型の廊下に、並べられているように教室があった。むしろソレしかない。3つ目の教室も代り映えがない構造が続いていた。狭い空間、何個かの机と椅子だけ。
ああ、これは失敗だったなと。俺の中で諦めムードが出かかっていたところ。
「アキ、ここ見て!」
だけど、突如。楓が“ある教室”に指を向けて、俺に言葉を発した。
「なんだよ、いきなり」
「この教室の中だけ、やけに物が散らかってるよね」
「……確かに。どういうことだ?」
言われてみると、この教室では机や椅子は壁に寄せられていて、壊れたモノは床に捨てられていた。他の教室はそのままだったのに。何故か。
要するに――事件が起きた痕跡がこの場所に存在している? 具体的に何が起きたのか、何があるかはわからなかったけども。
「それに、これ。なんだろう?」
いろいろ観察する内に見つけたのか、楓が部屋の隅で何かを拾った。
……うーん、暗闇でよく見えないな。明かりを向けると、その姿を現した!?
「えっ、これ。な、ナイフ……! この赤いの、血だよね……!?」
楓の手に輝いたのは――赤黒いモノが付着したナイフだった。
なんで、そんな代物が? 疑問と同時に、刃の鈍い輝きが視界に入って。
――その瞬間、世界が変わった。
何が起きたのか、わからない。だけど、俺の五感が警鐘を鳴らしていた。
一瞬で辺りは暗闇に包まれた。さっきまで微かに窓から光が零れていたのに。肌で感じる気温が急激に下がった。体の内側から凍りそうな寒さが俺を襲った。
そして、何より……心の底から湧き出てきた不安と恐怖が恐ろしい。
不吉なことが起きるんじゃないかと、根拠がない、でも確実に感じていた。
「アキ……!? 変じゃない!?」
「そ、そうだな……。どこか変な場所に迷い込んだような、変だ」
楓も同じ異変を感じ取ったのか、俺と楓は互いに顔を見合わせた。
「楓、ちょっと出口のところに戻らないか。様子を見たいんだ」
「うん。そうしようか……ちょっと怖いし」
ひとまず俺たちは昇降口まで戻ってみることに。
教室を出てからも――俺たちが覚えた違和感は続いていた。
窓を見ると外が暗い。光は欠片も零れず、まるで夜みたいだった。
おかしいな、今は4月だ。こんなにも暗い空になる時間帯じゃないはずなのに。
視覚だけじゃなく聴覚にも襲い掛かっていた。“異臭”がしたんだ。鉄みたいな、腐った肉みたいな。何にしても不愉快な、変な匂いだった。
やっぱり、さっきまでの廃校とは違う場所みたいで。何が起きているんだ。
――コツン コツン コツン コツン
それを裏付けるように、謎の足跡が聞こえた。小刻みに響き渡る何かが。
この廃校には誰もいないのに。こんな場所を訪れる人なんていないだろうし、いたとしても俺たちが探索した時に気づいているはずだ。
なんてコトを考えている内に、昇降口。やっと廃校から出られる。
だけど、その場所に何故か人影があった。見たことがない長い髪の少女。
辺りは暗闇で懐中電灯を使っても全容が見えない。知らない制服だ、学生なのか?
閉まった扉に寄り掛かる形で立った彼女。表情も外を向いてわからない。
「あ、あの。すみません。あなたは――」
「…………」
楓が恐る恐る近づき、声をかけたものの……反応がなかった。
「も、もしもーし?」
反応がないからと、今度は肩を軽く叩きながら確認する楓。
すると、突如――少女の体が崩れ落ち、仰向けの形で倒れてしまった。
「えっ、これ……まさか……?」
そして……見てしまった。とんでもないものを。
有り得ない、そんな訳がない。現実なら滅多に起きないことなんだから。
だけど、間違いなかった。信じたくなかったけど、この人は――“これ”は。
「う、ウソ……いや、いやぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
――死体が、俺たちを見上げていた。絶望で染まった顔で。