第18話 自ら死を選んだのが怪異を解き明かすカギだったんだ
「ほら、バケモノが来てる……!! 呪いなんだよ、コレは!!」
そんなことを言われても、後ろを振り返っても誰もいないのに。
だけど、シーツを頭から被りながら体を小刻みに震わせる小鞠は、とても冗談を言っているように見えない。俺たちは互いの顔を見合わせて困惑していた。
「ほら、私たちを見てる!! 私だけじゃない、アンタたちも呪われる!!」
「の、呪われるって……葵ちゃん、そういう気配は感じる?」
「……後ろからは感じないわ。微かに宿井さんのスマホから感じるくらい。といっても人を襲えるほどの驚異はないはずだけど」
葵は怪異とか幽霊とかの存在を感じることができるらしい (楓から聞いた)が、その本人が首を振っている。そうなると小鞠は何に怖がっている?
「あ、あ、あ、あ、あ……あああぁぁ……」
そう思った直後、今までシーツに身を隠していた小鞠がうめき声を上げた。
顔が少し見えた。瞼が微かに痙攣し、歯をカチカチと鳴らしている。明らかに様子がおかしかった。
「死にたい……死にたい……死にたいよぉ」
そして、急にシーツを引きちぎると。それで自分の首を……絞め始めた!?
「ちょっ、ちょっと!! 何してるの!?」
「離してよ!! 死ねないじゃん!! 死ぬ、死ぬ、死ぬぅ!!」
様子がおかしいなんてもんじゃない。小鞠は自殺しようとしている!?
首を絞めようとシーツを握りしめ、それでもスマホを手から離さないまま暴れる小鞠と、真っ先に飛び掛かりそれを止めようとする楓。残されたこちらからは、どう止めようか戸惑うことしかできないでいた。
「もしかして、これがもう1つの怪異なのかよ!?」
「怪異が組み合わされる複合怪異、リンフォンに、見えない怪物。その怪物に見られると死を選びたくなるほどの狂気を及ぼす。この怪異の正体は……!?」
こんな時なのに妙に冷静な葵が何やら呟き続けるのを聞いて。その後、静かに俺の側に寄ると耳元で内緒話を始めた。
「良いかしら、一秋くん」
「……なんだよ!?」
「もしも呪いのゲームが複合怪異なら。宿井さんのスマホから怪異を倒せるかもしれないわ。一秋くんの力を使って」
「そんなこと、本当にできるのかよ?」
「やって見る価値はあるわ。それで、2つ目の怪異の正体だけど――」
普段の世間知らずさや、日常からは考えられてないほど真剣で、それでいて形容しがたい異様な雰囲気が場に満ちる。
またかよ。怪異が絡むと葵の様子がおかしい。普段から周囲と違うナニカを持っているのは確かだけど、それがなおさらだった。
だけど、今は小鞠を助けるのが先だ。葵から怪異の正体を知る。
……怪異はわかった。後は俺がやるだけだ。意を決して小鞠に接近した。
「小鞠!」
「何。何なの、アッキーも私を――」
「――すまん!!」
そして、小鞠に向かって、一言だけ謝罪して彼女の手からスマホを奪う!
スマホにはよくあるRPGとソシャゲが合体したようなゲームの戦闘画面が映し出されていた。とても呪いのゲームと思えないソレに一瞬だけ感情が揺いだ。
だけど、すぐに聞こえてきた小鞠と楓の言い争いで現実に引き戻された。
「事件名、呪いのゲームによる連続怪死事件」
今回の事件は前から見当がついていた。3日前、真人が俺と話していた不可解な自殺事件の噂の数々だ。
きっとあの事件の被害者たちは、今の小鞠みたいに呪いのゲームをプレイして、呪われて――もう1つの怪異の力によって「自ら死を選んだ」。そうだ、自ら死を選んだのが怪異を解き明かすカギだったんだ。
「怪異名、”リンフォン”及び――”邪視”!!」
見るだけで相手を呪う目と、それを持つ怪物。これがもう1つの怪異の正体だ。
詳しい内容までは推理した葵に聞かないとわからないけれど、きっと邪視が小鞠をここまで狂気に陥らせたんだ。
……だけど、俺のこの言葉に反応がない。前の怪事件では、間違った時でも何かしら反応があったのに。だけど、今から止める選択肢は俺にはなかった。
「これが、お前の”真実”だ!!」
そして、こうして最後まで言い切ったとしても。何も起きなかった。
「あ、あれ。間違っていた?」
「いや、このスマホが怪異じゃないんだ、怪異は別の場所にいるんだ」
もし間違えていたら、あの時みたいに反応があるはずだ。思い返してみると、俺の力の反応は怪異の目の前や異界の中でしか反応がなかった。
つまりスマホの中に怪異があるんじゃない。それならスマホアプリという存在の性質上、怪異があるだろう場所は……。
「返してっ!!!」
思考を別に移していたから、血走った目で飛びかかってくる小鞠に気が付かなかった。不意をつかれて体が吹き飛ぶ。保健室の白い壁に体がぶつかった。
「っつ……!? 痛ぇ……なんだよコレ!?」
痛みが走り、手首を見る。――濃い青アザ。そんな力で掴まれていたのか。
「はぁ……はぁ……ゲーム、ゲーム、ゲーム!!」
「ま、マリちゃん、ダメだよ!! ……きゃあっ!!?」
「大丈夫か、楓!!」
「う、うん。だけど……!」
「良かった……助かった……ゲーム……ゲーム……ゲーム……」
なんとか楓が止めようとするも小鞠の異常な力で払い除けられた。バランスを崩した楓を俺が受け止める。
そんな状況でも、小鞠はスマホで呪いのゲームをし始めていた。今までは恐怖を感じたその様子に、今は言い表せないほどの怒りが込み上げてきた。
「おい!! お前、いい加減にしろ――」
楓の手に負えない。なら自分が力ずくでも止めようと身を乗り出した時。
――今まで沈黙の、気にも留めていなかった保健室の重々しい扉が開いた。
「だから、言ったよね。諦めたら良いのにと」
開けた人の姿を確認して、保健の先生じゃない、と。安心したのもつかの間。ここで会いたくない人間が見えたもんだからげんなりとした。
「な、何しに来たんすか、結依先輩」
「あれほどまで威勢よく啖呵を切ったもんだからどうしてるのかなと思ったから来ちゃった。まあ、結果は見ての通りだね」
「…………」
「そして、ようやく2つ目の怪異がわかったんだ。流石はアキくん」
それを当てたのは葵なんですけども。なんて突っ込む気力なんてない。
肩を落とす俺を傍目に先輩はづかづかと小鞠がうずくまるベッドに向かった。




