第17話 諦めないです。怪異の謎を解き明かすのも、マリちゃんを助けるのも
「……諦めないです。怪異の謎を解き明かすのも、マリちゃんを助けるのも」
どこまでも冷たい結依先輩に、毅然として立ち向かったのは楓だった。
「何故?」
「諦めたくないからですっ!!」
正直、大きく言い放ったそれは回答になっていない。だけど、そんなヤボな指摘はできなかった。そう思わせるだけのナニカが今の楓に秘められていたから。
「この世界は、きっと不思議に満ちている。その不思議を解き明かすことが私たちのやるべきこと」
「聞き飽きたよ。それに私が言ったことになんの関係が――」
「――そして、その不思議が原因で、その不思議の正体を暴き出す前に。何も関係のない人が、私たちの大切な友だちが、死んじゃうなんて見過ごせないんです! 不思議を解き明かすことは、生きるためのコトなんですからっ!!」
「……あなたは」
「私たちは絶対に諦めませんからね!! ほら、アキに……葵ちゃんも!」
「わ、私も……!?」
急に腕を引き寄せられ、戸惑う様子の葵と自慢げな笑みを浮かべる楓。
そんな気の抜けた動作をするアイツに、先輩は気まずそうに人差し指で頬を撫でていると、やがてすべてに呆れ果てたような溜め息を吐いた。
「……はぁ。”怪異を乗り越えし者”。あの店長がそう呼ぶだけあるわね」
「えっ?」
「なんでもない。だったら頑張って、それと愛してるよアキくん」
これまた謎と秘密を残した先輩は、俺に向けて小さく微笑むと。
そのままスタスタと、オレンジ色の光が差し込む廊下を去っていった。それはまるで一枚の絵画に描かれた絵のようで。
「何だったんだろうな、アレ」
「うーん。でも、もう良いんじゃないかな」
呆然と、俺たちはその姿を見つめることしかできないでいたのだった。
「マリちゃん! 大丈夫!!?」
1階の、普段は通りもしない場所の廊下。
これまた俺の日常生活とは無縁の保健室の扉を、先陣を切った楓が開け放つ。先生は……今はいなかった。良かった、これはチャンスだぜ。
なぜ俺たちが保健室にいるのか。目的はもちろん小鞠。アイツはよく授業中に急に体調不良で教室を抜け出して放課後まで、時には放課後になった後でも、保健室のベッドで寝ていることがあるから。
現に今日の5時間目に、明らかに体調が悪そうな様子の小毬が保健室に行っていた。きっと、今もそこにいるはずだ。
「いるのはわかってるんだからねっ!」
カーテンを乱暴に開け放ち、真っ白なベッドに横たわる少女を見る。
小鞠もさすがに楓のデカい声は無視できなかったみたいで、上半身を起こしてこちらを向いた。……妙にギラギラとした目が、こちらを見据える。
「マリちゃん!!? ……ま、マリ、ちゃん?」
「……何の用? 私を笑いにきたってわけ?」
今の小鞠を例えるなら……ゾンビ。牙を剥いて襲いかかってきそうな凶気と、すぐにでも死にそうなほどの弱々しさがあった。
彼女の手には――スマホ。呪いのゲームが今も中にあるんだろう。
「違うよ! そんなことないよ!」
「……だったら何だよ。気分悪くてしょうがないんだから、ゲームさせてよ」
「それは呪いのゲームなんだよ! クリアしたら呪われちゃうんだよ!!」
呪いのゲームだと、小鞠がゲームを見せてきた時から俺はそう言い続けた。
【呪いのゲームなんて、あるわけないじゃん!!】
だけど、彼女は3日前はこちらを馬鹿にするように否定した。次第に呪いが見え隠れし始めた一昨日、昨日もそれは変わらなかった。
そして、今日はというと。小鞠は、すべてに疲れ切ったような表情を歪めて。
「そうだよ。呪いのゲームだよ、これは」
それを否定しない言葉が口から溢れた。
「だ、だったら、今すぐ消さなきゃ!!」
「何を言っているの、アンタ。そんなの無理に決まってるじゃん!!」
「な、なんで……?」
「ゲームをしなきゃ、私は殺されるんだよ!!」
どういうことだ。ゲームをしないと殺される?
確かにこの手のゲームはアンインストールしてもムダだったりするコトがあるけれど、彼女の発言はおかしさで満ちていた。
「ぎゃ、逆だよ! このゲームはリンフォンなんだよ! このままゲームを続けてクリアしちゃったら地獄に落ちるんだよ!?」
「何よ、リンフォンって!?」
「えっと、パズルで、地獄の門で、アナグラムで……とにかくめちゃくちゃヤバい怪異なんだよ! だから――」
「――もう良いよ、訳の分からないこと言わないで。そもそも呪いのゲームがなかったとしても私にはゲームしかないんだから、こうなる運命なんだよ、あはは……」
虚ろな目で、痛々しいほどに自分を嘲笑う小鞠。
明らかにおかしいけど、どうして良いのかわからない小鞠の今の有様を見た楓は、表情を一変させた。
「本当にどうしちゃったの、マリちゃん……昔はあんなにキラキラしてたのに……」
「っ!!?」
「しゅ、宿井さんの昔?」
「一応、中学の頃のコイツは水泳部のエースだったんだよ」
「そ、そうだったの。意外ね」
どうして今この話題を出したかはわからないけども。
小鞠は今でこそゲーム三昧の問題児のソレだが、昔は文武両道の優等生だった。
特に水泳の才能はピカイチで、全国大会にも出場するほど。2年で準優勝を果たした時はマスコミが中学に来たこともあった。
だけど、3年の最後の大会中に事故に遭った。原因は分からなかったけど、小鞠はプールで溺れて、意識不明の重体になったという。
おそらくそれが原因なんだろう。それから、彼女は水泳をしなくなり、成績も落ちて、こうしてゲームの世界に入り浸るようになった。
彼女がゲームを初めた時、何故か真っ先に俺のところに来た。これまた何故か自分がよくやっていたソシャゲを片手にいろいろ聞いてきた。
最初はいろいろと辛い思いをした小鞠の救いになったら良いかと付き合ったけど……次第に、バツが悪くなって高校受験を理由に話さなくなっていた。
「中学の時はみんなの人気者で、大会で優勝した時は私たち新聞部の取材も受けたじゃん!! なのに、高校生になったのにマリちゃんは――」
「――うるさい、うるさい、うるさいっ!!」
絶叫というよりは悲鳴。大きいけど、瞬時に掻き消えそうな声で小鞠が鳴いた。
「どいつもこいつも私をそんな目で見て!!? そうだよ、あれから水が怖くなって、それで泳げなくなった私は無価値なんだよねぇ!!」
「そんなことないよ、マリちゃん……!」
「なくないよ! アンタも、アッキーでさえも! 他の奴らみたいに裏切ったんだ!! だから私はゲームをするんだよ! 私には何もないんだから!!」
……先生が留守で良かったと改めて思わされるほどの叫び。それを聞いて、俺を含む誰もが今まで触れようとしなかった彼女の感情を見た。
小鞠は、今回の怪異に関係なく呪われていたのか。ゲームと、その裏に潜む闇に。
「マリちゃん……ごめん……」
小鞠の剣幕に勢いを削がれた楓が俯いてしまう。小鞠はちょっと意外そうな表情をしつつも、すぐにそっぽを向いた。
「わかったら放っておいてよ。」
「それは、できないよっ!」
「俺からもお願いだ。このままだと、お前は……!」
「……ああー、もう! ウザったい、ウザったい!! アンタらは――」
小鞠の言葉が急に途切れる。何が起きたんだと考えた瞬間、異変が起きた。
「あっ……。ああっ……!!」
俺たちの後ろ、その空間を指を示すとシーツに包まった体を異様なほどに震わせた。これは……怯えているのか?
「ほら、バケモノが来てるよ……!! やっぱり呪いなんだ!!」
”バケモノ”。これまでの調査で何度も出てきた言葉で振り向いた。
だけど、俺たちが後ろを振り返っても、その場所には……何もなかった。




