第16話 この怪異と今までの事件は、人為的に起こされたものなんだから
「何故なら――この怪異と今までの事件は、人為的に起こされたものなんだから」
今までをひっくり返すような先輩の言葉に。俺たちは驚きを隠せなかった。
「人為的に起こされたって、ええっ!?」
「驚くことはないでしょ。だって、あなたたちも不思議に思わなかった? 本来なら別々なはずの怪異が、勝手に融合して勝手に新しく生まれ変わるなんてありえない。それこそ知性がある存在、すなわち人間が介入しているって」
「それは、そうですけど……」
そりゃ説明はできるけど。それでも……人が怪異に関わるなんて。誰が、どうやって、なんのために? 複数の疑問が頭の中でぶつかり合った。
「ど、どういうことなんですか!?」
「それを説明する前に。現代の怪異は存在すること自体が危ういということは、そこのチョロい娘から聞いたね」
「そういや葵ちゃんが言っていたような」
「……その、チョロい娘という呼び方。止めてもらえますか」
現代社会において、秘密や未知の領域を生み出すのは難しい。
だから、秘密や未知に依存する怪異は存在できなくなって、それを偶然にも解決していたのが複合怪異。前回の怪事件の後に葵が話した内容だった。
「そして、人為的について、だけど。怪異を利用したい人間がいるとする」
「怪異を利用したい、人間?」
「ソイツがいる。だけど、既存の怪異はモノによっては利用しにくいし、新しい怪異を生み出すことも、それはそれで難しい。じゃあ、どうしよう??」
「……もしかして、既存の怪異を組み合わせる!?」
「頭が弱い割には理解が早いじゃない。すごい、すごい。パチパチ」
ノンキな会話に見えるけど、さらっと異常なことを話してないか!?
怪異を利用したい人がいて、ソイツが怪異を合成させた!? 突拍子もない話で、過去の俺が聞いたら鼻で笑うか、何かのゲームの設定と思っていただろう。
「毒のある言い方……! というか、そんなこと本当にできるんですか!!?」
「だから、できるかどうかより現に起きているんでしょ。そして、アキくんはその偽りの怪異から真実を暴き出したんだから」
真実を暴き出した。前の事件で怪異にやったことか。そんなことを言われても飲み込めなかった、その時の俺も今の話のことも。
……そもそも俺たちが怪事件に関わりだした原因は楓の思いつき、つまり偶然だ。そんな俺が偶然怪事件に首を突っ込み、偶然それを解決できたと?
疑問を解決してもらう会話のはずが、更に疑問を生むという訳が分からない状況。俺たち3人も一層険しい表情になっていた。
「本当に、結依先輩が話していることが正しいんですか?」
「信じるも信じないもあなた次第。だけど、これに近いコトが起きているのは事実だよ。あんな怪異に二度も巻き込まれて、まだ認めないのが意外なんだけど」
今の俺には2つの感情がひしめき合っていた。
1つは本当に結依先輩が話す内容のコトが本当に起きているという感情。
もう1つはそんなのウソだと、現実的じゃないと否定したくなる感情。どちらも同じくらい大きくて、同じくらい疑わしかった。
……正直、どちらが正しいか決めることはできない。だから俺は結論を出すのを止めて、今までで気になっていたコトを質問した。
「なら、先輩。俺からひとつ良いですか?」
「何かな、アキくん」
「もしかして、その存在を誰が作り出しているのか。結依先輩は知っているのか?」
推測だろうとはいえ、少なくとも結依先輩に何の根拠もないのにここまで説明できるのはおかしい。――先輩は何かを掴んでいるはずだ。
対して結依先輩は、ひとしきり視線を宙に泳がせた後。諦めたように打ち明けた。
「――神林」
「っ!!?」
そして、不意に出てきた謎の単語。
俺も楓も意味がわからず互いに見合わせていたが……葵は違った。顔を絶望に歪め、泣き出しそうな。今まで見たことがない表情をしていた。
「か、神林!? ……って、何ですか?」
「残念、これもまだ秘密だよ」
「また秘密っすか」
「時が来たらちゃんと話すよ。すべてを。それより警告しておくよ」
強引に話を進めていた先輩が、急に話題を変えた。
「怪異を我が物のように組み替えて、怪事件を起こして人を殺害している。ソイツは人間であっても、絶対に人間じゃない。人の姿を借りたバケモノだよ」
「…………」
「誰よりも愚かで、邪悪で、傲慢。そうじゃないと……こんな複合怪異なんて、怪異すらも侮辱する存在を生み出すはずがないんだから。だから、怪事件の裏にはそんな輩がいる。それだけは、絶対に忘れないでね」
思い返してみるとこれが1番恐ろしかった。もしかしたら俺の身近にいるかもしれない人間が、怪異を操っている。
……本当に、俺たちはこのまま怪事件の調査をしてて良いんだろうか。気づかない内に大変なコトが起きるんじゃないか、そんな不安が脳裏をよぎった。
「話はおしまい。それで、アキくん。私に構っていて良いの?」
「構うも何も先輩が話しかけてきたんじゃないすか……あっ! そうだ!」
「宿井小鞠。あの子のところに向かうんでしょう」
だけど、そうだった。先輩に気を取られて忘れていた。俺たちの目的を。
「保健室にいるだろうけど、あの子、そろそろ限界じゃない? もうじき死ぬよ?」
「そうです、けど。だから私たちもマリちゃんを助けるためにも頑張って――」
「――だけど、彼女は呪いのゲームに関して何も答えてくれない。それどころが自分たちの調査や怪異のコトを否定してくる」
「……うぅぅ」
これもお見通しだったか。どこかから盗み聞きしていたな。
そうだった。3日前のあの日から、実に話を聞きに行くの待っていた俺たちは、代わりに小鞠から何か聞き出せないか試行錯誤していた。
まあ、結果は先輩の言う通り。普段以上に、こちらの言葉に耳を貸してくれない。のらりくらりと交わされ、変に追及すると途端に急変して追い出される。その様子はまるで別人のようで、怪異の影響を受けているようだった。
「そんな娘のコト、諦めたら良いのに。ムダじゃない?」
「ムダって……」
「本人が助けを放棄している以上どうしようもないよ。見た限りアレは目の前の現実から逃げ出して状況を悪化させるタイプ。むしろ放置して観察していた方が怪異の正体もわかるんじゃない? その方がアキくんの解決につながるし――」
「結依先輩、あなたは……!」
結依先輩の、どこまでも冷徹な目と言葉が向けられて。
正論だとは少しだけ思いはした、けど。それでも俺は否定した。これは絶対に否定しなきゃならなかったから。
だけど、俺が反論するよりも。俺たちを止めるように腕を伸ばし、楓が向かった。




