第15話 そもそも、リンフォンが1つ目の怪異なのかしら?
「それにしても怪物かぁ。これまた唐突に別の怪異が出てきたね」
「怪物の存在を鑑みるとなると、今回の被害者の奇行も頷けるわね」
逃げるように部室を出た俺たちは、会話をしながら廊下を歩いていた。
実からの聞き込み調査、それからとりあえず調査は進展してくれたようだ。3日もガマンさせておいて楓が満足しなかったら大変だっし、よかったよかった。……まあ、表れてきやがった事実を見る限り、手放しに喜べないけど。
「リンフォンだっけ。あの怪異に怪物の話なんて出てきたっけ?」
「ないはずよ。アレ自体は単なるパズルにすぎないわ。地獄の門だとしても解けていないパズル、すなわち開けられていない門から」
「そうだよね。つまり、その怪物が2体目の怪異ということになるんだよね!?」
「リンフォンの力によって幻覚を見ている可能性もあるけれど、ひとまずそれが真実に近いでしょう。だけど……うーん」
「どうしたの、葵ちゃん。難しそうな顔して」
だけど、話を聞いた葵はどこか浮かない表情で考え事をしている。
「そもそも、リンフォンが1つ目の怪異なのかしら?」
そして、今までの話をまるっと覆すことを話してきたのだった。
「えー!? だって、あの先輩が自信満々にそう言ってきたじゃん」
「楓はあの人の発言を信じられるの? 明らかにおかしい人だったじゃない」
「言われてみれば確かに。アキをアキ呼ばわりするし、しかも私を差し置いてアキに抱きつくなんて……! しかもアキの声を盗聴していたなんて……! 私ですらしたことないのに!!」
「……それは関係ないでしょうけど」
楓はさておき、正直のところ俺も疑問視していた。先輩が信用できるかについて。
確かに結依先輩は俺たちが知らない情報を手に入れているようだった。ブログの管理人で、除霊師。まだ話してこない内容も含めると
だけど、完全に信じ切れるかといわれると無理だった。彼女自身がいろいろとアレなのもそうだし、彼女の発言や行動から意図や目的が見えてこない。相手が何をしたいのか掴めない以上は距離を置くべきだぜ。
「さらに、今回の事件が複合怪異の仕業すら怪しいわ。これもあの先輩が言い出したことだもの飽くまで。飽くまで私が提唱したソレは一秋くんのあの時の行動を説明するためのものだから。それに近い存在があるとしても私が説明した通りの複合怪異としての概念があるのか、あったとして今回の怪事件に関係あるか不明なのよ」
「そうだよな。今まで俺たち仮定&仮定で話を進めてるんだよな」
思い返してみたら、そうだ。葵の言う通りだった。
とはいえ、そう考えてしまうと何もわからなくなるのも事実だけど……。
「どっちみち、これから調査をするにしても、あの人は疑ってかかった方が――」
「なるほど。怪異に関してなら頭が働いてくれるようね、そこの娘は」
神妙な顔つきで語る葵のその言葉を遮るように姿を表した影。
噂をしたらなんとやら。目の前に現れたのは結依先輩だった。何でここに!?
「げっ。結依先輩!?」
「随分と良いご挨拶ね。せっかく愛しの先輩が会いに来たというのに」
「……アキに何の用ですか。神代先輩」
「あらあら、人を殺すことができそうな顔してるね。私が信用できないの、雨宮楓」
そして、すぐに楓と結依先輩が火花を散らし始めた。2人とも目がマジだ!?
「し、信用できないですよ! 人の婚約者を勝手に抱きついたり盗聴したり!?」
「婚約者は自称じゃないかしら。流石の私でも初めて見たよ、何も約束なんてしていないのに婚約者を名乗る変人は」
「除霊師を自称する先輩には言われたくないです。というか先輩、人の話を盗聴したり変なお店に出向いたりオカルト系のブログを書いているようですけど、他にやることないんですか? 友達と遊ぶとか、恋人と青春を謳歌するとか!」
「頭が足りないにしては痛いところを突いてくるじゃない。ちょっと傷ついたよ」
「ふんっ! アキのコトなら容赦しませんから!」
「う、うえぇぇ」
人の前で女の戦いを繰り広げないでくれ。心臓に悪いぜ。葵も困惑してるし。
「そんなことより、あなたたちも文芸同好会の子から情報を得られたようだね」
「文芸同好会の子……みのりんから!? あなたたちも情報を得たって先輩も……いや、えっ、先生に目を付けられてるんじゃないの!?」
「私、品行方正だから。先生たちも目を瞑ってくれるの。あなたたちと違ってね」
「日頃の行いが良いようで何よりっすね。それより実が話してくれたんですか?」
「んっ? 聞いたらすぐに答えてくれたよ。どこかニヤニヤした笑みを浮かべて、私の顔とか、その、胸とまじまじと見てきたけど。何だったのかな、アレ」
「あー、アイツは変態なんすよ。イヤらしい視線や言動は気にしないでください」
「……そうなんだ」
ちょっと視線を明後日に逸らした結依先輩。葵ならまだしもこの人を困惑させるとは、さすが実。
だけど、少し意外だったりもする。アイツは貧乳かロリにしか興味ないと思っていたのに。先輩にもエロい目線をめけるのか。そりゃ結依先輩は外見はめちゃくちゃ美人で、それにスタイルも抜群だけどさぁ。
「その上で1つ話しておくわ。どうやら私のことを疑っているみたいだけど……この件であなたたちにウソは言っていないよ」
「何を根拠に……そ、そんなこと信じられるわけ――と、というか、なんで私たちが疑っていたこと知ってるんですか!?」
「そりゃ聞いていたから、今までの話の内容」
「えっ!? い、いつから!?」
「文芸同好会の部室から出てきたところから。呑気にあれこれ話してくれていたね」
……マジかよ。そんなタイミングから。ぜんぜん気配なかったぞ。
「まあ、無断に聞き耳を立てていたのは悪かったかも。ごめんね」
「今までアキを盗聴していた割には、今回は妙に律儀ですね。なんか変なもの食べたんですか?」
「だから、お詫びに1つ教えてあげる。あなたたちが話した通り、今回の被害者が見たという怪物こそが2つ目の怪異だよ」
「や、やっぱりそうなんだ……! もしかして、その正体もわかっていたり!?」
「検討は付いているよ。だけど、教えてあーげない」
指先を可愛らしく口元に当てながら、きょとんと結依先輩がこう告げた。
……わざとか素なのかわからない天然っぷり。本当に掴めない性格をしてるぜ。
「ちょ、ちょっと、教えてくださいよ! なんでそこで!?」
「私はアキくんを信じているから。今回の複合怪異の真実を暴き出してくれるって」
……挙句に果てには、変な期待を向けられてしまったようだ。
そんなこと言われたって現状どうしようもないというのに。だけど、ここで教えてくれとどんなに粘ってもそれが叶わないだろうな。この短い期間で、先輩の性格はわからないようで理解できてしまっていた。
「ちょっ、ちょっと、待ってください!!」
だけど、俺たち2人が困っていたこの状況で声を上げたのは葵だった。
「本当に、複合怪異なんてモノが存在するんですか? 勘違いしていませんか?」
「…………」
「私が話したのは仮定の話です。複合怪異という名前も飽くまで仮のモノなんです。それに、そもそも――都合が良すぎるんですよ。存在が困難になったカシマさんと、異界そのものを作り出すきさらぎ駅。確かに同じ存在になれば既存より強力な怪異ができるでしょう」
俺たちの複雑に絡まった疑念を、長々と言葉にしてくれる葵。対して結依先輩は相変わらず何を考えているかわからない様子で葵を見据えていた。
「だけど、怪異が独りでに1つの存在になる、それも互いの欠点を補うような形で。こんなこと、今まで見たことも聞いたこともないし、想像もできないです。生き物じゃないというのに……!」
「うん、そうだね。あなたの言う通りだよ。かなり都合が良すぎるね」
そうだ。今までわからないことだらけだった、複合怪異と今回の怪異のこと。
葵の話を止めて、これから結衣先輩は何を話してくるんだと身構えていた俺たちを翻すように、一度はこちらの言葉を肯定する。
「だけどね、それは当たり前なんだよ」
「……えっ?」
「何故なら――この怪異と今までの事件は、人為的に起こされたものなんだから」
そして、どこか底知れぬ闇が潜む眼で。俺たちに目を向けて言い放ったのだった。




