第14話 ゴメンね。ボクもなにもわからないんだよね
「だから! ここはつるペタ魔女っ娘をわからせて奴隷にするのが良いんだよ!」
文芸同好会に着いた俺たちを出迎えたのは、アイツの意味不明な声だった。
「良いんすか。それで……」
「そうだよ! キミが書いてる作品はベタベタな異世界転生ものだ。読者層からしてもそれを望んでいるんだよ! それにね、このヒロインは魔術師の名家の出身で、プライドも高い。チート能力に近い能力を持っている。そんな子をだよ、本来ならキャンディやチョコをペロペロ舐めてるような幼気な子をだよ、快楽に溺れさせて、犯して、幸せそうに男の欲望を舐めさせるんだよ、わからせるんだよ! 奴隷にするんだよ! 興奮するでしょ! 興奮するんだよ!」
「だ、大丈夫なんでしょうか……この作品R-18じゃないんですけど!」
「法の規制が怖くて小説が書けるかっ!! そういうのはね、匂わせとけば勝手に相手側が想像してくれるんだって!」
普通の学校で、普通の部室で、何を言っているんだよ、コイツは……。
まあ、相変わらずというべきか。気を取り直してヤツに声をかけることにした。
「おーい、実ー!」
「おー、一秋じゃん! それに楓ちゃんもいるじゃん! 相変わらず、そのたわわに実ったメロンをぶらせげてるねー!」
「きょ、今日も通常営業だね……みのりんは」
俺たちを見つけるなり、朗らかな笑顔と流れるようなセクハラを働きやがる少年
見た目の美少女っぷり、快活な雰囲気とは裏腹に、超がつくほどの変人。……ちなみに男である。この見た目で。
アニメやラノベ風でいえば、いわゆる男の娘というキャラだが……こんな性格だからステレオタイプ的な男の娘とは似ても似つかない。
「それに知らない子がいる。このミステリアスな雰囲気に可愛らしい見た目、そして見事なまでのまな板。良いねぇ〜!」
そして、俺たちが最も心配していたことが発生してしまった。
コイツと葵を出会わせてしまうこと。
今までの付き合いからわかっていたが、この少女は相当な世間知らずかつピュアなだ。変な冗談、下ネタは言うのも聞くのももってのほか。通信機器で誰でも良からぬ情報が得られる社会において、希少種に近い存在だ。
そんな葵を、こんな変態に会わせてしまうのは気が引けていたんだけど。
「まな板……私はそんなものは持ってないのだけど。料理中じゃないし」
だけど、まさか。葵には実の下ネタが通じてないというのか?
「えっと、それは、その。まな板は物の例えだよ! ほらキミの美しい体の水平線のことだよ!」
「体の水平線? えっと、痩せているってこと?」
「ほらほら、楓ちゃんにあってキミにないものだよ! 男のロマンだよ!」
「う、うぇぇ……楓にあって私にないもの……元気とか、積極性とか? それが男の人のロマンになるのかしら?」
なんだ、俺たちの目の前で行われているすれ違いコント。
というかあの実を困惑させてるの、さすがだな。底なしの変態も、ガチの純粋には敵わないのか。
話が噛み合わないことに困惑した様子の実は、駆け寄って俺に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、一秋。この子はわかっててやってるの? あざといの?」
「いや、ガチでお前が言ってることわかってないぜ。アイツはこういう人間だ」
「えぇ……。それは、スゴいね。そんな人がこの社会にまだいたんだ」
「つーか、もう言ってしまえよ。葵は貧乳だって」
呆れゲージが溜まりつつあった俺の言葉に、実はドヤ顔で首を振った。
「それは小説家の流儀に反するかな。飽くまで暗示や比喩表現で説明すべきだよ。ほら、キミのお姉さんを”合法ロリ”っていうよりも”大学生という大人の入口にある年齢にも関わらず、犯したくなる幼さを纏っている”って表現にした方が妄想が駆り立てられるでしょ? でしょ?」
「俺の姉を合法ロリ扱いすんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
「あー、ごめんごめん! だけど、うらやましいよ~! あんなに見た目が良くて、面倒見が良くて、幼い姉がいるなんて。くれない?」
「ふざけんな。というか、お前の姉だって別に悪くないだろ。清楚な文学少女って感じで良いじゃん」
「ドロップキックしてきて、僕が賞を取った作品も「こんなの小説じゃない」とか「読んでて恥ずかしくなるわ。というか書いてて恥ずかしくなかったの。人間じゃないの、あなた」とか酷評してくる姉がご所望なドMなら良いと思うよ? だけど、ボクはイジメられるよりイジメたいんだ」
ちなみに、コイツが書いている中身はゴリゴリの異世界転生ものだ。
それでも本を出せていて、何巻も続いているくらいには売れているんだからスゴいけど。今度コミカライズもするんだっけ。
「ねぇ、一秋くん。彼女、じゃない。彼は何を話してくれていたのかしら」
「……お前が、まな板みたいな貧乳で水平線ということだよ」
「ひんにゅ、って、えっ、えっ、うぇぇ!!?」
「ちょっ、ちょっと、アキ! 葵ちゃんに変なこと吹き込まないでよっ!!」
「お前は葵の母親かよ! いや、ちゃんと言わないと延々と聞いてくるだろ!」
俺が弁解するものの、怒って掴みかかる楓。
隣では葵が自身の水平線こと胸に、制服越しに手を当てて落ち込んでいた。
「うぅ……。気にしてるのに……」
「いやいや、コンプレックスに思う必要はないさ。キミのそれは魅力的だよ!」
「うぅむ。それは同意見だけど、葵ちゃんはかわいらしい胸もかわいいんだし」
「か、かわいいって言われても……。そんなこと……クラスの人とも仲良くなれてないし……」
「そんなことないよ! 絶対にないよ! 葵ちゃんはかわいいよ! 私が保証するんだから!」
「う、うぇぇ……か、楓がそこまで言い張るなら……」
「ねぇ、一秋。もしかしてこの子はそういう系なのかな? なのかな?」
「それはご想像にお任せするぜ」
しまった、変態にエサをやってしまったか。
だけど、コレに関しては否定できない。葵、新聞部入部後から楓にべったりしているし。ぼっちを脱出できて嬉しかったのか、それとも別の理由か。
「って、そんなことより怪事件だ! 呪いのゲームの話をしに来たんだろ!」
「あっ、そうだ! それを聞きに来たんだ!」
そして、本来の目的を思い出す。すっかりみんなのペースに乗せられてたぜ。
「なぁ、実。お前に聞きたいことがあるんだが」
「何かな?」
「確か3日前、松村に絡まれただろ? その、アイツが自殺する前に」
「あ、ああ。何だ、その話か……」
打って変わってバツが悪い表情をした実は、シリアスな顔で俺たちに向かった。
「松村くんだよね。……いやな事件だったね。あそこから落ちたんだ」
カーテンで隠された空間を、実は指で示した。
日差しが入るからか窓はカーテンで閉められていたものの、言われてみると何か形容し難い空気をまとっているように見えた。
「一秋たちはその事件を追ってるの?」
「そうだよ。だから情報が必要なんだ。ほら、事件に関係すること先生とかに触れられないようにされてるだろ」
「そうだよね、ボクも先生に口止めされたんだよねぇ」
「やっぱりな。だけど、もう先生の監視とかはそこまで大変じゃないぜ。それに、俺たちもお前から聞いたなんて話さないからさ。どうだ?」
「……うーん」
腕組みをして、少し考え込んでいる仕草をし始める実。
「ゴメンね。ボクもなにもわからないんだよね」
そして、少しこちらを落胆させる言葉を、重々しく吐き出してきた。
「本当に、急に掴みかかられただけなんだよ
彼に。お前は俺を殺そうとしているって、これまた唐突に言われてさ」
「みのりん、その通りに殺そうとしてたの?」
「するわけないよ! 吉村くんとは少し話すくらいで全然関わりないんだから! そもそもボクは誰かを殺害したりとかできないよ!」
まあ、コイツは超変人だとしても、誰かを殺そうとするような人間じゃない。それは仮にも友人の俺が保証する。
「でも、ここ最近の吉村くんなら、気になることはあったかな」
「それを聞かせてっ!!」
「よく周りをキョロキョロしていたんだ。怯えていたというかな」
「怯えていた?」
「クラスでも有名だったよ。いつもそんな感じだったし、挙句の果てには授業中でもずっとスマホを見続けながらビクビクしていたし」
‘’う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?‘’
言われて思い出した。あの日見かけた松村も、そんな感じだったな。
「それと、これは他の人から聞いた話なんだけど。松村くんが怖がっていた理由、”謎の怪物”に追いかけられているからだって」
「”怪物”?」
「実際にスマホ抱えて下校道を必死に走る吉村くんを見かけた人もいるんだ。後ろには誰もいなかった、はずなのに」
実のこの話。やっぱりアレは呪いのゲームに関係しているのだろうか?
それに、スマホを持っていた。ゲームがダウンロードされたものだろうけど……ひとつ気になることがあった。
……どうして手放さないんだ? そんな気味が悪いゲームが入ってるものを。
呪われていたって明らかに原因なんだから捨てるとかすればいいのに、おそらくソイツはしなかったんだろう。
俺や、おそらく葵も同じこと、その先にある怪異の正体について考え始めた時。
「ちゃんと部活やってますかー、あなたたち」
不意に部室の扉が開かれた。意表を突かれてびっくりする。
「うげぇ、石川先生……」
相手は国語科の石川先生。黒縁眼鏡をかけた、おじさんの先生。
楓の反応からわかる通り、あまり評判が良くない先生だ。授業はつまらないし、何よりヤツの小言はネチネチとしている。関わりたくない人種だ。
「なんで新聞部の小山さんと雨宮さんがいるんでしょうか?」
「えー、普通に会話してただけですよー」
「そうっすよ、先生。友だちなんですから普通でしょ?」
「本当でしょうね。もしまた余計なことに首を突っ込んでいたら考えますからね」
「わかってますよ」
「本当にわかっているんですか。だいたい新聞部は、こんな状況にもかかわらず懲りずに活動を続けて――」
先生がネチネチ攻撃を始めようとした時、楓と葵に目配せをして逃げ出す。
「わかりました、先生! じゃあな。実! ”友達同士”また会おうぜ」
「バイバーイ。一秋に、楓ちゃんに、キュートなまな板ちゃん?」
「ま、まな板……まな板って……」
こうして、俺たちは文芸同好会からそそくさと抜け出したのだった。




