第13話 あの犠牲者はこの部室の真上から落ちたのね
「よーし、今日から調査を始めるぜー」
あんな事件が起きたにもかかわらず、清々しいほどに晴天の日。
カーテンが取り外されているオンボロ部室には、かろうじて動いているクーラーと、冷気を台無しにするほどの日差しが窓からウンザリするほど降り注いでいた。
教室にいたら熱いし、外に出たらもっと熱い。それをワイシャツに制服のズボンと暑苦しい状態で登下校し、生活をする。
もう夏休みにならないかと学生はもちろん、先生たちも思っていそうだ。
とはいえ、俺たちにはやることがあった。もちろん呪いのゲームの調査だ。
だけど……部室の小さな椅子に腰かけている楓は不服そうに顔を膨らせていた。
「始めるもなにもさ、ちょっと良い?」
「なんだよ、楓」
「あの日から3日も経ってるんだよ!!? いくらなんでも遅すぎだよ!!」
その理由は、今日は飛び降り事件が起きてから3日目だから。
全校生徒を集めた注意喚起と口止めを目的とした集会と黙祷は既に終わり、そこかしらで噂していた生徒たちも既に少しずつ日常に戻っているほどだった。
だから楓はずっとこんな様子だ。そりゃ無理もないか、次の日からずっと楓たちには何も行動するなと言い続けたのだから。
……その代わりに、楓には取材だのデートだので連れまわされたんだけどさ。
「まあまあ、落ち着いてくれ。もちろん理由はあるぜ」
「なんとなく私にはわかるけど、一応聞かせてもらうわ」
「……なんなのさ」
相変わらず口を尖らせながら言い放った楓に、俺は答えた。
「理由は1つ。俺たち新聞部は先生に目を付けられているから」
「そんなの日常茶飯事じゃん! 今更アキは何を言っているの!!」
……先生に目をつけられるのが日常茶飯事な新聞部ってどうなんだよ。
今までの実績を考えたら当然とはいえ、複雑な気分になりながら言葉を続ける。
「さすがに王手かかってるぜ。ただでさえ怪異とか怪事件とか変なこと言ってた新聞部なんだ、学校内の事件にも手を出したらいよいよ潰されるぜ?」
「現に先生たち、生徒の説明に保護者やマスコミ対応で相当ピリピリしていたわね」
「だろ? ”周りやマスコミに何か聞かれても絶対にこたえるな”だったからな。それに、実際にマークされてただろ、俺たち。特に放課後と抱えるまでずっと監視されてて、今日やっと解放されたわけだし」
「むぅぅぅ……はぁ、理由はわかったよ。それで、これからどうするつもりなの?」
本題はここからだ。納得したかどうか複雑な表情の楓に、俺は胸を張って答えた。
「それならアテがあるんだぜ。不思議の答えに辿り着くための、な」
「アテ? どんなの?」
「あの日の出来事だよ。あの時、俺たちは窓の”そば”で落下する姿を目撃したよな」
「う、うん、そうだよね。確かに見たよね」
「これが事実ならわかることがある。窓のそばで人の体が見えたということは」
「……なるほど。あの犠牲者はこの部室の真上から落ちたのね」
「そういえば!」
そうだった。あの日は突然の出来事で思いもしなかったけども。
別のところなら死体は遠い場所からか見えなかった。これは重要な情報だった。
「人が飛び降りたのも、直前の揉め事も上の階の教室で行われた。そう考えると自然だし、手掛かりになる情報にもありつける訳だ」
「うーん、真上かぁ。ここの上って何があったっけ……?」
「国語科準備室だよ。国語科の先生がいろいろ教材を置いている部屋だ」
「ムダに広くて、物がいっぱいあるところだよね!」
「ああ。そして、その時間のその部屋では……文芸同好会が活動をしてたんだ」
「それなら文芸同好会の人に話を聞けばわかるんだ!」
つまり、そういうことだ。行動するなと話したのも、情報をこれ以上探す必要がないのがあった。
「それどころか、揉め合いになったヤツは実なんだぜ。俺にとっちゃ好都合だ」
加えてこの朗報。”実”、文芸同好会の実といったら卯月実のことだ。
この学校でその名前を知らない人間は、俺たちの会話を聞いてキョトンとしてる世間知らずの少女くらいだろう。良い意味でも悪い意味でも学校では有名人だった。
父親は何本も映画・ドラマ化してるベストセラーの小説家。
本人も高校生にしてネット最大の小説賞を取り、実際に彼の小説が出回っている。
ーーそして、超変人にして危険人物。写真部の茜なんて足元にも及ぼないほどに。
実は、ヤツは影谷に次ぐもう1人の俺の友人だ。ものすごい不名誉だけど。
なぜ俺がイヤがってるかは……ヤツを知っている人物なら理解してくれていた。
「そ、そうなんだ。みのりんかぁ。懐かしいけど、うーん……」
去年まで同じクラスだった楓も、ヤツの名前を聞いてイヤそうな顔だ。
どうやら俺と同じことを考えているらしい。葵に目を運びながら俯いていた。
「どうしたのよ、楓?」
「いやー、葵ちゃんには会わせたくないなーって」
「なんでよ」
「葵ちゃんの情操教育に悪いからだよ!」
「う、うぇぇぇ!!?」
そして、葵には会わせちゃいけない人物でもあった。いろんな意味で。
「大丈夫よ、私なら! 心配しないで!」
「みのりんはなんというか……変な人なんだよ。葵ちゃんには毒なんだよ」
「なおさら問題ないわ! 奇人変人の類にはそれなりに耐性があるんだから!!」
「いや、アイツはそういう耐性とかそういう話じゃないって……」
「ここまで言われたら私は行くわ!! そもそも怪事件を調べるんですもの、大切なあなたたちを放置するわけにはいかないもの!!」
「あー、葵ちゃん。こうなっちゃたらテコでも動かないんだよねぇ……」
鼻息を荒くして、大声をあげて猛抗議をしてくる葵。
……普段のコイツからは考えられない仕草だけど、こうなると葵は止められない。いつもはチョロいのにこういう時だけ頑固だった。葵のために俺たちは忠告してるのに、彼女はそれを聞く気はなさそうだぜ。
「なら一緒に行くしかないかぁ。何が起きても恨まないでよ、葵ちゃん」
「大丈夫よ。大体ここは普通の高校、おかしい人なんてそうそう出会わないわ」
「アイツ、くれぐれも葵の前では大人しくしてくれよ……」
俺の呟き、例えそれが無理な願いだとわかっていても。
祈るしかできない俺たちはムスッとした葵を連れて国語科準備室に向かった。
3人で並んでいつもの廊下を歩き始める。通り過ぎる生徒や先生は少なかった。
「そういや文芸同好会は活動してるの? 部活するなーって先生たち言ってたけど」
理由は楓が話した通り。あんな事件が起きた後だからか生徒はすぐに帰らされていた。現に校舎はおろか、今の校庭には誰もいない。
「やってるみたいだぜ? アイツに聞いたらそう答えていたし」
「えっ、大丈夫なの? 怒られないの?」
「あそこも俺たちと同じで非公認だからな。従う必要はないわけだ」
部員の数は俺たちより2、3倍多いけどな。認めたくないけど付け加えた。
理由は実の名が知れ渡ってるから。変人でも名があるだけに、ヤツに教えを請うため文芸同好会に入部したがる生徒は多かった。
「さて、目的地まで来たわけだけど」
「葵ちゃん、本当にみのりんに会う気なの? 後悔するよ?」
「だから大丈夫だってば!」
「ホントに、何も起こらないと良いんだけどな。んじゃ、入るぞー」
昔に建てられた学校特有の引き戸を引いて、部屋の中にずかずかと入る。
国語科準備室は飽くまで授業の準備室。放課後は、国語の先生たちは職員室にいる。そんなわけで文芸同好会は先生がいない広々とした空間を、10人ほどの生徒が利用していた。真面目に紙やスマホに向かう人もいれば、ゲームやTCGに勤しんでいる輩もいて、ちょっとツッコミを入れたくなった。
「おーい、実ー! いるよなー!」
そんなことよりもアイツはどこにいやがるかな。
見渡すと、右端の大きめのテーブルにイス3つと応接間みたいなところに、実と別の男子生徒が座っていた。アイツがスマホを片手に何やら話していて、それをもう一人が頷きながら聞いている。
「うーん、ここの展開。どうも薄味なんだよね。恥ずかしがってない?」
「……そうっすか。実さん」
「そうだよ、欲望だよ! 盛り上がるシーンは、それこそドカーンと、欲望とそれと感情を思いっきりぶちまけなきゃだよ!」
意外にも有用そうなアドバイスをしているのが、この卯月実。
地毛らしい明るい茶色の髪に、ショートで前髪を小さく上に結んでいる。
見てくれは悪くない、どころか童顔で可愛らしい顔たち。不健康な生活を送っているおかげか見えている肌は白く、力を入れれば折れてしまいそうなくらい細い。
ヤツの内面という先入観がある俺でも感じる。”美少女に見える”と。
……そう見えるだけ。現にヤツはシャツにズボンと、俺と同じ服装だから。
「だから! ここはつるペタ魔女っ娘をわからせて奴隷にするのが良いんだよ!」
そして、ヤツは。今後起きるであろう展開を不安しか感じさせないような叫びを、部屋中に響かせたのだった。




