第10話 いっぱい知っているよ。あんなことやこんなことまで
「この怪異を暴き出すには。絶対に、アキくんの力が必要になるのだから」
真っ直ぐと、それでいて何処か別の場所を見据えるような先輩の瞳。
俺に向けられたそれには強い意志が含まれていた。俺が必要だ、そんなことを。
最初は、何を言っているのかわからなかった。彼女の瞳を見て、それに映る自分の姿を見てーー彼女が話したいことが理解できてしまった。
あの時、葵が話してくれた”俺の能力”だ。そして、それが必要となる意味とは。
「ど、どういうことですか? アキの力って……!!?」
「複雑に混じり合った怪異、複合怪異。一秋くんだけが正体を暴き出せる怪異が、今回の事件を作り出してるんだから、至極当然のこと」
複合怪異。前回のバラバラ殺人事件で聞いたコトがある名前だ。
別々の怪異、都市伝説が1つの怪異になり、複雑怪奇な事件を生み出してしまう。
正体不明で、なんで存在しているかもわからない存在。前の事件でも出てきた怪異。
……ウソだろ、今回のこの事件には、また複合怪異が関係してるというのかよ!!?
「なるほど、だから”地獄の門”と書かれていたのね。最初の時は違和感を覚える物言いだったけど今なら理解できるわ。その意味を、あなたが今になって私たちに接触した動機を」
「物分かりが良い子がいると話が早くて助かるわね」
俺たちを置いてけぼりにして話を進める葵と結依先輩に、楓が割り込んだ。
「どういうことなの、葵ちゃん!?」
「神代さんが話した通り、今回も複合怪異が関係しているわ。そして、その1つ目は」
店内で広がる重苦しい緊張感の中、葵は真剣な眼差しで口を開いた。
「リンフォン。地獄をアナグラムしたパズル、都市伝説に由来する怪異よ」
聞き慣れない単語が飛んで、さらに怪異という言葉で受け入れを拒否する。
ゆっくりと、覚悟を決めて数文字の単語を理解しようとして、やっと思考ができた。
「リンフォン……。どこかで聞いたコトがあるような……」
「聞いたも何も、前に私が叩き込んだじゃない。ひとりかくれんぼやきさらぎ駅と同じよ。ネットを中心に騒がれている都市伝説の1つよ」
ーーリンフォン。
とある人物が古びた骨董屋で見つけた、正二十面体のパズル。
正式名称は”RINFONE”。熊から鷹、魚の順に形を変えるというものだ。
だけど、その正体は……極小サイズの地獄の門。すなわち”INFERNO”だったのだ。
現にリンフォンを購入し、パズルを解こうとした女性の身の回りには異変が起き始めた。
最終的にはそのパズルを捨てたら、怪奇伝承が起きなくなったという。だが、もしもパズルを完成させていたら……果たしてどうなっていたのだろうか。
ああ、まただ、またかよ。今回の怪事件も知っている名前の怪異が出てしまった。
偶然にも関わってしまい、楓が調査しようとした事件でだ。俺たちは呪われてるかもな。
「本当なの、それは? 本当にリンフォンが関係しているの?」
「私が知っている情報をまとめた限りね。クリアしたら、つまりパズルが解かれたら地獄の門が開く。だから呪われる。あのゲームにリンフォンの要素が」
「呪いのゲームはRPGでスマホのアプリなんですよね? パズルじゃないですよね?」
「だから、複合怪異の可能性を示唆したのよ。きっと他の何かが関係していそうだから」
こうして、結依先輩は簡単にだけど、リンフォンとする根拠を話してくれた。
ゲームを進める上で出現するボスキャラがパズルで構成される動物と順番が一致すること、プレイした段階でゲームを進めるごとにプレイヤーがおかしくなること、その他も。
俺の頭の混乱が取れないから、本当に正しいか考える余裕はなかった。言われたことを理解する、それがわかっているのか、矢継ぎ早に結依先輩が切り出した。
「そして、一秋くんは、この怪事件を解決しないといけない」
「ちょ、ちょっと!? 神代先輩が勝手に決めないでくださいよ!!」
「あれ、調査しないの? あなたが最初に言い出したはずだけど」
「それはしますけど……だけど、今までの話からいろいろ考えなきゃですし」
普段とは異なる歯切れの悪そうな楓に、きょとんとした表情の結依先輩。
「それに、前みたいにアキが私を置いて怪異に巻き込まれちゃったらイヤだし」
そうだった。きさらぎ駅の事件から、楓は少しだけ慎重になっていた。
もちろん怪事件の調査は止めていない。今日みたいに言い出すことはある。
だけど、極端な無理はしなくなった。葵の忠告とかもある程度聞くようになった。
自分が怪異に巻き込まれようが、殺されそうな目にあおうが気にしないのに。俺だけが危険な目に遭ったら懲りる。楓の考え方には思うことはある、けど。
それでも俺を心配してくれることは嬉しいし、少しは落ち着いてくれたことも助かる。
だけど、楓の気遣いも。今の氷のように冷たい結依先輩にはまるで通じそうになかった。
「気持ちはわかるわ。だけど、それは無理だよ。そのアキくんが認めない」
「……ど、どうして?」
「宿井小鞠。あなたたちの友人に呪いのゲームが送られ、それをプレイしたのだから」
どくん、と。心臓が高鳴るのを感じた。それも盗聴していたのかよ?
「そ、そうだったの!? マリちゃんが呪いのゲームに巻き込まれたの!?」
「……ああ。彼女のスマホに噂通りのアプリが送られていた。今朝、確認した。プレイしてるかはわからないけど、あの口ぶりからはおそらくやってるぜ」
「だよね。だから、優しいアキくんは彼女を放置できない。きっと助けようとする。あなたたちにはーー落ち度があるのだから」
”落ち度”。その言葉を聞いて、俺と楓は思わず俯いてしまっていた。
こ、この人は……俺たちの中学生時代のことまで!? どうやって知った!?
「……あなたは、どこまで俺の情報を知ってるんですか?」
「いっぱい知っているよ。あんなことやこんなことまで」
「例えば、どんなことをですか!?」
思わず俺が語気を強めるほどに、この人には不穏な力があった。
ぼんやりとしてるようで力強い。綺麗な瞳の裏に、強大な存在があるような。
形容し難い、巨大なイヤな予感が全身を襲った。そして、その感覚は正しかった。
「ーーアキくんが、篭ヶ淵村土砂災害の唯一の生き残り、だとか」
一言ごとに呼吸が止まりそうな緊張が、俺の心の中で走った。
結依先輩の言葉は事実だった。事実だから異常なんだ。知るはずがないのだから!
「どういうことですか!? なんで、そのことは報道だってされてないはず!! なんで結依先輩が知っているんだ!!? どうして!!?」
「うん、おそらく13歳の男子が災害に飲まれた村から救助された、くらいだよね。だけど、知ってるよ。その災害で、尊敬するおじいちゃんを失ったことも知っている」
追い討ちをかけるように、淡々と絶対に知らないはずの事実を連ねる結依先輩。
確かにそうだ、間違いはない。俺はじいちゃんを失っていた。記者としての取材調査で訪れていた篭ヶ村、その場所で起きた大規模な災害によって。
だけど、それを知っている人はほんの一部だけ。俺の家族と周りの大人と、楓だけ。
もちろん、その中に話を無闇に広めるような人間は絶対にいない。楓だって絶対に。
「もう、訳がわからねぇや」
……なのに、結依先輩は知っていた。
俺ができるのは、こんな降参じみた言葉を呟くだけだった。
初対面で、それから抱きしめられて、ブログの管理人だと自己紹介を受けて。
訳がわからない状況が続いて、極め付けはこれかよ。この人は一体なんなんだよ。
だけど、こうして嘆いても仕方がない。妙に冷静な頭のまま、俺は話を進めた。
「なあ、結依先輩。あなたは協力してくれるんだよな。楓の怪異の調査に」
「それは、もちろんだよ。私もこの事件の真相に興味があるから」
「あの記事を書いた、ブログの管理人だからか?」
「違うよ。だけど、答えは秘密」
あー、何度聞いたんだよ、このフレーズを。もはや、どうでもいいか。
「そろそろ私は帰るよ。用事があるから。……アキくん、またね」
「また、俺たちに会う気ですか?」
「うん。大好きだから。一緒にいたいから。もっとアキくんを知りたいから」
それだけ、重い言葉を投げた後。少し微笑んで先輩は店の外に出た。
彼女が去って、店に残された俺たちの空間は……重い空気で支配されていた。
「なんですか、あの人」
「あの子にもいろいろあるんだよ。人には言えない何かがネ」
「いや、いろいろありすぎじゃないですか」
「バリューなトークとかトラブルはあったけど、結依ちゃんも悪いピープルじゃないからさ。あまり必要以上に警戒しないでくれ!」
「……そうっすか」
気さくの良いフォローを受けても、俺の心は晴れなかった。
こんな秘密だらけで、不可解な好意を向けてきて、なんでも見透かしてくる。
怪異、怪事件なんてどうでも良いとすら思えた。どう考えても怪異より怖い。
「だけど、そろそろゴーホームしなきゃなのはユーたちも同じじゃないかな」
「そういえば、もう6時だね。夏であまり暗くならないから気づかなかったよ」
お店の小さい窓を見ると、確かに赤みがかった橙の光が差し込んでいた
思い返せばここに来るまでけっこう歩いたし。そろそろ家に帰らないとな。
……一応、今日は早く帰れって学校を出る前、先生たちに言われまくったし。
「それじゃ帰ろうか。あっ、店長さん!今日はお話しありがとうございます!」
「ドントミシット! 気にすることはないさ。私もいろいろトーク出来てハッピーだったよ。それで、どうだい? このショップのグッズも見ていかない?」
「う、うぅん。お買い物はまだ良いかなーって」
「それは残念だ。だけど、買いたいならいつでもセールするよ! なんといっても葵ちゃんのフレンドだしネ!」
話し方は異様だけど……いろいろ知ってるし、悪い人ではないか。
何か頼るべきコトがあったら来てもいいかもと、思わせるくらいには。
「それにしても、葵ちゃん。本当にグッドフレンドに恵まれたね」
「そ、それは……そうね」
「そうなんですよっ! 私と葵ちゃんは最高の友だちなんですからっ!!」
「は、ははは、恥ずかしいから、そ、そういうコトは人前で言わないでよ!」
葵に密着する楓に、それに顔を真っ赤に染めた葵。そして、俺が外に出て。
「そうか。なら大事にしてもらいたいな、葵ちゃんのことも、楓ちゃんのことも」
店を出る直前、最後に聞こえた店長さんの言葉は、どこか空気が違ったようだった。




