第7話 こんなコトが起きるなんて思いもしなかったよ
「追い出されちゃったね、学校から」
「……まあ、そりゃそうだよな」
あれから、放課後のある種の静けさがあった学校は一挙に騒然となった。
騒ぎ出す生徒、死体が落ちた現場には野次馬が発生し、それを先生たちが必死に、もはや発狂に近い様子でなんとか止めようとしていた。
集団が落ち着き、全校生徒を帰ることになった時には、すでに夕方になっていた。
日が落ち始めて気温がマシに、それでも暑い初夏の道を俺たちは歩いている。
道行く人はまばら、大抵は子どもを連れた主婦やお年寄りの人。きっと、あと1時間もすれば帰宅途中のサラリーマンが跋扈するコトだろう。
なんて、見える景色を眺めつつも。今の俺たちの思考は、あることに染まっていた。
「これから、学校はどうなっちゃうんだろうね」
「先生方が救急車を呼んでいたみたいだから、落ちたあの人が搬送されて、必要な処置を受ける。どうなるも何もそれだけのはずよ」
「葵ちゃん、あの人が生きていると思う? あんな高いところから落ちていたんだよ?」
「それは……そう、だけど」
楓に反論出来ず、葵が俯いてしまう。確かに俺も吉村が生きているとは思えない。
あんなにも高いところから、コンクリートの地面に落ちて、血を流していたのだから。
「私たちの高校で誰かが死ぬ。こんなコトが起きるなんて思いもしなかったよ」
それも、確かにそうだ。今まで2回くらい異界に巻き込まれて、その空間で怪異に襲われていた俺たちでも、目の前で人が死ぬなんて経験しなかった。
同じ年代の、数ヶ月前まで同じクラスで生活を共にした知り合いが俺たちが通う校舎内で、命の灯火を消した。このまま生きていたら数倍は現世にいられたはずなのに。
考えたら考えるほど切ない話だ、死という存在が俺たちの目と鼻の先に迫ったのだから。
だけど、今の俺には。アイツの死よりも突き止めないといけないことがあったんだ。
「今日も暑いね、アキくん」
「……そうっすね」
”あーあ、始まっちゃった。もう少し持ってくれると思ったのに”
”今日も〝呪いのゲーム”で人が死ぬ。それだけのことだよ、アキくん”
吉村が暴れて始めたと思われる瞬間、神代さんは不可解なコトを呟いていた。
だからーー聞くしかない。どこ吹く風で俺に、微量の微笑みを浮かべるこの人に。
「あの、神代さん」
「ーー結依だよ。結依って呼んで」
「え、えっと、それは……」
「そうじゃないと、答えてあげない」
うぐぐっ……。これは面倒だし、恥ずかしい。楓からの視線もめちゃくちゃ痛い。
それでも、言うコトを聞かないと、絶対に話してくれない頑固さを彼女から感じる。なら、やるしかないよな。
「えっと、結依先輩。あのブログの管理人だってホントですか?」
「うん、本当だよ。私がずっと記事を書いてきたんだ。怪異や都市伝説、ありとあらゆるオカルトな情報を秘密裏に集めて、それをブログにしてきたの」
「……なんで、そんなことしていたんですか?」
「それは秘密」
俺の意を決した質問に返ってきたのは。こんなにもふざけたモノだった。
「秘密って!? 何で秘密にするんですか!?」
「そんなに焦らなくてもいずれわかるよ。アキくんたちが怪異に関わり続けたら、きっと」
「き、きっとって言われても。だから、なんで答えを言えないーー」
「それよりも、ほら。これが盗聴器だよ。けっこう高かったんだからね」
口を塞ぐように、目と鼻の先に超小型な精密機械を差し出された。
なんだよ、これ……。こんな小さいモノが盗聴器? 確か茜も言っていたような。
「これが盗聴器なんですか……!? いや、コイツもですよ!? なんで俺たちなんかをわざわざ盗聴していたんですか!?」
「1つ目はあなたたちを知りたかった。怪異を求め、挙げ句の果てには存在を暴き出してしまうあなたたちのことが。不思議だし、何よりうらやましかった」
「それは照れますねぇ。私たちの仲がうらやましがられたなんて……!」
「おいコラ楓!! 照れんじゃねぇ!! あと、いつからっすか!?」
「廃校の前から、ずっと。アキくんが体育の時間に、教室にこっそり忍び込んで、体操着の臭いをくんかくんかするついでに仕掛けたんだ」
「そんな前から……。どうやって盗聴機を仕掛けたのも疑問だったんですけど、まさかそんな手があったとは。って、俺の制服がそんな危ない目にあってたのかよ!!?」
「わ、私ですらそんなコトやったコトないのに……!!?」
こ、この人。美人でクールな見た目な割に、けっこう変態みたいだな!?
それはそれで良い……いや、ダメだ。盗聴とくんかくんかされてるし、何を考えてるんだ。仮にも生徒会が率先して校内の風紀を見出しなんて!?
「そして、2つ目はアキくんが好きだから。アキくんをそばで知りたかったから」
「や、やっぱり……!! アキは渡しませんからね!!」
「別に、そんなコトしなくとも直接俺に会いに来たら良かったじゃないっすか。結依先輩みたいな人に話しかけられたら、それなりに嬉しいですよ」
「それは、ちょっと恥ずかしかったから」
「「「…………」」」
いや、そういう変なところで乙女の恥じらいを見せられたとしても。
人に盗聴器を仕掛けるような行為を真っ先に恥ずかしいと思って欲しいぜ。
「そ、そもそもなんですけど!? なんでアキのコトが好きなんですか!? 今までロクな接点がなかったのに!! 私は見てなかったのに!!」
楓の疑問はごもっともだ。というか、俺が一番知りたかったくらいだ。
何度も繰り返すが、俺とこの人は会ったコトがない。一目惚れ? ますますあり得ないぜ。俺に一目惚れとか。そんな経験はないし、顔がイケメンでもないし。
「それも乙女の秘密」
「……そうですか。秘密だらけっすね」
そして、返答は安定のコレだった。もう、どうしようもなかった。
深く追及したところで、彼女から真相を聞き出すことは無理そうだ。楓にすらそう思わせるくらいに、結依先輩は飄々としているのだから。
だったら本題を聞き出すしかない。これも秘密と言われたら終わりだけど、やるしか。
「あと、一番聞きたかったことなんですけど。あの時の反応からして吉村のコトは知っていたみたいですけど。なんでなんですか?」
「吉村? 誰のコト?」
「飛び降りたアイツのコトですよ!? あの時、呪いのゲームで死んだって! 結依先輩は言ってましたよね!?」
「ああ、あの人か。そんな苗字だったんだ。知らなかったよ」
「知らなかったって……!?」
あんなに思わせぶりなコトをしておいて、知らない!? それで済ませられるか!
「だけど、うん。存在は認識していたよ。ブログのメールフォームでわざわざ連絡してきたから。ちょうど同じ高校に通っていたみたいだったし」
「れ、連絡取ってたんですか!? アイツと!!?」
「うん。自分のスマホに送られてきたらしく、面白半分でプレイしたら後戻り出来なくなって、私に泣きついてきて。何度かアドバイスはしてみたけど、ダメだった」
「ダメだったって……。そんな他人事みたいな言い方……!?」
「悪いけど、他人事だよ。ちゃんと記事でも警告しているし、怪異に取り込まれないように除霊師として最善のアドバイスを伝えた。それでもダメで、挙句の果てには差し伸ばしてあげて手に唾を吐いてきたんだから」
証拠を示すように、俺の目の前に突き出してきた彼女のスマートフォン。
そこには、おそらく吉村であろうハンドルネームからの罵詈雑言に溢れたメッセージ。
確かに内容は酷いし、安易な気持ちで恐ろしいモノに手を出した吉村も自業自得だろう。
だけど、何も死ぬ必要はないんだ。結依先輩の行動が完全に正当化されるわけでもないんだ。この人は吉村を見殺しにした。その事実は覆られない。
「だとしても、吉村の死にあなたが関係しているのは事実でしょ!!?」
「アキの言う通りですよっ! そんな言い方はあんまりだと思いますよ!!」
「……あまり、この人を責めるべきじゃないわ。これに関しては、ね」
だけど、あろうことか俺たちを制してきたのは……葵だった。
「えぇっ!? 葵ちゃんまで!!? 何でそういうことを言うの!?」
「怪異は本来、人には抗えないもの。あなたや一秋くんがイレギュラーなのよ。吉村くんが怪異に巻き込まれたとして、その遠因を作った本人だとしても……それを助ける義務もないし、実際にやるのはかなり難しいでしょうね」
「……そんな」
「どうやら話がわかる人みたいね、あなたは」
感心したようで、どこまでも冷めた結依先輩の言葉を浴びる葵。
だけど、葵は結依先輩に怒りを込めた視線を送る。完全には認めてないようだ。
「それでも、あなたはブログで噂話を煽るような記事の書き方をしていたようですね。多少の責任ならあるんじゃないかしら」
「多少ならしてるよ。アキくんが気づいたんだよね。さすがだね、アキくん」
褒めてくれても嬉しくない、何より彼女の行動に寒気がしていたから。
さっきから薄々感づいていたけど……結依先輩は、俺しか見ていないんだ。
会話自体はしている、さっきの葵に向けた言葉みたいに。だけど、目は向けられていない。そうした奇妙な行為が、彼女の特異性を浮き彫りにしてならなかった。
「そんな書き方をしていた理由、あるんじゃないですか? お金儲けとか?」
「あるけど、それも秘密。でも、お金稼ぎじゃないよ。私、そういうのに興味ないから」
「さっきから秘密って!? なんでもかんでも秘密じゃないですか!?」
「大丈夫。これもいずれわかるよ。私と一緒にい続けたら、きっと」
……そうやって強く言い切られると、もう何も言う気になれなかった。
まさに糠に釘、暖簾に腕押し。一番タチの悪いタイプの疲れが溢れ出してくる。
「それよりも、私はもう1つの呪いのゲームを知りたいの」
そして、負の気分に沈む俺たちに……何食わぬ顔で結依先輩が話を切り出してきた。