第5話 そもそも俺、この手のブログは大嫌いなんだよ
「おっと、通知だ?」
「あら、私も。何かしら」
呪いのゲームの話が始まろうとした瞬間、スマホが通知を受け取った。
どうやらSHINEの……新聞部のグループチャットで、楓からみたいだけど?
『みんな聞いて! ”呪いのゲーム”というものがあるみたい! 調べてみようよ!!』
そして、その内容はなんと。これまた呪いのゲームの話だった。
あのブログを見た、とのことからおそらく俺が知ってる呪いのゲームだろう。
「一秋くん、これって。楓も?」
「そうみたいだな。楓はあのブログ見てたし、そりゃそうか」
どうやら楓も、噂の呪いのゲームの情報を手に入れたらしい。
……これはメンドウなコトになりそうだな。時間の問題だっただろうけどさ。
それにしても、もう1つの呪いのゲームとは。葵の話、なんだろう?
「それなら楓が来てから話しましょう。二度手間になりそうだし」
「……そうだな」
何はともあれ、今のところはお預けだな。その話は。
まったく、楓はなんともベストタイミングなヤツだ。と。そう思っていると。
「それにしても意外ね。一秋くんがブログを見ていたなんて」
「普段は見ないぞ。今回は特別な事情があったから見ていただけで」
「あら、そうなの?」
何気ない葵の言葉に、俺は吐き捨てるように言葉を重ねた。
「そもそも俺、この手のブログは大嫌いなんだよ」
「確か、そんなことを前にも話していたわね。新聞派なのね、一秋くん」
「こういう自分の手や足で調べずに好き勝手に物事を書き連ねて、挙句の果てには扇動だのステマだの、真実を覆い被せるような情報で混乱を生み出しているようなサイトはな」
すらすらと、葵の前なのに紡がれている俺自身の言葉。
両親、その上の祖父母も記者という家庭に生まれ、幼い頃から新聞を読んできたことから旧メディアを贔屓目に見てしまうところはあるんだろうけど、それでも。
こういう存在を、俺は新しい時代のメディアとして受け入れられなかった。
文章は誰でもわかりやすく、話題になりそうなもの、コメント欄で争いが起きそうなものを取り扱い、金を稼ぐ。
ネットはそれが求められているし、金儲けを考えるなら最適解なんだろう。
「新聞にも誤報はしょっちゅうあるし、現代に生きるジャーナリストの人たちの何人がちゃんと世の中の真実に向き合えているのか、疑問に思うことはいくらでもあるけどさ。それでも誇りと責任を持ってやっていることは事実だ。それにいくら人気があるからといって、まとめサイトみたいな存在が代替になるとは絶対に思えない」
「会社がやってる新聞と違い、余程がなければ責任は取らないものね」
「そして、このブログもその手のまとめサイトと同じものを感じるんだよな」
そうだった。俺はこの数ヶ月の間、時折ブログの更新具合をチェックしたところ、いろいろと見つけていた。
そんなことをしていた理由は、盗聴されていたのもあったけど……他に気になることがあったから。そして、それはどうやら当たっていたようだ。
「このブログは、決まってこうなっている。まず怖い話の噂の概要を記した記事を出す。情報提供もセットでな」
「今回の呪いのゲームでも……そうなっていたわね」
「次に調査で分かった情報を流す。どこから得たか、ちょっと不明瞭なモノだけどな。そして、最後に真相がわかればそれを明らかにする。期間は大体2週間から〜1ヶ月。話題が薄れない程度に、話が引き延ばされているんだ」
「それが、どうかしたのかしら?」
「意図的なんだよ、それが。ブログの人気上げや金稼ぎじゃない、なんか別の目的があるんじゃないかと思えてな」
扇動とエンターテイメントに徹しているだけじゃない、別の理由。
意図的に、意図的な期間で話を盛り上げようとするこのやり方に、何の意図があるかまではわからないけど……少なくともこのブログが疑わしいことは変わらぬ事実、だと思う。
「なるほどね。それにしても、よく気づけたわね。凄いわ、一秋くん」
「"物事の法則を見つけ出せ。世界は複雑なようで単純だ"。ウチのじいちゃんが話してくれたんだよ」
「……そう、なの」
ーーウチのじいちゃん。
そんな何気ない単語に一瞬だけ、葵の表情に陰りが見えた。
「……良いおじいさんに恵まれているのね、一秋くん」
「まあな。そういや、葵にもじいちゃんいるだろうけど、どんな人だ?」
「うぇぇ!?」
何気ない質問したところ、返ってきた反応は不自然なものだった。
……あれ、もしかして葵のじいちゃんはもうこの世にいないとか?
やっべぇ、人の家庭の事情も察せずに、イヤなことを聞いちまった。
「わ、わりぃ! 変なこと聞いて!!」
「そ、そうじゃないの! えっと、その……や、優しい人よ」
「そ、そうなのか?」
「青森の方で農家をしていてね、たまに美味しい野菜を送ってくれるの」
「へぇー。それは良いな」
良かった、生きてはいるみたいだ。
……じゃあなんで、あの時あんなに驚いたんだと気になるけども。
まあ、良いか。人の家庭事情とかに踏み込むことは褒められたことじゃない。
そうして、意外と葵とも会話できたなと。そう感じていた時だった。
ーーガチャリと。部室の扉が開いた。
こんな辺境の部室、訪れるなんて余程の物好きか、楓だけだ。
「か、楓!?」
「楓!? 待っていたぜ!」
ようやく待望の楓がやってきた。気まずい時間も終わりを告げる。
もはや反射的に声を上げる俺と葵。どうやら考えることは一緒らしい。
「…………」
だけど、この部室の扉を開けた主はーー楓ではなかった。
というか、まったく見たことがなかった、そんな不思議な感じの人だった。
ウチの高校の制服を纏った、けれど大人びたミステリアスな雰囲気に溢れていて。
一言で言うなら”完璧な美人”。こんな表現がぴったりあてはまってしまう人だった。
ありとあらゆる顔のパーツ、体の部位はキレイに整っていて、もはや空想世界の存在を思わせるかのような完成度だった。
それを更に際立たせているのが、現代社会ではあまり見かけない、銀色に染まった髪のボブカット。明らかに日本人の見た目にしては珍しい、黄色がかった黒色の瞳。
何よりも彼女自身が放っている謎のオーラ。クールのようで、どこか抜けているようで、触れられない存在で、どこまでも奇妙で不思議だったから。
「えっと、どちら様でしょうか?」
突然の衝撃に思わずドキドキしながら、その美人さんに俺が声をかける。
意図しないコトで声が裏返ってしまったことに恥ずかしいと、そう感じていると。
「はじめまして」
表情を1ミリも崩さず、彼女は何気なくはじめましての挨拶をしてきた。
……ホントに、なんなんだよ、この人。
いや、挨拶は大切なんだけどさ。彼女のテンポがなんだか掴めねぇや!
この人は誰なんだ、何の目的で来たんだ。疑問が頭の中をグルグルしていた。
「「は、はじめまして」」
混乱しつつも俺は葵と顔を見合わせてから返す。
今の俺たちにはそれしかなかった。というか、それしかできなかったし。
この状況、どこまでもぎこちないけれど。それでも必死だったんだ、俺たちは。
だけど、互いに挨拶を終えると再び微妙な沈黙が訪れる。
この人もそこまで明るい人じゃないのか、この状況でも眉ひとつ動かさずに、そして何故か俺をじっと見据えていた。
黄色混じりの黒色の、宝石みたいな瞳が俺を映している。うぅ、すごい恥ずかしい。
「えっと、その、うぇぇ……」
葵は葵で知らない人を前にして固まっているし、こういう時に楓がいたら。
と、まあ。ないものねだりをしてもしょうがない。今は俺がやるしかない。
「そ、それで。いったい何の用でーー」
「ーーやっと、会えた」
そうして、意を決して俺が動いたのをこの人が遮ってきた。
目の前の人は、今まで無表情だった顔の口元をほんの少し上げて。
「な、ななな、なななななぁ!!?」
「ぎゅー」
えっ、いきなり、抱きついてきた!?
な、何が起きているんだ、この部室で、この現実の世界で!?
あ、あったかい!! 訳わかんねぇけど、あったかいし、やわらかいし、いい匂いがする!!?
楓よりあの体の一部は小さいけど、それでも一般的基準からしたら大きく、まるで布団に包まれているような、恥ずかしいけど包容力に満ちたソレ。
こんなこと、楓にしかやられたことがなかっただけに……俺の頭は混乱の境地だった。
「な、何が、起きてるんすか!?」
「…………」
「ちょ、ちょっと、話を少しは聞いてください……!?」
熱さと恥ずかしさでぼんやりとする頭から、なんとか言葉を紡いだ。
だけど、当の彼女は俺の話に耳を貸そうとはしてくれない。ずっと抱きしめたまま。
……あれ、この人の表情。ちょっとだけ嬉しそうだぞ? なんで嬉しそうなんだ?
って、そんなことは、今はどうでも良かったんだ!!
早くこの状況をなんとかしないと俺の理性と、何よりアイツの存在がヤバいーー
「お待たせ〜!! アキと葵ちゃん! さっそく例の噂を調べてーーえっ?」
ーーそして、唐突な言葉が。俺の思考は違う一色に染まった。
一番ここに来て欲しくなかったヤツに、一番見て欲しくなかった光景を見られた。
それは、何を意味するのか、つまり。今まで真っ赤だった顔と心理が青一色に染まった。
「ねぇ、アキ。その人と何をしているの? こんな部室で?」
「い、いや、これはその。それは誤解で、きっと、何かの間違いでーー」
「ーー愛し合ってるの。アキくんと私とで」
「ちょっと! 火に油を注がないでくださいよ!! メンドウなことになるんで!!」
いきなり話してきたと思ったら何を言ってるんだ、この人は!!?
「……アキ、今日のマリちゃんの件も含めて。少し私とお話ししようか?」
この、どこまでも恐ろしい気迫を場に満たせながら迫り来る幼馴染に。
俺はあの時の廃校や駅での出来事なんて、目じゃないほどの恐怖を感じていた。