第3話 その闇に潜む怪異は激しく重い
「……七星葵、か」
その名前を呟いた途端、教室の中心の席にいる少女が目に入った。
青みがかった深黒の、癖があるミディアムヘアが印象的な彼女。
西洋人形みたいな外見と振る舞いは俺でも魅了されるほどに綺麗に見えた。不健康なほど、肌が白くて、すらっとした体形もそれを加速させる。
大人しそうで、だけど、近づきにくいとも感じた。説明できないけど……彼女の周りには、未知で、異様で、不思議な雰囲気を纏い続けていた。
簡単にまとめるなら、楓とは真逆に位置する系統の美少女か。彼女が七星葵だ。
『七星葵、です。趣味は読書です。よろしくお願いします』
彼女で唯一覚えていることは、クラス替え初日の自己紹介くらいか。
簡潔で、平坦で、ぼっち感まる出しな彼女。実際にいつも1人だった。誰かと話すことも、遊ぶこともせず。常に1人で、それを周りは気にしていなかった。
「彼女にインタビュー? 何するんだよ?」
「頭のてっぺんからつま先まで! すべて暴き出すんだよ!」
「抽象的すぎじゃねぇか! 何を聞くのか、具体的にないのか?」
「うーん、そこまで決めてないかな。とにかく謎の美少女の謎を何かしら知れたら良いなって感じ! 何かありそうだし!」
それで良いのか。インタビューなら他の人にしたらと、楓に言おうとした瞬間。
「おーい、葵ちゃん!」
もう楓は俺の前から立ち去っていた。待てよ! 俺は無視かよ!!
七星さんの目の前で笑顔を見せる楓に、驚きと不信感を感じる七星さんのパチクリとした目。これまた2人の対照的なところを感じさせてくれた。
「……な、何の用かしら? 雨宮さん」
「葵ちゃん! 新聞のインタビューをさせて! あと友だちになろう!」
そして、超ド級のストレート。ここまで来ると天晴れだな。
「い、イヤだけど。いきなり、どうしたの?」
そして、これまたストレートな拒否だった。当たり前だよな。
「そもそも新聞って? この学校に新聞部はなかったでしょ」
「部活じゃないよ。私と婚約者で作る、世界の不思議を暴き出す新聞部だから!」
「こ、こんやく、しゃ?」
「そうだよ。私とアキは婚約者なんだよ! ほら、アキも来てっ!」
……って、やめろ!! 七星さんにそんあ話をするんじゃない!
ただでさえ、お前が婚約者を自称するせいで変な噂をされてるんだからな! 事あるごとに変な目で見られ、からかわれて去年は散々だったんだぞ! ほら、七星さんにも、他のクラスメートにも! 視線が痛いんだぞっ!
泣きたい気持ちに駆られつつ、まるで出荷される家畜みたいに向かうことに。
「な、なるほど。それで夫婦で、喜ばしくないことをしてると」
俺を襲う七星さんの冷たい視線。逃げ出したい気分だぜ、まったく。
「それだけじゃないよ! 今度は巷で噂の怪事件を調べてるんだ!」
「かい、じけん?」
「うん、先週起きた謎の女子中学生の集団失踪事件。その裏には、きっとナゾが眠ってるんだよ! だから、閉鎖された廃校を調べるんだ」
「……その事件」
いきなりあの話をするとか。ますます変な目で見られるだろうに。
だけど、当の七星さんの反応がおかしいような。どうしたんだ?
「私の見立てでは幽霊だね。幽霊が女子中学生たちを呪って――」
「――やめて、おきなさい」
意気揚々と語る楓すら凍らせるほど。七星さんの言葉の刃が引き裂く。
何が起きたのかわからない。楓も俺も、蛇に睨まれた蛙のように固まった。
「日常と非日常の境界は薄氷の如し。怪異を忌み嫌い、避けるなら巻き込まれることはないけども、踏み入れようとすれば――瞬く間に取り込まれるわ」
「……葵ちゃん?」
「謎の事件? 事件の裏? その闇に潜む怪異は激しく重い」
「…………」
「日常の安寧を捨てたくないのなら。安易に好奇心で殺される猫になりたくないのなら。今すぐその怪事件は忘れて、日常に戻りなさい。話は以上よ」
淡々と、意味が分かりづらい言葉の羅列で楓を突き刺す七星さん。
なんというか、スゴいイタいな。えっ、彼女。そういう趣味なの?
「ねぇ。それって、どういうことかな――」
だけど、楓が身を乗り出して、七星さんを問いただそうとした瞬間。
――キーン、コーン、カーン、コーン
始業のチャイムが鳴り響いた。と、同時にウチの担任が教室に入った。
「おーい、授業始めるぞ。ほら、立ってる奴は座れ」
「あっ、ちょっと!?」
「雨宮、お前も。さっさと座れ。ホームルーム始めるぞー!」
山田先生が手を振り、立ち歩く輩を座るように指示した。
バスケ部の顧問で身長190cm越え、図体がとんでもない先生。圧倒される見た目からか楓も反抗できず、すごすごと自分の席に戻っていった。
「葵ちゃん、私は諦めないんだからねー!」
かろうじて出た楓の負け惜しみ。七星さんは呆れた様子で首を振っていた。
だけど、アイツは諦めが悪い。あれから七星さんに向けた猛攻撃が始まった。
「葵ちゃん! 私と一緒にストレッチしようか!」
「……ま、まあ、気まずいし、してくれるなら良いわ」
2時間目の体育の時間では2人組を作れず、1人で準備運動をしていた七星さんに楓が目を付けた。結局、なし崩し的にやったみたいだ。
「葵ちゃん! ぼっちで食べないで一緒に食べようよ! パンもあるよ!」
「大きなお世話よ! ……あっ、パンはくれるの? 貰うわね。ありがと」
昼休みにはウンザリするほど昼ご飯の誘いと、ぼっち煽りを。
それと、ついでに餌付けついでに楓の実家のパン屋の在庫処理をしていた。
「葵ちゃん! 私、数Ⅱの教科書忘れちゃった! 見せてくれない!?」
「流石にイヤよ! 席が違うでしょ! 自分の隣の人に頼みなさいよ!」
「えー、良いじゃん! こういう何気ないきっかけから始まる恋もあるし!」
「私たち女の子同士なんだけど・・・というか、自分の席に帰りなさいよ! ほら、元々ここの席の田中くんが困ってるじゃない!」
6時間目に至っては隣の席に座ろうとしていた。ダメだったけど。
ちなみに数Ⅱの教科書を忘れたのはガチだ。この後、俺の隣に来たから。
「逃げられた! 葵ちゃんに! なんで!!?」
そりゃそうだろ。俺が同じ立場なら速攻で逃げ出したいわ。
というか、楓も楓でここまで七星さんに入れ込むとは。そんなに、七星さんにこだわる理由があるんだろうか。確かに七星さんは不思議に満ちているけどさ。
……正直、あの時の言動だっていろいろと気になったけど。それでも、なぁ。
「うむぅ。それなら明日チャレンジしないとねっ!」
「おいおい、諦めないのかよ!? いい加減やめとけよ!」
「もちろんだよ! 葵ちゃん、きっと何か隠してるはずなんだよ!!」
グッドラック、七星さん。楓に目をつけられたら逃げられないぞ。ソースは俺。
「ともかく、今日はここまでだ。さっさと廃校とやらに行こうぜ」
「うん、場所はちゃんと調べてあるからね……えっ、あれ?」
「どうした?」
「葵ちゃんの席のところ。何か落ちてるような気がしてさ」
そう言って、楓は何かを拾った。うーん、カードみたいなものか?
楓は、その何かを鞄にしまうと……すぐに俺のところに駆け寄ってきた。
「おい、どうしたんだ、楓。さっきの何だよ?」
「ふっふっふ。どうやら切り札は私のところにやってくるようだね」
「……いきなり、なんだよ?」
浮かれた様子の楓に首を傾げつつ、俺たちは教室を出ることにした。