第2話 お前、こんな得体の知れないブログが言ってること信じてるのかよ?
「呪いのゲーム、知っているか?」
唐突な友人からの言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「なんだよ、いきなり」
「いや、お前らは知っているかなと思ってさ。都市伝説とか調べてるだろ」
「まあ、それはそうだけど」
「ははーん。この反応、さてはまだ知らなかったな? お前もまだまだだな!」
座っている俺を見下げ、勝ち誇った様子の真人。ちょっと腹立つな。
「んで、本当にいきなりなんだよ」
「最近ネットで話題になってるんだ。突然、自分のスマホに送られてくる呪いのゲーム! もう何人も殺されているみたいでさ、それに、あのルリルリが自殺したのってこのゲームに呪われたからだってネットで書いてあるんだよ!」
「……そんな噂があるのかよ。悪趣味な話を広める奴はいるもんだな」
真人の話で出てきたルリルリこと元山ルリ。話題沸騰の人気アイドル”だった”人だ。
彼女の名は5日前、あるかたちでワイドショーで出て、一挙に騒がれるようになった。
『人気アイドル、元宮ルリ 自殺か』
ーー突然の、自殺の報道。
世間から多大な人気を博し、アイドル活動だけでなくCMやドラマにも出始め、まさに時代の波に乗り始めた時に、何の前触れもなく起きた事件。
こんなにも不可解で、事件性に溢れている、人気アイドルの自殺が起きようものなら……騒がないワイドショーは存在しないだろう。
実際にこの事件が報道されてから一週間はその話題に持ち切りだった。企業の不祥事とか政治家の汚職とか、直前まではそうしたニュースがあったにもかかわらず、だ。
国民の興味はこんなもんである、と改めてそういうことを理解してしまったり。もう少し世の中の、大切なことも興味を持とうぜ。
「いやー、ショックだよなぁ。めちゃくちゃ可愛かったのに。あっ、死体とかどうなっているのかな。あんなにも無残な自殺をしたんだ、さぞかし良い死に顔だったはずでは……!?」
「……やっぱり、お前とは絶交するべきだぜ」
「じょ、冗談だよ! 冗談だって! 本気にしないでくれよ!」
お前が言うと全然信用できないんだよな、この異常者め。
「お前は、ルリルリがどうやって自殺したかは知っているよな?」
「それなら知ってるぜ。自分の手で、自分の目や耳や喉を掻き毟ったんだろ。死体の手には血や……その、潰れた目玉や皮膚の一部がひっついていたって」
「ああ、そうだよな。お前は新聞に書いてある事はなんでも覚えちゃうからな。ぶっちゃけ、七星よりよっぽど気味悪いと思うぞ、その特技」
うっせぇ。てか、葵は関係ないだろ。
「まあ、話を戻すとして。到底ありえない死に方だよな。自分で自分の体の一部を掻き毟って死ぬなんて。普通なら不可能なはずだ」
「そうだな。だからこそ最初は警察も他殺を疑った。だけど……どんなに調べても、彼女が自殺したとしか考えられなかったんだったか」
「ルリルリが自殺した場所、タワマンの最上階だったから、だよな。部屋は地上 24階、セキュリティはもちろん厳重。忍び込むなんてできないし、仮に中に入れたとしてもカメラとかの記録が残るはず。なのに、そうした証拠は一切残っていなかった」
なかなか、お前もニュースのこと詳しいじゃねぇか。
だけど、コイツの言う通り。彼女の自殺は不可解なことだらけだった。
特に常軌を逸した死に方。自分で自分の目や耳を掻き毟るなんて正気じゃない。だから、最終的には過度なストレスによる自傷行為の結果、が原因とされた。
それから……何がストレスになったかという犯人探しが始まった。彼女に非道な契約を結んでいた事務所が悪い、過激な追っかけをしていたファンが悪い、そもそも彼女を取り巻いている芸能界の闇が原因じゃないのか、みたいな話になってしまった。
こうなると不毛な争いを繰り広げた挙句、何の結論も得られず話題そのものが消え失せる、という悲しい結果になりかねない。というか、そうなった。
結局、彼女の真実はわからず、救われず。世間の無関心という名の闇に沈むんだろうか。
いや、そんなことは考えてもしょうがないか。それよりも気になる話があったはずだ。
「だけど、彼女が呪いのゲームをやっていたなんて。そんな証拠はないだろ?」
今まで話してきたことは、すべて彼女の自殺について。ゲームの話は一言も出ていない。
まさか、根拠もなしに言っているわけじゃないよな。いや、コイツならありうるかもだけどさ。
「いやいや、理由ならあるぞ。ルリルリ、実は廃人と呼ばれるほどゲームが好きだったんだ」
「……それは、そうなのか?」
「ああ、そういうオタクみたいなところがあってさ。バラエティとかでも思い出のゲームとかハマってるゲームとか語っていたんだよ。それがかなりマニアックでさ」
人気アイドルがゲームオタク、ねぇ。けっこう意外だな。
ひと昔前まではオタク=犯罪者みたいな扱いなのに。世の中は変わったもんだぜ。
「これだけで世の中のオタクどもは勝手に親近感持って好きになってくれるからなぁ。つくづくいい商売しているよなぁ〜!」
「良い商売とは言いすぎだろ。というか、ちょっと待て。それだけで決めつけるのか? 世の中のゲーム好きの死因は、みんな呪いのゲームなのか? というか、そもそも。呪いのゲームってなんだよーー」
「結論を急ぎすぎだ、秋公。もちろん、それだけじゃないぞ! もっと別に理由があるんだ」
別の理由か、何だよ。疑いの目を向ける俺に、ヤツが見せてきたのは……スマホ?
「ほら、このサイトを見てくれよ! ここに事細やかに書かれているんだ」
「なんだこの怪しいサイト……って、お前まで、そのブログ見てるのかよ!?」
スマホの画面に表示されたのは、前の事件で何度かお世話になっていた、オカルトや都市伝説を取り扱っている。あのブログサイトだった。
……ウソだろ。まさか、楓だけじゃなくコイツにまでこれが広まっていたとは。
「それより、見てくれよ。”クリアしたら殺される!? 戦々恐々な呪いのゲームの真相!!?”だってよ」
「物々しいかつ長ったらしい見出しだな。見出しなら一目でわかる文章にして欲しいぜ」
「どうでも良いこと言ってる暇があったら、ほら、ここの部分見てみろよ」
言われるがまま、記事に目を通してみる。呪いのゲームの概要が書かれていた。
ーーある日、自分のスマホに見知らぬアプリがダウンロードされている。
アイコンは無地、名前は存在しない。それが呪いのゲームのアプリだという。
もしもプレイしたら最後。やめられなくなり、ゲームを完全にクリアしてしまうと。
“地獄の門”を開けてしまい、完全に呪われて、発狂して、自ら死を選んでしまうという。
真斗がさっき言っていた、ありがちな噂話を相変わらずホラーめいた文体で書かれていた。
そして、記事の最後には……元山ルリさんも、このゲームをプレイしたことで発狂し、自らの体の部位を引きちぎって自殺した、そんなことが証拠もなしに記されている。
スクロールを進めれば、記事に関してあれこれコメントされている。心なしか、前に比べてらコメントの量もしている人も増えてきているような感覚がした。
「……お前、本当にこの記事の内容を信じてるのか?」
「いやいや、半信半疑だな。ルリルリの事件が関係していたら面白いなーってだけだ」
「面白いって…‥。だ、だけど、そうだよな。怪異なんてあり得る話じゃないからな。お前もこんな怪しさ満点のブログ信じている暇があったら、もう少し別のことをしたら良いぜ」
……こうして口で否定する、その一方で。俺は複雑な心境だった。
怪異、オカルト、この事件に関係するかは分からない。だけど、この事件は不可解だ。
まるで、人ならざらぬ存在が起こした事件のように。こうした話を俺たちは知っていた。
連続バラバラ殺人事件。5人の被害者を出した、痛ましい事件だった。
今も犯人が分かっていない、そんな複雑怪奇な事件の裏にはーー怪異があった。
人々を迷わせる”きさらぎ駅”。人々に質問を投げかけて、そして殺す”カシマさん”。
それら2つの存在が混じり合った、”複合怪異”。それが事件を巻き起こしたというのだ。
人智の及ばない不可解な事件、猟奇的なカタチで殺された被害者。
前の事件で起きた出来事や被害者が、今回のルリさんと妙なところで重なってしまう。
きっとこれも人の理解を超えたナニカ、怪異が引き起こしたのかもしれない、と。不可解な、だけど切って捨てられるようなモノじゃないと錯覚してしまう。
そもそも、あのブログ、いろいろ曰く付きだった。廃校の時もバラバラ殺人事件の時も比較的正しい情報を出していたこと、これを作った人間は俺たちを盗聴していたからだ。
その人物が誰なのか、盗聴の目的はわからない以上。信用なんてできなかったのだ。
「ほう、お前がそこまで言うとはな。新聞部の雨宮と七星で何やら怪しげな調査をしている割には、そういう話をやけに否定するじゃねぇか」
「べ、別に、それはアイツらに付き合っているだけだし。俺は信じてねぇよ」
正確には、楓に付き合っているだけだけどな。それも葵は同じ被害者だし。
「まあ、だよな。ルリルリがこのゲームをしていた確たる証拠はないしな」
「証拠がないなら最初から言わないでも良かったけど。まあ、そうだよ」
「そもそもクリアしたら殺されるゲームなんて、よほどの物好きしかやらないーー」
スマホを手で弄りながら、真人が何気ない軽口で話を終えようとした時だった。
「へぇー。あれ、そんなに面白そうなゲームなんだ。ラッキー」
突如として、俺たちの会話に。脳天気極まりない腑抜けた女子の声が入ってきた。