第1話 呪いのゲーム、知っているか?
「“増加する依存症 専門家「周囲の理解を」”か。心の病はもはや身近だな」
変わらない朝、クラスの風景。俺は席で新聞を広げ、それを読んでいた。
今日は7月初旬、夏休みの2週間前という希望のゴールが見え始めてきたその頃。
きっと窓の外は太陽の日差しガンガンの炎天下だろう。教室にクーラーがあって良かった。
灰色の髪に黒色の文字。新聞を読むことで今日も社会で起きている事件が見えてくる。
だけど、代り映えがしない(こう言うとアレだけど)その中でも少し気になる記事があった。
――依存症。
それが記されていたのは、薬物入手のためのお金欲しさが動機の強盗殺人事件の記事。
事件の概要、警察の捜査の動向の流れから、専門家の精神科医のコメントが掲載されていた。
その人によると依存症は誰にでも起こりうるという。薬物やアルコールに、ギャンブル‥…だけじゃない。買い物やスマホ、ゲーム、果てには万引きという犯罪行為にまで依存する人がいるんだとか。
うつ病が心の風といわれているように、負の感情や過度なストレスから病に陥る人が出てしまう。まさに依存症は、社会に蔓延した無数の娯楽と、ストレスに満ちた生活による”現代社会の病”とも呼べる――
「おはよう、秋公。いつも通り辛気臭い顔して辛気臭く新聞読んでやがるな」
そして、一通り新聞を読み終えたところで、野太いヤツの声が聞こえてきた。
ああ、アイツか。ちょっと気だるさを感じながら新聞から視線を少し声のところに移した。
「おはよう、影谷。辛気臭いは余計だぜ」
「辛気臭いもんは臭いんだよ。お前を見ているとウチの親父を思い出すんだよ」
「前も言ってたな。いい父ちゃんがいて何よりだぜ」
「それで、お前に話したいことがあるんだけどさ」
いきなり俺に話しかけてきた、いかにも平凡な男子高校生といった見た目の野郎。
コイツの名前は影谷真人。クラスにいる俺の数少ない友人にして、オタク仲間でもある。
「美少女の首吊り死体って、興奮するよな!」
そして、とんでもないヤツでもある。慣れたけど、相変わらずだよな。お前は。
「……こんなにも気分の良い朝から、お前は何をぬかしてるんだよ!」
「いや~。実はとっても良い漫画を見つけてしまってだなぁ」
そうして、自分のリュックの中身をゴソゴソ探しだそうとする真人。おいおい、良いって。
素振りで制そうとした俺の思いも……むなしく、ヤツはノリノリで漫画本を俺に見せて来た。
アイツの手元に見えるのは、どこかダークファンタジー感のある表紙。だけど、コイツの趣味的にどんな作品かは否応なしに理解できた、いや理解できてしまった。
「俺が言ったのはコレだな。美少女が首を吊っているシーン! この絶望した表情と、口元から垂れる血と涎、途中で死にたくないと思ったのか、首の縄を引きちぎろうとして首元と指先が血で濡れているところとか!」
「‥………」
「ほら、こことか見てくれよ! いきなり首を刎ねられて呆然とした表情の生首が転がるシーンだぜ!」
「…………」
「これの良いところはな、唐突かつ瞬時に殺されたせいで生首が驚いた表情のまま口から血を流していること、そして脳からの指令が残っていたのか指先がピクピク動いていることだな。これぞ生命の散る瞬間! って感じだよな!」
「…………」
「興奮するよなぁ。ほら、このシーンの溺死体も!! キレイな顔だろ、死んでいるんだぜ!」
「もう良いぜ! というか、さっさとやめろ!! 変な想像しちまったじゃねぇか!!!」
そうだ、コイツは特殊……を通り越して異常というべき性癖があったんだ。
本人曰くリョナとかとは違うらしい。あくまでも死ぬ瞬間と美少女の死体が好きらしい。
だから、真人はそんな変態と違うと豪語している。俺には違いが判らないし一緒だと思うけどさ。
そして、コイツのこの手の話の内容はとことんひどいし、ひと言も耳に入れたくねぇ!
そもそも俺はこういうグロいとか、かわいい女の子が死ぬ話とかはめちゃくちゃ苦手なんだよ! バーカ!
「おっ、想像するとか。良いじゃねぇか。お前も隅に置けねぇなぁ」
「ちげぇよ!! イヤな光景が浮かんだんだよ!! お前と一緒にすんな、異常者め!!」
「まあまあ。人を異常者扱いするのはよしてくれ。あくまで二次元限定の話なんだから」
「そうだろうな……。そうじゃなかったら当の昔に絶交してるぜ」
まったく、なんで俺はこんなヤツの友達でい続けているんだ。
……この趣味を除けば良いやつなんだけどさ。それでも、なんでだろ?
「んで、お前は俺にそんな話をしに来たのかよ。終わったなら帰ってくれ」
「それは違うぞ。もっと別の大事な情報があったんだ」
「……あ? なんだよ? コレ?」
やっと話が変わった。だけど、コイツの話がまともにならなかった。
「”新聞部のヒロイン、どっちがいいか選手権!!!”だな。俺が所属する放送部の企画だ」
「人の部活で何をやってるんだよ、お前は!!?」
「いやいや、新聞部の2人はなかなか美少女じゃねぇか。お前のハーレムじゃねぇか! そんな羨ましいネタ、俺たち天下の放送部がネタにするのは当然じゃねぇか! 当たり前だよなぁ?」
「ハーレムって、お前は何を言って……! 別に、そういうのじゃねぇし!」
「秋公よ、イヤそうにしているがな。お前が読んだり書いたりしている新聞もそうだろ?」
「ふざけんな! 新聞とジャーナリズムを、そんな下世話なワイドショーと一緒にすんじゃねぇよ!」
「普通にしてるじゃん。その辺のおっちゃんが読むような新聞とか、まさに下世話中の下世話だろ?」
「あんなもんは新聞じゃねぇよ! 一緒にすんな!」
おっちゃんが読んでるような新聞。要するに見出しがカラフルなヤツのこと。
アレは新聞じゃねぇし。仮に新聞と名乗っていようと、俺は新聞と認めねぇからな!
「それで、秋公よ。この結果は知りたくないか!? 知りたくないのか?」
「……知りたいか、知りたくないかと言われたら知りたいけどさ。どーせ、楓が勝つだろ」
「お察しの通り、19:1でお前の嫁の勝利だな」
そりゃそうなるだろうな。てか楓は俺の嫁じゃねぇよ、まだ。
まあ、だけど楓はやっぱり学校内でも人気が高い。美少女だし、性格も良いし。
おまけに社交的で、クラスのリア充グループとも仲が良い。誰とでも仲良いとも言える。
不思議を探し求め、俺の婚約者を名乗ったりと奇々怪々な言動をしてるにもかかわらず、だ。
それだけに、楓を狙うヤツらも多いけど。何回かその辺りのやっかみを受けたことあるくらい。
幼馴染兼婚約者(アイツが自称してるだけ)からすると嬉しいような、複雑なような。
いや、やっぱ複雑だ。何処の馬の骨としれないヤツが変な眼差しを向けてるとか腹立つぜ。
「それにしても放送部。ホント下世話なコトは何かしらやってるな」
「面白いからな! こういう話、みんな飛びついてくれるしな!」
「ワイドショーがこの世から消えないわけだ。んで、話を戻すけどさ。地味に5%は入っているんだな、葵の票も。ちょっと意外だぜ」
「そうみたいだな。不思議だよなぁ、そりゃ見た目は良い方だけどさ。いつも1人でいて、何考えているかわからない。はっきり言って気味が悪い七星が好きなんてヤツがいるとは思えないし」
「……おいおい、気味悪いは言いすぎだぜ。だけど、確かに人に好かれるようなタイプじゃないよな」
そして、対する葵。彼女の人気はお世辞にも高いとは言えなかった。
決して嫌われているわけではない。だけど、好かれているわけでもなかった。
「そうだよ。大抵の奴は七星を基本的に避ける。だけど、調べてみると例外があるわけだ」
「例外?」
「学校にいる、ほんの一部だけ……七星にガチで恋している人物もいるみたいだぜ」
「そ、そうなのかよ?」
だけど、そういえば。茜も言っていたな、葵にはコアなファン層がいるって。
まあ言われてみれば当然か。性格や見た目は良いからな、ぼっちを極めているだけで。
「あんなに美少女なのに付き合う相手もいない、仲が良い友人もようやくできたばかり」
「かえでが話しかけてきて、ようやくだもんな。それまでまともに会話してなかったし」
「ほとんどの奴は関わろうともしない。だけど、ほんの一部だけ。彼女に魅了される奴が出現する。それも誰の話も聞かないほど熱烈に、らしいぜ」
「‥…‥…」
「俺には理解できないけれど、そんな魅力がある七星葵をひと言で例えるなら――“魔性の女”だな」
葵に魅了される人か……って、ちょっと待て。ま、魔性の女だって?
葵とは1ミリたりとも噛み合わないような単語に、俺はこの前の記憶を蘇らせた。
「ねぇ、葵ちゃん。私からもお願いだよ。きっと似合うはずだから!」
「お願いですよぉ。かわいい葵ちゃんにはピッタリですからぁ」
「う、うぇぇ。あ、あなたたちが、そこまで言うなら……」
「おっ、どうしたんですかぁ? やってくるんですかぁ?」
「しょ、しょうがないわね! こうして、こうして……にゃ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」
「おおー! かわいいよ! 葵ちゃん、似合っているよ!」
「にゃ、にゃにゃにゃあ。にゃにゃ? にゃー、にゃーにゃー!」
「素晴らしいですねぇ。確かに猫の方が向いてますねぇ。よし、もっとネコっぽく!」
「にゃっへん! って、何をやらせているのよー!!」
――これの、どこが、魔性の女なんだ。
友だちに少しそそのかされただけでネコ耳付けてニャンニャン鳴いたんだぞ。
しかも恥ずかしがりつつも妙にノリノリだったし。なんだよ、にゃっへんって。
「まあ、俺は雨宮の方が良いけどな。AカップよりFカップだろ!」
だけど、影谷の下品極まりない発言で、こちらの世界に帰ってこれた。
……コイツめ。よくもまあ、俺の目の前で言う勇気があったな、そんなこと。
というか、やっぱり葵はAになっちゃうのか。まあ、そりゃ見るからに壁だけどさ。
「んで、話は変わるけど。そういや新聞部といえば、他に話したいことがあったんだ」
「おいおい、唐突だな。コロコロ話題変わるな、お前と話してると」
「いろいろ活発で良いだろ? 新聞おっ広げて読んでるだけの、お前にはないモノだ」
何がいいのだろうか、少し自慢げに口元を吊り上げると、影谷はゆっくりと口を開いた。
「呪いのゲーム、知っているか?」
これ以上ないほどドヤ顔で、複雑怪奇なコトを口に出した友人に。俺は頭痛がしていた。