第14話 烏丸が殺されるとかたまったもんじゃねぇよ!!
2つも存在するという今回の怪異。正体はなんだろうか。
――そうだ、考えるんだ。単純に。単純に考えなきゃいけない。
思い返したら昔、俺のじいちゃんも言っていたな。物事は単純に考えろと。
人は機械や人工知能とは違って、ある種の認知の節約を行っている。
例を挙げると、料理の献立か。今日は何を食べようか、明日の夜は何にしようか。普通の人が考えた場合、この世界に存在するすべての料理を検証しないだろう。
大抵は自分が作ったことのある料理、テレビやネットで見たことがある料理から選択する。その方が良い、簡単だと考えるからだ。
ある事例、ある出来事、ある実験結果。人は知識や経験を用いて判断する。
それは思考の容量に制限がある人間の優れた認知機能である。それとともに――時に、大きな錯誤を生んでしまう欠陥とも言えるだろう。
単純に考えたら理解できるコトでも――あれこれ変な方向に考えようとしたり、自分の間違いを誤魔化したりするために知識を使ってしまうと。
そうして人は事実を見誤る。しかも本人や周りは知識や経験による“客観的な分析”だと信じて疑わない。見誤ったまま、正しいと思いこんでしまうのだ。
だから、物事は単純に考えるんだ。その上で理解と分析を行えばいい。
こうなるはずだからこう、じゃない。こうなっているならこうだ、なんだから。
「怪異の正体。きさらぎ駅ともう1つですかぁ。なんでしょう?」
「2つ存在してるなら片方も姿を見せているはずだ。それから怪異を見出せば良い」
単純に思考することを踏まえた上で……今回の怪異を見てみる。
あの怪物は、絶対に“きさらぎ駅”なんかじゃない。当たり前の話だ。
そうなるとアレは何か。単純に考えたら良かった。“別の怪異”なんだ。
次に疑問として浮かんだのは怪物の正体、すなわち2つ目の怪異だ。
だけど、これも単純に考えてしまえば良い。今回の事件、怪異が起こした出来事から、きさらぎ駅の要素を取り除いて、残ったモノから推理する。
――バラバラ殺人事件。四肢を捥がれて殺されていたという被害者。
――きさらぎ駅のシナリオを破壊した怪物。体の至る所が焼けていた胴体。
未知なる存在が記録される都市伝説。人を襲い、殺す存在は無知数だ。
ただ“四肢を捥いで”殺そうとする怪異なんて限られる。現に、前に葵に叩きこまれた怪異の知識から幾つかの怪異に絞れていた。
葵が話していた“俺の力”。正しいかどうか答え合わせ自体はするようだ。
だけど、きっと。今回は怪物を視界に入れた上で言わないと効果がないだろう。
怪物の目の前で、あんなにも悠長なコトを繰り返している余裕なんてない。1発だ、1発で決めないと――アイツに殺される。俺か、他の人か。
だから、今のうちに1つの正体を明らかにしなければならない。
その最後のカギを握る人物は――宍倉さん。彼女の最後の行動がカギになる。
「えっと、すみません。宍倉さん」
「は、は、はい。な、なんでしょうか?」
急に話しかけられて、挙動不審な様子の宍倉さんに。俺はある質問をした。
「異界に来る前、宍倉さんに電話がかかってきましたよね。どんな内容でしたか?」
「うぅん。あまり覚えてないんです。ぼんやりとして、鬱々としていて……」
今までずっと不可解だった、最後の彼女が起こした行動。
会社やプライベートの理由もあるけど…… “あの怪異”の可能性がある。
「何でも良いんです! 覚えていることを教えてください!」
だけど、俺が根気よく質問し続けたところ……ついに答えてくれた。
「て、“手をよこせ”と言っていたような気がします」
「“手をよこせ”? 本当ですか?」
「は、はい。意味不明で怖いと感じたから、すぐに切ったんですけど……それから記憶が吹っ飛んでいて、こうして気づいた時には異界にいたんです」
“手をよこせ”。本来なら宍倉さんが感じた通り、訳がわからないモノ。
だけど、こうして怪異が限られた状況では。この上ない手助けになった。
「……ありがとうございます。おかげで怪異の真実が見えました」
「えっ!?」
俺がそう言った途端に宍倉さんが驚き、烏丸が身を乗り出して聞いてきた。
「わ、わかったんですか、あの怪物の正体が!?」
「ああ、わかったぜ。あの怪物、もう1つの怪異の正体、それは――」
烏丸と宍倉さんに向き直ると、俺は自身が考え出した“真実”を語ろうとして――
――全身に強烈な衝撃を受けた。
吹っ飛ばされて、地面に叩きつけられて、全身――特に右肩に痛みを覚えた。
いきなり、なんだよ!? 痛い。ここで何が起きたんだ!?
何が起きたのかわからない状態から体を起こして、なんとか体制を整える。
顔を上げて、辺りを見渡してみる。今まで俺たちの身を隠していた木々が手当たり次第に倒された空間で……俺は、最悪なものを見てしまった。
「もう、俺たちを見つけちまったのかよ。ヤツは……!!」
ヤツがいた。あの怪物が。四肢がない、頭すらもなかったバケモノが。
いつかは見つかるとは考えていたけど! まさか、こんなに早いなんて!!?
驚きと、衝撃と、焦りと、恐怖と。複数の感情で頭がパンクするのを留めて。
逃げるか、逃げないと。正体が判明したって、こんな状況じゃ太刀打ちできない!
「あ、あああああ、あああああ……ああああああああ」
だけど、あの怪物は……烏丸のそば。烏丸を狙っているのかよ!?
さらに烏丸は足のケガに、直前に迫った恐怖で腰が抜けたのか動けない。
あのままじゃ烏丸がアイツに……怪異に殺されて……そして……そして……!!
「――やらせるかよ!!」
がら空きだった怪異の胴体を、俺は無我夢中で蹴っ飛ばした。
全力で繰り出されたキック。流石のヤツも数メートル先に吹っ飛んだ。
行動が終わってから気づいた、自分でもびっくりするほどの無謀な行為。
だけど、後悔している暇なんてない。すぐにヤツを睨みつけ、対峙するんだ。
『ガアア、ガアア、ガアアアアアアアアアアアアア!!??』
体を起こした怪異が、紅い目を光らせ、剥き出しの敵意を向けてきた。
理性を感じないほどのソレ。何が何でも俺たちを殺そうとしているようだ。
だけど、もう止められない。烏丸を守ってみせる、怪異の真実を暴き出すんだ!
「テメェみたいな怪物に、烏丸が殺されるとかたまったもんじゃねぇよ!!」
そうだ。怪異に殺されるなんて絶対に許せない。ましてや俺の友人を!
得体の知れない状況に、得体の知れない感情。衝き動かされるまま俺は発した!
「――事件名、バラバラ殺人事件。及び過重労働による過労自殺」
今回の事件は、バラバラ殺人事件。人が猟奇的な姿と化して殺された事件。
だけど、ウラは違う。怪異の仕業で、過重労働による自殺念慮が関係していた。
根本は……要するに――諸人縛りし闇の牢獄。違法労働を強いる企業だったんだ。
これも俺自身が驚いてしまうほど、スラスラと口から発せられる単語。
今まで我関せずと迫り来た怪物がたじろいで。闇で光る眼が鋭いモノに化した。
「――怪異名、“きさらぎ駅”」
今回の怪異、それはまさに――“複雑怪奇”なモノだった。
異界駅である“きさらぎ駅”。迷い込んだ人間を凄惨に殺害する“別の怪異”。
混ざり合い、混ざり合い……正体がわからない。真実があやふやになっていた。
だけど、こうして見えてきた“真実”がある。複雑な怪異の、コイツ本来の姿を!
「――及び、“カシマさん”」
2つ目の怪異名を、俺が挙げた途端。怪物が見るからに狼狽し始めた。
それは自身の名前を当てられた驚きか、それが意味することの絶望なのか。
だけど、ここまで来たら……もはや、どうでも良い話だ。偽りの怪異は暴かれた。
「――それが、お前の“真実”だ!!!」
何処までも聞こえるように叫んだ俺の言葉が異界中に響き渡って。
――そして、この異界に、きさらぎ駅に。大きな空間の裂け目が発生した。