第2話 オカルトなんてあるわけないだろ
「――怪事件とか、どうかな。私たちで調べてみたりしない?」
唐突に出てきた楓の発言、俺は怪訝そうな表情をしてしまった。
「怪事件? なんだよ、それ」
「心霊とか、怪異とか、超常現象とか! それが原因で、起きた事件だよ!」
「……はぁ。バカバカしい。オカルトなんてあるわけないだろ」
「えー、どうしてよ。アキの大好きなゲーム、吸血鬼とか亡霊とか妖怪とか宇宙人とか普通に出てくるじゃん! なのに、なんで否定するの!?」
「あれはフィクションで、みんな美少女だから許されているんだよ!! 現実に出てくるなんて思ってるわけねぇよ!!」
現実は現実。フィクションはフィクション。これ、大切。オタクなら特に。
だけど、楓は納得しないのか、むすぅーと。顔を膨らませる。少しかわいい。
「だいたい楓は信じてるのかよ。そういうの」
「ううん、私だって信じてないけど。いたら面白そうじゃん?」
「それは否定しないけどさぁ……」
そりゃ存在を証明できるんなら、それはそれで面白そうだけど。
どこか腑に落ちない状態の俺を見かねて、楓は不機嫌そうに口を尖らせた。
「あとさ、ネタがないのは事実だよね?」
「……うぐっ」
「それに、こういう事件には“裏”があるって。アキは普段から言ってるよね? オカルトとか関係なく、それを見つけ出すのもアリじゃん!」
「ま、まあ、そう言われるとそうだけどさぁ」
うぅん。そう言われると反論できない。痛いところを突いてきやがる。
「じゃあ、良いよね! さっそく怪事件の調査を始めるよー!」
「今日とか急だな! 俺に用事があったらどうすんだよ」
「例えば?」
「えっ、ああ、例えば……デートとか。密かに付き合ってる彼女と――」
「――ないよね、そんなこと」
「ないです、はい、申し訳ございませんでした」
楓の、眼のハイライトが消えたから言い淀んでしまった。この時の楓は怖い。
「まあ、やってやるよ。んで、調べる怪事件は掴めてるよな?」
「もちろんだよ! だけど、その前に――アキは先週、起きた。謎の“女子中学生集団失踪事件”。覚えてるよね?」
楓にそう聞かれて、俺は当然とアピールするように胸を張って頷いた。
先週という過去に起きた事件と、その概要なんて。普通の人なら知っていてもスマホをとかを取り出し、調べなきゃだろうけど――俺は一味違うんだぜ。
「もちろんだぜ。ちょうど1週間前、都内の中学に通う女子中学生が集団で失踪したんだろ。人数は6人。名前は――城田沙耶、宮島遥、山岸唯、千葉明日香、長澤望、土屋裕子、だったな。どうやら普段から一緒にいるグループだよな」
「おおう、さすが! 新聞のことならお任せだねっ!」
「毎日、経済に強い新聞に右派と左派の新聞を1つ、あと地方紙と合計4紙は必ず確認してるからな。ここ最近起きた事件なら文章まで暗記してるぜ」
「よくもまあ新聞なんて読めるよね。しかも内容をすべて覚えちゃうんでしょ」
そうだ、俺は新聞の記事を丸暗記できる。大きな記事から些細なことまで。
はい、そこ。「スマホで調べたら良いじゃん」とか言わない!
70%くらいは痛いところを突いているだけに、悲しい気持ちになるから。
だけど、30%は否定できる。何故なら人は自身の視野の中でしか調べられないからだ。視野に入らずとも単語を耳にしただけで事件を連想できる、いわば俺の能力は、きっと、多分、おそらく、何かの役に立つはずだ! そう思いたい。
「だけど、その力。勉強に活かせたら良かったのにねぇ」
「う、うっせぇ!」
しかし、飽くまで興味がある分野、すなわちニュースの内容だけ。
かろうじて歴史や地理といった社会の科目には応用できるけど他はからっきし。数学や物理とか歯が立たない。集合とか摩擦力とか、ホントなんだよ。
「んで、その集団失踪事件がどうしたんだ。まだ被疑者はおろか、被害者の行方すらわかってないんだろ。もしかして、それが怪事件?」
「そういうこと。未だに真相が明らかになってない事件。つまり、きっと裏には何かが潜んでいるかもしれないんだよ!」
「なるほど。だけど、その事件にオカルトが関わってる証拠はないだろ?」
「んじゃ、これを見てみてよ」
ほぼ目の前に、付き出されるように楓のスマホ画面を見せられた。
じっと見てみると。そこには黒と赤を基調にした、怪しげなサイトが。
「よりによってネットのまとめサイトか。社名や記者名を出して情報発信するマスメディアですら信用できない時代に、よくもまぁ」
「良いから、良いからっ!!」
楓に押されているところに情けなさを感じつつ、記事に目を通した。
「なになに――“集団失踪事件は霊の仕業!?” なんだよ、これ」
「うん。失踪したグループの女の子たち、直前に『肝試しをする』と他の友人に話していたんだって。その先が、この廃校なんだって」
「そうだったな。警察もその線で調べていたはずだけど」
「場所はわかってないみたいだけどね。だから、捜査も打ち切りになったみたい」
捜査は打ち切り。この事実も新聞に掲載されていたっけ。
そもそも年頃の少女だ、単なる家出という線も考えられるし、そこまで熱心に調べないだろうな。そして、これはこの記事でも同じように書かれているみたいだ。
「だけど、廃校だって? そんな情報、聞いたことなかったけど」
「ふっふっふっ。それこそが怪事件と呼ばれているキモだよ! 謎の廃校、そして失踪した彼女たち。アキも驚いちゃうよ~?」
言いたいことが山ほどあるけど、記事の続きを見ることに。
どうやら、このサイトは彼女たちが肝試しである廃校に向かったという。そこで子どもたちの霊に呪い殺された……という変なコトが書かれていた。
そして、彼女たちが向かった廃校のこと。元々は中学校だったようだ。
だけど、校舎内の女子生徒がトイレで自殺したこと、生徒が相次ぎ謎の変死を遂げたこと、さらに生徒不足に、区の合併から取り壊されることが決定した。
そうして校舎を取り壊そうとしたところ――解体工事中に事故が多発し、中止。場所も人里離れた場所だからか、そのまま放置されたようだ。
……それにしても、廃校に潜む悪霊ねぇ。とんでもないコトを書いてるよな。
「なるほど、な。だいたいわかったぜ」
だけど、事件の裏に潜んだナゾ。何が隠されているか心を惹かれた。
「まとめサイトの記事とか誰も信用しないから警察は調査しない。こんなものを読む輩はわざわざ調べることはない。入れ食い状態なんだよ!」
「……お前も随分と言うところあるよな。調べる価値はありそうだけど」
「おっ、アキもこの怪事件を調べる気になったんだね!」
目を輝かせる楓に、どこか恥ずかしさを感じて目を背けた。
否定しといてだけど。ちょっと気持ちが揺さぶられたのは事実だ。俺は別に非科学的なものだったら何でも否定したいわけじゃないし。カルトやミステリーに興味がないのかと言われたら嘘になるしな。
俺だって新聞を毎日読み漁るんだ。謎の事件、そりゃ気になるさ。
だけど、霊の仕業とか安直にオカルトと結びつけることは嫌いだ。
だから俺は事件を、廃校を調べたいと思った。事件の裏にはナゾがある。それなら真相を明らかにして、否定してやる。それがジャーナリズムだろうし!
「素直になっちゃえばいいのに! まったくアキはツンデレだなぁ!」
「誰がツンデレだ! ……まあ、新聞のネタはそれにしよう。だけど、それで何か見つからないと新聞をすべて埋めるのはキツいぞ。どうする?」
「それなら大丈夫。『突撃、あなたにインタビュー!』をやるつもりだから!」
自信満々に告げられた、忌々しい記事の名前を聞いて俺はツッコミを入れる。
「おいおい! この前、佐竹先生のカツラ事情を暴いて怒られただろ!」
「ひどい話だよね、新聞を弾圧するなんて! 表現の自由の侵害だよね!」
「……たかが学校新聞が中止にされたくらいで終わらないぞ、その自由は。あと、やるにしても誰にするんだ。あの件で先生たちは協力しないだろ」
それどころか今まで以上に敵視されたし。オータム新聞も少しの間、発行禁止になって退屈な日々を強制されたし。
俺はもちろんイヤな顔をしたけど、楓はもちろん聞かなかった。
「わかってるよ。だから、違う人だよ。ウチたちのクラスメート」
「クラスメートねぇ。ウチのクラスに良い奴いたっけ?」
「ほら、いるじゃん。同じクラスになったばかりの子で!」
これまた待ってましたと言わんばかりの様子で、楓がある席を指で示した。
「七星葵。あの子とか、どうかな!?」