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桜坂高校新聞部の怪事件秘録~事件のオカルト事情は複雑怪異~  作者: 勿忘草
第2章 諸人縛りし闇の牢獄にて~きさらぎ駅、?????~
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第11話-1 だからこそ私は不思議を探し求めようとしているのかも

 一秋くんと烏丸さんの姿が消えてから、1時間は経過した。

 私、七星葵は楓と一緒に2人の行方を探索している。結果は芳しくない。

 恥を忍んで周りの人にも聞いてみたけれど……良い反応は帰ってこなかった。


 どころか私たち以外に誰も目撃してないらしい。後ろで並んでいた人さえも。

 人が電車の線路に飛び込んだ、あんなに衝撃的な瞬間なのに、覚えていないの?


 この現象は、多分だけど一秋くんたちは異界に巻き込まれたんだろう。

 ああ、失念していた。駅の線路は、陰鬱に沈む者には生と死の境界と呼称するべき存在になりうること。人を引きずり込む一種の魔性があるということを。

 時折耳にする話だ。気分が沈んでいる時には“異界”に吸い込まれると。

 私は初めから懸念すべきだったんだ。なのに、結果として一秋くんたちを――


「――せーのっ!!」


 そして、駅の線路に飛び込もうとしている……楓の姿まで見えた!?

 

「ちょっと、やめなさい!! 何を考えているのよ、あなたは!!」

「は、半分は冗談だよ。いくらアキがいなくなっても本気でやるわけないし」

「1ミリたりとも本気だったらマズいのよ! ふざけないで!!」


 思考を止めて、速攻で止めに入った。無茶にも程があるわよ!!

 私に無謀な行為を阻止された楓は、焦燥感に支配されたような様子だった。


「本当に、アキはどうなっちゃたの……!? アキ、アキ、アキ……!」

「今は一秋くんのためにも冷静にね。きっと彼なら大丈夫よ」

「私も信じたい、だけど。それでも心配だよ……アキがいないと、私は……!」


 泣きそうな表情でオロオロとする楓。だいぶ疲弊しているわね。

出会ってから1ヶ月、ここまで必死で落ち着きのない楓を見たことがない。

 それだけ一秋くんが好きなんでしょう。気持ちが傍からでも伝わってきた。


 だけど、辛い楓の姿は見てられなかった。すぐに、なんとかしてあげないと。


「ねぇ、楓。あなたは大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない、かも。ちょっと疲れちゃったな……」

「それなら、あそこで休みましょう。闇雲に行動してもしょうがないわ」

「アキが、茜ちゃんも心配だけど……そうするよ。そうしないと死ぬかも」


 かなり疲弊した楓の手を引き、ホームに設置されたイスに向かった。

 生憎にもこの時間、それを使用する輩はいなかった。楓を座らせることにした。

 体を楽にさせた途端に楓の四肢がだらんとぶら下がった辺り、肉体と精神、ともにかなり憔悴していたのでしょう。無理もないけれど。


「葵ちゃん。本当にアキのところに行けないの? 異界にいるんでしょ?」

「残念だけど、もう行けないわよ。その入り口は閉じられているもの」


 目を伏せて言葉を紡いだ私に、楓は鬼気迫った表情で食い下がった。


「どうして、葵ちゃんはわかるの。普通ならありえないよ」

「……それは」

「おかしいんだよ、そんなこと。何を根拠に、それを――」

「あの時、一瞬だけ感じた“異界の感覚”が感じられないからよ!」


 危なっかしくて仕方がなかった今の楓をどうにか止めるために。

 つい言葉を滑らせてしまって。マズいと思ったけど、もはやすでに遅し。

 はっと、一瞬だけ。楓は驚いたような表情をして。すぐに目を見開き初めた。


「あ、葵ちゃん、そんな力があるんだ……?」

「違う、違うから……! そ、そうよ、冗談だから、違うの――」

「――違わないよね。葵ちゃん、ウソが苦手なんだね」


 状況が状況なだけに、普段と一段と二弾も重い空気を漂わせている楓。

 う、うぅ。加えて、楓の直向きな瞳が見据えて。私の心を見透かしそうな。


「葵ちゃん、不思議な感じがしてたけど。ホントにそんな力があったんだ」

「……確実なモノではないけど。それくらいはできるわ」

「そっか。あの時、葵ちゃんが異界に行けたのもこれが原因だったの……」


 そうだ。異界だけじゃない、怪異の存在も。私は感じ取るコトが出来る。

 新聞部の2人にわざわざ付き添うことにしたのもこの理由が大きかった。2人に何か起きそうな時に、すぐにその危機を感知できるのだから。

 ……だけど、今回の怪異が姿を現したのは一瞬。だから反応が遅れてしまった。


 それと、驚いたのが楓の反応。純粋な好奇心を私に向けてきた。

 怖がりもしない、気味悪がりもしない。それが私には魅力的に思えるほど。


「で、でも! 前から思っていたのだけど――あなたは怖くないの!?」

「怖いって、何が?」

「怪異が、死ぬことが、私の力が。なんで、あんな怪異に遭遇して、なのに!」

「…………」


 だけど、私にはどうしても不可解だった。楓の考え方が。行動が。


 普通なら怪異とか異界とか、それは怖いモノ。避けて然るべきモノ。

 まして前に、異界に巻き込まれたというのに。怪異に襲われたというのに。

 彼女は関わり続けた。こうした一秋くんが異界に取り込まれた今も、一秋くんを失ったこと以外は、彼女は後悔した素振りを見せなかった。

 不思議を追い求めていると楓は言っているけど。私にはそれが不思議に思えた。

 

「アキにも言われるけど。私にも怖いものはあるんだよ」


 ――だけど、楓は。今まで見たコトがないほど真剣な眼差しで私を捉えた。


「アキがいない世界、生きることしかできない世界。これが、私が怖いもの」

「か、一秋くんはそうでしょうけど、生きることしかできない世界?」

「白い床、白い天井、生きる上で必要最低限の食事、不思議がない世界だよ」


 楓の言葉の意味がわからない。わかりそうだけど、触れられない。

 笑みは浮かべているけど彼女は笑っていなかった。重苦しい空気に包まれた。


「葵ちゃんには話して良いかな。私の過去のコト。もう友だちなんだし」


 友達じゃないとか照れくささを隠すツッコミを入れる気になれない。

 楓の、真剣で、真っ直ぐで、だから見惚れてしまう瞳で私は押し黙った。


「私ね、今じゃこうして元気に動けるけど。昔は体が弱かったんだ」

「楓が? 意外ね、そうだったの……」

「難しい名前の病気を生まれつき抱えていたみたい。小さい時から病院の中。真っ白で、生きる上で必要最低限のコトしかできない世界にいたの」


 私は入院した経験がないから、病院の中の生活が想像できないけど。

 楓が虚空を見上げ、どこか悲しそうに語る姿でその時の彼女の苦悩が見えた。


「ずっと病室の中、たまに何処か連れてかれて診察を受ける。これの繰り返し。奇跡的に回復して、退院できたのは小学2年生の頃。だけど、まだまだ体は弱いし今まで存在しなかった私が急にきたから……自然と、ひとりぼっちになっちゃった」


 これも意外だった。元気で明るい楓しか見たことがないから。

 だけど、心細い状況で、しかもひとりぼっちは寂しいわよね。うん。

 それに小さいころの経験は記憶に残りやすい。それが辛いモノなら尚更ね。



“葵、お前は私の道具になるしかない。バケモノは怪異に生きるしかないんだ”



 ああ、私も嫌な記憶を思い出してしまった。悪寒と嫌悪感を抱かせる記憶。

 忘れたいのに脳裏にこびりついて剥がれない。もしも、記憶を消せる機械が存在したら真っ先に消そうとするほどに、イヤな記憶だった。


「暗い性格だから一人ぼっちで、ひとりぼっちだから暗い性格になる。そんな負の連鎖が続いて、ついに私は他の子からいじめられるようになった」

「廃校の異界の時、嫌悪感を露わにしたのはこれが理由なのね」

「だけど、そんな時の私に――手を指し伸ばしてくれたのがアキなんだ」


 そして、ここで一秋くんが現れるのね。幼馴染とは聞いていたけれど。


「元々両親同士、仲が良かったんだ。アキも面倒を見るよう言われてたみたい」

「そういう関係だったの。一秋くんはいろいろしてくれたみたいね」

「うん。アキは昔から優しかったから。いつも私に話しかけてくれたの。でもね、最初は変でしょうがなかったの。根暗でひとりぼっちの私に、話しかけて、興味を持って、優しくしてくれる人なんて家族以外で初めてだったから」


 普段の楓と違う、どこか儚い笑みが含まれた表情に私は静かに話を聞いた。

 

「アキはいつも言っていた。“この世界は、きっと不思議で満ちている”って。自分たちが知らないこと、知らない世界がいっぱいあるんだって」


 そして、ここで楓が十八番のように使っているフレーズが出てきた。

 本来は一秋くんの言葉だったの。今の一秋くんからは聞いたことないけど……。


「なんで空は青いのか、なんで花は良い匂いがするのか。あの町に佇む廃墟はどうなっているのか。この世界には、いろいろな不思議があることを教えてくれたんだ」

「ずっと病室の中にいた楓には、それは新鮮だったのね」

「うん。みんなが平気で理解してることでも私には不思議に思えた。アキは、いつも私の一緒にいてくれて、不思議を追いかけてくれた。そのうちに、私の世界に色が生まれて、世界の不思議を探し求めたいと思うようになった」

「…………」

「そして、ずっと隣にいてくれる内に私はアキを好きになった。私にはアキしかいない、私がアキと一緒になるんだって。そう思うようになったんだ」


 なるほど。これが、楓が“不思議”に、一秋くんに執着する理由ね。

 幼い頃の記憶はマイナスに作用する一方、プラスにも作用してくれるもの。

 辛い、心細い、何よりひとりぼっちだった幼い頃の楓にとって。一秋くんの存在は変わりが存在しないほど大切なものだったのでしょう。


「ステキなお話ね。昔の一秋くんがそんな性格だったのも意外だわ」

「そうなんだ。今のアキはちょっと冷めちゃったから。――あの時から、ずっと」


 だけど、この話では楓がどこか苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 楓は何か知っている、だけどそれを隠している。そんな感じを思わせるような。

 彼に何があったのか、ちょっと聞きたかったけど。聞き出せる状況じゃなかった。

 

「でも、だからこそ私は怪異を、不思議を探し求めようとしているのかも」

「どういうことかしら?」

「もちろん、私自身が怪異の不思議を解き明かしたいという理由もあるけれど。1番は――アキに。あの時みたいなアキに戻ってほしいから、かも」


 それだけ、楓の本当の想いを告げられると。この話は終わりを迎えた。

 彼女も言い切ったのか、少しの間、静かに目の前の地面を見つめているようで。


 だけど、私は、私の心の中で感情が芽生えようとしていた。

 ――なぜ彼女が不思議を求めるのか。――なぜ怪異を忌避しないのか。

 異様でしかなかった彼女の行動原理が、良い意味で理解できた気がしたから。


 そして、雨宮楓という少女を。私は本当の意味で理解したのかもしれない。

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