第10話 “きさらぎ駅”じゃなかったじゃねぇか!!
「うぅ……暗い、怖い、何もない。本当にここから出られるの……」
「私に聞かれてもぉ。一秋さんがいろいろ知ってるみたいですしぃ」
きさらぎ駅に迷い込んだ人、宍倉さんと一緒に探索を始めた俺たち。
やることは変わらない。異界から脱出するため暗闇の線路を歩き続けるだけ。
「今は“きさらぎ駅”の話の通り、はすみさんと同じ行動するだけです」
気持ちはわかるし俺も不安でいっぱいだけど。やるしかなかった。
ひとまず今は線路を辿り、進み続ける。暗闇に包まれた、この空間を。
そして、どれくらい歩き続けたところ。俺たちの周りに変化が訪れていた。
「こ、この音……な、なんでしょうかぁ?」
「た、たたた、太鼓を叩いてる音ですね!!? 人がいるんですか!?」
「“きさらぎ駅”で書かれている話と一緒です。これで良いんですよ」
そうだ、駅に迷い込んだ女性も、この太鼓と鈴の音を聞いていた。
何も変わらない空間を歩き続けただけに、こうした変化は希望に思えた。
「あっ、あと、この先……。トンネルがあるみたいですよ」
「ホントですか!? そのトンネルの名前、“伊佐貫”じゃありません?」
「えっと、書いてありますぅ! でも、この中に入るんですかぁ……不気味ですぅ」
「だけど、小山くんが言っていた話の通りなら、大丈夫なんだよね?」
「そういうことです」
よし、順調にきさらぎ駅のシナリオ通りだ。このまま行けるはず。
このトンネルを進み続けて外に出たら。待ち望んだ“アレ”を発見できる。
「い、今にも壊れそうな場所……地面はぬかるんでるし、気味が悪い……」
トンネルの中はジメジメとして、構成する石材にコケが生えていた。
イヤな冷気も漂っている。きさらぎ駅の空間以上に、陰鬱で生気がない場所。
そんな薄暗いトンネルを通り抜けた時に。俺の考えが的中したことがわかった。
「どうしたんだ、キミたち。ここで何をしてるんだ?」
出口を過ぎて姿が見えた、田舎で見かけるような車と若い運転手の人。
深夜に現れた俺たちに驚いているのか、目を丸くしてこちらを眺めていた。
「えっ、この人、誰ですかぁ?」
「今は俺に任せて。実は俺たち、迷ってまして」
余計な発言をさせないよう烏丸に釘を刺して、俺が返事をする。
精一杯の困りようを見せた俺に対して、男の人は腕組みをしつつ口を開いた。
「それなら人が多いところまで送ってあげるよ。それで良いかい?」
良い返事をくれた。俺が返答するより前に烏丸がつついてきた。
「ねぇ、一秋さん。この人、“きさらぎ駅”の話でどうなんですかぁ」
「はすみさんを乗せた運転手の人だな。近所の駅まで送ってくれると言っていたんだけど、運転中にブツブツ言い出したり、不審な様子を伺わせていた」
「じゃ、じゃあ、マズいじゃないですかぁ!? ヤバい人なんでしょう?」
烏丸の言葉はその通りだ。だけど、俺は首を横に振ることにした。
「だけど、方法はコレしかないぜ。同じ手段に賭けるしかない」
「話はわかりますけどぉ……正直、イヤな気持ちでいっぱいですぅ」
「だったら暗い森の中を永遠に彷徨い続けるのかよ。他に方法はないんだぜ」
「うぅ……それはそれで、ですけどぉ」
引き攣った表情の烏丸が振り返り、今まで歩いてきた暗闇の空間を見た。
烏丸も理解したんだろう、他に“きさらぎ駅”から脱出する手段がないことに。
「んじゃ、決まりだな。すみません、ご迷惑をお掛けします」
「ああ、それなら良いよ。みんな、乗って、乗って」
男性に急かされるがまま、車に乗り込んだ俺たち。
所々がボロい座席に、独特の匂い。車の内装はあまり良いと言えない。
……乗せてもらう分際で、こんなことを思うのはなんだか失礼だけどさ。
「それじゃ出発するよ」
「ほ、本当にありがとうございます! わざわざ送ってくださり……」
「いやいや、俺も暇だったから良いよ。無銭のタクシーと思ってくれりゃ良いさ」
「タクシー……残業……終電……自腹……あああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「あぁ。またこの人の地雷を踏んじゃいましたぁ。面倒ですねぇ」
なんか地雷を踏んだ時の呟きで、宍倉さんに何が起きたかわかる気がするな。
この状況下で考えるコトとしてはノンキ極まりない内容だけど。どういう企業なんだよ、宍倉さんが務めているその企業とは。
なんて、変なコトを考えていると。車が大きな振動を立てて走り始める。
車が動き始めて、すぐに。烏丸が運転手の人に聞こえないよう耳打ちしてきた。
「一秋さん。乗ったのは良いですけど。これからどうするんですかぁ」
「ある程度まで乗せてもらおう。んで、運転手の人が変なコトを呟き始めたり、話の通りに助けに来る人が現れたりしたら車を脱出するんだ」
「えっと、小山くん。そ、それで、逃げ出せるんだよね、ここから……?」
「やるしかないと思います。今は、とにかく」
正直のところ、俺もこの方法が正しいモノとは思えなかった。
だけど、烏丸にも話したけどこれしか手段がない。このままデタラメに暗闇の中を歩き続けたところで、この異界を脱出できると思えなかった。
だからこそ、知らない人の車に乗るという現実世界でも危ない選択肢を取る。
警戒は怠らない。何が起きるかわからないのが異界で怪異。葵が言っていたな。
「キミたち、こんなところまで何処から来たの?」
「東京です。東京の駅から来ました」
「都会の人かぁ。あれでしょ、人がいっぱいでビルが立ち並んでるんでしょ」
「まあ、俺たち、東京でも西の方に住んでいるんで。そこまでコンクリートジャングルに囲まれているかと言われると、そうじゃないっすよ」
「東京にもいろいろあるんだなぁ。俺は知らなかったよ」
何度か男性と、他愛のない会話を繰り返しつつ状況を探る。
運転手さんは、今は不審な様子を見せない。普通の人、普通の会話だ。
だけど、この車はけっこう古いものだな。振動が大きいし音もうるさいし。
田舎の車にしてもヒドすぎる。まさに何十年前の車、ここは、この人は……?
「――、――、――、――、――、――、――、――、――、――」
そして、俺の思考が……運転手さんのうわ言で止められた。
今まで普通に会話をしていた男性が、急に変なことを呟き始めた!
運転には支障がない。だけど、今はそうでもこの後どうなるかわからない。
そんな姿を見た烏丸と宍倉さんが腕を小突き始めた。動揺している様子だった。
「こ、これで良いの……、本当に良いの……!?」
「お話通りなら、この後に車を停めるんです。それがチャンスです」
そうだった、終わりじゃない。この先で運転手は車を停めるはず。
速度が落ちた瞬間がチャンスだ。早くても遅くても危険が介在する状況だ。
だけど、俺の本音は。不安と緊張とで心臓が破裂そうな勢いをしていた。
状況から選択に間違いないコトは事実だ。何度も言うけど他に方法がない。
だけど、それでも都市伝説を、俺の選択を信じきれなかった。本当に正しいのか、それを確かめる方法も指摘する人もいない。
楓も、葵も。俺が信用できる2人はいないし、連絡は出来ない。最悪だぜ。
「…………?」
だけど、そういえば。なんで俺たちは外部と連絡できないんだ?
きさらぎ駅の話では、迷い込んだ女性はネットの掲示板に書き込みができていたはず。それなのに俺たちのスマホは圏外。都市伝説として異常じゃないか?
そりゃ廃校の異界の時はそうだったから疑問に思わなかったけど、なんで……。
「――、――、――、――、――、――、――、――、――、――」
なんて、考えている暇はなさそうだ。運転手さんの様子がよりおかしい。
今にも俺たちが襲われそうな雰囲気を漂わせている。絶対に気を付けないと。
「よし、光が見えてきた……!!」
だけど、その直後に車窓の向こうから何やら光が見え始めた。
あの先が外の世界に繋がってるはず。後は車から脱出して向かうだけだ。
「ちょっとだけ堪えろよ。2人とも速度を落とした瞬間に、車を出たら――」
希望が見えたことに思わず笑みをこぼしつつ、俺は2人に告げた。
烏丸も宍倉さんも頷いている。車が速度を落とし、覚悟を決めた――その時。
――俺たちに、俺たちが乗っていた車に、正体不明の衝撃が走った。
何もできず、何も言葉を発せずに。そのまま体が宙に吹っ飛ばされる。
異様な浮遊感。だけど、駅のホームみたいにゆっくりじゃない。ほんの一瞬。
重力のまま、自然の摂理のままに、地面に叩きつけられる。体に激痛が走った。
「い、いてぇ!! 2人は大丈夫か!?」
「……いたい、だけど、立てるけどぉ。いたいぃ」
「私は大丈夫です! 上司に後ろからイスを蹴られた時よりマシです!!」
う、うん。大丈夫そうだな。約1名、いろいろ大丈夫じゃないけど。
いやいや、それよりも今の状況把握だ。何が起きたんだ、急に俺たちに?
場所は何処かの林道。本当に何処かわからない。辺り一面が木々と地面。
俺たちが乗っていた車は半壊していた。運転手さん側の側面から壊れている。
地面にぶちまけられた車の破片、命乞いのようなエンジン音、機能の大半が壊されていて、車としての役割を放棄させられていた。
……いや。むしろ全壊した方が良かったな。残ったヘッドライトが、まさか。
「あがっ、あががががが、あがあがあがあがあがあがあがあがあがあが」
口から泡を吹きながら、痙攣する運転手さんが殺される姿を映したから。
――そして、何より。殺していたのは“血まみれの怪物”だった。
手と足、頭は“なかった”。ぼんやりとした闇が代わりを果たしている。
どういう原理かわからないけど。闇の四肢が運転手の体の部位を引き裂き、闇の顔がそれを食らう。ぴちゃぴちゃ、と。気味が悪い音を立てながら。
ぼとり、と。鈍い音と同時に手足を失った胴体が地面に落ち崩れ始めていた。
そして、闇の中で浮かんだ赤い眼が。ギラギラした眼が俺たちを見据える。
唯一の肉体の胴体は、血の他に真っ黒な火傷に覆われていた。凄惨なほどに。
ああ、これは“怪異”だ。廃校で俺たちを襲った、人知を超えたバケモノだ。
「な、ななな、なにアレ!! アレのコトは知ってるの!?」
俺は黙り、首を振り続けた。こんなモノ知ってるわけがない。
何が起きたんだ、どうしてこうなったんだ。きさらぎ駅はこんな話じゃない。
単に女性が駅に迷い込んで、それから行方不明になっただけなんあだ。四肢がない怪物も、誰かが死ぬことも、本来なら何もかもが関係のない話だ。
都市伝説がそのまま現れてくるとは限らない、人の手により怪異は変化する、そんなコトを想定したとしても。
それでも、こんな存在はおかしすぎる。“怪異の道理”を遥かに超えている!?
「なんだよ、コレ……“きさらぎ駅”じゃなかったじゃねぇか!!」
闇に覆われた足が、足音を立てず地面を擦り、迫り来る怪物に向けて。
恐怖と、絶望と、訳のわからなさで。どうしようもなく、俺は叫んでいた。