第8話 今はこの情報に頼るしかないな
「ほ、本当にあったんですね、きさらぎ駅ぃ!?」
「……そうだな。こんなやり方で迷い込むとは思いもしなかったぜ」
ホームの闇に吸い込まれ、線路に飛び込むことになった俺たち。
そんな俺たちは――異界、“きさらぎ駅”に迷い込んでしまったらしい。
「ど、どうするんですかぁ!!?」
「お、落ち着けよ! 慌ててもしょうがないぜ!」
烏丸にはこう話したけど、俺にも状況が理解できなかった。
なんで、いきなり、電車に轢かれる直後に、“異界”に来てしまったのか。
謎のきさらぎ駅、この場に潜んでいる怪異。どれも意味がわからない、けど。
いろいろ状況が理解できつつあった現在。俺がやるべきことは1つだけだ。
「――事件名、連続バラバラ殺人事件」
そうだ、あの廃校の怪異の時みたいに、関連する事件を連ねる。
未だにこれが何を意味するのかわからない、けど。やる価値はあるはずだ。
現に、あの時に沸き上がった感覚と似たようなものを俺は感じていた。あの時みたいにやってみれば、きっと突破口が見えるかも――
「っ!?」
だけど、突如として頭蓋骨に跳ね返ってきた強烈な不快感。
目の前が砂嵐みたいな錯覚に囚われ、耳障りな音が鼓膜を支配してきた。
さっきまでの集中をまるごとひっくり返してしまうほど、それは強い感覚で。
突如として現れた原因不明な衝動。今のこれから考えられるコト。それは……。
「答えが間違っている?」
もしかしたら他にも理由があるかもしれないと、そう思いはしたけど。
真っ先に思い浮かんだのがコレだ。事件名を間違え、答え合わせをされた。
単純明快に考えて、変なコトが関係していない限りは……これが原因だろう。
そうなると、何が間違えていたというんだ? 他の事件が関わっているのか?
“きさらぎ駅”と“連続バラバラ殺人事件”の関係性が見いだせないの”
葵が言ってたな。例の怪事件と“きさらぎ駅”は関連性がないと。
つまり、俺が巻き込まれたこの異界にバラバラ殺人事件は関係がなかった。
そうなると異界には別の事件が関わり、存在していると考えるべきなのか。
なんだか、ワケがわからないけど……言うだけはタダだし、続きをやってみる。
「――か、怪異名、“きさらぎ駅”」
ざああああぁぁぁぁあああああ!!!
また頭の中をかき乱してくる異様な感覚と同時に、疑問が浮かんだ。
えっ、ウソだろ!? どう考えてみても怪異は“きさらぎ駅”だろ!?
駅の看板に書いてあるし、噂話とは若干行き方が異なるけど、ここは異界だ。
何度も言うことになるけど、これは正しいはず。看板に書かれているんだから。
「どうしたんですかぁ?」
「い、いや。なんでもないぜ」
「一秋さん、誤魔化すの苦手ですねぇ。チョロい葵ちゃんみたいですぅ」
「うっせぇ!」
前に楓にも同じこと言われたことあるけどさ、事実無根だぜ。
というか、葵よりはマシだろ。アイツ、チョロい上に底抜けの不器用だぞ。
俺はしっかりしてるし、楓にもちゃんと言ってるし。絶対にチョロくないし。
だけど、そんなことよりも。考えなくちゃいけないことがある。
前提として怪異名は“きさらぎ駅”で、それは絶対に正しいはずなんだ。
ブログ記事、俺たちに起きてること、看板の名前。どれもが“きさらぎ駅”だ。
「…………」
思い返すと廃校の異界の時、事件名として俺は2つの名前を挙げていた。
“女子中学生失踪事件”と“宮島遥に対するいじめ”。無意識に近い状況で話していたから思い出せなかったけど。確かにそうだったな。
それと同じように考えると――例の事件の他に、違う事件が存在するのか?
あるいは連続バラバラ殺人事件は、今回の怪異には関係ないか。
俺たちが怪異の仕業だと、この異界に関係すると勝手に考えていただけで。
そもそも、ここがきさらぎ駅ならおかしいんだ、殺人事件も、あの腕も。きさらぎ駅の都市伝説に誰かを殺すような要素は含まれていないのだから。
もしこの怪異に巻き込まれて、命を落としたなら単なる行方不明者として扱われるはず。四肢がない死体として現れるわけがない。
それ以前に。なんで俺は意味不明な行動を真面目に推理してるんだ。
この現状、縋れるような存在はそれだけ、だけど。信頼できるモノかは――
「ふぅ~」
「ひぃあっ!?」
って、くすぐってぇ!? み、耳に、息が、こそばゆい感覚が!?
「な、何すんだ、バカ!! びっくりしたじゃねぇか!!」
「私を無視したバツですよぉ。こっちに帰ってきましたねぇ」
あれこれ考えゴトをしてたらこのザマだよ! 恥ずかしいな!
「ほらほら、これからどうしましょうかぁ。考えましょうよぉ」
「まずは……とにかく、手当たり次第に、この辺りを調べるしかないだろ」
「そうですよねぇ。だけど、良いんですかぁ? ここは異界駅、きっと私たちの想像を超えたようなモノノケが襲ってきて……?」
「だから、そういう不吉な話をするのはやめてくれって! ふざけんなよ!」
こういう状況で冗談を言えるほどの烏丸の胆力。見習いたいぜ。
俺たちは異界で“怪物”に出会っている以上、冗談で済まないんだからさ。
きさらぎ駅が単なる異界とはいえ、そういう異端なる存在が出ない保証はないし。
コイツにそのコトを話せば、少しでも静かになるかとも思ったけど……それほど俺は性格が悪くないし、何よりそんな元気はない。
今はこの異界から無事に生きて帰るための手段を考えて、行動するだけだ。
「よし、ここから線路に沿って歩いてみるか」
「どうして、そんなことをするんですかぁ」
「きさらぎ駅の話で、迷い込んだ女性が実際にそうしたんだよ。そうでなくても隣の駅に辿り着けるかもしれないし、合理的だろ」
「それは、そうですねぇ。行ってみましょぉ」
そうして、しばらく2人できさらぎ駅から続いた線路を歩いた俺たち。
駅の外の、この辺はかろうじて灯りがある駅のホーム以上に暗闇だった。
何も見えない、何もわからないという状況が、脱出できないかもという不安と、怪異が出てくるかもという恐怖に繋がっている。
ちなみに、俺が見つけた腕の話は烏丸にしてない。変に不安を煽りたくないし。
「しかし、何もありませんねぇ。本当に、ここは」
「そうだな。暗闇に森、中途半端な舗装の道路。田舎でもここまで酷くないぜ。人の気配もないし、不気味でしかないしな」
「そうですよねぇ。もしかして、このまま彷徨い続けて餓死にぃ……?」
「だから、不吉なこと言うなよ!? 一応、帰る手段はあるかもしれないし」
「あるんですかぁ!!?」
俺がボソッと呟いたその言葉に、烏丸が思いっきり反応してきた。
「あ、あるぜ。ただ、正しいかどうかは……」
「なんでも良いから教えてくださいよぉ。どういうモノなんですかぁ?」
「“きさらぎ駅”に迷い込んだという女性、“はすみ”っていう人なんだけど。その人が帰ってこれたかもしれないんだ。この異界から」
「えっ、そうなんですかぁ!?」
厳密には、根拠が薄いから信用できるかわからないんだけどな。
その根拠はきさらぎ駅の都市伝説が記されたブログに、書き込まれたコメント。
コメントでは、その駅に迷い込んだ“はすみ”という名を名乗り、そして自身がきさらぎ駅から脱出できたこと、書き込みが消えた後の顛末を教えてくれた。
最後の深夜の3時44分の書き込みを最後に、女性は行方知れずになった。
その後、運転手が車を停めたこと。別の男性がはすみさんを助けてくれたこと。
同時に見つけた光の中を歩き続けると――気づいたら外の世界にいた、という。
その辺りをまとめて烏丸に話してみたところ。あからさまに目を輝かせてきた。
「じゃ、じゃあ!? そうすれば、ここから出られるんですかぁ!?」
「まあな。この話がウソの可能性もあるけど、それに賭けるしかないぜ」
「そうと決まったら探しましょうかぁ! 希望が見えてきましたねぇ」
おいおい、気楽なもんだなと。俺が烏丸の姿を見て、そう思った。
その上で、この話に頼るしかない状況という気持ち以上に。不安はあった。
というのも、コメントしたというはすみさんは飽くまで自称にすぎなかった。
それが意味すること、つまり。“きさらぎ駅に迷い込んだ女性”と“コメントをした人”が一致しているとは限らないということ。
本当に生還できたはすみさんが書き込んでくれたのかもしれないし、何処の誰かも知らないヤツが適当なことを書き込んだのかもしれないし。
だけど、他に手掛かりが存在しない。今はこの情報に頼るしかないな。
これからのことはしっかり考えていかないと。自身を鼓舞していた時に。
「あ、あれっ、見てくださいぃ!」
急に烏丸が、何かを見つけてしまったのか……またもや大声を上げていた。
「今度は何だよ? って、あの人は!?」
ウンザリしつつも烏丸に言われるがまま、向こうを見てみると。
枝葉が落ちていたところ、朽ち果てた木々に寄り掛かっていた人を見つけた。
ぴっしりとしたスーツを着て、生気を失ったように倒れこんでいた。この人は。
それは、異界に迷い込む前。俺が助けようと手を伸ばした、あの女性だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
生存者かもしれない人を見つけて、俺たちは咄嗟に側に駆け寄った。
体を揺さぶって様子を伺ってみたところ……どうやら生きていたようで。
ふらふらと、力なさげに女性は体を起こし始めた。きょとんとした女性の顔、やっぱり見覚えがあった。あの時、俺が手を伸ばした人だ。
「やっぱり、この人でしたねぇ!? 一秋さんが助けようとしたのぉ!?」
「間違いないぜ! だ、大丈夫ですか!?」
「あああ……あああああ、私は、なにをしていたというの……?」
怯えと困惑が入り混じったような眼で、俺たちと周りを凝視する女性。
うん、やっぱり生きている人間だ。生存者に会えて少しだけ安心できたな。
「何をしてたも何もあなたは駅のホームにいたんですよ。おそらく帰宅途中で」
「えっ、駅、ホーム、帰宅、電車……えっ?」
「あなた。駅のホームに飛び込もうとしましたよねぇ。まったく、何を苦痛にこんなことしたかは不明ですけど、バカなことしないでくださいよぉ」
「えっ……あっ……電車……通勤……満員電車……会社……上司……!!?」
だけど、俺たちが話した内容に、彼女は急に意味不明な言葉を呟き始めた。
目がキョロキョロして、体は震えていて、まさに心ここに在らずという感じ。
この反応、この人の様子は……怖がってる? この状況以外の別のモノに――
「イヤあああぁぁぁぁぁっっっ!!!? コワいぃぃぃぃぃっっっっ!!?」
そして、静寂な暗闇を盛大に切り裂くような。彼女の絶叫が空間に響いた。




