第6話 俺が、線路の闇に、吸い込まれて?
お店を出て、俺たちは再び調査をするために駅のホームに来た。
ここは5駅目。ちょうど1週間前に起きた、直近の事件現場だった。
被害者は20代の女性。代理店営業の企業に勤めていたが、事件発覚の前日に無断欠勤があった。そして、その次の日に死体が発見された。
そういえば、ここの被害者の死体は――手足の他に喉が抉られていたな。
事件ごとに異なる欠損した体の部位。事件と、怪異に関係があるかもしれない。
「……怪異が変貌する、か」
だけど、俺は事件のコトよりも。あの時の葵の言葉が頭の中を巡っていた。
人の手で噂が変化する、怪異に限定しなくても有り得る話だった。
もっとも多い例がネットだ。デマやガセネタは今のネット上で溢れ返っている。
最初は真実だったかもしれない、違っても単なる間違いだったかもしれない情報が拡散されるうちに改変されて、まったく別の存在になってしまう。
そして、人が意図的に改変されたソレに人が振り回される。それが悪意に満ちた変化ならなおさら。賛成する人、反対する人、誰も彼もが振り回される。
そして、広まった瞬間、ソレを止めることは難しい。広める時よりも、ずっと。
――果たして変化する情報、怪異に。俺たちは対抗できるのか?
そして、それだけじゃなかった。もしも怪異が変化するならば。
“変化した怪異”には、俺たちが葵に叩きこまれた情報が役に立たないんだ。
――得体が知れない怪異に遭遇してしまったら、俺たちはどうなるのか?
――そして、そんなヤツラの“真実”を暴き出してやることができるのか?
「ひとまず、ここで心霊写真と事件との関連性を確認しておきましょうか」
「えー、なんでさ。めんどうじゃん、そんなの」
「さっきみたいにわかりにくい上に長ったらしい説明するんですよねぇ?」
「あなたたちみたいに当てずっぽうで調べるよりも、少しは一度立ち止まって考察した方が良いと思うのだけど!? 少しは学びなさいよ!!」
どこか漠然とした不安が残りつつ俺は彼女たち3人の後を追った、けど。
3人のやり取りで、すべて吹っ飛んでしまった。ノンキすぎだろ、お前ら!?
「ぶー、ぶー」
「ぶー、ぶー」
ぶーぶーと文句を垂れる2人に言い聞かせる葵。2人の母親かよ。
「もう、話を始めるからね。烏丸さんが撮影した心霊写真は5枚なのよね」
「そうですよぉ。それぞれの駅で、それぞれ心霊写真が撮れたんですよぉ」
「現時点で私は本物の心霊写真と断定したわけじゃないけど。烏丸さんが言うには殺された被害者の心霊が映っていると」
「そうだと良いですけどねぇ。それなら、バカバカしい心霊番組や超常現象番組に売り込めますからねぇ。お金稼ぎも」
「……あなたは怪異を探し求めたいのか、馬鹿にしたいのか。どちらなのかしら」
もはや何度見たかわからない葵の呆れ顔。首を振った後、言葉を続けた。
「その根拠は写った霊が殺された被害者の欠損した部位に一致していると」
「はい、そうですぅ。最初の駅では目が抉られてたんですよねぇ。そこで、ほらぁ! 見てくださいぃ! 人間の目に見えませんかぁ?」
「単なる錯覚、とは思うけど。一考に値しないかとは言い切れないわね。現に他の写真では別に、それこそ殺害された被害者の欠損した部位が写ったのだから」
「錯覚と切り捨てられないほど、しっかりちゃっかり写ってますけどね」
「けっこう不気味だよね。よく撮影できたね、茜ちゃん」
俺も写真を見せてもらったけど、確かに恐ろしいし妙にリアルだった。
例えば、最初の写真は人に溢れかえっている朝の時間帯のホームを、電車の窓に映った目が睨みつけるように見ていた、というもの。
ただ「これは心霊写真だったんだよ!」なんて言い切れないほどでの、曖昧な写り。目の錯覚と言われたらそうで、違うと言われたらそう見えるような。
要するに、どちらにも言い切れないほどに微妙なシロモノだった。だからこそ否定できないし、かといって
「確認したいことは、以上ね。これくらいになるかしら」
「あれこれ話しましたけどぉ。何の発見もありませんでしたよねぇ」
「それは、そうね。あと、考えられることは……」
葵が空を見上げ、ふと考える仕草の後に。その考えられることを話した。
「死体は手足がない状態で発見され、なんらかの体の欠損が見られた。これが怪異の仕業と考えるなら、“きさらぎ駅”より別の怪異が原因と考えられる――」
「え、えっと、葵?」
「だけど、該当する怪異は何かしら。そもそも明かされている要素が死体という結果で、方法が不明なまま。決まって手足が捥がれ、特定の体の部位が欠損していることがヒントになっているけれど、それだけでは特定できない――」
「おーい、葵ちゃーん。戻ってきてー」
「そもそも怪異の仕業という根拠がない以上、怪異という枠組みで考えるコトはナンセンスかしら。そうなると人間が生じさせた行為、その辺りに怪異が――」
考えゴトしているのをすっ飛ばして上の空な様子の葵。おいおい、大丈夫かよ。
「葵ちゃんはこんなだし、ひとまず放っておきましょうかぁ」
「そうだね。こうなったら手当たり次第に、調べ尽くしちゃうぞー!」
「お、おい、ちょっと待てよ! また闇雲にやらかすつもりかよ!?」
「待たないよー!」
それだけ言い放つと、楓は別の場所に向かった。これ以上、何をするんだよ。
「ったく、楓め。勝手なことをしやがって」
楓の無茶ぶりは俺の目に余る、その一方で。うらやましい気持ちもあった。
何故なら俺には――楓ほど、あんなにも頑張れるだけの信念はなかったから。
将来の夢も、やりたいことも、やるべきことも。イマイチ定まっていないから。
俺は何者なんだ。こんなことをしていて本当に良いのだろうか。
暗闇に包まれた、あの線路の向こう側のように見えない未来。これから俺は何を信じて、何をしなきゃいけないのか、まるでわからないまま――
「って、また考えすぎか」
気を取り直して、思考を現実に戻す。これじゃあの時の葵を笑えないな。
イヤなことを考えないためにもこの場を離れようとして……とある人が見えた。
「――――、――――、――――、――――、――――、――――」
きっちりとした髪型にスーツ。いかにもOLというイメージの女の人だ。
俯いていて表情は見えないけど、雰囲気は美人さん。体もすらっとしている。
だけど、気になることが彼女を取り巻いている不穏な空気。ひたすら暗く、重い。
「あ、あの……」
様子を確かめようと、僕は彼女に話しかけようとする。
普段、そんなことはしないけど……どうしても今の俺は気になった。
だけど、あの彼女に。消え去りそうな俺の声がここから聞こえるわけもない。
「お、おーい、そこの人―」
だから、だんだんと彼女のところに駆け寄り、声を掛けに行った。
ちょっと不審者っぽい行動だけど……高校生だしギリギリ許されるだろ。
良いのか悪いのか、周りの人間は俺のことも彼女のことも1ミリも気にしてない。
それはそれで、無関心極まりという感じでイヤに思えてくるけど。俺はともかく、今の彼女は、その、まるで、今にも死んでしまいそうなのに。
「ちょっと、すみません。どうしたんですか、そんなに」
『―――、――――』
……どうやら、電話しているみたいだけど?
いや、そりゃ社会人なら会社や取引先と電話することは当たり前だけど。
こ、この状況は明らかに異様だった。言葉にならない言葉を呟き続けているし。
「ど、どうかしましたか。聞こえてますか?」
俺が、恐る恐るあの人に聞こえるように話しかけても返答がない。
聞こえてないのか? 電話中とはいえ目と鼻の先で話しかけているのに?
――ふと、女性が一歩、二歩と歩みを進めて。ホームの向こうに体を落とした。
「っ!!?」
本当に、咄嗟だった。何も考えず、鑑みずに駆けだすと手を伸ばした。
予想してたけど、まさか本当にホームに飛び込むか!? 何を考えてんだ!?
「何をしてるんですか、一秋さん!!?」
烏丸の、普段にように間延びしていない声が、俺に続いて飛んできた。
重力に則り、駅の線路に体が投げ出され、今にも落ちそうな彼女の肢体。
なんとか助けようと、体を乗り出して――目の前での闇に、吸い込まれた。
「――えっ?」
吸い込まれる、という不思議な感覚。そして、二度目の不思議な感覚。
奇妙な浮遊感。俺が俺じゃないような、不安定な様子で宙に浮かんでいた。
「……俺が、線路の闇に、吸い込まれて?」
そして、俺の視界に広がっている景色は鮮明に映って、ゆっくりと流れている。
ホームの様子、キヨスクで買い物する人の姿、電車を待っていた人の顔、電車が来ることを知らせる電光掲示板。そして、何故か俺と同じ状況の烏丸。
……何が何だか俺にはわからない。何が起きたかもわからないまま。
だけど、今がどんな状況か、これからどうなるかはイヤというほど理解できた。
――何故なら、眩い光を発する電車が。俺の眼前まで迫っていたのだから。