第1話 この世界は、きっと不思議なコトで溢れてるんだ
「『○○県中2女子自殺 背景にいじめか』。こういう事件、絶えないな」
4月下旬。高校2年の俺――小山一秋の朝は変わらない。
廊下側の席でも感じるほど爽やかな、窓から吹いた春風を感じながら。
クラス内の、未だ初々しさが残っている新クラスメートの談笑を耳にしながら。俺は自分の席に座って……ぼんやりと。今日の新聞を読んでいたのだ。
“新聞には世界が広がっている”
俺のじいちゃんは、いつもこんなことを口にしていた。
社会だったり、政治だったり、外交だったり、経済だったり、スポーツだったり。世界で起きたことが文章として、紙の中に刻まれているんだと。
その他に目に留まったのは、とある殺人事件。俺が知る地名だった。
ちょうどいつも使う電車が経由する駅の近所。事件の内容は50代の男性が80代の母親を殺害した。これだけの事件だ。
事件の表面を見ると、身勝手なクソニートが母親を殺した。そんな事件に思えるかもしれないけど――もしかしたら“裏”があるかもしれない。
例えば“親の介護問題”とか“50-80”問題とか。事件には裏があり、裏にはナゾがある。それが事件なんだから。
だけど。毎日毎日、こういう物騒な事件が起きるよな、本当に。
これに世界が広がっているとしたら夢も希望がありゃしないぜ、じいちゃん。
新聞に掲載されていた、異様に顔に幼さが残る容疑者の顔写真に目を運ぶと――
「とうっ!!」
「うぎゃあぁぁぁっ!!!」
――人の指が、新聞に、顔の写真に穴を開けた。
突然の、怪奇現象。び、びっくりした。だけど犯人は瞬時にわかった。
新聞を下げ、見えた向こうでニヤニヤしてるのは……見知ったアイツだ。
「び、びっくりした……! な、なにするんだ、楓!!?」
「なにするんだもなにも! 私の幼馴染で――婚約者が、辛気臭い顔でぶつぶつ独り言言いながら新聞とか読んでたら心配するんだよ!」
明るい栗色を輝かせた髪の、顔立ちが整った、いわゆる美少女。
キリっとした元気が良さそうな様子は、見ているだけで眩しいくらいだった。さらに、何より。制服越しからでもわかるアレ。説明不要なアレがでかい。
そんな彼女の名は雨宮楓。俺の幼馴染で……どういうわけか俺の婚約者を自称している。
「辛気臭いとか言うなよ。じゃあラノベでも読んでろと?」
「……読み物で新聞とラノベしか選択肢にないの? そんな高校生、聞いたことないよ。そもそも家で読んでくるものだよ、新聞なんて!」
「俺は朝弱いの知ってるだろ。そうじゃなくてもウチじゃ他の人が読んでるし」
そんなこと、とやかく言われたくねぇよ。あからさまにイヤそうな顔をしていると、楓はますます言葉を強めた。
「そんなことよりも! 明後日に完成予定の新聞、どうするの!?」
ばん、と。目の前に突きつけられたのは白い“オータム新聞”の原稿。
一“秋”と “楓”から取った安直な名前。春夏秋冬いつでもオータムだ。
というのも俺たちは新聞部。といっても、部員2人のみの弱小部だけど。そもそも同好会ですらない 。
部の申請もせず、顧問もなしで勝手にやってる、よくわからない連中だった。……なんだか自分で話していて悲しいけど。事実だからしょうがない。
「書けるようなことないだろ。新入生が入ったことだし、その辺りを――」
「そんなんだから私たちはダメなんだよ!」
びしっと。楓が、ドヤ顔で人差し指で突きつけてきた。なんだよ。
「――この世界は、きっと不思議なコトで溢れてるんだ」
「ああ、それは、そうだな」
「私たちはそれを探し求める。そして、その謎を解き明かすんでしょ!」
単なる学校での行事を書き連ねるだけじゃ質の悪い学級新聞で終わるし、デタラメな記事じゃ低俗な週刊誌まがいで終わってしまう。
そうだ、俺たちは世の中の不思議を暴き出すと。不思議な事件の裏にはナゾがある。それを見つけ出すと……思いはしたいけど。
「だけど、そんな未知の事件、どこにあるんだよ」
「……だよねー」
だけど、そんな特大スクープが普通の高校生に舞い込んでくるわけがない。
俺は世界的な有名な探偵でも超なんとか級の高校生でも、その他のスゴい肩書きをお持ちの高校生でもない。いたって普通の高校生だ。
今じゃネットで調べたらあらゆる人があらゆる情報に接続できる。そんな世の中の“謎”なんて普通は見つけられるわけがない。
「はぁ。なんか面白そうな話題はないのか?」
「うーん、ちょっと興味がある話で、1つだけあるんだけど」
やっぱり、ないよな……いや、あるのかよっ!?
心の中でノリツッコミをしつつ楓を見ると、満足そうに言葉を続けた。
「怪事件とか、どうかな。私たちで調べてみない?」