第3話 話は聞かせてもらいましたよ、新聞部の愚員どもぉっ!!!
「……はぁ。今日は散々な目にあったねぇ」
「まったくだわ。まさか、あんなことが起きるなんてね」
4時間目、すなわち昼食前の体育に、昼食後の数学Ⅱに生物。そんな“魔のトリニタリアンラプソディ” (俺が名付けた)を何とか乗り越えて、放課後。
にもかかわらず、今朝の惨状は未だに俺たちの頭の中に蠢いているようだった。
「あの後、どうなったんだろうね」
「……さあな。わかることはないだろうけどさ」
あれから10分くらいか。俺たちは電車内に閉じ込められたっけな。
学校に来た時は、もちろん遅刻。だけど、情報が高校にも入っていたのか、普段は遅延証明書有りでも判断が厳しいあの先生が遅延を認めてくれた。
そして、あの時の現場は――人で溢れていて、とにかく騒然としていた。
そのため何が起きていたのか、被害者がどうなったのか、それはわからない。
だけど、現場の状況と救急隊の人たちの様子から……なんとなく理解できるよな。
SNSでは人が線路に飛び込んだ、轢かれたとか。いろいろ書き込みされていた。
「こういう事件、人身事故? って、新聞に載るのかな」
「事件によるとしか。だけど、大手紙には掲載されることは全然ないし、地方紙でも『人身事故が発生』とか『〇〇線で運転見合わせ』みたいな記事だけかな」
「……そうなんだ」
「記事は小さいものだし、この遅延でどれだけの人に影響が出た、とかみたいな話題で終わることが多い気がするな。俺の印象ではだけど」
まあ、そういう事件はウラでいろいろあるし、詳しく載らないんだろう。
そんなわけで、この話題はモヤモヤとした不安が残りつつ終わった、だけど。
「うーん。あのバラバラ殺人事件を調べる前に、こんなことが起きたら不吉な何かを感じちゃうなぁ。まあ、やるんだけどねっ」
「いや、そりゃそうだろ。というか、まだ調べる気なのかよ、アレを!?」
「私も驚きね……。やめておきなさいよ。ロクなことにならないんだから」
「それはイヤだよっ! ナゾの事件、不思議な事件は私たちの出番なんだよ!」
この状況なのに、楓は諦めてなかったのかよ! ちょっと読めてたけどさ!
「――話を聞かせてもらいましたよ、新聞部の愚員どもめぇっ!!」
そして、楓の言動に俺と葵が呆れていた時だった。
変な大声が場を裂き、いきなり部室の古い扉が、ばーんと開かれた。
壊れるじゃないかと思うほど、大きな音を立てたソレはグラグラと揺れている。
扉の向こう、扉を開けた声の主、少女は……これ見よがしなドヤ顔をしていた。
「うわっ、このタイミングでお前が来るのかよ!? 帰れよ!!」
「……今日は本当に厄日かも。茜ちゃんと出会っちゃうなんて」
「おやぁ~? せっかく人がこんなところに来てあげたのに、失礼ですねぇ」
くりくりとした丸っこい眼、小動物を思わせる顔のパーツが動いていた。
なつねぇほどではないけど小さい体に制服を纏い、首には先生に没収されないか心配になるほど大きなカメラをぶら下げている。
十分に美少女の部類に入るだろう、この彼女。だけど、ニヤニヤとしたイヤな笑みとコイツを構成している“ある事実”が不吉なコトを思わせていた。
その正体は……ズバリ疫病神。気が滅入るこの状況では1番会いたくない相手だ。
「あら、烏丸さん。こんな部室にどうしたの?」
「えっ、えええええええぇぇぇ!? 葵さん!? 葵さんが新聞部に!?」
「そうだよ。葵ちゃんは私たちの仲間で、友だちなんだからっ! 茜ちゃんみたいなハレンチな人には指一本触れさせないんだからね!」
「そういえば、あの時に話してましたけど……こうなるとは不思議ですねぇ。別に仲間にしたいとか友だちになりたいとか思ってませんけど」
部室に入ってきた少女は、手を振り否定して葵の隣の椅子に腰かけた。
――この少女は烏丸茜。写真部に所属する同じクラスメートだ。
本来なら新聞部と写真部と。似た者同士の部活で仲が良いはずなんだけど。
「それにしても、なんで2人は烏丸さんに辛辣なのかしら」
「葵ちゃんは知らないけど、新聞部と写真部は犬猿の仲なんだよ……!」
敵対心剥き出しな楓の視線。それを払い除けるように、烏丸が鼻で笑った。
「はっ。部員2名で廃部状態な輩が何を言ってやがるんですかぁ。部として成り立ってないんだから、戦う前からして負けてるんですよぉ」
「何をー! そっちも部員は7名、その内4人は幽霊部員で他の2人もやる気なし。実質、茜ちゃん1人で廃部みたいなもんじゃない!」
「実際は廃部してないし、部活だって認められてますぅ。あなた方よりマシですぅ」
そうだった。この高校の変な風習。新聞部と写真部は仲が悪いんだ。
理由はわからない。誰に聞いてもわからない。とりあえず昔から仲が悪いらしい。
まあ、それだけなら大したコトじゃないんだけど。楓が敵意を出している理由は……そんな謎に満ちた習慣からじゃない。現実の被害としてだ。
「あとね、私個人として。茜ちゃんにはイヤな因縁があるんだよね……!」
「私にはありませんけどねぇ。いつも“稼がせて”もらってますからねぇ」
「それが問題なんだよっ! 人の写真を盗撮して勝手に売らないでよっ!!」
「……と、盗撮?」
本来、日常では絶対に耳にすることがない単語が出てきて困惑する葵。
彼女の反応は正しいモノ。だけど、非日常で想像を絶しているのがコイツだ。
「そうだよ、葵ちゃん。コイツは人の写真を勝手に撮ってるんだよ! そして、それを高校の人たちに売ってるんだよ! 最低な奴なんだよ!」
「……勝手に撮ってる。それ、普通に犯罪じゃない!?」
「違いますよぉ。写真部の活動ですぅ。その成果をお金にしてるだけですぅ」
「そんな部活動があってたまるもんですか!!」
そうだ、この少女。写真部は写真部でも……撮る写真がアレだった。
――学校で人気のイケメンや美少女のワンシーンを隠し撮った写真。
そういうモノは基本的に需要が高い。撮影対象は他社からの人気があるしな。
だから、ヤツはそれを隠し撮って売り捌いているらしい。もちろん飽くまで高校での販売だけで、金額も学生レベルで抑えられてるみたいだけど。
それでも盗撮された側はたまったもんじゃないよな。特に被害者代表たる楓は。
「というか、私なの!? 他に可愛い子いっぱいいるのに!」
「何を言っているんですかぁ。クラスどころか学年の中でもトップクラスの美貌で、しかも高校生で制服の上からもわかるほど大きいソレがあるんですからよぉ?」
「そ、それが、どうしたの。大きくなりたくて大きくなったわけじゃ」
「要するに、楓さんの写真は売れるんですぅ。だから盗撮するんですよぉ」
「あのね、盗撮は犯罪なんだよ? 犯罪をした人は犯罪者なんだよ? 犯罪者は警察に捕まって、刑務所にぶち込まれるんだよ?」
「バレなきゃ犯罪じゃないですし、金を稼いでいたら問題ナッシングですぅ!」
問題大アリだぜ。金を稼いでいた社長とか捕まった事例、無数にあるぞ。
と、まあ。相変わらず楓と烏丸は仲が悪かった。当たり前の話だけどな。
俺も俺で楓に釣られて彼女と仲良くすることはなかった。これも当たり前だけど。
……それに、楓が勝手に盗撮されて、それを高校の野郎どもが購入して。
楓がソイツに下品な目で見られていると考えると。無性に腹が立つんだよな。
別に、楓の旦那だからどうとかじゃないんだけど! そんなんじゃないけどさ!
「特に学校の授業でスク水の楓さんを盗撮できた時は儲かりましたぁ。水着なんてモロに大きさが出ますからねぇ。まさに、もってこいなんですぅ」
「う、ウソ……そんなものまで!? どこにあるの、それ!?」
「手元にありますよぉ。一秋さんとか、どうですかぁ。タダで差し上げますよぉ」
「えっ、じゃあ、もらおうかな。幼馴染として、旦那として確認しなきゃな――」
まあ、いろいろ強がったけど。興味がないわけじゃないよな、うん。
場の流れに乗り、手を伸ばして。その手を万力みたいな力で握り潰された。
「――アキ。こういう時だけ旦那を名乗るの、おかしいよね?」
「本当に申し訳ございませんでした。って、いたぁい!!」
痛い、イタイイタイイタイ! どこにそんな力があるんだよ!
冗談で言ったのに……。楓に離され、真っ赤に染まった手首を撫でた。
「まったく、アキはスケベなんだから。そこも嫌いじゃないけどさぁ」
「……はぁ。一秋さんにホレてなきゃ、もっと世のバカ男に夢を見せられるんですけどぉ。なんなら別れてくれません? お金なら弾みますよぉ」
「それは死んでもイヤだよ。絶対に」
「ひとまず、楓も烏丸さんも落ち着きなさい。彼女、用があるんでしょ」
火花を飛び散らせる2人を咎めるカタチで話に割り込んだ葵。
俺も同意見だと頷いていると……こほん、と。咳払い1つして烏丸が話す。
「先ほど私は言いましたよねぇ。話は聞かせてもらったとぉ」
「そういや、言ってたね。盗撮意外に盗聴もするようになったの?」
「違いますよぉ。盗聴なんてモノ、写真部がやるわけないじゃないですかぁ」
……模範的な写真部だったら盗撮だってしないけどな。
「どうやら新聞部の皆さん、巷で噂のバラバラ連続殺人事件を調べるようでぇ」
「うん、そうだね。それがどうしたの?」
「やっぱりですかぁ! 以前、女子中学生の行方不明事件を記事にしてましたからねぇ。今回もやってくれそうで安心しましたぁ」
「……それも、そうだけどさ。つまり、何が言いたいの?」
話を急かしてきた楓に、自信に満ちた様子で烏丸は答えを返してきた。
「実はですねぇ。その未解決事件の“証拠”を撮ったんですぅ」
「しょ、証拠? 撮ったって?」
「――心霊写真、ですよぉ! 話題のバラバラ殺人事件に関係したヤツですぅ!」