第11話 やっぱりこの世界には不思議なコトで溢れてるんだ
廃校の怪事件から3日が過ぎた。
あの後、俺たちは現実の世界に戻ってきた。
今は学校の放課後。場所は校舎の2階の端の狭い部屋。新聞部の部室だ。
といっても、使ってない部屋を勝手に改造して、勝手に拝借してるんだけど。
ほとんど倉庫だった部屋を部室に、なんて。同好会の部室として雰囲気は出てるけど……どうなんだ。やっぱりマズいか?
「まったく、もう。また発行禁止になったよ!」
そして、そんな狭苦しい部室の中で。楓の怒りの声が響いた。
「当たり前だぜ! 実際に起きた行方不明事件を、怪異だの異界だの好き勝手に書いたら先生に怒られるって」
「だけど、ウソを書くなとか言われたんだよ! 真実なのに!」
「それ、誰が証明してくれんだよ?」
「むぅ、むむぅぅ」
楓が怒っている理由は単純。
あの時に起きた出来事をそのまま書いて……先生に怒られたから。そりゃ当然だ。あんな記事、常識で考えたらありえないし。
だけど、常識で考えたら異常になる出来事を――俺たちは経験したんだな。
「それで、長澤さんは……あれからどうなったんだっけ?」
「1回しか連絡来なかったし、詳しいことは知らねぇよ。ただ約束は守ってくれたっぜ。ほら、この新聞に内容が載ってるぜ」
「ホントだ。何はともあれ、一件落着っなのかな」
「……そう、だな」
ちなみに、長澤望さんのこと。彼女は約束通り“真実”を話してくれた。
異界に迷い込んだこと、怪異に襲われたこと、宮島遥さんを虐めていたこと。
事の顛末、細かいところはわからない。それが受け入れられたのか、絵空事だと否定されたのか。どうなったのかは聞けていない。
だけど、彼女は――他の同級生から、いじめられているらしい。
元々彼女がいたグループのリーダー、城田沙耶は学校内で恐れられていた。
そんな奴が消えて、長澤望はいじめっ子。そうなると、どうなるか。大義名分の下、いじめが起きるわけだ。
もちろん彼女の行為は許されないけれど。果たして、これで良かったのか。
結局、“凄惨なる恨みの果て”の行き先は“凄惨なる恨みの果て”か。
救いようがない、怪異より恐ろしい怨嗟が、人の手で生み出されて――
「なーに、考えてるのよ、あなたたちは!!?」
そして、そんなことを考えていると――ボロい扉が開かれる。
扉の向こうには七星葵さん。ぜーはー、ぜーはー、と。肩で息をしていた。
「おお、葵ちゃんだ。おつかれー」
「あっ、その、おつかれさま。……いや、そうじゃないわ!」
相変わらず楓に翻弄されているな、七星さん。真面目というか不器用というか。
「あの事件のコト、学校の新聞で暴露するなんてどういう神経しているの!!」
「良いじゃん。誰も信じてないみたいだし」
「そういう問題じゃないんだけど……!」
溜め息を吐き、再び七星さんは俺たちに向き直った。これまた真剣な表情で。
「まあ、今回の件で理解したわね。この世界に怪異は存在する。そして、怪異に殺された人は……誰にも気づかれずに死ぬ。今回は例外で生還した人もいたけど、大抵は行方不明者として――人としての尊厳を守られることなく、命を落とすのよ」
「うん。私も感じた。確かに怖かったよ」
流石に楓も俯いてしまった。何せあの異界で起きた出来事。それは俺たちの常識を壊した。今までの現実が否定されたようだった。
この世界には、人知を超えた存在がいる。そして、奴らは――人を殺してしまう。対する人は抗う術を持たない。大抵はそのまま殺される。
「そうでしょう。だから、悪いことは言わないわ。さっさと忘れて――」
「――だけど、同時にわかっちゃったんだ。やっぱりこの世界には不思議なコトで溢れてるんだ!」
だけど、楓はそれでも怯みはしなかった。
……恥ずかしいけど、もちろん俺もだった。もしこの世界に不思議があるなら、事件のウラに“とんでもない不思議”があるなら。
その“ウラ”を、“不思議”を、“真実”を。暴き出してやるんだ!
そんな俺たちの態度に、覚悟に。七星さんは信じられないような表情をした。
「もう、あなたたちは愚かで、おバカさんで、どうしようもないわね! そんなことじゃ、きっと、あなたたちは……いずれ不幸な目に!」
「それで良いよ。私たちは世界の不思議を暴き出すんだ。2人で、ラブラブで!」
「ラブラブは余計だ! まあ、そんなわけだ。気にしないでくれ」
「……付き合ってられないわね、いろいろと」
「あと、それで葵ちゃんにもお願いがあるの。――私たちと一緒にしない?」
そして、流れるように勧誘を始めた楓。自然か不自然かわからない流れだ。
確かに怪事件とか調べるなら彼女の力は必要だな。知識といい、行動といい。
だけど、正直……まだ不審に思える点がある七星さん。俺は慎重になりたいけど、どうなんだろうか。彼女を信じても良いのか。
「えっ、そ、そんなこと、いきなり、な、なんで!?」
「事件の裏にはナゾがある。この世界は、きっと不思議に満ちている。それを探せたら、もっと魅力的な不思議に出会えて――葵ちゃんの力が必要になるかも」
「……それ、は」
「葵ちゃんの答えも聞かなきゃ、だけど。私は葵ちゃんと一緒にしたいの」
楓の、どこまでも純粋無垢な目を受けて。視線を逸らした七星さん。
この手のツンデレ少女は、ストレートな感情表現に弱い。ラノベ、アニメのヒロインでも、百合作品でもお約束だけど……通用するのだろうか。
今の今まで楓は、彼女に迷惑しかかけてない。しつこく付きまとい、巻き込まれたら頼り続けた。俺が同じ立場なら関わりたいと思わないけど……?
「しょ、しょうがないわね。協力くらいなら……構わないわ」
だけど、七星さんの反応は……えっ? 良いのか、七星さん、それで!?
「やったー! 葵ちゃんが仲間になったー!」
「な、仲間とか、そういうのじゃないわよ! そういうのじゃないから!!」
言動には棘があるし、素直じゃない。だけど、どこか嬉しそうで。
なんか彼女。ツンツンしてる割に優しいというか……むしろチョロいな?
「い、良いの、七星さん……?」
「私が断っても、あなたたちは怪異に触れようとするでしょ。それなら目が届く場所で何かできる方が安心なの。……それに」
「それに?」
「部活に入らず、高校生活をぼっちで過ごすのは辛いのよ」
まさかのソレかよ! というか気にしていたのか。ボッチだって。
「いや~。良かったよ、葵ちゃんがすんなり新聞部に来てくれて」
「別に、あなたたちと一緒になったわけじゃ。イヤな時は辞めるから――」
「ふっふっふっ。ごめんね、それはダメだよ。“このカード”が大事なら、ね」
どこか良いムードをぶち壊すようなアレ、明かしちゃうのかよ。
楓の手には、もし七星さんが断った時の―― “切札”が挟まれていた。
「こ、これ……!?」
「大人気のTCGのカードだね。調べたけど、けっこう高いね。1枚1000円くらい、それが4枚。お店で購入して、持ってきちゃったのかな?」
「か、返して、それ、高いの!! お小遣い、奮発して買ったのぉ!!」
こ、この慌てっぷり。楓が持っていた、あの時に拾ったモノは。
俗にいうカードゲーム、それこそ小学校高学年くらいの男児、もしくは大学生のオタクが大学の隅っこでしてるようなアレだった。
「やっぱり葵ちゃんの物だったんだ」
「うぐっ」
にしても女子高校生が、七星さんがカードゲーマーとは。意外過ぎる。
「か、返してよ、返してくれるんでしょうね!?」
「もちろん返すよ。だけど、これ。簡単に言うなら弱みだよねぇ? この秘密を新聞で明らかにされたくなかったら?」
「う、うぐっ。それは……やめて。恥ずかしいからぁ!」
顔を羞恥心で真っ赤にする七星さんに、楓は満面の笑顔で向き直った。
「それじゃ、これからよろしくね、葵ちゃん!」
「うぅ……。こうなるんなら関わるんじゃなかったわ……」
「それと葵ちゃん! 友だちなんだから、これから呼び捨てだよ! アキも!」
「う、うぇぇっ」
あっ、それは良い提案だな……って、俺もかよ!?
うぅぅ。女性を下の名前で呼ぶの、慣れてねぇ。緊張するんだよな。
「……楓。それに、一秋くんね。こ、これで良いかしら?」
「あ、ああ。これからよろしくな。楓に……葵」
うぅ……恥ずかしいな、これ。こいつはヘビーって奴だな。
「これで仲間だね! さっそく調査するよ! 記事のネタも空っぽだしっ!」
「えっ、もうなの!? あなたたち、少しは懲りないの!?」
「俺は、しばらくはゴメンなんだけどな。楓はそうじゃないからな」
こうして俺たちの、ナゾと怪異と不思議に満ちた物語が幕を開ける。
もちろん不安や恐怖はあるけれど。この世界に生きている限り――ナゾから、不思議から、ひょっとしたら怪異からだって逃れない。
だって経済に世界の動向、ありとあらゆるモノが変化しているんだ。
そんな世界だからこそ。“この世界は、きっと不思議に溢れてるんだ”。
ナゾを恐れず、その先の真実を探し求める。それが俺たちのやるべきことだ。
「よーし、そうと決まれば……さっそく情報を集めるよ!!」
「も、もう、楓!? あなたはわたしをどこに連れていくつもりなのよー!?」
だけど、楓はそこまで考えてない。それがアイツの良いところだけど。
困惑する様子の葵を、思いっきり楓。俺はそんな彼女たちを追いかけた。