第10話 これが、お前の“真実”だ
「……き、気を付けてよ、アキと、葵ちゃんも!」
「ああ、お前らも少しは自分の身は自分で守ってくれよ」
俺と七星さんは教室を出た廊下で息を潜め、奴を待っていた。
もちろん“異界”を、“怪異”を、“事件”を終わらせるため。楓と長澤さんは元の教室にいさせる。彼女たちを危険に晒さないためにも。
「なんだ、教室の……御札か?」
「アイツが来ないよう出入り口に貼ったの。おまじない程度には使えるからね」
「ん、そうなのか。というか、よくそんなものが持ってるな」
「……まあ。知り合いの店に、こういうのに詳しいところがあるのよ」
さすが、オカルトマニアだぜ。そういうグッズもあるのか。
「結局、矢面に立つのは俺か。言った矢先、拒否しないけどさ」
「唯一の男手が小山くんだからね。フォローはさせてもらうわ」
「それはありがたいな。だけど、やっぱり不安だな。できるかどうか」
「きっと大丈夫よ。それに、今のあなたは――」
「今の、あなたは?」
「……なんでもないわ。それより怪異をどうにかすることに専念しましょう」
さっきから、七星さんの怪しそうに俺を見る視線を感じるな。
……だけど、今の俺が普通じゃないのも理解している。自分のモノであるはずの思考や五感に、変な違和感を覚えていたから。
「ほら、来てくれたみたいよ。覚悟を決めなさい」
だけど、俺の思考は……それで止められてしまった。
廊下を徘徊する怪物が、ようやく俺たちの目の前に姿を現した。
『ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ、ワタシハオニ、ワタシハオニ、ワタシハオニ』
俺たちの姿を見て、ニタニタと笑う怪異。怪しく異なるモノは不気味だった。
だけど、初めて遭遇した時とは違う。俺は知っている。奴の正体を、真実を。
――それを見て。――それを感じて。俺の中の違和感が増加した。
俺が俺じゃないような、だけど不快じゃない、むしろ妙に馴染んでいる。
だから、俺はソレに身を任せていた。頭に、無意識に浮かぶ言葉を告げた!
「事件名、女子中学生失踪事件及び宮島遥に対するいじめ」
――人は何故、怪異に名前を付けるのか。
――人は何故、怪異に場所や方法などの条件を付けようとするのか。
――人は何故、怪異に対する対処法を作るのか。見つけようとするのか。
何故なら人は知らないものに恐怖し、怪異として呼称するからだ。
同時に。怪異の性質や恐ろしさは、見えない部分に集約しているともいえる。
そのため怪異は正体を、真実を暴かれてしまうと――倒されてしまう。だから昔の人々は怪異に、オカルトに、名前と対処法を付けた。
「怪異名、ひとりかくれんぼ」
そして、もう1つの正体を告げたことで怪物は戸惑いを見せた。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。正体がわかれば、恐れるコトは物理的脅威だけ。
「――これが、お前の“真実”だ!」
そして、その脅威も取り除こうか。事件のウラを、不思議を暴き出して!
「走るぞ、七星さん!!」
「ええ!!」
塩水を口に運び含ませて、身を翻して廊下の奥に向かって駆け出す!
奴は俺たちの行動に驚きつつ……すぐに怪異としての役割を取り戻した。
狂気の表情を浮かべ、人の命を簡単に奪い取れるナイフを手に持ち。一度でも捕まったら終わりな“カクレンボ”の“オニ”を続ける。
ひたすら廊下を走り去り、最も奥の教室の扉に入った俺たち。
そこで俺たちは “準備”を行い、奴を待ち受ける。怪異が扉を開ける。
『ウッ、ッアアア!??』
その瞬間、扉に挟まっていた入れ物が、そのまま落ちてきた。
要するに黒板消しを落とす時と同じギミックだ。そのまま、入れ物の中の塩水も一緒に落下し、怪異に降り注いで……奴は異様な悲鳴を上げた。
――ひとりかくれんぼを終わらせる方法、1つ目。
自身が口に含んだ塩水の残りを相手にかける。それが成功したわけだ。
そして、奴が怯んだ瞬間を見計らい、俺が一気に奴の場所に駆けだした。
目の前まで迫って――口の中の塩水を吐き出す。終わらせる方法の2つ目、口に含んだ塩水をオニにかけること。塩水が奴の頭上に注ぎ込まれた。
『ウウウウウ、アアアアアアアアアアァァァァァッッッ!??』
前よりも必死な怪異の絶叫が、教室内に響き渡った。
ここまでは順調に終わった。後の手段は1つ。そして、ここからが本番だ。
『ワタシハオニ、ワタシハオニ、ワタシハオニ、コロス、コイツハコロス』
口に含んだ塩水をかけた俺の目に怪異が映る。その形相は般若のようだ。
「ワタシの、カチ」
だけど、俺は止めなかった。
――“私の勝ち”と。怪異に向かって3回告げる。
俺の言葉を聞いた途端。ただでさえ恐ろしい怪物の顔は更に強張らせる。
血走った眼で俺を睨むと、一刻も早く殺そうと血で汚れた刃物を向けた!
「ワタシのカチ!」
たった数文字の言葉。それを告げる時間が永遠に思えた。
向けられた刃はなんとか避けられたけど、体のバランスを崩し、後ろに倒れた。
それが何を意味するか、この状況でも理解できた。マズい、ヤバい、殺される。
『コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス』
ふと思考がクリアになり、妙に視界が鮮明に見えた。ゆっくりと怪異が俺に襲い掛かるのを見て……俺は、再び目覚めた!
「――ワタシのカチ!!」
そして、最後。3回目の、俺の言葉が紡がれた。
その声が響いた瞬間……奴は黒い何かが抜け落ちていった。
『ウウウ、ウウウウウ、ウウウウウ、アアアアアアアアアアアァァァァァ!!!』
廃校に、異界に響き渡った、怪物の、慟哭にも似ているような絶叫。
俺と七星さんは苦悶している怪物を呆然と眺め。俺たちの元に2人が来た。
「は、ははっ、良かった、助かった、アイツが消えていくんだ……あははっ」
乾いた笑いを隠さないまま、嘲りも含まれた様子の長澤さん。
安心からか、優越感からか。わからないけど、とりあえずイヤな感じだった。
彼女は俺たちの非難の視線が向けられても気にしない。それが続いた……けど。
だけど、怪異は、宮島遥さんは――引きつった顔の長澤さんを最後に見つめた。
『ナンデ……ワタシヲ……タスケテクレナカッタ……ノゾミ……』
楓の手元から錆びた鉄のナイフが零れ落ちた。
床を、金属の軽い音が叩いた瞬間――窓から微かな光を浴びる。
「ここ、もしかして、異界に迷い込む前の廃校……!?」
「俺たち、戻ってこれたんだな」
安心感で、何かが体から抜けるような感覚に襲われながら。
――俺たちは脱出できた。生きて帰ってきたんだと、床に崩れ落ちた。