プロローグ 始まってしまった”カクレンボ”
「あー、もう! サイアクなんだけど!!」
真夜中の廃校の教室に、キリキリと喚き散らされた声が響いた。
城田沙耶。このグループのリーダーと呼べる存在。
普段は粘り気を含んだ笑みを口元に浮かべる彼女の顔は歪んでいた。それを、深刻な表情で見つめていたのが他の取り巻き。
この状況を理解したくないと、呆然と立ち尽くした連中が囲んだ中心には。
――人の死体。
頭から血を流し、ぐったりと肢体を地に落とした人の死体。
誰も信じられなかった。今は頭から血を流れているだけで、動かないだけで、何の拍子に生き返ると思うくらいに。だけど、そんなコトは起こらない。
「ねぇねぇねぇ!! なんでコイツは死んだの!?」
「それは、サヤがコイツを蹴って、打ち所が悪かったから……」
「ねぇねぇねぇねぇねぇ!! ウチが悪いの? ウチが殺したの!!?」
「べ、別にそんなわけじゃ……」
紛れもなく殺したのは彼女だ。なのに、認めないし、認めさせられない。
「コイツが悪いんだよ!? 勝手に痛がるし、勝手に死ぬんだから!!」
気持ちを落ち着けるためか、沙耶が、死体――宮島遥の頭を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた方向に首がだらんと曲がる。
宮島遥は、グループに必ずいる事あるごとに弄られる存在だった。
というのは体の良い建前で。彼女は――グループで、いじめを受けていた。普段から暴行や恐喝を浴びせるような。凄惨ないじめが行われていた。
「もう、こんなところ来なきゃ良かった!!」
最初は何気ない遊びだった。何気ない肝試し。何気ないからかい。
昔、廃校になったまま放置された学校の校舎。校舎で事故死した少女の幽霊が出るという噂の心霊スポットで肝試しするだけだった。
勝手に侵入し、無造作に写真を撮り、好き勝手にバカ騒ぎをしまくった。
“あははっ。お前、ほんとにどんくさいね!!”
そして、おまけで遥をいじめることにした。
誰もいない廃校。暗い、静かな、非日常の空間で興奮したのか。彼女たちは普段以上に殴り、蹴り、踏みつけ。悪逆の限りを尽くし始めた。
だけど、異変が起きた。普段なら考えないことが起きた。
……遥は、彼女たちを睨んだ。見たことがないほど恨みが込められた瞳で。ソレが城田の逆鱗に触れたのか――逆上した。
“コイツ、ナメてんじゃねーぞ!!”
それからは沙耶の独壇場だった。キレた彼女は止められなかった。
“二度とウチに逆らえないようにしてやるよっ!!”
最後に、沙耶が怒りまかせに、彼女の腹を全力で蹴り飛ばした。
そのまま宮島遥は……体がよろめき、後ろに下がり、轟音を立てながら。
――そして、尖っていた木材に頭を打ち付けて、死んだ。
「こ、これから、どうしようか?」
「私が知るわけないじゃん!! アンタたちがなんとかしなさいよ!!!」
「じゃ、じゃあ、そのままで良いよ!? きっとバレないって!!」
長澤望の提案に、一瞬の沈黙。その後、少女たちの顔に希望が灯った。
「ほ、本当に大丈夫なんだよね? 何も起きないんだよね?」
「大丈夫だって! こんなところ誰も来ないよ! 来ないんだから!!」
「そ、そうだよ、どーせ、誰も見てない!! さっさと帰ろうよ!!」
次々に飛び交っている賛同の声。彼女たちに正気はなかった。
――大丈夫だ。――バレないはず。――許してくれるんだ。
暗示の言葉の数々が、彼女たちの心中に繰り返される。
非を認めたくない、現実を直視したくない。彼女たちの祈りが、願望が、それを実現し、いつしか本当にソレが事実なんだと思い込んだ。
「よし、もう帰っちゃおう! もう肝試しは良いでしょ!」
「そ、そうだね。今日のコトは忘れて――あ、あれっ……!?」
だけど、急に上がった変な声に釣られて。皆が振り返ってみると。
――死体が消えていた。
今まで床に転がり、微動だにしなかった遥の死体が消えていた。
「ウソっ!!? 何処に消えたの!!?」
「もしかして、生きてたの!? 生きてたからいなくなったの!?」
「そ、そんなわけないでしょ!? アイツ、絶対に死んでいたんだから!!」
再び混乱に陥る彼女たち。有り得ないことが起きたのだから当然だった。
……何が起きた、死体は何処に消えた、私たちはどうなるんだ。一挙に来る疑問と不安に彼女たちが潰されそうになった――その時だった。
「あぎゃ!!?」
後方から子気味悪い、小さな悲鳴が空間を切り裂いた。
声が聞こえた先を見てみると……短髪の、小柄な少女、山岸唯のお腹から――ナイフが突き出ていた。深い赤と黒で錆びた、それが。
「あれっ、おかしいな、あっ、血が、血が、痛い、痛い、おかしいよ」
「ゆ、唯……どうしたの、それ……!?」
「痛い、痛いイタイイタイイタイ、誰か、ヤダ、助けて、サムイ、サムイ」
イタイ、サムイ、と。消え失せそうなほど微かな悲鳴を繰り返しながら。
苦しそうに呻き、救いを求めるように彼女たちに手を伸ばして……事切れた。
倒れた少女の、生気のない、それでいて血走った眼が残された彼女たちを見る。
唐突な彼女の死と、その死体が恨めしそうな視線が一層パニックに陥らせる。
「な、何が起きたの!! 何が起きたのぉぉぉっ!!?」
「あ、あれ……見てよ。宮島が、宮島が、ミヤジマがぁぁぁっ!!?」
唯が倒れたことで、彼女の腹を刺した犯人が露わになる。
だけど――それは、その事実は。彼女たちを恐怖と絶望に溢れさせた。
「なんで、なんでなんで、なんでなんでなんで!!?」
ナイフを所持していたのは、死んだはずの宮島遥だった。
血涙に濡れた眼を向て、血垂れた口元を歪め、血で染まったナイフを手に。
一歩、一歩、一歩ずつ。恐怖で慄いた少女たちに迫った。その姿は、まるで今までの恨みを晴らそうとしているようだった。
『カクレンボしましょ。――私が、わタしがワたシがワタシガ、オニだから』