厄介な同期
私は、机に向かい膨大な書類を仕分けつつ、仕上げまでを行っていました。
書き間違えが多い!
イライラとしつつも紙の擦れるカサカサとした音だけが響く室内で、突如頭の悪そうな声が邪魔をします。
「ねぇ、ジョージアナ…僕ってさ、可愛い可愛い愛しのリリと寮だけじゃなく仕事でも引き離されてて可哀想でしょう?その上、苦手な書類仕事を山盛りにされてる僕だよ?もう少し優しくしない?」
「いえ、全くこれっぽっちも可哀想じゃないです。キースは剣術と体術が得意、リリアンは乗馬と弓の才能があったんですから、配属先が別になるのは当然です。リリアンの才能が開花した事をキースが祝ってあげなくてどうするんです?それに、ハマス隊長のご厚意から!特例としてリリアンと一緒に住めている事すら忘れましたか?書類仕事に関しては、最初から本当に山盛りでしたか?山盛りになるまで、それも提出期限ギリギリまで周りの忠告を無視して放置したのはキースでは?」
「あうぅ…」
「その上、自分の訓練時間に弓騎兵の訓練を覗いたのは何処の何方でしたかね?私の記憶違いでなければ、そんな事をしなければ反省文は書かなくても良かったかと。指導担当のクリス先輩は心労で倒れて指導続行が出来なくなり、同期なのに貴方に仕事を教えている私の方がずーーーっと可哀想ではありませんか?優しくされるべきではありませんか?え?私が手伝ってあげた書類は何枚かな?半分以上、私が仕上げていないかな?」
「ひぇ…ゴメンなさい!!!ジョージアナが優しいから調子に乗りました!!!クリス先輩のお見舞いにも行きます!もう山盛りになるまで書類は放置しない!放置しないから助けて!反省文が3行しか書けてないの!でも、リリが2週間も弓騎兵の合宿に行くなんて思わなかったんだよぉ!!!寂しかったんだよぉ!!!」
キースの発言に、どっと疲れが増します。
これでも問題行動は減ったのに、多過ぎて減った気がしません…
まだ3ヶ月しか騎士団で働いていない新人なんですけど、私。
こんな状況になったのは、2ヶ月前に新人の配属先が決定した時からだったりします。
戻りたい…
戻ってやり直したい。
一番初めの1ヶ月、新人は合同で基礎訓練を行います。
なので、その時はリリアンも含め3人で行動する事が多く…まぁ、それが間違いだったとも言えますが。
リリアンは乗馬と弓の才能が開花して弓騎兵へ、キースは剣術と体術で王都の治安維持部隊のハマス隊長の隊へと配属が決まりました。
私といえば、まぁ体力があり運動神経も悪くなかった為に剣術や体術もそこそこ出来るようになっていました。
それよりも褒めて頂けたのが、書類作成等の事務仕事の的確さです。
細かい作業は嫌いではないので良いのですが、そこで問題になったのが配属先なんですよね…
治安維持部隊では元々少ない女性騎士が王族や貴人の視察警護に回されて万年人手不足、王都の事件で被害者が女性の場合は他部署から毎回助っ人に入って貰っていたそうです。
なので、体力があり剣術と体術の伸び代がある私を事務方に回すのは惜しいと。
それでも、数として脳筋が多い騎士団で事務方を専門にやれる人材は元々貴重だから、治安維持部隊に取られたくはないという事らしいのです。
人事って難しい。
そんな時にリリアンと離されたキースが『リリが足りない』と泣き喚き、訓練すらままならなくなりました。
幼馴染みだったので、こんなに離れている時間が長いのが初めてだったとか…
いや、子どもか。
この辺りでキースの指導担当だった白金の髪と水色の瞳、全体的に幸薄そうと評判のクリストファー・バートン、クリス先輩が心労が原因で倒れるという悲劇が起きます。
リリアンもキースを宥める為に自分の訓練を抜け出さねばならず周りに余計な気を使う、そんなリリアンを見て申し訳なさで余計にキースが泣き喚くという悪循環です。
そりゃ、クリス先輩が倒れる訳だわ。
それでもキースが除隊処分にならなかったのは、一重に彼の剣術と体術の練度が騎士団トップクラスだったからなんですよね。
何故か倒れたクリス先輩から、ジョージアナに後を頼みたい…と遺言のような言葉を残された私が、治安維持部隊のハマス隊長と面談する事になったのです。
キースは泣いて使い物になりませんし、宥める為にリリアンも来れませんし、クリス先輩は倒れてますから仕方ないのかもしれませんが…
本音を言えば、意味が分からないですけどね!
私、まだ配属先決まっていないはずなんですが。
どうして皆、ジョージアナはキースの飼育係だもんな…みたいな扱いをするんですかね?
同期だよ?
何なら私の方が2歳は年下だったはずよ?
誰か、この状況がおかしい事に気付いて下さい!!!
私が混乱していると、面談の為の部屋へとハマス隊長が入って来られました。
急いで椅子から立ち上がろうとすると、手で制するよう合図を出されてしまいました。
私は正面にハマス隊長が座られるまで、ジッと待つだけとなりました。
「ジョージアナ、君が同期と言うだけで巻き込んですまないな。同じ新人なのに苦労を掛けた。こちらの手落ちだ。だが、君がこうして協力してくれて大変助かっているのも事実なんだ。有難う」
「い、いえ!私のような新人に頭を下げないで下さい!ハマス隊長!そういって頂けるだけで有難いですから…」
席に着くなりハマス隊長は、私に向かって頭を下げて下さいました。
まさか謝罪されるとは思わず、驚きで目を見開いてしまいます。
ですが、最後に有難うと言って貰えて少しだけ泣きたくなりました。
誰もがバタバタしていて言ってくれなかったお礼を言葉を、まさかハマス隊長から頂けるとは謝罪よりも思ってもいなかったのですから。
ハマス隊長は周りを良く見てくれている方なのだと、素敵だなと思いました。
「で、これからの事なんだが…申し訳ないが、何か良い案はないだろうか?出来れば、キースはこのまま治安維持部隊に残したいんだ」
「そうです…よね。もし、もしなんですが、キースとリリアンが一緒に暮らせたりしませんか?騎士は、自分の家や借家から通う方もいらっしゃいますよね?まだ新人なので借家は金銭的に難しいと思うのです。なので、ご夫婦だと騎士団所有の借家が借りれると聞いたのですが、どうにかなりませんでしょうか?特例を作ると周りの反発もあるでしょうし、本人達の居心地が悪くなる可能性はありますが…」
キースがあんな風になったのは、リリアンと一緒に居る時間が減ったからだと思うんですよね。
本人も言ってますから。
大の大人が甘っちょろい事ぬかしてんなよとも思いますが…
私の意見を聴いたハマス隊長は、考えを纏めるように俯きます。
キラキラした鬣のように長い金色の髪と、下を向き青さが増した瞳が恰好良いです。
お顔の造りも、とても精悍で素敵ですし。
騎士服の上からでも分かるガッシリとしつつ伸びやかであろう筋肉を備えた姿は、包容力に満ち溢れています。
実力も騎士団一と名高いですしね!
これぞ、理想の上司!
「そうだな…まずは、どうにかして本人達の意見を詳しく聞き出そう。その場で今の案も伝えてみる事にする。何、上や周りは私から伝える。君が気に病む必要はない。私だけでは出なかった意見だ。感謝する」
「い、いえ!!!宜しくお願い致します」
またしてもお礼を言われてしまいました。
ああ…私はこの人の下で働きたい、この人の役に立ちたいと強く思います。
心臓がドキドキと煩くて、頭を下げたまま服の上から胸の辺りを握り締めてしまいました。
きっと、今私の顔は感動で真っ赤になっているのではないでしょうか。
騎士になって良かったと心の底から思えたのは、この時が初めてかもしれません。
その後、キースとリリアンは一緒に住める事になりました。
プロポーズはもう少し待っててね!と泣きながらリリアンと引越し作業をしていましたが。
そういう事は、私が居ない所でやって欲しい…
反発があるやもと心配もしましたが、周りからはキースだからなぁ…と謎の納得をされています。
まぁ、確かにキースだしな。
ただ、その前にハマス隊長とどんな話し合いをしたのかだけは、真っ青になったキースに絶対言わない!と言われてしまいました。
解せぬ。
そして、私の配属先は治安維持部隊のハマス隊長の隊と事務方の兼任で落ち着き、冒頭の会話に戻るのです。
治安維持部隊での主な仕事がキースの調教係とか、嬉しくないし楽しくないけど。
私は、ハマス隊長のお役に立ちたいのよ!