6 人生初死合
「ガァアアアアアアアアア!」
オーガが突撃しながら、片手に持った棍棒を振るう。
技巧も駆け引きも何もない、癇癪を起こした子供のような稚拙な攻撃。
しかし、その馬鹿げた身体能力によって振るわれた一撃は、達人の振るう剣よりも尚速い。
長年に渡って鍛練を積み重ねてきた私すらも遥かに凌駕している。
そのあまりの速度に驚きながらも、私はその一撃を冷静に捌いて反撃の技を繰り出した。
━━死条一刀流 漆ノ型 風前柳返死
本来であれば、振るわれた相手の剣に自分の刀を添えて受け流しつつ斜め前へと踏み込み、すれ違い様に相手の急所を斬りつける返し技。
だが、このオーガ相手に、受け流そうと棍棒に刀を添えようものなら、その瞬間にへし折られるであろう。
それだけの膂力の差がある。
故に、今回は避けた。
いくら速かろうとも、そんな雑で狙いが丸わかりの攻撃を避ける事など造作もない。
そして、それ以外は本来の技と同じく斜め前へと踏み込み、すれ違い様に首筋を薙いだ。
しかし、
「成る程、硬いな」
オーガの体は、想像を絶する程に頑丈であった。
その強度に阻まれ、私の斬撃は僅かにオーガの表皮とその下の肉を斬るだけに終わる。
骨はおろか、動脈にすら届かぬとは。
まるで鋼鉄の如し。
装甲車でも相手にしている気分だ。
「ウソォ!? なんでLv1のステータスと初期装備のナマクラでオーガに傷が付くんですか!?」
何やらナナが叫んでいるが、気にしている暇はない。
私は、動きながらオーガの攻略法を考える。
鋼鉄の強度とはいえ、曲がりなりにも傷を付ける事はできた。
それに、相手はいくら硬いと言えども生物だ。
生物である以上、脆い急所というものが存在する筈。
そういう意味では、オーガは実にわかりやすい。
圧倒的な巨体に、馬鹿げた膂力、速度、耐久力を兼ね備えたオーガだが、見たところ、身体の構造自体は人間と大差がない。
動きを見ても、筋肉の動き、関節の可動域、そういった要素は人間と同じだ。
ならば、弱点もまた人間と同じである可能性が高い。
異世界だから違うという可能性もあるが、とりあえず狙ってみる価値はあるだろう。
「ガァアアアアアアアアアアア!」
攻撃が当たらない事に苛立ったのか、オーガが両手で棍棒を握り、何も考えていないような大振りを繰り出そうとする。
それを先程と同じく、斜め前へと踏み込みながらかわし、同じ技で反撃する。
━━死条一刀流 漆ノ型 風前柳返死
まず狙うは、左足の膝関節。
すれ違い様に斬り裂き、破壊する。
鮮血が舞った。
いくら脆い関節部とはいえ、骨を破壊できるかどうかはわからなかったが、どうやら上手くいったようだ。
「グガァアアアア!?」
オーガが、明らかに今までとは違う叫びを上げた。
その様は、動かない左足に困惑しているように見える。
これは、いけるか?
オーガは残った右足を支えに立ち、ふらついた体勢のまま、背後へと駆け抜けた私に向け、棍棒を横薙ぎに振るう。
私は地に伏せるようにしてそれを避け、同時にこの体勢から繰り出せる技を、オーガの足下へと向けて放った。
━━死条一刀流 伍ノ型 床伏無情斬り
足首から下を斬り落とし、生涯自分の足で立てず、床に伏せる生活を余儀なくさせる技。
なのだが、やはりオーガの鋼鉄の如き強度を相手にしては、足の切断は叶わぬ。
代わりに狙ったのは、右足首の筋。
アキレス腱と呼ばれる部分。
そこをピンポイントで切断した。
アキレス腱を斬ろうとも、足の動きを完全に殺す事はできない。
だが、その動きを大幅に削ぐ事はできる。
左足の膝を破壊し、右足にも相応のダメージを与えた。
ここまですれば、普通の人間ならばまず、まともに戦う事は叶わぬ。
私はオーガにトドメを刺すべく、背後からその首筋へと、正確には頸骨の間へと刃を走らせようと
「ガァアアアアアアアアアアアア!」
した瞬間、私は繰り出そうとした技を無理矢理途中で止め、大きく横へと跳躍した。
直後、私のいた位置を超高速で棍棒が通り抜ける。
見れば、オーガはしっかりと両の足で大地を踏み締め、しっかりとした体勢で棍棒を振り抜いていた。
これは……
「リュウマさん、気をつけてください! 魔物は凄い生命力を持ってるので、高位の魔物とかは多少の傷くらい数秒で回復してきますから!」
「そうか。先に言ってほしかったものだ」
ナナの説明に納得した。
やはり、一筋縄ではいかぬか。
だが、これで振り出しという訳でもない。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
オーガが、またしても正面から突撃してくる。
何度か刻まれたせいか、機嫌がすこぶる悪いようだ。
その動きが、ますます荒々しくなっている。
だがな、
「お前の動きには、もう慣れた」
初めこそ驚いたが、慣れればなんという事はない。
オーガの攻撃は確かに速いし力強い。
それは認める。
しかし、それだけでしかない。
お前の動きは単調で、稚拙で、雑だ。
そして、肝心のスピードやパワーにしても、銃弾や女神の鎖には遠く及ばない。
いくら身体能力で圧倒しようと。
如何に鋼鉄の如き肉体で私の攻撃を弾こうと。
お前は、それ程の強敵という訳ではないのだ。
「終わりにさせてもらおう」
オーガが棍棒を振りかぶる。
最早、見飽きる程に見た動き。
その間合いも、威力も、それがもたらす結果も、手に取るようにわかる。
私は棍棒の振り下ろされる寸前、軌道を修正できないタイミングにおいて、棍棒の間合いのギリギリ外側へと下がった。
私の鼻先を通過した棍棒が地面にめり込み、小さなクレーターを作る。
げに恐ろしきパワー。
だが、当たらなければどうという事はない。
そして私は、攻撃動作を終えてオーガの一瞬動きが止まった瞬間、前へと踏み込んだ。
持ち主と同様、動きの止まった棍棒を足場にして更に前へと跳躍する。
その推進力を力に変えて、私はオーガの眼球へと刃を突き出した。
━━死条一刀流・弐ノ型・無明突き
正確な刺突によって相手の眼球を破壊し、更にその奥の脳までもを破壊する事で確実に絶命させる、死条一刀流基本の技の一つ。
女神には避けられてしまったが、オーガは避ける事ができなかった。
絶妙なタイミングで突き出された刀は、オーガの眼球を破裂させ、その頭蓋の奥へ深々と沈み込む。
私の手には、確実に脳を破壊した手応えが伝わってきた。
これでまだ生きていたのならば、素直にオーガの評価を改め、強敵と認めるのだが。
そんな事もなく、オーガはその巨体をゆっくりと傾かせていく。
完全に倒れきる前に、私はオーガの頭蓋から刀を引き抜き、その体から離れた。
刀を抜いた場所から、噴水のように血が噴き出す。
そして、血の雨を降らせながら、オーガの巨体は轟音を立てて、完全に地面へと沈み込んだ。
その体はピクリとも動かない。
死んだのだ。
私が殺したのだ。
「ウソ……ホントに倒しちゃった。しかも、勇者の力も使わずに、自分の力だけで……」
ナナの声がするような気がするが、今の私の耳には入らぬ。
そんな事を気にする余裕がない程に、心の奥底から込み上げてくる強い感情があった。
「く、くくく……」
思わず笑い声が漏れてしまう。
殺した。
遂に、私はやった。
私は今、本気で、殺すつもりで技を振るい、命を奪った。
「ハハハ」
ああ、高揚する。
やっと。
やっと、やっと、やっと。
私は、やっと本物の死条一刀流を振るう事ができたのだ。
「ハハ、ハハハハ、フハハハハハ!」
これが!
これこそが本物の死条一刀流!
ご先祖様が人を殺す為に作られた剣術の本質!
殺したのは人ではなく、人ならざる化け物だったが、そんな事は些細な問題に過ぎぬ!
私は今、死条一刀流という殺人剣を手加減抜きに振るい、敵を殺したのだ。
嬉しい。
喜ばしい。
素晴らしい。
これこそ、私が望んだ戦いだ!
「フハハハハハ! ハーッハッハッハッハッハッハ!」
心が歓喜に包まれる。
笑いが止まらぬ。
だが、まだだ。
まだ足りん。
まだ私は全力を出しきってはいない。
次はもっと強い敵と戦ってみたい。
全てを出し尽くし、死力を尽くせるような強者と戦ってみたい。
その望みも、この世界でならば決して叶わぬ夢ではないのだ。
もう己の願望を必死に圧し殺す必要はない。
その事が本当に嬉しくて堪らぬ。
嬉しくて、嬉しくて、感情が押さえきれぬではないか。
「ハハハハハハハハハハハハ!」
本当に、本当に、女神には心の底からの感謝を捧げよう。
私を見出だし、この素晴らしき世界に導いてくれた恩は決して忘れぬ。
必ずや魔王を殺し、この恩に報いてみせようぞ。
それからしばらく、歓喜と狂喜に包まれた私の笑い声だけが、辺りに響き渡った。