4 異世界と案内人
光が収まった後、目を開けてみれば、そこにはどこまでも続くような草原が広がっていた。
そこに、大型の草食獣と思われる獣達がたむろし、何かの草を一心不乱に食べ続けている。
地球では、画面越しにすら見た事がないような獣だ。
あえて例えるならば、牛とゾウを足して二で割ったような感じだろうか?
「なるほど、これが異世界とやらか」
確かに、地球とはまるで違う世界のようだ。
女神曰く、剣と魔法と魔物と争いの世界だという。
剣はともかく、魔法や魔物とやらは、完全に私の理解の外にある。
そもそも理自体が違うのだ。
おそらく、私の常識など、この世界では通用しないだろう。
そんな世界へと、私は着の身着のままで飛び込んだのだ。
持っているのは、女神に餞別として授かった一振りの刀と、この世界の通貨が僅かばかり。
そして、死条一刀流に代々伝わる漆黒の道着。
持っている物品はこれだけ。
あとは、よくわからぬチートとやらと、鍛え上げた技があるのみ。
そして、これから私は右も左もわからぬこの世界において、命懸けの闘争に身を捧げるのだ。
目に映るもの全てが初見など、武人にとっては冷や汗もの。
ここから先、油断など一切できぬ。
常在戦場の心構えでいるべきであろう。
「あのー、すみませーん」
「何奴!?」
その時、私の背後から声が聞こえた。
幼い少女の声だ。
だが、この私に気配を悟らせず背後を取るなど、相当の手練れに違いない。
……それにしても、この短時間で二度も背後を取られるとは情けない。
これでは、誉れ高き死条一刀流を継ぐ者として、ご先祖様に申し訳が立たぬ。
だが、我が身の至らなさを恥じるのは後でもできる。
今は、私の背後に潜む謎の強敵に対処しなくては。
私は一瞬で腰から刀を抜刀し、回転しながら抜刀術のような形で背後の敵に向かって斬りつけた。
━━死条一刀流 壱ノ型 首斬りの太刀
「危なっ!?」
「ぬっ!?」
襲撃者の姿を見て、私は驚愕の声を上げた。
私の攻撃を避けられた。
だが、それは大した問題ではない。
女神の時にも思ったが、気づかれずに私の背後を取るような手練れを相手に、一撃で殺せるとは思っていない。
私が驚いたのは、襲撃者の風体だ。
見た目は齢12~13程の少女。
だが、その背中からは蝶を思わせる羽が生え、体全体がうっすらと光っている上に、羽ばたきもせず宙に浮いている。
この時点でただの人間ではない事は確定だが、最も注目すべきは、その大きさだ。
恐らく、身長は30センチもないであろう。
小さすぎる。
どう考えても、まともな人間とは思えなかった。
「小人か? 面妖な」
しかし、これで私の背後を取れた理由はわかった。
これだけ小さければ、人の気配として捉える事ができない。
小鳥か何かの気配と勘違いしてしまうだろう。
だが、見た目で侮る訳にはいかぬ。
女神とて、見た目は華奢な乙女であったが、その実、私の攻撃を避けきり、謎の鎖で私を翻弄する強者であったのだ。
この小人がそうでないとは限らぬ。
すぐに次の攻撃を……
「小人じゃないです! 妖精です! というか、とりあえず待ってください! お願いですから、わたしの話を聞いてください!」
「む?」
小人、改め妖精とやらは、まるで先程の女神のように必死な顔で停戦を要求し出した。
妖精からは女神と同じく、殺気も闘志も感じない。
ふむ。
これは、またしても私の勘違いであろうか?
とりあえず私は、警戒はそのままに、対話の意思を示すべく、刀を降ろした。
「ホッ、わかってくれましたか。いくら無敵結界があるとはいえ、怖かったぁ……」
妖精は独り言のようにそう呟くと、ヘナヘナと落下していき、地面にへたりこんでしまった。
まるで腰が抜けたかのような反応だな。
そう思っていると、妖精がジト目で私を睨み出した。
「というか、声をかけたら、いきなり斬りかかってくるなんて非常識ですよ!」
「音もなく背後に忍び寄っておいてよく言う。攻撃されたくなくば、私の後ろに立つな」
「どこの凄腕スナイパーですか、あなたは」
凄腕スナイパー?
何かの比喩だろうか?
疑問に思っていると、妖精は気を取り直したようにコホンと咳払いして、再び宙に浮き始めた。
そして、優雅に一礼する。
「では、改めまして、自己紹介から始めさせてもらいますね。
わたしは女神様の部下であり、天界に住まう妖精族のナナと申します。
女神様のご命令により、あなたのこの世界での活動をサポートする為に派遣されました。
以後、よろしくお願いします」
「む? ああ、女神の遣いだったのか」
そう言えば、餞別を貰う時に女神が「……あなたは色々と不安なので、サポーターを付けましょう」と言っていたような気がする。
この妖精がそうだった訳か。
「これは失礼した。先程の非礼を詫びよう。私は死条院龍馬。女神の導きによってこの世界へとやって来た勇者の一人だ。こちらこそ、よろしく頼む」
「あ、はい。よろしくお願いします、リュウマさん……あなた、そんなまともな対応もできるんですね」
「私を何だと思っていたのだ?」
「狂人……いえ、なんでもないです」
何やら失礼な事を言われかけた気がするが、先程の失礼と相殺という事で不問にしておこう。
私は、至極まともで礼節のある武人だ。
「それで、お前は私のサポートをすると言ったな。具体的には何をしてくれるのだ?」
「えっと、わからない事の説明とか、色んな事の助言とかしますよ。
例えば、今はこの草原を東に行った所にある『ルドル』っていう街に行くのがおすすめです、とか」
「ほう」
それは素直にありがたい。
右も左もわからぬ世界で案内人に出会ったような気分だ。
ここは素直に頼らせてもらうとしよう。
「では、とりあえず気合いを籠めて『ステータス!』と叫んでください。
街に着く前に戦闘にでもなったら大変ですしね。
ここら辺にそこまで強い魔物はいない筈ですが、念の為に最低限の準備はしておきましょう」
だが、そう思った瞬間、妖精改め案内人のナナは珍妙な事を言い始めた。
これは、いきなり頼る相手を間違えたかもしれん。
「ステータスとはなんだ?」