30 次の戦いへ
「私を弟子にしてください!」
あの戦いの直後、サクヤは何も考えずに私に向かってそう叫んだ。
言葉こそシンプルなものだったが、突進しながらの土下座を披露しながら言われた時は何事かと思ったものだ。
隣でナナが「ジャンピング土下座……!?」と呟いていたのが印象的だった。
しかし、サクヤを弟子にするには当初の問題が残っている。
私はそれの話し合いをする為に、何故かその場で機械の如く小刻みに震えていた斎藤に目を向けたのだが。
「ごめんなさい! 許してください! もう二度と調子になんて乗りません! サクヤも解放します! だからどうか命だけは!」
私と目が合った瞬間、斎藤は唐突にサクヤ以上に洗練された土下座を披露し、早口でそんな事を口走った。
それによって全ての問題が一気に解決してしまったのだ。
色々と根回しをしていた身としては肩透かしもいいところであり、少々釈然としない思いがある。
いったい、何が斎藤をここまで殊勝な性格に変えたのだろうか。
「いや、あんな化け物対決見せられたら逆らう気なんて起きないですよ。
なんで不思議そうな顔してるんですか」
とナナは言っていたが、その程度で性格が変わるほど震え上がるような男がいるものかと私は思う。
斎藤に関しては最後まで釈然としなかった。
その後、意識を取り戻したエドワルド殿に感謝され、黒刀を持って駆けつけてくれたガルドン殿に感謝し、街の復興を手伝おうとした。
しかし、エドワルド殿は、
「そこまでお前さんに頼る訳にはいかねぇ。この街の事は俺がなんとかするさ。
それに、お前さんにはもっとその力を振るうのに相応しい場所がある。
そっちに行く準備を優先してくれ」
と言われてしまい、そこまで言い切る男の言葉を無下にする訳にもいかず、最前線に旅立つ準備を優先する事となった。
まずは、魔族の角で黒刀を打ち直してくれるというガルドン殿に刀を渡し、
次にあの大災害から死ぬ気で店を守り抜いたというヴィオラ殿の元へ赴き、ボロボロになってしまった道着の代わりを作ってもらえるよう依頼した。
予備はまだ何着かあるが、最前線ではスカルのような強敵が多く現れるのであろうし、また破損する事が想定される。
ならば、予備はいくらあっても足りぬ。
それに、ヴィオラ殿の店を訪れた本命の目的は私の道胴の予備を作ってもらう事ではない。
めでたく死条一刀流の門下へと加わったサクヤの道着を作る事だ。
だが、ここで想定外の事態が発生した。
出来上がった道着をサクヤに着せたところ、袴を踏んで転ぶ事が多発したのだ。
どうやら、今までずっと動きやすい装備を身につけていたサクヤにとって、袴は相当に動きづらかったらしい。
「申し訳ない……」
「いや、サクヤさんは悪くないですよ。ファンタジー世界の人に袴を強要するリュウマさんが悪いんです」
と、ナナに責められてしまった。
確かに、このままでは戦闘はおろか日常生活すら覚束ないだろう。
やむなく、ナナとヴィオラ殿の助言に従い、サクヤの道着はデザインを変える事にした。
私個人としては「慣れろ」と一喝したいところだが、これから魔王との戦いの最前線に連れて行こうという時に、呑気に袴の着方を教えている場合ではない。
そんな事をしている間に屍の山が積み上がってしまう。
私は断腸の思いでデザイン変更を受け入れた。
それに張り切ったのはヴィオラ殿だ。
「ウフフ! 飛びっ切り可愛くしてあげるわよん!」
と言って興奮していた。
あまり奇抜な事はしてほしくないのだが。
そんな私の心配をよそにヴィオラ殿の作業は進み、完成した物は、
「ほう」
「おお、普通に可愛いですね。なんか、くノ一っぽいです」
「あ、あまり見詰めないでくれ……」
サクヤが着る事になったのは、袴の部分をバッサリとカットし、膝上丈のスカートのようになった黒の道着だった。
もはや道着とは呼べんが、一応雰囲気は残っているので、妥協できない事もない。
ナナには普通に好評であり、客のニーズにきちんと応えるヴィオラ殿の職人魂を感じた。
そうしている内に刀の打ち直しが完了したらしく、ガルドン殿が私を尋ねて来た。
そして、二振りの刀を差し出してくる。
「待たせたな。こいつが打ち直した黒鬼丸だ。前より随分強くなってっから存分に使え」
「感謝する。だが、こちらの刀は……」
「こいつはそっちの嬢ちゃん用だ。あの鳥魔族の鉤爪から作った。受け取れ」
「え!?」
そう言って、ガルドン殿はサクヤに刀を押し付ける。
サクヤは酷く恐縮していた。
「な、何故私などに……」
「気にするな。この小僧への餞別代わりだ。
こいつじゃこの刀をもて余すと思ったんでな。だったら、弟子にくれてやった方が小僧も喜ぶだろうよ」
なんと。
見事な見立てだ。
確かに、鑑定してみたところ、この刀『風神丸』にはスカルの風の力が宿っている。
死条一刀流が骨の随にまで染み込んでいる私では使いこなせまい。
余剰分は既にアーツで一杯一杯なのだから。
その点、これから死条一刀流を学ぶサクヤであれば、上手く組み合わせて強力な力とする事ができるかもしれん。
「頂いておけ。その分の恩は魔王を斬る事で返せばよい」
「……わかった。ありがたく頂戴します」
「おう。大事にしろよ」
「はい!」
そうして、サクヤは新たな刀を手に入れた。
これにて準備は完了だ。
いざ、最前線へ。
私は案内人のナナと一番弟子となったサクヤを引き連れ、ルドルの街を出た。
「師匠。これからよろしくお願いする」
「うむ。修行は厳しい。覚悟しておけ」
「はい!」
「ああ、サクヤさんが非常識に染まらないといいなぁ……」
そうして、私達は歩んで行く。
ナナは私に魔王を倒させる為に。
サクヤは故郷の仇を討つ為に。
私はまだ見ぬ強敵を求めて。
私達の旅は、まだ始まったばかりだ。
第一章 完!
ご愛読ありがとうございました!
虎馬チキン先生の次回作にご期待ください!




