3 チート能力を授けましょう。だが、断る
「それでは、あなたに授ける力を選びましょうか」
「断る」
「ええ!?」
「? 何を驚いている?」
私に授ける力、確かチートなる力だったか。
女神曰く、さっきの鎖のように超人的な異能の事らしい。
それがなければ、勇者が魔王に対抗する事は叶わぬと言われたが、私には鍛え上げた、この死条一刀流がある。
故に、人間の理から外れたような力など不要。
得体の知れない力にすがる程、落ちぶれてはおらぬ。
「そ、そんな事言わずに! 見るだけ! 見てみるだけでもいいですから!」
そう言って、女神は何故か焦った様子で、どこからともなく取り出した紙束を私に押し付けてきた。
何故、そんなに必死なのだろうか?
正直、「くどい!」と一喝してしまいたかったが、女神は一応、平和な世の中で燻っていた私を見出だし、闘争の世界へと導いてくれるという恩人、否、恩神。
その恩神がここまで必死にグイグイと押し付けてくるのだ。
これを無為に切り捨てるのは不義理というものか。
私はしぶしぶ、本当にしぶしぶ紙束を受け取った。
どうやら、ここに書かれているのがチートとやららしい。
だが、
「『魔剣創造』『聖闘気』『無敵結界』『超速成長』『大魔導』『魔物調教』……理解できない単語だらけだな。説明文も意味がわからぬ」
「え、えぇ……」
渡された紙束には、一枚一枚に何かの能力らしき名前と詳細な説明文が書いてあったが、殆ど理解できぬ。
やれ、攻撃のステータスがどうの、魔力のステータスがどうの。
そもそも、ステータスとはなんだ?
やはり、こんな得体の知れない力はいらぬと思うが。
「じゃ、じゃあ私が決めますので! 何か、こんな感じの能力が欲しいとかありませんか?
何でもとはいきませんけど、大抵の事ならできるようになりますよ?」
「そう言われてもな……」
私は現状の自分に満足しているし、力が足りなければ、また鍛えて手にするつもりだ。
それに、何の努力もなしに望めば力が手に入るという事自体、我ら武術家の努力を踏みにじっているようで気に食わぬ。
やはり、はね除けるべきであろう。
武術家としての誇りにかけて。
「やはり断……」
「(うるうる)」
「ぐっ……そんな目で見るな」
女神は泣きそうな目で私を見てみた。
まるで自殺志願者でも見るかのような目だ。
恩神にそんな顔をさせるのは、さすがに心苦しい。
誇りと恩義、どちらを優先するべきか。
そんなものは決まっている。
「……死にづらくなるような能力を頼む」
私はしぶしぶ望む力を口にした。
誇りは大事だ。
だが、恩義に報いる事はもっと大事だ。
それをせぬなど、人として恥ずべき行為。
誉れ高き死条一刀流を継ぐ者として、そんな不義理な行いはできん。
「わかってくれたのですね! 嬉しいです!」
私がチートを望んだ瞬間、女神はパッと花が咲くような笑顔を浮かべた。
やれやれだな。
「では、あなたに授けるチートですが『超回復』なんて如何がでしょうか?
正直、チートの中ではかなり地味なタイプの能力ですが、あるのとないのとでは大きく違いますよ」
「ほう」
そう言って、女神は私から引ったくった紙束の中から一枚を選び出し、再度私の方に差し出してきた。
そこに書かれた能力の名が『超回復』。
説明文は案の定意味がわからなかったが、わかる部分を繋ぎ合わせて考えるに、要は怪我が治りやすくなる能力、という認識でいいのだろうか?
女神に確認すれば、「その通りです!」という解答が返ってきた。
ふむ。
まあ、その程度ならばいいか。
戦いに直接的な影響を与える力でもないようだしな。
優秀な専属医師を付けてもらったと考えれば、納得できない事もない。
それに、私には闘争に明け暮れる事以上に大切な使命がある。
それは、異世界の地において弟子を取り、死条一刀流を継承させていく事。
その時に、私が戦闘の後遺症で床に伏したような状態となっていれば、まともに指導する事も叶わないだろう。
その危険を少しでも廃する事ができると考えれば、まあ、悪くはないか。
「では、授ける力も決まった事ですし、早速あなたを異世界の地へと送ります。覚悟はよろしいですか?」
「ああ」
そんなものは、とうに出来ている。
「よろしい。では、異世界への門を開きます」
そうして、女神は空中に手を翳し、先程私をこの場へと連れて来た物とよく似た魔法陣を作り出した。
その魔法陣が目映く光輝く。
「さあ、行きなさい勇者よ! この光の向こうへ!」
「ふむ、つまり、あの魔法陣をトンネルのように潜ればいいのだな?」
「……はい、そうですよ。でも正直、ここは空気を読んで颯爽と旅立ってほしかったです」
む、それはすまぬ事をした。
ならば、今からでも空気とやらを読むか。
「では、行ってくる。必ずやあなたの期待に答え、魔王を討ってご覧に入れよう」
そう告げて、私は光の中へと足を踏み出した。
いざ、異世界の地へ。
めくるめく戦いの日々へ。
「あ、はい。行ってらっしゃい」
最後に、そんな女神の声を聞いた。
それと同時に、私の視界は再び光に包まれ、私の姿はその場からかき消えた。