20 大蜘蛛を狩る
大蜘蛛をこの目に捉えた瞬間、私は駆け出した。
探索困難な下層を探さなければ見つけられぬと思っていた獲物が、理由はわからんが、ノコノコとこんな所に現れたのだ。
逃す手はない。
それに、早く動かなければ、大蜘蛛の正面に立たされた狼少女と斎藤が死にかねん。
情けは人の為ならず。
助けられる命を、わざわざ見捨てようとは思わぬ。
だが、二人の所までは少々距離がある。
間に合うかどうかは、二人の粘り次第だ。
そうして私が動いた時、狼少女と斎藤もまた動いていた。
「う、嘘だろ!? なんでこんな化け物が中層に!? 冗談じゃねぇぞ! 《炎の矢》!」
錯乱しかけながらも、斎藤は大蜘蛛に向けて炎の矢を放った。
しかし、大蜘蛛はその巨体からは考えられぬ速度で動き、あっさりとその矢を回避する。
だが、斎藤が迷わず戦闘に踏み切ったのは意外だった。
なんだ、案外根性があるではないかと感心していたのだが。
「チッ! やっぱダメか! 今のLvじゃ勝てねぇ! 逃げるぞ! サクヤは俺が逃げ切るまで足止めしてから逃げろ! 信じてるぜ! 生きてまた会おう!」
「っ!? ふざけ……」
憤怒の籠った声を発しようとした狼少女だが、その直後に大蜘蛛の口から凄まじい勢いで発射された毒液を避ける事に必死となり、その言葉が口から出る事はなかった。
そして、その間に斎藤は気配を隠しながら逃走する。
やはり弱者か。
そしてクズだ。
少女を犠牲に自分だけ生き残ろうとするとは、勇者どころか戦士の風上にも置けぬ。
そして、大蜘蛛はまず立ち向かう者を相手にすると決めたのか、刀を構える狼少女に向けて凄まじい勢いで突進し、爪の付いた前肢を振り下ろした。
「《裂断》! っ!?」
狼少女はアーツで爪を迎え撃ったが、大蜘蛛の攻撃は予想以上に強烈だったらしく、ぶつかった刀が一瞬で砕け、そのまま大蜘蛛の爪が狼少女の体を引き裂き、その威力で彼女の体を吹き飛ばした。
「ぐぅ!?」
狼少女が呻き声を上げる。
声を上げられるという事は、死んではいないという事。
ならば、まだ間に合う。
「こんな所で……! こんな所で死ねない……! 死ねないのに……!」
瀕死となった狼少女に、大蜘蛛の無情な追撃が迫る。
大蜘蛛は再び前肢を振りかぶり、その爪で瀕死の少女にトドメを刺そうとする。
だが、間に合った。
━━死条一刀流 参ノ型 正中頭蓋割り
本来であれば敵を脳天から真っ二つにする為に振るう技。
だが、この大蜘蛛に対しては、体格差と身体の構造上の問題により、この位置からでは頭を狙えない。
故に、今回狙ったのは、今まさに狼少女に振り下ろさんとしていた前肢だ。
私の存在に気付いた大蜘蛛が迎撃態勢に入る前に、関節の節を狙って斬り裂いた。
切断された大蜘蛛の前肢が、思いの外軽い音を立てて地面に沈んだ。
「━━━━━━━━!」
それに激怒したのか、大蜘蛛が威嚇音と思われる音を発しながら、残ったもう一本の前肢を私に向けて振るう。
速い。
恐らく、単純な速度であればオーガの攻撃よりも。
だが、あの時とは違い、目で追える。
私が超人となったからであろう。
そして、虫の動きが読みづらくとも、目で追える攻撃を食らう私ではない。
━━死条一刀流 陸ノ型 術奪い・心殺
迂闊に伸ばしてきた前肢を避け、そのまま下段からの斬り上げによって、もう一本の前肢と同じく斬り飛ばした。
切断された二本の前肢から青に近い色の血が吹き出す。
そこまでやられて大蜘蛛は恐怖を覚えたのか、残った六本の肢に力を籠め、私から距離を取ろうとする。
逃がさん。
速度のステータスは大蜘蛛の方が上だが、前肢二本を失った状態ならば、追いかける事は充分に可能。
━━死条一刀流 玖ノ型……
そうして私は追撃をかけようとした瞬間、大蜘蛛が口から大量の液体を吐いた。
毒液。
それが大蜘蛛の口から噴水の如く溢れ出す。
これを真正面から迎撃する手段は、ある。
アーツを使えばいい。
だが、それはまだ覚えて間もない技。
骨の髄まで叩き込んだ死条一刀流の技と違い、息をするように発動させる事はできない。
それに、アーツによる迎撃を選べば、飛び散った毒液が近くで倒れる狼少女を襲うだろう。
私は迷わず回避を選択した。
離れていく大蜘蛛を見逃し、倒れた狼少女を抱えて、その場から飛び退く。
戦いで最もしてはならない事は、迷って半端な動きをする事。
迷いは致命の隙を生む。
故に、私は迷わない。
例え選択の結果がどうなろうとも、迷わず、躊躇わない。
武術家の基本だ。
「リュウマさん!」
「ナナ、この少女を頼む」
追い付いて来たナナに狼少女を託し、私は大蜘蛛に向かって駆け、奴との距離を詰める。
私の攻撃手段は、覚えたてのアーツを除けば、全てが近接攻撃。
対して、大蜘蛛は毒液射出という遠距離攻撃手段を持っている。
加えて、今の大蜘蛛は前肢二本を欠損し、近接戦闘能力が大幅に低下した状態。
距離を詰めぬ理由がない。
大蜘蛛が再び毒液を吐く。
先程から使っているような大量の毒液射出ではなく、少量の毒液を球状に纏め、まるで砲弾のように高速で飛ばしてきた。
そういう攻撃ができる事も知っている。
癪だが『鑑定:Lv極』の名は伊達ではないらしく、それがスキルによる効果であれば、大抵の事は事前に読み取れてしまうのだ。
エドワルド殿のように多くのスキルを持っていれば、全てのスキルと攻撃手段への対抗策を講じるのに、相応の時間がかかるだろう。
だが、今の相手はスキルをたったの三つしか持っていない虫。
確かに、虫は動きが読みづらく、戦いづらい。
だが、現状私が最も読めない手段であるスキルで不意を突けない以上、言う程不利な相手でもないのだ。
大蜘蛛が放ってきた毒液の連弾を避け、前に進み続ける。
本来の速度でならば、私よりも大蜘蛛の方が遥かに上。
後ろに下がりながら毒液射出を連打されれば、追い詰める事は困難を極めた筈だ。
しかし、初撃で前肢二本を奪えたのが大きい。
加えて、前に走るのと後ろに走るのとでは、速度が違って当たり前。
前に進む方が、後ろに下がるよりも遥かに速い。
虫にもそれが当てはまるのかはわからなかったが、大蜘蛛との距離が順調に縮んでいるのを見るに、当てはまるのだろう。
このままでは追い付かれると本能的に判断したのか、大蜘蛛が足を止め、上体を起こして後ろ肢二本で直立する。
そして、尻を私へと向けた。
糸を吐き出す予備動作だ。
鑑定以前に、上層にいた小蜘蛛が同じ事をしてきたからわかる。
だが、
「それは悪手であろう」
私は糸を恐れず、更に加速した。
糸が出されたところで斬り裂けるという自信があったのも確かだが、それ以上に今の大蜘蛛は無防備に過ぎる。
糸を出す為に足を止め、上体を起こすなどという隙を見せたのは致命的だ。
その隙を突き、糸が射出される前に間合いの内に入るは充分に可能。
そして、距離を詰められた飛び道具使いの末路は決まっている。
━━死条一刀流 玖ノ型 刻み連舞・塵殺
目にも留まらぬ連続斬りによって、守りに徹した相手を手数の多さで強引に押しきり、細切れにする技。
惨劇舞踏と違い、個人を相手にした連続攻撃。
その技を大蜘蛛の左半身を狙って繰り出し、前に進みながらの三連撃によって奴の残された左肢三本を全て切断した。
「━━━━━━━━━!?」
これで機動力はほぼ完全に潰した。
あとはトドメを刺すのみ。
私は技を繰り出し続ける。
玖ノ型による止まらない連続攻撃によって、大蜘蛛の左半身をズタズタに斬り刻んでいく。
「━━━━━━━━━!!」
大蜘蛛が声にならない悲鳴を上げながら、残った右肢を使って体を回転させた。
私に向かって大蜘蛛の頭部が迫ってくる。
最後の抵抗、毒牙による攻撃か。
「遅い」
━━死条一刀流 参ノ型 正中頭蓋割り
向かってきた大蜘蛛の頭部が牙を剥く前に、毒液すら使う暇を与えず、真正面からの斬り下ろしで、頭部を縦に斬り裂いた。
頭部から、否、大蜘蛛の全身から青い血が吹き出す。
それによって大蜘蛛は完全に沈黙した。
死んだのだ。
私は残心を心掛け、油断なく刀を構えたまま、それを見届けた。
「終わったか」
そして、私は当初の予定通り、大蜘蛛の亡骸をアイテムボックスによって回収した。
アイテムボックスには、生きている者を入れられないという特性がある。
これにすんなりと入った以上、大蜘蛛の死は最早疑いようもなし。
私の勝利だ。
こうして私は、新たなる戦装束の素材を手に入れる事に成功したのだった。
 




