17 ダンジョン突入
「おー、やっぱそうじゃん! シジョウイン・リュウマくんね。厨二っぽくてカッケー! ウケルー!
いやー、やっぱ同郷の人に会えると嬉しいわー!
あ、俺は斎藤慎吾ね! 一応、君の先輩ってやつ?
ま、なんにせよ、同郷同士仲良くしようぜー! そっちのちっちゃい女の子もよろしくー!」
黒髪黒目の青年、斎藤と名乗った男は、聞いてもいないのに一人でペラペラと喋り始めた。
……なんというか、軽い男だな。
口だけでなく雰囲気やその他諸々を含めた全てが軽く、薄っぺらい。
鎧や短剣を身に付け武装しているが、その装備はゴテゴテとした機能性があまり感じられない代物。
体つきや足運びなどを見ても、なんらかの武術を、もっと言えば戦う為の技術を修めているようには見えぬ。
にも関わらず、そんな男が一応とは言え武装し、ダンジョンという危険地帯へと何の気負いもしていない様子で訪れている。
不気味だ。
私は思わず、この男に向けて鑑定を使った。
この男が私の名前を把握しているという事は、恐らく、向こうも私に鑑定を使ったのだろう。
ならば、失礼も何もない。
ーーー
異世界人 Lv61
名前 サイトウ・シンゴ
HP 2550/2550
MP 6980/6980
SP 2007/2007
攻撃 2015
防御 1777
魔力 6100
魔耐 2081
速度 2300
スキル
『超魔弓術:Lv29』『成長補正:Lv━━』『鑑定:Lv極』『アイテムボックス:Lv24』『短剣:Lv8』『HP自動回復:Lv9』『MP自動回復:Lv22』『狙撃:Lv17』『隠密:Lv22』『暗視:Lv20』『千里眼:Lv13』『マッピング:Lv19』『気配感知:Lv20』『危険感知:Lv24』『罠感知:Lv10』『火魔法:Lv10』『風魔法:Lv8』『雷魔法:Lv9』『MP増強:Lv10』『魔力強化:Lv16』『速度強化:Lv8』『痛覚耐性:Lv10』
スキルポイント 0
ーーー
異世界人という事は、やはり私と同じ勇者、いや勇者候補か。
それに、『超魔弓術』というのは、女神に見せられたチートの紙束の中にあったような気がする。
「じゃ、俺らはもう行くから! ダンジョンの中とかで会ったらよろしくー」
そう言って、斎藤は連れの獣耳少女を連れてダンジョンの中へと入って行った。
すれ違った時にチラリと連れの少女にも目を向けたのだが、彼女が浮かべていた表情が気にかかる。
齢15程のその少女が浮かべていた表情は、不機嫌。
あるいは、怒り。
少女は、そんな負の感情を斎藤に向けていた。
仲間にそんな感情を抱かれる勇者候補、か。
「ナナよ、あれは本当に私と同じ勇者候補なのか?」
「そうですね……間違いないです」
ナナの歯切れが悪い。
どうやら、あれに思う所があるようだ。
私も大いにある。
勇者とは、魔王という厄災を討ち果たす為の英雄ではなかったのか?
あの男からは、英雄の名に相応しいものを何も感じなかった。
唯一、ステータスという数値だけはそれなりであったが、それだけだ。
覇気も、意志も、強さも、風格も感じない。
おまけに、仲間に嫌われているところを見るに、人徳もないのかもしれん。
勇者どころか、一角の戦士にすら見えぬ。
あれならば、エドワルド殿の方が余程勇者らしいと言えよう。
「何故、女神はあのような者を勇者に選んだのだ?」
「神様にも色々と事情があるんですよ。勇者召喚の魔法も万能じゃないので、こういう事態は往々にしてあります。ありふれてます」
「……そうか」
女神も大変なのだな。
まあ、まだあの男の戦う姿を見た訳ではない。
失望するには些か早すぎるであろう。
案外、あの覇気の欠片もない姿は擬態で、戦闘になればガラリと豹変するという可能性も0ではないのだ。
そう思っておくとしよう。
期待はしていないがな。
「では、私達も行くとするか」
「ですね」
そうして妙な出会いがあったものの、私達は予定通り、ダンジョンへの入り口を潜った。
◆◆◆
ダンジョンの中は薄暗かった。
壁から飛び出た不可思議な鉱石が淡く光って光源となっているが、それでも懐中電灯が欲しくなる程度には暗い。
事前に聞いていた通りだ。
それを確認してから私はステータス画面を出し、スキルポイントを15使って『暗視』のスキルを取得する。
スキルLv1では大して役に立たなかったが、懐中電灯が欲しいとは思わなくなった。
それに、私の近くには懐中電灯の如く発光する存在がいる。
「そういえば、今更だが、お前を守る必要はあるのか?」
その懐中電灯の如く、常に淡い光をまとった妖精、ナナに問いかけた。
ナナを守りながら戦うのでは楽しくな、コホン、何かと不都合が生じる。
できれば、自衛の手段くらい持っていてほしいのだが。
「あ、それは心配いりませんよ。私は女神様に授かった力によって、常に全ての攻撃を弾く結界を纏っているので。
ちなみに、この光がその結界ですね」
「ほう」
そうだったのか。
そういえば、ナナは鑑定の効果も弾いていたな。
そして、あの時も結界がどうのと言っていた。
ナナの言葉が正しければ、その結界は鑑定だけでなく、あらゆる攻撃を弾くらしい。
思ったより凄まじい自衛手段を持っていたのだな。
「ただし、その代償として私からも攻撃できないので、助太刀は期待しないでください。
私にできるのはアドバイスする事と、回復してあげる事だけです」
「承知した」
そんな会話をしてながらも周囲を警戒し、私達はダンジョンの奥へと進んで行く。
当然、先程冒険者ギルドで購入した地図を見ながら。
あと、ナナは『マッピング』というスキルを持っているらしいので、これでまず迷う事はない。
そうして進んでいる内に、魔物に出くわした。
「チューーーーー!」
最初に見つけたのは、体調1メートル程はある大鼠だった。
今回はナナの助言通り、鑑定を使ってステータスを確認する。
……正直、努力もせずに貰っただけの力を戦いで使うのは、あまり良い気分ではない。
だが、使わずに手を抜くというのも殺す相手に対して失礼だと思った為、鑑定は遠慮なく使う事にした。
ーーー
大鼠 Lv2
HP 41/41
MP 1/1
SP 45/45
攻撃 31
防御 37
魔力 1
魔耐 34
速度 40
スキル
なし
スキルポイント 10
ーーー
「やっぱり、第一階層に出るのは雑魚ですね。
リュウマさん! やっちゃってください!」
「言われずとも」
私はガルドン殿から頂いた刀を腰から抜き、即座に振るった。
━━死条一刀流 壱ノ型 首切りの太刀
「ヂュ!?」
その一撃により、大鼠は小さな断末魔の声を上げて絶命した。
だが、
「やはりか」
私は懸念事項が当たっていた事を実感した。
刀を鞘に納めながら、顔をしかめる。
「何が「やはりか(キリッ)」なんですか?」
「見てわからぬか?」
「わかりません」
そうか。
ならば教えよう。
人に話す事で再確認できる事もある。
「見よ。傷が首筋を僅かに外れている。そのせいで、即死させる事ができなかった」
僅かとはいえ、外したのだ。
原因はわかっている。
それは、死条一刀流が対人戦を想定した剣術であり、人以外を相手に振るう事を想定していないからだ。
考えてみれば当然の話。
死条一刀流は日本で生まれ、日本で研鑽されてきた剣術。
そして日本には魔物などという存在はいなかった。
熊などはいたが、それを狩るのは猟師の仕事であり、剣士の仕事ではない。
人を相手にするのと、獣を相手にするのでは、感覚が全く違うのだ。
身体の作りが違う、動き方が違う、対抗手段も当然違う。
人間相手の剣術では、魔物という獣を相手にする事は難しいと言わざるを得ない。
そう考えれば、今更ながらオーガは私に取って、とても相性の良い敵であったな。
人ならざる巨体と、地球の常識では考えられぬ身体能力を持っていたが、身体の作りは人間とほぼ同じ。
対人相手に磨いてきた先読みの技術で動きを読み、隙を突いて急所を狙う事は容易だった。
だが、他の魔物はそうではない。
否、魔物だけではないな。
この世界の人間も、スキルの力で地球人とはまるで違った動きをする。
エドワルド殿がいい例だ。
あの加速する剣は、私の理解の外側にあった。
あれ以外にも未知の技は数多くあるだろう。
戦い慣れない魔物に、未知の力を持った人間達。
それらを相手に、今のままの私でどれ程戦えるか。
正直、難しいと言わざるを得ない。
ならば、取るべき手段はただ一つ。
私の剣術を、死条一刀流を、この世界で通用するように進化させるのだ。
動きを見直し、型を改良し、場合によっては新しい型を作る。
今までも、技術とはそうして発展し、進化を果たしてきた。
ならば、私にできぬ道理はない。
私が、死条一刀流、中興の祖となるのだ。
そうして初めて、誉れある我が流派を、この世界に広める事が許される。
死条一刀流は、天下無双の剣。
それが世界に通用せず、消えていく事などあってはならん。
それでは、平和な世となって時代に見放された、かつてと何も変わらぬではないか。
そんな事は私が許さぬ。
私が必ず、死条一刀流をもう一度『最強』の座へと返り咲かせてみせようぞ。
その為には、膨大な実戦経験がいる。
倒すべき敵を見極めねば、強くなる為に何が必要なのかもわからん。
まずは、このダンジョンに住まう魔物からだ。
すべからく殺し尽くし、我が剣の礎としてくれる。
「行くぞ、ナナ」
「は、はい! な、なんか燃えてますね」
ああ、今の私は燃えている。
燃え滾っている。
進むは、果てしなく長い、最強へと至る為の道程。
私はまだ走り始めたばかりだ。
だが、この熱き心を糧とし、必ずや走破してみせようぞ。
私は志を新たに、ダンジョンの魔物達を殺して回った。




