16 ダンジョンへ
耐性系スキルを鍛え、ついでに超回復の効果の程を確かめるべく、自分の身体を滅多打ちにしてナナにドン引きされるという事があった夜が明け、翌日。
私の異世界生活二日目の朝。
私達は前日の約束通り、ヴィオラ殿の店を訪れていた。
「じゃあ、約束通りこれは返すわねん。中々に興味深い服だったわ~! インスピレーションが迸るぅぅうううううう!」
そうして道着が返却され、ヴィオラ殿が猛り、ナナが得体の知れぬ化け物を見る目をし、その間に私は試着室で道着に着替えた。
何やら良い香りがする。
洗濯してくれたらしい。
そして私は席に戻り、改めて道着発注の話をした。
「昨日一晩じぃぃっくりと見詰めて記憶に焼き付けたから、この服を再現するのは難しくないわん。アタシとしては再現じゃなくてアレンジもしてみたいところだけどぉ……」
「それは勘弁して頂きたい」
「わかってるわよ。お客様の意向は最優先するわ」
ならば良い。
やはり、この方は見た目こそ化け物であるが、仕事に関しては真面目な好人物であった。
「で、注文内容は、丈夫な魔物の素材を使ってこの服を再現する事だったわねん。
ただね~、それがちょこっと問題なのよ~」
「何か問題があるのか?」
だとすれば困るな。
その場合、最悪、今のまま戦場に出る事になるだろう。
「作るだけなら問題ないわ。でも、今ウチにある素材だけだと高品質な物を作るのは無理ねん。
毛皮とか使っていいんだったらなんとかなるけど~、それだと別物レベルでデザインが変わっちゃうわ」
「それは困るな……」
やはり今のままで戦場に出るしかないか。
覚悟は決めておこう。
「な、なんとかならないんですか?」
だが、私はともかくナナは諦めきれなかったようで、少々焦りながら、ヴィオラ殿に問いかけていた。
そんなに、この道着が気に入らぬか。
少々腹が立たないでもない。
まあ、一応は私を心配しての行動ではあるのだろうから、文句を言うつもりはないのだが。
「ん~、まあ、可能性がなくはないわね」
「ホントですか!」
「ええ。要するに素材がないのが原因なんだから、必要な素材が入荷されるまで待つか、もしくは、あなた達が素材を調達して持ち込んでくれればいいのよん。
まあ、必要な素材の入手難易度はかなり高いから、大人しく入荷を待つ事をおすすめするけどねん」
成る程。
要は、ガルドン殿の所にオーガの角を持ち込んだ時と同じ事をすればよいのだな。
わかりやすい。
「して、その素材というのは?」
「あら、やる気? 危ないからやめといた方がいいと思うけど~、まあ、知りたいなら教えてあげるわ。
ここら辺で手に入る中で最高の素材は『ジャイアントスパイダー』が作る糸よん。ジャイアントスパイダーは巨大な毒蜘蛛で、かなり強いわ。
ここら辺だとダンジョンの下層辺りにしか生息してないし~、あんな危険地帯に行くくらいなら、勇者候補様辺りが狩ってくれるのを待った方がいいとアタシは思うけどね~」
そうか。
ならばその言葉の通りに、勇者候補が狩ってくるのを待っていて頂けるとありがたい。
「情報感謝する。では、今日はこれにて。行くぞ、ナナ」
「あ、はい」
「やるなら絶対に無茶しちゃダメよ~。イケメンの死は世界の損失なんだら☆」
ヴィオラ殿が心配の言葉と共に飛ばしてきたウィンクに一礼を返し、そのまま店を出る。
そして、冒険者ギルドを目指して歩いた。
ナナ曰く、ダンジョンとやらに行く為に必要な物は、大体冒険者ギルドで販売しているとの事だ。
だが、肝心のダンジョンとやらがなんなのかを私は知らない。
どこにあるのかも知らない。
「ナナよ、ダンジョンとはなんだ?」
「例によって知らずに行こうとしてたんですね……。
ダンジョンっていうのは、魔物が沢山いて、罠とかが仕掛けてあって、たまに宝箱に入ったアイテムが現れたりする不思議な場所の事ですよ。
その形は洞窟とか森とか山とか色々ありますが、この街の近くにあるダンジョンは洞窟型です。
ちなみに、魔王の居城である魔王城もダンジョンですね」
「ふむ、全く理解できんな」
「……まあ、ゲームやってる人とかならともかく、リュウマさんみたいな人は実際に見てみないとイメージできないでしょうね」
そうか。
まあ、具体的な想像はできなくとも、とりあえず魔物が沢山いて危険な場所だという事はわかった。
ならば、準備を万全に整えてから行くとする。
懸念事項もある事だ。
今回は少し慎重に動くとしよう。
その後、冒険者ギルドに赴き、ダンジョン探索キット一式と呼ばれているらしい装備を購入。
そして、この近辺にあるダンジョンに限れば、異世界案内人のナナよりも地元のギルド職員の方が詳しいらしく、出没する魔物の特徴や、ダンジョン内で注意すべき点などを親切丁寧に教えてくれた上に、それらが書かれた本を渡してくれた。
なんとも親切な事だと思えば、色々としてくれた受付嬢曰く、これもエドワルド殿が言っていた優遇措置の一つだそうだ。
もっとも、勇者候補全員にではなく、エドワルド殿のお気に入りである私に対しての、という意味らしいが。
ちなみに、その時、
「いくら仕事でも、あんな奴の為に普通ここまでしませんよ。
でも、あなたは別です。ギルマスの命令抜きにしても、礼儀正しいし、イケメンだし、将来有望だし、イケメンだし、なんならダンジョンから帰って来られた後に食事でも如何ですか?」
などと、今回対応してくれた受付嬢がそんな事を言っていたのだが、あんな奴とは私以外の勇者候補の事だろうか?
それを口にした瞬間の受付嬢の顔は嫌悪感で歪んでいた。
その直後、私を食事に誘った時は媚びるような顔に変わっていたが。
女というのは変わり身が早いものだな。
尚、食事の誘いは丁重にお断りしておいた。
そうして準備を整えた私は、ナナと共に門を潜って街を出立し(今回は冒険者カードのおかげで、ナナ共々通行料を取られなかった)近場にあるというダンジョンにやって来た。
街から徒歩一時間といったところか。
本当に近い。
そして、ここにあるダンジョンは洞窟型であり、内部構造は地下へ地下へと伸びる形。
その入り口に当たる場所には、ダンジョンから勝手に魔物が溢れて来ないように見張る簡易な防壁があり、その周辺にはダンジョンに来る冒険者を相手にした店舗があったらしい。
過去形だ。
今、私達の目の前に広がる光景は……
「破壊されているな」
「破壊されてますね……」
その付近にあったと思われる建造物は、見るも無残に破壊され尽くしていた。
周辺には大きなクレーターがいくつも出来上がっており、ここでなんらかの戦闘があった事を物語っている。
聞いていた通りだ。
その聞いた話によると、数日前、ここにあった防壁や他の建造物は、その場に居合わせた人間諸共、突如ダンジョンから出現したオーガに蹂躙されたらしい。
そう、私が倒したあのオーガだ。
あの時、私達が遭遇した時。
オーガがあの場所に出現した事に、ナナは酷く動揺していた。
その事からもわかる通り、オーガとは通常、あのようにのどかな草原のど真ん中に現れるような魔物ではない。
この近辺では、私が今標的にしているジャイアントスパイダー同様、ダンジョンの下層付近にしか出現しないそうだ。
そこを縄張りとしている為、ダンジョンから出てくるどころか、下層から出てくる事さえも珍しいと、この話をしてくれた受付嬢は言っていた。
そんな魔物が、数日前、突如としてダンジョンから飛び出し暴れ回ったのだ。
少々気がかりではあるが、既に終わった出来事であり、ギルドでも原因究明の為の特別依頼を出しているというのだから、私が気にかける事ではない。
ただ、突然のオーガのように、何が起こるかわからないという覚悟だけは持っておくとしよう。
「気を引き締めて行くとするか」
「そうですね」
そうして、私達はダンジョンの入り口へと
「おわっ! こんな所に侍がいるよ。コスプレとか気合い入ってんねー。
もしかしなくても、君って俺と同じ勇者?」
向かおうとしたところで話しかけられ、足を止めた。
振り返るとそこには、私と同じ黒髪黒目の青年と、狼のような耳と尻尾を持ち、首輪を付けた銀髪の少女がいた。




