15 装備新調?
ガルドン殿の元を去った後、次の目的地である服屋に向かう。
その途中で、ナナが話しかけてきた。
「リュウマさん、どうして鎧を買わないんですか?」
「我が流派は鎧を必要としない。それに、あれがあると身体の感覚が狂う」
「ですが……」
「それに、防御力は耐性系スキルがあれば充分だろう」
「さすがに鎧の代わりになる程強力じゃないですからね!? スキルLvも1ですし!」
ならば、スキルLvを上げればいいではないか。
確か、耐性系スキルは、対応する攻撃を受ける事でLvが上がるのだったな。
とりあえず、頂いた刀で自分を斬る事から始めるとしよう。
『超回復』があれば、そんな無茶もできるだろう。
「まあ、防御力より機動力を取るっていうのも、確かに戦略の一つではあるんですが……。
なら、せめて服屋で丈夫な戦闘用の服を買いましょう。
魔物の素材から作られた服なら、最低限の防御力はあるでしょうし」
「断る」
「では、そういう事で服屋に注文を……今、なんて?」
「断ると言った」
聞こえなかったのか?
「な、なんでですか!?」
「この漆黒の道着は我が死条一刀流の伝統だ。これ以外を着て戦に出るつもりはない」
黒とは即ち、喪に服す者達の色。
そして、かつての死条一刀流は、対峙した相手を確実に殺す事を信条とし、誇りとしてきた。
死の象徴である黒を身に纏い、敵対者にとっての『死』そのものとなるべし。
そんな信念と共に作られ、平和な世となって本来の意義を失って尚、私の代まで受け継がれてきた伝統だ。
これを手放すなど考えられぬ。
それをナナに伝えると、
「なんですか、その厨二感溢れる伝統! 燃えるじゃないですか! テンション上がります!」
と言って興奮していた。
何やら馬鹿にされたような気がしないでもないが、一応好意的に受け取られているらしい。
「そういう事なら仕方ないですね! 代々受け継がれてきた誇りを手放すとか、そんな勿体ない事する訳にはいきませんから!
でも、そうなると、やっぱり防御力が紙に……あの、提案なんですけど、魔物の素材でその道着と全く同じデザインの戦闘服を作ってもらうっていうのはどうですか?
それなら伝統も守れるでしょうし、防御力も上がると思うんですが」
「ふむ……まあ、それならば」
どの道、この道着一着では、遅かれ早かれ戦いの中で破損するだろう。
その時の予備を先に作って着ていると思えば、問題はないか。
その方針で行くとしよう。
そうして注文の内容を決め、どう考えてもオーダーメイドになって高くつくだろう事を覚悟しつつ、服屋へと入店した。
そこに化け物がいた。
「いらっしゃ~い♪ あら~、可愛い妖精ちゃんに中々の男前が来たわね~♪ これは気合いが入っちゃうわ☆」
そんな事を口走ったのは、野太い声をした身の丈3メートルを越える大男。
その身体はガルドン殿に勝るとも劣らぬ筋肉の鎧に包まれており、その上からピチピチの女物の上着とフリフリのミニスカートを身に纏っている。
どう考えても、私の常識の外側にある装いだ。
成る程、これが、
「これが、この世界のファッションか……」
「違いますよ!」
ナナが思わずと言った様子で突っ込みを入れてきた。
違うのか。
良かった。
いくら文化の違いと言えども、限度があるだろうと思っていたところだ。
さすがに、これを一般的なファッションとして受け入れるには、それなりに長い時間を要する。
その覚悟が無駄に終わって本当に良かった。
「では、服の注文を頼みたいのだが」
「いいわよん♪ 飛びっきりの男前にしてあげるわん☆」
「ちょ、ちょっと、リュウマさん!?」
ナナが耳を引っ張ってきた。
そのまま耳元でゴニョゴニョと話し始める。
「まさか、本当にこの人に頼むつもりですか!?」
「何か問題があるのか?」
「むしろ問題しかないと思いますけど!? 絶対変なアレンジ加えられて大変な事になりますよ!」
「だが、店内はまともだぞ」
おかしいのはこの店員の格好だけで、店自体は内装も外装も清潔で小洒落た印象を覚える。
売り物の服もまともだし、他の店員の服装もまとも、入っている客の服装もまともだ。
正直、店としての質であれば、ガルドン殿の店など比べ物にならないレベルであろう。
おかしいのは、この店員の格好だけだ。
「で、でも……」
「ナナよ。人を見かけで判断してはならぬ。ああ見えて、仕事は真面目にやっている可能性が高い」
「そ、そこまで言うならお任せしますけど……後悔しても知りませんよ」
こうして、ナナの了承は取れた。
「では、改めて。服を何着か頼みたい。この道着と同じデザインで、魔物の素材を使った防御力の高い服を作ってもらいたいのだ」
「中々に凝った注文ね~。しかも、あなたのその服見た事もないデザインだし、ちょっと難しい仕事になりそう。
ま、それでこそ職人冥利に尽きるんだけどねん☆」
「む? 店員殿が作られるのか?」
「そうよ~。アタシは服屋であると同時に裁縫職人でもあり、デザイナーでもあるカ・リ・ス・マだからねん☆
あと、アタシは店員じゃなくて店長よん♪ ヴィオラちゃんって呼んでくれてもいいわ~」
そんなやり取りをしつつ、店員改め店長のヴィオラ殿は、快くこの仕事を引き受けてくれた。
ただし、さすがに見た事もない道着を一から作るのは難しいらしく、私が今着ている道着を一晩借りたいと言われた。
一晩あれば、『記憶力』というスキルの力で完璧に構造を覚えると。
「しかし、そうなると私の着る服がなくなるな」
「え? あなた、他の服の持ってないの?」
「色々あって、これ以外の服をなくしてしまってな」
他の私服は全て実家にある為、取りに戻る事は叶わぬ。
そう考えれば、異世界に来た事で服をなくしたという表現も間違ってはいない筈だ。
「なら、その間の服はアタシがコーディネートしてあげるわよん☆」
「女物以外で頼む。あと、色は黒で」
「まっかせなさい♪」
という訳で、私はヴィオラ殿の選んだ服を買わされ、その格好で店を出た。
ナナはヴィオラ殿が服を選んでいる間中、顔を真っ青にして目を回していたが、終わってみれば「リュウマさんが普通のイケメンに見える!?」と何故か驚愕していた。
尚、ヴィオラ殿はナナの服も選びたがったのだが、本人が必死で拒否した為、それは叶わなかった。
その後、私達は雑貨屋において、この世界における生活必需品であるらしい数々の摩訶不思議な品(魔道具と言うらしい)を買い、それから適当な宿屋を探して泊まる事となった。
宿屋では有料で食事の提供もしていたので、これにて最低限の衣食住を確保できた事になる。
その頃にはすっかり日も沈み、私の異世界生活一日目が終わりを告げたのだった。




