14 刀発注
客室から退出した後、私達は言われた通りに受付へと赴き、あの受付嬢の手続きによって冒険者登録を完了させ、冒険者としての身分証である『冒険者カード』を受け取った。
その時に、冒険者になる上で守るべきルールや、冒険者という職業のシステムについて説明を受けたが、普通に理解も納得もできる内容だったので問題ない。
その後、解体の為にギルドの奥へと運ばれていたオーガの死体から角を一本拝借し、ギルドを出た。
「では、早速、紹介された武器屋に行くとするか」
「ですね。その後は服屋とか雑貨屋とかで生活必需品を買ってから宿屋を探すコースで行きましょう。それで衣食住揃う筈です」
「そうだな」
そういう事で、またしても道行く人々に道を尋ねながら、まずはエドワルド殿の言っていた、ガルドン殿という武器屋がやっている店を目指す。
幸い、ガルドン殿はギルドの長の紹介だけあって、それなり以上に名の知れている人物らしく、聞けば大抵の人が店の場所を知っていた。
そうして辿り着いた場所は、立派……と呼ぶには少々色々と物足りぬ建物だった。
建物の大きさは、道中で見てきた一軒家と大して変わらず。
外見は築数十年を思わせる古めかしさ。
加えて、立地は街の外れにある閑散とした地帯の中でも、更に端の端。
すぐ近くに城壁が見える程に、街の中央から遠い場所だった。
看板すら出ていない事と言い、果たして、ここは本当に武器屋という店なのだろうか?
店だったとして、本当に商品を売る気があるのだろうか?
ここに来て、少々不安に思えてきた。
もっとも、そう思っているのは私だけのようで、隣のナナは何故か鼻息を荒くしていたが。
「わかる……! わかりますよ……! わたしのオタクとしての勘が言っています!
ここはまさに、知る人ぞ知る幻の名工の店! お約束きましたよ!」
ナナがたまに見せる、この謎の論法だけは付いて行ける気がせぬ。
なんにせよ、ここまで来て今更引き返すという選択肢はない。
ナナの謎理論を信じるつもりは微塵もないが、エドワルド殿という実力者の言葉を信じて行くとしよう。
では、いざ。
私は扉を軽く叩いてから、店内へと入った。
「失礼する」
「お邪魔します!」
中に入った瞬間、途端に漂ってくる熱気。
そして、カンッ、カンッという熱した鉄を打ち付ける音。
見れば、建物の中は仕切りのない大きな加治場となっており、その中心で一人のご老人が剣を打っていた。
身長の低い、ずんぐりむっくりとしたご老人だ。
その背は私の胸よりも低く、その分、横に広い。
だが、決して太っている訳ではなく、その太さは鍛え上げられた筋肉によるもの。
そのせいで、筋肉達磨という言葉が脳裏を過る。
低身長と横の太さのせいで丸みを帯びて見える為、オーガよりもその言葉が似合うように感じた。
「ドワーフの熟練鍛冶師きたー……!」
ナナが小声でそう言いながら興奮している。
ドワーフ……確か、そういう人種の一つだったか?
まあ、そんな事はどうでもいい。
「失礼。そこの御仁、武器屋のガルドン殿とお見受けする。武器の作成をお頼みしたい」
「……帰りな。餓鬼に売る武器はねぇ」
ガルドン殿は、手を止めぬまま、そう吐き捨てた。
隣のナナが「頑固一徹職人ドワーフ! お約束の塊最高です!」などと世迷い言を吐いているが、それは無視していいだろう。
「それは困る。ここにはエドワルド殿の紹介で参った。ここで帰れば、かの御仁のご厚意に唾を吐く事になる」
「……何?」
ガルドン殿は切りのいいところで作業を中断させ、そこで初めて私を見た。
その目が細められる。
鑑定でも使ったのか、それともただ観察しただけか。
「……どうやら、ただの餓鬼じゃねぇみたいだな。いいだろう。話を聞いてやる」
「感謝する。では、まずこれを」
懐からエドワルド殿の紹介状を取り出し、ガルドン殿に手渡す。
ガルドン殿はそれを無言で読み進め、少しだけ驚いたような顔をした。
「成る程。おめぇ、オーガを倒したのか。それに、その隙のない立ち振舞い。エドワルドの小僧が気に入るのもわからんでもない」
独り言のようにそう呟いたガルドン殿は、納得するように何度か頷いた。
それにしても、エドワルドの小僧?
見た目は同年代程に見えるが?
ああ、そういえば、ドワーフは普通の人間よりも寿命が長いのだったか?
そうなると、目の前の御仁は百年を越える時を生きているのやもしれんな。
「いいだろう。あの小僧には何かと借りがあるからな。
それに、おめぇは普通の餓鬼どもと違って、ワシの武器を持つ資格くらいはありそうだ。
要望通り、お望みの武器をくれてやる」
「感謝する」
「それで、何が欲しい?」
「刀を。強靭で折れぬ刀を一振り打って頂きたい。それと、これを」
アイテムボックスの中からオーガの角を取り出し、ガルドン殿に差し出す。
驚かないところを見るに、やはり鑑定されていたか、それともアイテムボックスのスキルは然程珍しくもないのか。
まあ、それもどうでもよいか。
「これをお渡しすれば、かなり強力な刀を作って頂けると聞いた」
「まあ、確かにな。オーガはこの辺りの魔物の中じゃ最強の一角だ。
魔王軍との戦いの最前線に出てくるような化け物の素材には及ばねぇが、それでも、かなりの業物にはなるだろうよ」
「では、お願いする」
「任せろ」
ガルドン殿は快く引き受けてくださった。
……というか、オーガごときがこの近辺では最強なのか。
これは、強い敵と戦いたくば、早々に最前線とやらへ向かった方がよさそうだ。
「……にしても、オーガの素材が手に入るのは、もう数日は後だと思ってたんだがな。
ついさっき出発した討伐隊が狩ってくるもんだとばかり思ってた」
……それは、もしかしなくとも門の前で見た、やたらと気合いの入っていた冒険者達の事だろうか?
となると、冒険者ギルドに思った程人がいなかったのは、討伐隊の方に駆り出されていたからか?
だとすれば、私は彼らの仕事を奪ってしまった事になる。
不可抗力とは言え悪い事をした。
見かけたら優しくしておくとするか。
その後は、今まで熱い目でガルドン殿を見るばかりで何も話していなかったナナを交え、値段の交渉に入った。
妥協のない仕事をするなら金貨800枚は欲しいと言われ、私は即金で払おうとしたが、ナナに止められた。
そして、ナナの必死の値下げ交渉によって、代金は金貨700枚まで引き下げられ、その値段によって双方合意。
ガルドン殿は、この後、早速作成に入るとの事で、完成は10日後辺りを想定しておけと言われた。
その頃に取りに来いとも。
ちなみに、ナナには「リュウマさんに買い物させちゃいけないって事がよくわかりました」と、何故か疲れの滲む声で責められた。
「あと、こいつはおまけだ。新作が出来るまでの繋ぎにしな」
と言われ、ガルドン殿は一振りの刀を私へと投げ渡した。
鞘から抜いてみると、女神に渡された刀とは比べ物にならない力を感じる。
「リュウマさん、鑑定」
「む? ああ」
ーーー
無銘の刀
耐久値 1500/1500
効果 『攻撃+500』
ーーー
鑑定とは人以外にも使えるのだなと思いながら使ってみたが、この数値がどれ程の強さなのか今一よくわからぬ。
基準が知りたいものだ。
「ナナ……」
「これ、結構強い刀ですよ。魔剣とかには勿論及びませんけど、そこら辺の店で売ってる普通の武器よりは遥かに強いです。
いいんですか? こんな物ポンッと貰っちゃって」
「構わん。どうせ出来に納得のいかん駄作だ。倉庫で埃を被らせるよりはマシだろう」
「……感謝する」
そういう事であれば、ありがたく使わせてもらおう。
私とて、新しい刀が出来るまで丸腰というのは避けたかったところだ。
「ああ、あと鎧を売ってくれま……」
「それはいらぬ。では、今日はこれにて失礼いたす。行くぞ、ナナ」
「え、ちょ、リュウマさん!?」
そうして私達は、ガルドン殿の店を出た。
実に、実りある時間であった。




