11 冒険者ギルド
「え、これ、オーガ……!? し、死んでますよね……?」
「無論だ」
オーガの巨躯に怯える受付嬢を安心させるべく、私はそう断言した。
右目から血と脳漿を垂れ流し、ピクリとも動かんのだ。
どこからどう見ても死体であろう。
尚、アイテムボックスの中は時が止まっているらしい。
故に、オーガの死体からはまだ血が滴っているのだ。
新鮮な証拠だな。
「ど、どうされたんですかコレ?」
「道中で襲いかかってきたので、返り討ちにして持って来た」
「……お一人で? 倒されたんですか? オーガを?」
「ああ」
「しょ、少々お待ちください!」
突然、受付嬢が走ってギルドの奥へと行ってしまった。
どうしたのだろうか?
そして、それと入れ替わるように、何故かガックリと肩を落としたナナが戻ってきた。
「柄の悪いチンピラ冒険者が絡んで来ない……お約束を期待してたのに……でも、そりゃそうですよね……こんな強キャラオーラ全身から出してる人に絡んでくるようなバカなんていませんよね……」
「お前は何を言っているのだ?」
「天然記念物みたいなリュウマさんにはわかりませんよ! 暇潰しに日本の創作物を愛読し、立派なオタクと化した私の悲しみは!」
何故か唐突に気炎を吐いたナナは、不機嫌な様子で「で? 今どうなってるんですか?」と訪ねてきた。
正直にあったままの事を話せば、
「チート主人公のお約束その2きました! そうですよ、まだこっちがあっりましたよ!」
と、何故か一気に上機嫌になった。
ナナの情緒が不安定過ぎる。
突然叫び出す事も多いし、悪い事は言わぬから、一度医者にかかってきた方がいいのではなかろうか?
天界にも、カウンターくらいいるだろう。
だが、これを口に出してしまえば、せっかく上機嫌になったナナが、また面倒な事になりかねん。
言うのであれば、折りを見てやんわりと伝えるべきであろう。
「お、お待たせしました!」
私が本気でナナの精神を心配している内に受付嬢が戻って来た。
何やら、立派な服装に身を包んだ、がたいのいい初老の男を連れて。
「ほう」
このご老人、強いな。
老化によって衰えてはいるが、それでも肉体は極限まで鍛え上げられ、歩く姿一つ取っても隙がない。
相当な手練れとお見受けする。
私が観察するような視線を向けると同時に、ご老人の方も同じ目で私を見てきた。
その目が鋭く細められ、次にご老人の視線は、私の隣で何故か目を輝かせているナナへと向かう。
ご老人が僅かに目を見開いた。
見られたナナは不思議そうに首を傾げ、すぐ何かに気づいたかのようにハッとした。
何か、私の知らない要素による調べが行われたのだろうか?
そして、ご老人の視線は次にオーガの死体へと向かい、最後に私へと戻ってきた。
「あれは、お前さんがやったのか?」
「そうだが」
「ふむ……まあ、いい。付いて来な。あと、お前はオーガの買い取り査定をしておけ」
「は、はい!」
ご老人は受付嬢に指示を出しつつ、ギルドの奥へと歩き去って行く。
受付嬢が連れて来た事といい、恐らく、このご老人は冒険者ギルドの上役か何かだろう。
対して、私は冒険者になりに来た立場だ。
断れる立場ではなく、また断る理由もない。
素直にご老人の後に続く。
すると、移動中にナナが小声で話しかけてきた。
「リュウマさん、多分ですけど、あの人さっき私達に向けて『鑑定』を使ってきたんだと思います」
「鑑定……ああ、そういえばあったな、そんなスキルが」
「忘れてたんですか……」
忘れていた。
何せ、一度も使った事がなく、使おうと思った事すらないスキルだ。
確か、女神が授けたスキルの一つだったか。
「ま、まあ、とにかく。やられたままっていうのもアレですから、やり返してみましょう。あのおじいさんに向けて『鑑定』を使ってみてください」
「む……それは失礼に当たるのではないか?」
「いいんですよ。先に仕掛けてきたのは向こうなんですから」
「ふむ……」
ナナの言葉にも一理あるか。
それに、ここは私の常識が通じぬ未知の世界。
この直後に、ご老人が「冒険者になりたくば、この俺を倒してみろ!」などと言い出してもおかしくはない。
冒険者という戦いを生業とする職業ならば、そうなる可能性は充分にあり得る。
その時、『鑑定』の差が致命的な差になる可能性もある。
……埋められる差は、埋めておいた方がよいか。
「わかった。それで、『鑑定』とはどう使えばよいのだ?」
「自分のスキルの効果くらい把握しといてくださいよ……『鑑定』は対象のステータスを閲覧するスキルですから、自分のステータスを見る時みたいな感じでやってみてください」
「わかった」
言われた通りにやってみた。
頭の中で「『鑑定』」と呟き、あの半透明の板を思い浮かべる。
少々苦戦したが、アイテムボックスの時とは比べようもない程簡単に、鑑定は成功した。
ーーー
人族 Lv78
名前 エドワルド
HP 7521/7521
MP 4200/4200
SP 4050/4050
攻撃 6877
防御 6991
魔力 1009
魔耐 6405
速度 5993
スキル
『HP自動回復:Lv71』『MP自動回復:Lv40』『SP自動回復:Lv80』『大剣:Lv81』『体術:Lv69』『鑑定:Lv20』『気配感知:Lv51』『危険感知:Lv63』『隠密Lv71』『暗視:Lv66』『連携:Lv77』『統率:Lv35』『思考加速:Lv55』『予測:Lv56』『並列思考:Lv39』『演算能力:Lv31』『記憶Lv28』『MPブースト:Lv55』『SPブースト:Lv50』『HP増強:Lv70』『MP増強:Lv33』『SP増強:Lv78』『攻撃強化:Lv66』『防御強化:Lv67』『魔耐強化:Lv51』『速度強化:Lv49』『斬撃強化:Lv63』『打撃強化:Lv40』『斬撃耐性:Lv55』『打撃耐性:Lv71』『衝撃耐性:Lv50』『火耐性:Lv44』『風耐性:Lv33』『土耐性:Lv31』『雷耐性:Lv38』『毒耐性:Lv44』『麻痺耐性:Lv32』『睡眠耐性:Lv29』『気絶耐性:Lv89』『痛覚耐性:Lv98』
スキルポイント 0
ーーー
「うわっ、このおじいさん強っ」
私が鑑定に成功すると同時に、ナナが小声で驚愕の声を上げた。
こやつも鑑定が使えるのか?
いや、そういえばオーガと戦った時も、ナナはオーガの強さを正確に把握しているような台詞を口走っていた気がする。
そして、ナナが驚いているのを見るに、このご老人のステータスは、この世界の基準で考えて相当強いのだろう。
あくまでも数値上の話ではあるが、オーガを倒して超人となった私の倍以上の強さだ。
敵であれば、とても高揚した事だろう。
「いつか手合わせしてみたいものだ」
「……何故か、リュウマさんが言うと殺し合ってみたいって感じのニュアンスに聞こえるんですけど、違いますよね? 違うと言ってください」
「時にナナよ。生き返りの魔法というものを知っているか?」
「殺る気マンマンじゃないですか!? やめてくださいよ!
まあ、蘇生魔法はありますけども。なんなら、わたしも使えますけども。何せ、私は回復属性を司る妖精ですし。
でも、そんな事に使うのはゴメンですからね!」
「……ほう」
冗談で言ったつもりだったのだが、あるのだな、生き返りの魔法、もとい蘇生魔法とやらが。
そして、ナナがそれを使えると。
これは良い事を聞いた。
相手の了承さえあれば、味方同士でも存分に殺し合えそうだ。
だが、まさかナナがそんなものを使えるとはな。
少し、ナナのステータスにも興味が沸いてきた。
なので、試しにナナに向かって鑑定を使ってみる。
ーーー
鑑定不能
ーーー
「む?」
「どうしました?」
「お前に鑑定をかけたのだが、おかしな結果が出た」
「ああ、私にそういうのは効きませんよ。そういうのを無効化する結界を常時展開してるので。これは女神様に授かった力ですね」
そうだったのか。
道理で、ナナを見たご老人が妙な反応をする訳だ。
納得した。
「ここだ」
そして、そんなやり取りをしている内に、目的の場所へと到着したらしい。
とある扉を開け、ご老人が中へと入って行く。
私達もそれに続けば、そこは部屋ではなく中庭のような場所だった。
訓練場か何かなのか、何人かの冒険者が木製の武器を打ち合って戦っている。
「ほれ」
そして、ご老人は私にも木製の武器、木刀を投げ渡してきた。
ご老人も、いつの間にか自身の身の丈程もある巨大な木剣を担いでいた。
「これからお前さんの冒険者登録試験を行う。冒険者になりたけりゃ、この俺を倒してみな」
……先程考えていた通りになったな。
まさか本当にこのような展開になるとは。
私の勘も捨てたものではないようだ。




