10 街の中
「次の方どうぞ」
門番の声に従い、私とナナは街に入る為の手続きをしている場所へと進んだ。
そこには受付窓口のようなものがあり、その奥に穏やかな表情をした三十代前半程の男が座っている。
どうやら、彼が受付の係員のようだ。
その係員は、私達の姿を見て、僅かに驚いたような顔をした。
「珍しいお客様ですね。妖精族のお嬢さんに、そちらは装いから見て他国の方でしょうか?」
「そ……」
「そんなところです」
何故か、私が話そうとした瞬間にナナが割って入ってきた。
もしかすると、この世界の通行手続きを知らない私に任せていたら手間取ると思ったのかもしれん。
そういう事であれば任せておこう。
「そうですか。では、この国での身分証の提示をお願いします。持っていらっしゃらないようでしたら、通行料お一人辺り銀貨5枚です。お二人で金貨1枚ですね」
「わかりました。ほら、リュウマさん」
「うむ」
当然身分証などないので、私は女神に餞別として持たされた通貨の入った小袋を懐から取り出し、そこから金貨と思われる金色の硬貨を一枚、受付へと差し出した。
おかしな反応はされていない。
どうやら、これで合っていたようだ。
「はい、確かに。では先にどうぞ。ようこそ、ルドルの街へ」
通行を許されたので、私達は門の中へと足を踏み入れた。
そこには、まるでテレビでチラリと見た中世ヨーロッパの如き光景が広がっていた。
その風景の中に、やたらと色合い豊かな髪をした者達が溢れている。
顔立ちは西洋人のような者が多いが、中には日本人の面影を持つような者もいた。
更には、やたらと耳が尖っている者、獣の耳や尻尾の生えている者、ずんぐりむっくりした達磨のような者、身の丈3メートルを越える者など、地球ではあり得ない容姿をした者も多く交ざっている。
雑多、という言葉が一番相応しいだろうか。
本当に、ここは異なる世界なのだと再認識させられる思いだ。
しかし、
「随分と武装した者が多いな」
「ここは冒険者育成の街とも言われている場所ですからね。
付近の魔物はさっきのオーガみたいな例外を除けば、駆け出し冒険者が戦闘経験を積むのに適した強さですし、それに慣れてきたら今度は近場のダンジョンに潜ってLvを上げる。
そういうサイクルが出来てるからこそ、この街には冒険者や冒険者志望の人達が多いんです。
女神様が最初に勇者を送る場所として指定する事も多いですね。今回みたいに」
「ほう」
話の中にダンジョンなる理解できない単語があったものの、それ以外は概ね理解した。
だが、あともう一つ、どうしても疑問に思う事がある。
先程から気になっていたのだが。
「ナナよ」
「なんですか?」
「何故、この世界の者達は当たり前のように日本語で話しているのだ?」
「え、そのツッコミ今ですか!? 遅くないですか!?」
あの係員や冒険者達だけならまだしも、街行く人々全員が日本語で話していれば気にもなるだろう。
「別に日本語を話してる訳じゃないですよ。リュウマさんには日本語に聞こえているだけです」
「何故だ?」
「女神様の召喚魔法に、この世界の言語や文字を理解できるようにする効果があったんですよ」
「……それはなんとも」
喜べばいいのか、勝手に人の身体によくわからぬ事をしてくれた事を怒ればいいのか。
いや、それに関しては『超回復』だの何だの授けられた時点で同じか。
それに、この力は実際役に立っている。
文句を言うのはやめておこう。
「そんな事より、無事街に入れたんですから、冒険者ギルド目指してレッツゴーです!」
「私としては、先に折れた刀の代わりを調達したいのだがな」
話題を変えてきたナナに反論する。
街の中とはいえ、ここは平和な日本ではない。
いきなり後ろから連続殺人鬼が襲いかかって来ないとも限らんのだ。
武器がなければ戦えぬとは言わんが、やはり丸腰は落ち着かん。
だが、ナナは私の意見をすげなく却下した。
「武器は普通に高いですからね。女神様から貰ったお金だけじゃ大した武器は買えません。
だから、先に冒険者ギルドで魔物の死体を換金するのをおすすめします」
「……そういう事ならば仕方あるまい」
武器に頼るなど武人の名折れだが、しかし、ステータスという名の身体能力が爆発的に上昇した今、生半可な武器では普通に振り回すだけで折れかねん。
ならば、質が良く壊れづらい名刀がいる。
そして、質の良い物ほど値段も高いというのは、恐らく、どこの世界でも変わるまい。
良い物を買うには金がいる。
だから先に金を用意する。
ナナの意見は至極もっともだった。
という事で、ナナの先導のもと冒険者ギルドへの道を行く。
ナナの足取り(飛んでいるので足は動かしていないが)に迷いはない。
この街の地形まで頭に入っているのか。
なんとも優秀な案内人だな。
完璧に近い。
さすがは、神の使徒と言ったところか。
そう思って感心していると、突然ナナはふよふよと宙を漂いながら脇道に逸れ、何故か道行く老婆に話しかけ始めた。
「あの、そこのおばあちゃん。すみませんが、道を教えていただけないでしょうか……」
「ああ、いいよ。可愛いらしいお嬢さん」
ふむ。
どうやら完璧に近いと思ったのは私の勘違いだったようだな。
神の使徒にもわからない事があるらしい。
あまり頼り切りにならないよう、気をつけるとしよう。
そんな事を考えている間に、ナナは道を聞き終えて戻ってきた。
「……仕方ないじゃないですか! 私がサポーターやるに当たって詰め込んできたのは、この世界の一般常識とか、立ち寄る確率が高い場所の大まかな知識とかが殆どなんですから!
街の細かい地形とか、特定のダンジョンの攻略法とか、そういう攻略本みたいな働きを求められても困るのです!
勇者なら、攻略本なんかに頼らず、自力で魔王倒してくださいよ!」
「まだ何も言っていないのだが」
「目で語ってました! 思ったより役に立たねぇなって目でわたしを見てました!」
「言いがかりも甚だしいぞ」
何故か荒ぶるナナを適当にあしらいつつ、再び冒険者ギルドを目指して歩き始める。
それから数分としない内に、それなりに大きく、多くの武装した人間が出入りする建物へと辿り着いた。
ここが冒険者ギルドか。
思ったよりも近くにあったものだ。
そして、その頃には、さすがにナナも大分落ち着いてきたらしい。
何故か、冒険者ギルドを見ながら軽く興奮しているのが気になるが、まあ、問題はあるまい。
「行くか」
「ええ、行きましょう!」
そうして私達は、大きく開け放たれ扉を潜り、冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。
そこは、酒場のような部分と、市役所の受付窓口のような部分を無理矢理繋ぎ合わせたかのような場所だった。
だが、不思議と歪には感じない。
何故かキョロキョロと辺りを見回しているナナの誘導に従い、まずは受付窓口のような場所へと足を運ぶ。
冒険者登録や魔物の死体の買い取りなどはあそこでできるらしい。
聞いた時は、何故、魔物の死体を買い取るのかと不思議に思ったものだが、ナナ曰く、強い魔物の素材からは強い武具が作れるとの事だ。
武具と言えば、鉄から作られる刀か、よくわからぬ製法で作られる銃などを想像してしまう為、今一その理屈は理解できなかったものの、そういう文化の世界なのだろうという事で納得した。
地球でも、動物の毛皮などを加工して衣服や敷物にしていたのだから、決してあり得ぬ話ではない。
しかし、この街は冒険者が多いという話だったが、何故か受付には殆ど人が並んでおらんな。
待たなくていいのは助かるが、不思議な事もあるものだ。
「冒険者ギルドにようこそ。本日はどんなご用でしょうか?」
受付窓口を担当している、受付嬢らしき女性に用件を訪ねられる。
また門の時と同じようにナナが対応するのかと思ったが、何故かナナは未だにキョロキョロと辺りを見回している。
何か気になる事でもあるのだろうか?
まあ、いい。
ナナが対応しないのであれば、普通に私が対応するだけの事だ。
「冒険者になりたい。それと、魔物の買い取りを頼む」
アイテムボックスからオーガをはじめとした魔物の死体を取り出し、私の背後の床へと転がした。
「え、えぇええええええ!?」
だが、次の瞬間、何故か受付嬢は驚愕の声を上げてガクガクと震え出してしまった。