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1 プロローグ

息抜き新連載始めまーす。

「殺し合いがしてみたいものだ」


 実家の古流剣術道場において、私が少々(・・)本気で指導した為に、死屍累々の有り様で倒れる門下生達。

 彼らを前に、私『死条院(しじょういん)龍馬(りゅうま)』は思わず昔からの願望を口に出してしまった。

 それを聞いた門下生達がギョッとする。

 そして、何割かは即座に自分の身体を抱き締めてガクガクと震え出してしまった。

 情けない。

 それでも誉れ高き『死条一刀流』の門下か。


 そんな腑抜けどもを殺気混じりの視線で鋭く睨み付ける。

 尚一層、顔面が蒼白になった。

 泡を吹いて気絶する者までいる。

 走って道場から逃げた者までいた。

 本気で情けない。


「このバカ息子! 滅多な事を言うでないわ!」

「ぐっ!?」


 そんな私に、父が鉄拳制裁を繰り出してきた。

 死条院家当主の名に恥じない、洗練された見事な一撃が私の腹部に突き刺さる。

 何故、鉄拳の命中箇所が頭部ではないのかと言うと、父の座右の銘が「見える怪我はやめとけ、裁判になる」だからだ。

 その座右の銘を遵守するかのように、父の指導は門下生達にできるだけ怪我を負わせないように配慮する温いものとなってしまっている。

 それでいいのだろうか、古流剣術総師範。

 いや、今の御時世で門下生に大怪我を負わせてはマズイという事は私とて理解している。

 故に、文句はない。

 文句を言う資格もない。

 だが、文句はなくとも不満は貯まる。

 胸の内に秘めた願望が大きくなってしまう。



 私の家は代々続く武の家系だ。

 かつて天下無双と謳われ、国中に恐れられたという実戦剣術『死条一刀流』を先祖代々継承してきた。

 別に一子相伝という訳でもないので、門下生を募って教えもしている。


 そして、死条一刀流の本質は、対峙した相手を確実に殺すという殺人剣だ。


 しかし、時代が下るにつれて、そんな殺人剣は段々と人々に受け入れられなくなっていった。

 特に、今の御時世ではほぼほぼ無用の長物だ。

 我が家の剣術を日常生活で使う機会など殆どありはしない。

 道端を歩いていて連続殺人鬼にでも遭遇すれば、とてつもなく役に立つだろう。

 だが、この日本でそんな奇特な事態が発生する確率は宝くじの一等当選並みに低い。

 そんな平和な世の中において、辛く厳しい稽古を受けてまで殺人剣を習おうなどと言う奇特な者は一部の物好きしかいない。

 その一部の物好きが今ここに倒れている門下生達なのだが、こやつらは少しシゴいただけで逃げる者が殆どだ。

 根性がない。

 だが、根性がなくても、今の世の中ならば生きていける。

 世の中が平和過ぎて、我が家はおまんま食い上げである。

 誠に、嫌な世の中になったものだ。


 それでも門下生が全滅しないのは、父の優しい、別名生温い指導方針のおかげであろう。

 昔は門下生が死んでも責任を取らないような修羅の門派だったらしいが、今では見る影もない。

 だからこそ、私の秘めたる願望が大きくなる。

 それこそ思わず口から漏れてしまう程に。

 決して叶えられない夢とわかっているが故に、羨望してしまう。


 私は、時代に見放されたこの剣術が好きだ。

 死条一刀流が好きだ。

 幼き日に、父が庭で真剣を振り回し、死条一刀流のいくつもの型を見せてくれた時から、私はこの剣術の魅力に取りつかれた。

 あの時の父は最高に素晴らしく、最高に輝いて見えたものだ。


 私もあの技を使ってみたい。

 私もあのような素晴らしい存在になりたい。

 その一心で私は努力した。

 学業や睡眠以外の時間を全て鍛練に費やし、齢21にして父から死条一刀流免許皆伝を授かるまでに努力した。


 そこまでして極めた技だ。

 実際に使ってみたいと思うのは自然の摂理であろう。


 だが、この平和な御時世で、そんな機会には恵まれない。

 門下生相手に振るえば、今のように少し本気を出しただけで全員倒れる。

 相手にならない。

 唯一、父や高名な武術家の方々を相手に戦ってる時ならば少しは楽しいのだが、死条一刀流は殺人剣だ。

 本当の意味の本気で戦ってしまえば、私が勝った時に相手を殺してしまう。

 そして、それは許されない。

 故に、私は生涯においてただの一度も、この大好きな剣術を思う存分振るった事がないのだ。


 極めた技を思う存分振るってみたい。


 それが私の秘めたる願望。

 殺人剣を全力で振るう。

 それ即ち、殺し合いをしてみたいという事に他ならない。

 だが、私とてまともな倫理観くらい持っている。

 やっていい事と悪い事の区別くらいつく。

 だから我慢してるのだ。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。



「ハァ……」


 父の説教からやっと解放され、道着姿のままに道場を出て、中庭で夕陽を眺めながらため息を吐く。

 私はどうにも、生まれてくる時代を間違えたような気がしてならん。

 何かの奇跡が起きて、戦国時代辺りにタイムスリップでもしないものか。

 思わず、そんな奇天烈(きてれつ)な事を考えてしまう。


「ハァ……む?」


 再度ため息を吐いた時。

 私の足下で何かが光っている事に気づいた。

 夕陽の光に紛れてわかりづらいが、どうも複雑な模様をした円形の光らしい。

 幼き頃に見ていたアニメの魔法陣に似ている気がする。


「なんだ、これは?」


 思わずそう呟いてしまった、次の瞬間。

 魔法陣は夕陽の光をかき消す程に強く発光し、その光に飲み込まれて、私の姿はその場から消えた。

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