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襲撃

 ケンキはメイを運んでいる間からかわれて続けていた。

 運び終わってからもメイの同僚の女性陣にからかわれ疲れる。

 それに迷宮での疲れが合わさり疲れ果ててしまっていた。


「今だ!」


 だからこそ強引に腕を掴まれクスリを打たれてしまう。

 ケンキはクスリを打った相手を投げ飛ばすことが出来たが力が入らなくなってしまい、そのまま迷宮へと隠されて運ばれていった。


「………証拠を残さないために最低限の攻撃か。それに、たしかに迷宮なら死んでしまって事故としか思われないな」


 ケンキはそう言って苦笑する。

 目の前には明らかに強化された魔獣。

 そして今の自分はクスリを打たれて満足に動けない。

 絶対絶命のピンチだ。


「満足に動けない身体。目の前には強化された魔獣……か」


 ケンキは視線を地面に向けた。




「はっ、ここまでか。メイと親しくしていた癖に簡単に終わったな。後は嬲り者にされるあいつを見るだけだな」


 ケンキを殺すために協力者を集めた男ファルアが清々するといった様子で口に出す。

 それに他の者たちも、それぞれが笑みを浮かべる。


「本当にな。いくら強いからって、メイさんに構われるからそんな目に遭うんだよ」


「身の程を弁えろって感じよね」


 多くの者がケンキのピンチに笑っている。

 誰一人としてケンキが死んで当然だと考え、助けようとも考えていない。

 だから、目の前で起きる光景が信じられなくなる。


「だから?」




 ケンキは楽しそうな笑みを浮かべて立ち上がる。

 今も薬の影響を受けて本来なら立ち上がれない筈なのにだ。

 その状況にありながら立ち上がれた理由はただ一つ。

 誰よりも強くなりたいからだ。

 満足な状態で今の状況を乗り越えられたら強くなるとケンキは確信している。

 だからこそ立ち上がれる。


「遅い」


 そして一瞬で目の前にいた魔獣を切り伏せた。

 その後にファルアたちが隠れている方向へ視線を向けて嗤った。




「ひっ…!」


 その笑みを見たケンキを殺そうと策謀を巡らせた者達は腰を抜かして地面に尻を付く。

 それと同時に詰まらなさそうな視線になり、背後から襲ってくる魔獣を纏めて両断する。

 一緒に居たファルアは醜態をさらさなかったが膝が降る経てしまっている。


「皆、ケンキが魔獣に襲われている間に移動するぞ。隠れている場所が見抜かれていると考えるべきだ」


 ファルアの言葉に全員が頷いて移動しようとする。


「はーはっはっはっっは!!」


 ケンキの笑い声が聞こえてきて恐怖の感情が湧き上がってしまって立ち上がろうとしても立ち上がれない者もいる。

 そんな者には近くの者が肩を貸して移動していった。


「クソ!やはりタダではいかないか!」




「………移動したか?」


 ケンキは自分に薬を打った犯人が移動したことを何となく察する。

 同時に鬼ごっこかと懐かしい気持ちになって笑みを零してしまう。

 追いついたら逆に俺が殺してやろうかと、まさしく鬼のような考えを胸に抱きながら。

 やられた分はやり返さないと気が済まないのだ。

 迷宮内なら事故と処理されて好都合なのは、こちらも同じだ。

 迫りくる魔獣も強化されている魔獣も関係なしに殺していく。


「さて強化された魔獣だけなわけが無いよな?」


 体は満足に動かせない。

 だから走ることも出来ない。

 このままでは追いつけずに逃げられるだろう。

 逃がす気は無いからこそ、今の自分の身体の状況に苛立つ。

 そして考え付くために他に自分を殺す案が無いのか不安になる。

 一つだけだとしたら本気で殺す気だっとのか心配してしまう。


「……良かった。ちゃんと殺す気はあったのか」


 ケンキはそう言って死角から襲ってきた魔法を斬り、同時に飛ばした斬撃で魔法で攻撃した相手の足を切り落とす。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 そして自分を殺そうと計画を立てた主犯の元を目指して歩き続ける。

 そうであろう名前を聞いたが顔は知らない。

 だが誰なのかは見れば何となくわかる。


「……そういえば、どれくらいの数の者が俺を殺そうとしているんだ?それに何人が死ぬんだろうな?」


 ケンキは容赦をする気は一切ない。

 先程、足を切り落とした者も放っておけば出血死や魔獣に襲われて死ぬかもしれないが助け気は無い。

 死んでも、所詮その程度かと思うだけだ。

 今もそうだ。

 魔法で攻撃してくる相手の腕や足を切り落とすだけ。

 そして血の臭いで接近していた魔獣がいるが無視をする。


「待て!頼む!待ってくれ!」


 助けの声にケンキは無視をする。

 命を狙った相手に助けを求めるなんてプライドが無いと思っている。

 自分の命を奪おうとしている者を助ける義理は無い。

 後ろから断末魔の叫び声が聞こえようと無視をする。





「クソ!何でだよ!?聞こえているはずだろ!助けてくれよ!?」


 今にも魔獣に殺されそうな者はケンキに八つ当たりをする。

 原因が自分にあるとは夢にも思っていないようだ。


「助けに来たぞ!手を取れ!」


 そこに共にケンキを殺そうと手を取りあった者達が集まる。

 本来なら持ち場を離れる訳には行かないのに助けてくれたことに涙が浮かんでしまう。


「何を泣いているんだ?仲間を助けるのは当然だろう?」


 その言葉に感極まって涙がこぼれる。

 それに対して助けに来た者達は苦笑をするが、どこか温かい空気が漂う。


「………なんだ?何か集まっているな」


 何故か離れていたはずのケンキの言葉が耳に響く。

 同時に激しく嫌な予感が襲ってき、背筋が寒くなる。


「かがめぇぇぇぇ!!」


 何処からか響いた声が遠く感じられ目の前にいた助けようとした者たちの腕が、足が切り捨てられて倒れた。


「うわぁぁぁぁぁ!!」




「クソが!本当に容赦が無いな!」


 ファルアは悲鳴が聞こえて悪態を吐く。

 ケンキの容赦ない行動には自分たちのしようとしてることを棚に上げて文句があるようだ。


「皆、俺はケンキに斬られた者達を助けに行く!皆はケンキを攻撃せずに待機をしてくれ!」


 ファルアの指示に首を縦に振って従う。

 先程からケンキは攻撃してきた者ばかりカウンターで仕掛けている。

 もしかしたら、わざと攻撃されることで自分たちの位置を把握しているのではないかと推測している者もいる。

 助けに行った者達が斬られたのはどこかで移動していることを見抜かれたからだと判断している。

 その点、ファルアなら集まった者達の中でも一番強いから安心して任せられる。


「一番、強そうだ」


 ケンキの言葉と共に斬撃が飛んでくる。

 斬撃なのだ。

 目に映るわけでもないそれを振り抜いた形から横か縦かを予想してその場から一気に離れて避ける。

 避けたことにドヤ顔でケンキを見てみるが表情が変わらない。

 避けて当然だと思っているような表情に、むしろファルアが苛立つ。


「……と、それよりも貴様らだな。大丈夫か」


 ファルアは早速、腕や足を切り落とされた者達の救助に意識を切り替える。

 夥しい量の血が流れているが、未だ誰も死んでいないことに安堵の息を吐いた。


「痛いだろうが強引に治療するぞ。くっ付いても動かすなよ。完全に治るまでは安静にする必要がある」


 そう言って治癒魔法を掛けていくファルア。

 瞬く間に繋がっていく腕に意識が有る者は感謝の視線を送る。


 これもまたファルアを排除できない理由だ。

 何故か治癒魔法は使える者が数少ない。

 ファルアの様に切り落とされた腕を繋げる芸当を学生の内に習得している者はファルアだけだろう。

 だから学園から排除するのは教師たちの意見もあって難しい。


「決して反撃をするなよ。今から仲間を呼んで来る。そいつらと撤退しろ」


 ファルアの言葉に悔しそうに頷く。

 わかっているのだ。

 今の自分達では足手纏いにしかならないと。

 悔しさはあっても不満は無い。


「ファルアさん!予想通りです!あの男はファルアさんにしか興味を持っていません!たしかに貴方が囮になれば他の皆は逃げられるでしょう!」


「な……!」


「そうか。そういう割にはここにいる者たちを連れて撤退できる数しかいないようだが?」


 ファルアの言葉に頷き説明する。

 話を聞く限りでは逃げる気は無く、ファルアと共にケンキを挑むつもりのようだ。

 ケンキの実力を目の当たりにして、そう考え一緒に戦ってくれることにファルアは嬉しそうにする。


「わかった。頼りにさせてもらう。絶好の機会だと思ったら俺のことは考えずに全力で攻撃しろ」


「それは……!」


「あいつは格上だ。本来なら動けない筈の薬を打ったのに関わらずに逆に俺たちを追い詰めるほどにはだ。その事はお前も分かっているはずだ」


「……わかりました」


 ファルアの指示に不満を持つがこちらにゆっくりとだが歩いてくるケンキを見ては頷くしかない。

 それを確認してファルアはケンキの前へと向かう。

 その最中にケンキは何も言わずに斬撃を飛ばしてファルアへと攻撃する。

 そして片腕が飛ばされた。


「「「「「ファルア(さん)--!!」」」」」





「うるさいな」


「貴様……!何でここまでする!?」


 その質問に答えずにケンキはファルアが降りてきた場所を重点的に魔法を使って攻撃する。

 殺せなくても良い、ただ逃がさないためにだ。

 敵を殺すかどうかは別として誰が殺しに来たかは確認したい。


「貴様ぁ!」


 そしてファルアは身動きが取れない味方を攻撃されたことに激昂してケンキに槍を構えて襲いかかる。

 だが槍の柄を切り落とし腹を拳で殴り飛ばす。


「もしかして逃げるのを防いだのにキレたのか?」




 ケンキはふざけていると思う。

 もしかして殺しに来たくせに許してもらえると思っているのだろうか?

 そんなことあるわけがないのに。


「………あぁぁぁぁ!!」


 ケンキの言葉に言いようのない怒りがファルアを襲い武器を壊されたが、それを捨ててケンキに襲い掛かる。


「何で怒っているのか理解できない。俺を殺しに来たんだろ?わざわざ薬を使って弱らせてまで。なら逃げるなよ。逆に殺してやる」


「………っ」


 ケンキの言葉には殺気は籠っていない。

 怒りも憎しみもだ。

 まるでただ言葉にしているだけにしか聞こえない。

 いや、それが事実なのだろう。


「ふざけるな!お前は俺たちを殺したいだけだろ!」


「そうだけど。お前らと同じだ。俺一人を殺すのに薬を使って弱らせ、策謀を巡らせるお前らと同じ。何か文句でも」


 ファルアも分かっている。

 客観的に見れば悪なのは自分なのだと。

 ケンキの行動も行きすぎかもしれないが正当防衛として見られるだろうことも。


 それでもメイと自分以外の誰かが仲良くするのが気に入らないのだ。

 例え、その結果だれかが死のうとも何とも思わない。

 それだけ愛しているのだ。


「気持ち悪いな。自分が幸せなら相手が何を考えていようが興味が無い。いや、それは今俺を殺そうとしている全員か?」


 ケンキの言葉に全員が怒りを湧く。

 自分たちはメイのことも考えているのだと。

 中には我慢できずに魔法や槍で攻撃する者もいる。

 だが後ろから攻撃だろうがケンキは全てを避け、逆に回転して全方位に斬撃を飛ばして反撃する。


「え……?」


「がっ……」


「………あぁぁぁぁ!」


 その所為で絶叫が響き渡る。

 先程までとは違い手足を狙ったモノではない。

 殺してしまっても良いと考えて放った一撃はケンキにとっての敵の戦闘能力を奪う。

 幸いにも誰も未だ死んでいないが時間の問題だ。


「すまない!俺が悪かった!だから治療させてくれ!!」


 仲間の為に殺そうと思うぐらいに邪険にしている相手に頭を下げる。

 感動的かもしれない。

 実際に、その言葉を聞いた皆は感動で涙を浮かべる。


「それで俺を殺すと決めている奴らを見逃せと?嫌だよ、お前らは殺す」


 当然だ。

 ケンキは命を狙われた。

 土下座をされようが許す気は一切ない。

 

「そうか。こうなったら最後の手段だ。貴様を殺してでも救けてみせる」


 その言葉にケンキは深い溜息を吐いた。


(そもそも俺を殺そうとしているだろ)


 そう思ったのが原因だ。

 自分より弱い癖に何を言っているのかという考えは一切ない。

 それよりも、どうあっても俺を殺そうとする考えに呆れる。


(それにしても薬を打たれて万全じゃない状態の俺に勝てないとか。わざと連れ去られた意味が無いな)


 本気なら最初の時点で薬を打たれようが動けた。

 後から何人も来ようが問題も無かった。

 それでも連れてこられたのは万全じゃない状態で戦う経験を積みたかったからだ。


「あぁ!!」


「らぁ!!」


「ふん!!」


 槍が壊された為に拳でケンキに挑んでいるが全く相手にされていない。

 全てを紙一重で避けている。

 そして。


「思ったより早く全快したな」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 ファルアの腕を切り落とす。

 腕を切り落とされた痛みに絶叫を上げるファルアの腹を蹴って宙に浮かせる。

 腹を抑えて悶えるファルアを無視して動く。

 その移動には衝撃波が伴っているせいで直接浴びたファルアは吹き飛ぶ。


「ちくしょう……。何をしていたんだお前は……?」


 そして一瞬後に戻ってきたケンキにファルアは問いかける。

 何をしていたのかは血に濡れた大剣を見て本当は察しているのに。

 信じたくないと必死に否定している。


「あぁ、全員の腕と足を切り落とした。直接、殺すよりは迷宮にいる魔獣に食われた方が事件性が減るだろ?」


「---------!!」


 自分も同じことをやろうとした。

 それも数多くの仲間を集めて一人を事故と見せかけて殺そうとした。

 だけど、こいつは一人で俺たち殺そうとした全員を事故に見せかけて殺そうとしている。

 俺たちが協力し合ったのは罪の意識を減らそうと考えたからかもしれない。

 だけど、こいつは罪の意識を全く感じずに。

 まるで、そこらにいる虫を殺すかのような視線で実行しようとしている。

 そこまで考えて恐怖でファルアは声にならない絶叫を上げる。

 完全に手を出してはならない相手に手を出したと理解したのだろう。


「あ。心が折れたのか?眼の光が消えている。………それにしても好都合だな」


 心が折れたファルアを蹴飛ばして振り返ると、そこには巨大な魔獣がいた。

 しかもご丁寧に強化されており、おそらくは強化した魔獣が完全に支配される前に逃げ出したか術者を殺したのだろう。

 少しは楽しめそうだとケンキは笑みを浮かべた。






「グルゥ…」


 その魔獣はライオンの身体に蝙蝠の翼が生えている。

 そして何よりも注目すべき点は、その巨大さだろう。

 優に縦に見ても五メートルほどの巨躯を誇っている。


「まずは小手調べだ」


 そしてケンキは言葉通りに斬撃を飛ばすが切り傷が付くだけ。

 今まで切り裂いて来たからこそ、これまでの魔獣より頑丈であることが理解できる。

 そして、その傷も一瞬後には全快させられる。


「あはっ」


 その事にケンキは嗤う。

 とても、とても楽しそうに。


「グルゥウウ!!」


 ケンキの反応に魔獣は怒りが湧く。

 本能で理解したのだ。

 この男は自分を玩具として見ていると。

 その考えを改めさせようと牙を向けた。

 最早、自分を改造した者達はどうでも良かった。

 本来なら、この場にいる自分を改造した者達を最優先で殺すべきだが全員がどこかしら切り落とされていて何時でも殺せると判断してのことだった。


 そして魔獣は後悔する。


「すごいな。何度も何度も斬り付けているのに傷跡一つ残らずに回復している」


 確かに傷は回復する。

 だが付けられた傷に痛みが無いわけではない。

 だから何度も攻撃を受けている訳にはいかないのだ。


「………おぉ。斬撃を飛ばして切り落とせなかったのは距離の問題もあったのか?直接なら切り落とせるようだし」


 魔獣は言葉通りに、脚を、羽を、牙を、目を、潰され切り落とさせる。

 その度に絶叫と共に回復する。

 その間にも身体の何処かしら切り落とさえ絶叫に次ぐ絶叫を上げる。


「-----!!?」


 その瞳には涙が浮かんでおり魔獣であろうと経緯を見ていた者達からすれば救けたくなる。

 だが、近くにはケンキが返り討ちにした者しかいない。

 誰も救けられない。

 このまま魔獣はケンキに嬲られ続けるしかない。


「少し疲れたな……」


 そう言ってケンキは大剣をしまう。

 それを見て絶好の機会だと思ったのか魔獣は力を振り絞って逃げようとする。


「次は素手で試してみるか」


 だが今度は素手で後ろ脚を引き千切られる。

 続けて羽もだ。

 剣とは違い、捻じりも加えて有るせいで痛みは更に辛くなる。

 まだまだ魔獣の絶望は終わらない。





「………かっこいい」


 そんなケンキを見て顔を赤らめる少女がいる。

 憧れの先輩であるメイに気に掛けられているのが気に食わなかった。

 それなのに今は、そんなことはどうでも良いと思っている。


「元気だな」


 大剣ではなく素手で魔獣を拷問しているケンキにメイよりも憧れの感情が強く抱いてしまう。

 強いということは特別なんだと魂の底から理解する。

 何故なら今も自分では決して敵わない魔獣を格下として扱う姿に頬が赤くなる。


「----!?」


 泣き叫んでいる魔獣など興味が無い。

 むしろ折角強くしてあげたのに逃げ出した魔獣など腹立たしいだけだ。

 だけど同時にケンキの強さをその身で証明してくれていることに感謝もしている。


「----!!?」


 また魔獣の声が響く。

 ケンキの強さを見れて満足しているが、同時に悲鳴が煩く感じる。

 耳に響いて集中してケンキを見れない。

 見ればケンキも殺せないことが理由で魔獣を相手にしているのだろう。

 もしかしたら協力を申し込めば接近できるかもしれない。

 自分なら再生能力を無くすことが出来る。

 何故なら付与したのは自分だからだ。


「ねぇ……」


 声を出してから気付く。

 こちらからケンキを見れるが距離がある。

 魔獣の悲鳴もあって大声を出しても気付かれないだろう。

 だから両足を切り落とされて倒れたまま、両手で這いつくばってケンキの元へと移動する。

 両足を失ってしまって移動が不便になったがケンキに切り落とされたと考えれば悪くない。

 むしろ殺そうとした自分の戒めとして丁度良いと考える。


「………?」


 途中で爪が剥がれながらも接近していくとケンキに気付かれる。

 そんな事にさえ嬉しくなる。

 魔獣を引きずりながらだが近づいてくれることが嬉しい。


「何の用?」


 ケンキが質問してきたことに、その魔獣に再生能力を与えたことは自分だと説明すると感心の声を上げられた。

 その事が心地よい。

 これだけ強い相手でも驚かせれたことに楽しくなる。


「それで?」


 意外と鈍い。

 付与できるということは剥奪できるということ。

 つまりは何度も再生する魔獣を殺せるということだ。

 魔獣は、その言葉を聞いて嬉しそうになる。


「必要ない」


 そしてケンキは、その言葉通りに力を借りることなく魔獣を拳で殺した。

 その光景に情念の籠った溜息が漏れる。





「馬鹿な………」


 ファルアは目の前の光景に夢だと疑いたくなる。

 どんな傷を負おうとも一瞬で再生するはずの魔獣。

 それなのに最終的には拳の一撃で終わらせた。

 再生能力を奪ったわけでもないのに殺せたことが理解できない。


「え?………今、どうやったの?」


「思いきり殺すつもりで殴っただけ。詳しい説明は無理。俺もわからない」


 魔獣に再生能力を付与した少女の質問にケンキは答えない。

 ケンキの表情からして本当に理解していないように見える。


「それじゃあ」


 ケンキはそれだけを言ってここまで這いつくばって来た少女を抱き上げることもなく、この場から去ろうとする。


「待て!俺たちを助けようとしないで何処に行くつもりだ!」


「お前ら全員、死ね」


 ファルアの言葉に何の関心の無い声で返され心が凍ってしまいそうになる。

 ケンキは自らを殺そうとした者を助ける気は一切無い。

 これからの生活に邪魔になりそうだから、いっそここで死んでしまえとも思っている。


「あぁ、そうですよねぇ」


 だが顔を赤くしてケンキの言葉を受け入れている少女もいる。

 魔獣を強化した少女だ。

 圧倒的な実力を魅せ付けられて惹かれてしまっている。


「すいませんが、どうせ死ぬのなら貴方様の手で殺してください。それなら極楽な気持ちで死ねます」


 そして続けられた言葉に聞いていた者たちの背筋が凍る。

 顔が赤く上気していて本気で言っていることが分かる。

 もしかしてケンキを殺すとことに協力したのは殺されるためだったのではないかと訝しんでしまいそうになる。

 本気でメイと親しいことに嫉妬して殺そうとした姿からは信じられない。


「気持ち悪い」


 そんな言葉と共にケンキは無視をして去る。

 嫌悪の表情から本気で言っていた。


「あんたらって、運が良いんだな」


 続けられた言葉にケンキを殺そうとした全員が首を傾げてしまう。

 どういうことか聞きたいが既にケンキは誰一人助けることはせずに去る。

 本当に俺たちが死んでも何とも思わないのだろう。

 むしろ殺しに来た者達が死んだと聞いて精々するかもしれない。


「ケンキ!大丈夫か!?」


 声が響く。

 ファルアたちを助けに来た声では無い。

 おそらくはケンキが襲われたことを察して救けに来たのだろう。

 当のケンキは既に帰ってしまったが。


「これは………!?」


 そしてファルア達を見て絶句している。

 誰しもが手や足といった違いはあるが切り落とされているのだ。

 流れている血の量に未だに誰も死んでいないことが奇跡だ。





「それでケンキを殺そうとして返り討ちにあったで良いのだな?」


 ロングの言葉にファルアは無言で返す。

 どれだけ規格外だったとしても新入生を殺そうとして逆に殺されかけたのはハッキリと言いたくはない。

 だがロングは確信している。

 自分もファルアに命を狙われた経験があるからだ。

 証拠は無いが確信もしている。


「愚かだな」


 ロングの言葉にファルアは何も言い返せない。

 何を言っても今の結果が全てを語っている。


「で、正確なことを教えてくれない?どうやってケンキを殺そうとしたとか、返り討ちにあった内容とか聞きたいんだけど?」


 ノウルの質問にケンキにやられたことを思い出す。

 クスリを打って満足に動けないのに斬撃を飛ばして反撃されたこと。

 動けるようになったらメンバー全員が体のどこかしらを切り裂かれたこと。

 逃げられたが最高傑作と言っていい魔獣相手に最後は素手で圧倒した姿を思い出す。

 どんな状況でも圧倒的な実力で勝った姿が理想の存在に見える。


「…………そ、そう」


 気付いたらファルアは自分が仕出かしたことも、それよりもケンキの行動を自慢げに話していた。

 少女と同じようにファルアもケンキにメイよりも憧れてしまったのだろう。

 そして、それは二人だけではなくケンキを殺そうと集まった者達、全員がだ。

 目の前で圧倒的な強さに目が焼かれてしまった。

 もう他の者は例えメイであっても目に入らない。


「なんかファルアの奴、ヤバくないか?」


「うん。具体的には対象は変わったけど悪化しているよね」


 ディンとサナもファルアの変化に少し引いている。

 ここまで急に人は変わるのかと信じられない気持ちだ。


「それで俺はどうなるんだ?」


「ケンキの意思次第だ」


 どういうことかとファルアは首を傾げる。

 聞くところによるとケンキがクスリを打たれた場面も連れ去られた姿も犯人の顔は隠されていたが見られていたらしい。

 そしてファルアたちが命の危機にあったこともケンキの抵抗の結果だと判断されたようだ。


「まぁ、否定はしない」


「そうか。それとだが………」


 ファルア達の処分についてはケンキの意見が優先されるようだ。

 どんな結果であれ加害者はファルア達でありケンキは被害者としてみなされている。

 むしろ殺していないことに驚いてもいたらしい。


「相手がケンキで良かったな。俺たちなら確実に殺していた」


 その言葉にファルアは首を横に振る。

 最後はともかくケンキは自分達に無関心だったと言葉にして。

 無関心だったからこそ自分たちは生きていると。

 確実に自分たちが生きていようが死んでいようが興味が無かった。


「………そうか」


「きっと俺は心が折れたんだろうな。ケンキの実力に。そして、その時の俺たちを見るケンキの視線に」


「……………そうか」



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