新しい日常
ケンキが学園の教室に入ると教室の中にいる生徒全員が注目する。
それは教室に入る前からであり、学園の寮からずっとであり少しだけケンキは不快になる。
話があるなら聞きにくれば良いのに、ずっと遠くから眺めるだけ。
だからと言って聞こうとすると逃げられてしまっていた。
「ケンキ……。大丈夫か?」
ユーガはそんなケンキに心配そうに声をかける。
正直に言って幼馴染だからこそ分かるが今にもケンキは暴れたそうになっている。
ドラゴンと互角に戦えると知っているユーガからすれば、いつ暴れてしまうのか不安だ。
「なんなんだ。ずっと見てきて文句があるなら言えばよい。言われても俺は怒らないし、暴力も振るわない」
ケンキの言葉にユーガは確かにと頷く。
これでケンキは自制心が強い。
決して不快だからと理不尽に攻撃しないのがケンキだ。
一つ間違いがあるとすれば見られているのは文句があるからということでは無い点だろう。
「………ねぇ。ちょっと良い?」
そのことをユーガが話そうとしたがサリナが先にケンキへと話しかける。
真剣な表情であり何の用かと真面目に聞こうとケンキも身構える。
「悪いけど屋上で聞きたいから付いてきてほしいの。できれば聞かれたくない」
サリナの質問に頷き、ケンキはカバンを置いて付いて行った。
「ねぇ。ユーガ君、サリナちゃんって、やっぱり……」
ケンキとサリナが教室から出た後にクラスの女子がユーガに質問し、それに頷く。
「そうだ。昔から好きだったんだ」
ユーガの発言にクラス中が通夜になる。
すでにケンキがこの国の王女と婚約したことは知らされている。
だからこそ失恋したことに空気が重くなる。
誰も悪くないからこそ、責めることもできない。
「ねぇ、ケンキ?」
「………何?」
「シーラさんと婚約したって本当?」
本当も何も国中に発表されたことはケンキも知っている。
それなのに質問してくる意味が分からないがケンキは頷いて答える。
「………ねぇ、私じゃダメだったの?」
「………もしサリナが先に告白していたら受け入れていたと思う」
ケンキにとって、それは事実だ。
もし告白をされていたら受け入れていた。
「なら!私と付き合って……!」
「……無理」
だが、それは以前までの話だ。
すでにシーラと婚約している身としては、それは受け入れられない。
二股など一切する気になれない。
脅されている以上に二人以上に女性としての特別扱いをするのは面倒くさい。
「………そうなんだ」
ケンキはサリナを置いて先に教室に戻る。
そして。
「うわぁぁぁぁ!!!」
ケンキが屋上から出た後にサリナは泣いた。
自分が選ばれなかったことに。
そして自分から告白をしなかったことに。
ケンキ自身が言っていた通りに自分から告白すれば今、付き合っていたのは自分だったのだと考えている。
そして、それは間違いではなかった。
「なんで!なんで!なんで!私のほうが先に好きになったのに!ずっと一緒にいたのに!なんで私を選んでくれなかったの!?なんで私は告白をしなかったの!?」
選ばれなかったことに涙を流す少女。
その嘆きは声が大きいために屋上の近くにいた生徒や教室に聞こえてくる。
当然、屋上から出たばかりのケンキにも聞こえてきた。
だがケンキは屋上に戻る気は一切ない。
自分にも関係があるために、どう慰めれば良いのか分からないし関わるべきではないとも思っている。
「…………誰か女子が慰めてやれないかな?」
なんとなく男子に任せるのは危険だと考え、女子が慰めてくれとケンキは祈っていた。
「なぁ、ユーガ……」
「できれば何も言わないでくれ………」
ユーガが在籍しているクラスにもサリナの鳴き声が聞こえてくる。
サリナが振られたことを理解して空気が重くなってしまっている。
二股されるよりはマシだが、それでも見知っている人間が振られたことを知ってしまうのは居心地が悪くなる。
贅沢かもしれないが、もっと遠くでやってほしかった。
「………女子連中でサリナを慰めてやって欲しいんだが」
そんな中、ケンキは教室の中に入って一番にそんなことを言う。
男子よりはマシかもしれないが平然とそんなことを言ってくるケンキにムカついてくる。
「あんたは慰めないの」
「……フッた男が慰めるのか?」
嫌味を言うが正論を返されてイラっと来るクラスメイト達。
だから本気で困らせてやろうと屈辱的なことを口に出す。
「土下座したら女子も言ってくれるんじゃね」
「そうね」「それは良いわね」「やりなさいよ」「どうせやらないでしょうけど」
ドラゴンと戦える相手だろうと関係ない。
腹が立ったから困らせようと考えたこと。
これでしなかったら本当は幼馴染なんてどうでも良いと責めてやろうと考えていた。
「………これでよいか?」
だがケンキが土下座をしたことで空気が固まる。
まさか本気でやるとは思わなかった。
土下座をされた勢いのままにクラスの女子たちは屋上へと行く。
そもそもケンキの反論はイラっとは来たが正論なのだ。
そして、屈辱だろう行動だろうに土下座までして頼んできた。
幼馴染を心配していたのは本気だと理解してしまった。
「なぁ……」
ケンキが土下座をされて黙っていない者もいる。
「なんで土下座をさせたんだ?」
ユーガから怒りの感情をぶつけられてクラスメイト達は肩を震わせてしまう。
「言われたとおりに土下座をしたケンキにも言いたいことはあるが、それ以上に土下座をさせたお前らに腹が立つんだが?」
クラスメイト達はケンキに強要させた土下座を今度は自分達がする。
ケンキはユーガが怒っているのは俺のためかと理解して感謝するが、今度はクラスメイト達が土下座をしたことに理解が追い付かないでいた。
土下座とはそんなに軽いものなのかと思ってしまう。
「ついケンキにムカついて。女の子を振ったのに平然としているからどうでも良いのかと思ってしまったんです!」
ケンキには当然、どうでも良いとは思っていなかった。
そもそも本気でどうでも良かったら土下座をしてまでフォローを頼んでいない。
どうして、そう思ったのか疑問だ。
「………そんなに平然としているように見えた?」
「そりゃもう」
「……ほとんど表情が変わっていなかったからな。誤解されてもしょうがないが……」
そんなに表情が変わっていなかったかとケンキは首を傾げてしまう。
これでも変化をしているつもりだった。
「理由は分かったが、それでも土下座をさせるのは止めろ」
「……そうですね。ケンキもすまなか「……土下座は命を奪っても良いという意思表示。殺されても文句は言えないし、軽々しくするものではないな。俺はわかっていてしたけど」……は?」
そんな話は初耳だ。
初耳だが、今話すことかとクラスメイト達は思ってしまう。
「全くですね。しかも少なくとも貴方は王族の配偶者として選ばれている。それなのにこんなものども相手に土下座をするとは」
「大切な幼馴染相手のためとは言え、今度からは止めて下さい。学生という未熟者よりも貴方のほうがはるかに重要です」
ケンキの言葉の後に二人の男女が教室に入ってくる。
男のほうはケンキに尊敬の眼差しを送っており、女のほうは忌々しそうに見ている。
学園でも初めて見る二人にクラスメイト達は困惑する。
「…………転入生?」
「えぇ、そうです」
「………」
ケンキの質問に嬉しそうに答える男と不機嫌そうに顔を逸らす女子。
明らかにケンキと関りがありそうな二人に教室にいた全員がケンキに視線で問う。
「……一応、言っておくけど俺はこの二人は知らない」
ケンキの言葉に男は苦笑し、女はいら立つ。
この二人も対照的だ。
「……悪い。ケンキがこうだし説明してくれないか?」
「えぇ。私たちはケンキに鍛えられたことのある騎士候補ですね。彼が覚えていないのも仕方がないでしょう。彼の訓練に全くついていけずに何度か倒れていましたし」
「………ギリ」
男の説明に女は悔しそうに歯ぎしりしケンキを睨む。
そしてケンキは訓練の最中に倒れていた者たちを思い出そうとするが首を傾げる。
思い出そうとしても難しいのもあるのだろう。
初めてケンキの訓練に参加するものは体力が持たずに倒れるものが多い。
その中の一人を思い出すなんて特別な相手以外は特に興味がないケンキには辛いだろう。
「そうか……」
女のほうがケンキを嫌っているように見えるのも相手に全くされていないからだろうと予想がつく。
おそらくは自分に自信があったのに粉々にされたから執着しているのだろうと想像する。
「ごめん!みんな転入生が来るんだけど、どこに行ったか探しているからHRが遅れるわ!」
「………転入生ならいる」
教師が教室に入っての言葉にケンキは転入生ならここにいると返し、他の生徒たちは転入生に視線を送る。
何も言わずにここまで来たのかと言外に責めている。
もしかしたら、この二人のせいで時間を無駄に使うかもしれなかった。
「なんでここにいるのよ……」
「ケンキのいる教室に向かっても良いかと許可は貰いましたが?どうせ同じクラスになるんですし」
「それでも普通はどこにクラスになるか聞かない?」
「コネでどこのクラスに配属されるか決まっていましたしね。ケンキの場所がわかれば、そこにいれば良いだけですし」
男の言葉にコネでケンキと一緒のクラスになるとは、と疑問を覚えてしまう。
もしかして女のほうも同じではないかと疑う。
「私たちはケンキが婚約をしたくせに浮気をしたりしないか監視するために来ただけよ」
「そういうことです。それに将来のために鍛えてもらえないかと私は思っているんですがね」
浮気防止のために人員を送り込んでくる王女。
愛が重いというか束縛してくるなぁと思ってしまう。
ケンキは不満に思わないのだろうかと考えてしまう。
「………そう」
「一つ言っておくけど、浮気でもしたら私はどんな手を使っても貴方をシーラ様と別れさせるわ」
「……好きにすれば」
酷く敵意を持っている女相手にケンキはどうでも良さそうに返す。
そんな明らかに相手にされていない態度に女は更に敵意を燃やしていた。
(………どんな関係なんだ?)
ユーガはシーラが単純にケンキに敵意を燃やしている相手を送ってくるはずがないと考えていた。
前の顔合わせの時に好きなのを知っている。
だからこそケンキに敵意を燃やしている相手を送ってくる理由に考えていた。
「………面倒くさいな」
「何がよ?」
「………お前ら俺の礼儀作法に口を出す気だろ?しかも矯正させる気だし」
「そうよ。本当は嫌だったけど特に年齢の近い私たちが選ばれたのよ」
「安心してください。平民で普段から礼儀作法を心掛けている者は少ないですし、そもそも覚える機会が少ないですからね。その辺も考えていきますので」
「はぁ?最初から厳しくやったほうが覚えるでしょう?」
「否定はしませんが一気に教えられても覚えられないのが普通では?」
まるで平民の貴様らと貴族の私たちでは違うと言われた気になってクラスメイト達は二人にムカついてします。
それは教師も同じようで笑顔に青筋が浮かんでいる。
「………平民と貴族は違う」
そんな中、急にケンキがそんなことを言い出す。
突然のことに誰しもが急に何を言っているんだと視線を向ける。
「………平民が遊んでいる最中にも勉強しているのが貴族だ。………そして幼い頃から色々と詰め込まれている。………基本的に平民より貴族が優秀なのは幼いころからの努力の差だ」
二人はケンキの言葉に何を当たり前のことをいう顔をする。
他のクラスメイト達はケンキの言葉に貴族と平民は違うと言った理由に納得する。
「……特に礼儀作法は相手を不快にさせないようにと厳しく仕込まれているからな。普段の所作から貴族と平民は一目で分かるほどの違ってくる」
そこで全員が平民と貴族は違うと言うケンキの言葉の意味を理解する。
そして。
((((((言い方ぁ!!))))))
ケンキの言い方に内心で文句を口にする。
直接口に出さなかったのはケンキの言い方に頭を抱えて呆れてしまったのが理由だ。
「………あと貴族連中は見下すようなことを言ってくるように聞こえるが悪気はない。実際に貴族と平民の生活はかなり違うし、平均的に見れば平民よりも貴族連中のほうが努力している」
努力をしていると言われて男は嬉しそうな表情になり、女は少しだけ顔を赤くしてそっぽむく。
どうやら恥ずかしいようだ。
「………たまにクズな貴族もいるが分母としてみれば少ない。むしろ目立つだけで問題のない貴族のほうが多い」
ケンキの言葉にそんなものなのかと首を傾げるクラスメイト。
そして二人は嫌なことを思い出したのか顔をしかめる。
「思い出させないでよ。一つだけ言っておきたいんだけど、アレが根絶したのも貴方がやったからでしょ」
「いい気味だとは思いましたが、やりすぎて敵意を買わないで下さいよ」
「……知るか。それよりも自己紹介をしろ」
二人の言葉にケンキは面倒くさそうに顔を逸らす。
そんなことより自己紹介をいい加減にしてほしいとすら言う。
「そういえばそうだったわね。私の名前はシール・ディフェン。これからよろしくお願いします」
「私の名前はレド・アルド。よろしくお願いします」
二人の自己紹介にユーガは女のほうがケンキに敵意を持っていた理由を察した。
自己紹介にされた家名は王族の守護を担っている有名な貴族だ。
同年代の少年に負けていることが悔しいのだろう。
それにしては男のほうは尊敬をしているようだが。
「…………誰?」
そしてサリナが教室へと戻ってくる。
隣には女子が数人いてフォローされて戻ってきたようだった。
「あなたこそ。って目が赤いけど、どうしたの!?」
シールは目が赤くなっているサリナを心配して声をかける。
「ごめんなさい。心配してくれるのは有難いけど言いたくないです」
「そう……。こちらこそ、ごめん。聞いたりして」
見知らぬはずの誰かを直ぐに心配して声をかけるあたり良い人のようだと周りから評価される。
ケンキに敵意をぶつけてしまうのは、どうしようのないものかもしれない。
「さて!HRを始めるから席につきなさい!二人も空いている席に座って!」
そして授業は始まる。
「………なぁ」
「………うん」
「………ケンキってあんなに姿勢がよかったっけか?」
言葉の通り、ケンキは普段とは全く違い姿勢よく授業を受けている。
立つときや歩く姿、座る姿勢すらも所作の良さが漂ってきていた。
「………ギリっ」
「………まぁ、普段はだらけてやっていなかっただけで、その気になれば問題は無かったでしょうしね」
ケンキの所作を監視、矯正にきた二人も驚いていた。
王族と一緒にいるから、その気になれば所作も綺麗だと想像していたが文句を言えないぐらいだとは想像していなかったのだ。
普段、どれだけだらけていたのか、よくわかってしまう。
「お前、普段から何でそれをやらないんだ……」
思わず呆れてしまう。
普段から所作を良くしていたら監視、矯正に来なかったのではと思ってしまう。
「………面倒くさい」
そんな理由かとユーガだけでなく周りで聞いていた者たちも呆れてしまう。
そんな面倒くさがりが、どこまで所作をよくできるのか気になってしまう。
賭けにしようかと考えている者も出るくらいだった。
「これ、私たちがケンキの監視に来た意味がある?」
「私たちから見ても問題なく行動していますからね。なんで監視、矯正を頼まれたのかわかりませんね」
シールとレドの言葉にケンキの行動に問題が無いことが分かる。
「あれじゃないか?ケンキは今まで、あそこまで所作が良い行動はしていなかったからな。普段からするように監視とか……」
「有り得そうね」
昼休み。
ユーガたちはシールとレドと一緒に昼食を食べている。
当然、パーティメンバーと一緒だしケンキも一緒に食べている。
「ケンキは一学年でパーティを組んでいないよね?もしかして二人と組むの?」
「「は?」」
「………普通に嫌」
「え……」
「は?」
サリナの質問に最初は転入してきた二人はケンキがソロでいることに疑問の声を上げる。
事前に学園のことを調べてきたから、ソロでいることがおかしいと理解してしまう。
この学園の生徒はほぼ100%でパーティを組んでいるからケンキが異端だとわかってしまっていた。
そしてケンキの二人とパーティを組むという言葉に嫌そうな顔と発言でレドはショックを受け、シールは怒りをあらわにする。
「貴方、私たちと組むのは姿勢とか監視されるのが面倒くさいからよね……」
「………それが?……迷宮に挑む時ぐらいは好きにさせろ」
否定しないケンキにやはりかとシールはため息を吐く。
とはいえ流石にシールも迷宮に挑む時ぐらいは、文句を言う気にもならない。
だからとは言わんばかりに普段は粗を探して文句を言うつもりだが。
「………本当に忌々しい」
ケンキの所作は普段から王族たちと一緒にいても文句を言われないぐらいに心掛けている二人から見ても見事なものだ。
どこで覚えたのか本当に謎だ。
「………俺はシーラやラーンに巻き込まれて礼儀作法を覚えこまされた。だから、それなり以上には出来る。お前らは俺が手を抜かないように見張っていればよい。礼儀正しく所作が綺麗な状態が俺にとっての通常となるまでは」
ケンキの言葉にやはり、それが目的かとシールはため息を吐いてしまう。
予想はしていたが、実際に言われると自分よりもケンキのほうが大事だと言われているようで悔しく思ってしまう。
いつも一緒にいるレドにはそんな雰囲気が無く、悔しくないのかといつも思ってしまう。
「ところで今日の放課後は暇ですか?」
「………面倒くさい」
「要件を聞けよ」
「………どうせ鍛えてろとかだろ。俺は他人を鍛える前に、まずは自分を鍛えたい」
「よくわかりましたね。ですが、そこをお願いできませんか?」
レドはケンキに対して座りながらだが頭を下げる。
シールも一緒になって頭を下げた。
「私も鍛えてよ。私も近い将来はシーラ様やラーン様を近くで守らなきゃいけないのよ。このままじゃ役にも立たないわ」
「………守る立場の者が守られるべきものより弱いものな。今まで何をしてきたんだ」
ケンキから見ればレドもシールもシーラやラーンよりも弱い。
さらに言えばこの学園でも上級生相手には負けるだろうと考えている。
本当に守る立場の者なのかと疑っている。
「私が弱いことは私自身が知っているわよ!だから頼んでいるんじゃない!」
ケンキの言葉にシールは怒りのままに立ち上がりケンキにつかみかかる。
ケンキはつかまれながらも力の感触に本気でつかんでいるのかと内心で首を傾げる。
女性だとしても、あまりにも非力に感じていた。
怒っているよう見えるが本気でつかんでいるのか疑問だ。
「………本気で強くなりたいの?」
「当「こんなにも俺をつかんでいる腕は非力なのに?」……なっ!」
ケンキの言葉にシールは顔を真っ赤にする。
これでも鍛えてきたのに貧弱扱いされて悔しくてたまらないのだ。
「………もう少し力を付けたら?弱すぎて話にならない」
ケンキの言葉に更に力を込めるが、ケンキはシールの手に自分の手を乗せて赤ん坊にするように手を開かせる。
本気で握っていたのに簡単に手を開かされたシールは屈辱に震える。
「……ほら弱い」
ケンキの行動にレドやユーガ達だけでなく周りから見ていた者たちもドン引きする。
少なくともケンキはドラゴン相手に単体で戦える化け物だ。
それに比べれば誰だって非力になる。
「………ケンキ。流石にお前と力比べをするとなると誰だって非力になると思うんだが?」
「………そうか?」
「そうだよ」
ケンキの考えをユーガは否定する。
ケンキの考え方だと自分自身も非力ということになって、男としてそれは避けたいという気持ちがあった。
「………まぁ、どうでも良いが俺はお前らを鍛える気はない。どうしても強くなりたかったら親や教師にでも鍛えてもらえ」
ケンキからすれば、どうして敵意を持っている相手に鍛えてもらおうとするのか、どうして鍛えてもらえると思ったのか謎でしょうがなかった。
「………ユーガ達はレドは別に時間が余ったら鍛えても良い。だけどお前は別だ」
ケンキの言葉に思わずシールも含めて納得してしまう。
たしかに敵意を持っている相手に教えるのは嫌だ。
しかも相手は敵意を持っていることを隠していない。
自分の寝首を欠くかもしれない相手を鍛えるのは余程の気まぐれでもない限り有り得ない。
「………シール。少しは敵意を失くしたらどうです?そもそも同じ国にいる仲間なんですよ?」
「……わかっているわよ」
それでも敵意を失くすことができないシールにレドはため息を吐く。
ケンキにも原因があるとはいえシールの敵意にサリナ達も納得できない。
フラれてはしまったが、それでも大事な幼馴染には違いないからサリナは質問する。
「なんで、そんなにケンキ君に敵意を持っているんですか?」
同年代の相手が自分より強いからといって、ここまでの敵意を持つのは異常だ。
「それは嫉妬ですよ。私たちより先にケンキ君は王族の方と出会い仲良くなっていましたからね。しかも信頼は私たちよりもされています。そのせいで自分達のいるべき立場を奪われたと思っているんですよ」
そんな理由でケンキに敵意を抱いていたのかと冷たい目で見てしまう。
あまりにも下らなくて、あの王族の護衛を務めてきている貴族だという尊敬が薄くなる。
悔しいなら努力をすれば良いのに敵意を抱いていることに呆れてしまう。
「………何で、貴方は平然と笑っていられるのよ。どれだけ努力をしても縮まるどころか広がって。たまには訓練のし過ぎだと怒られて止められてしまう。これじゃあ何時まで経ってもケンキに勝てないじゃない!!」
「ケンキに勝つのではなく味方でいることに幸運と思うべきでしょう?私たちはあくまで王族を護るためにいる。それがどんな形であれ王族を護れるなら、それで良いと思うべきです」
二人の言い合いにユーガ達やサリナも参加ができない。
どちらも王族を守護する一族としての誇りを言い合っている。
「…………王族より弱い護衛」
「ぐっ……!」
「うぅ」
そんな中ケンキの言葉に二人ともに傷つく。
事実だからこそ傷ついた。
そして、そのために強くなりたいと言っても断られる。
「………本当に面倒くさい」
ケンキは今日からの行動についてため息を吐いていた。
なぜなら、これから基本的に毎日王城へと行かなくてはならない。
場合によっては寝泊まりする必要もあるし、この学園で学ぶこととは別のことも学ばなければいけなくなった。
幸いにも既に王城側から説明されていて申請無しでも寮以外で寝泊まれるようになった。
下手したら毎日、王城で寝泊まりする可能性があるからしょうがないのかもしれない。
「ケンキ?」
「………俺は今日から学園の寮に泊まることは少なくなるから。基本的には王城で過ごしている」
「え?」
ケンキの言葉にどういうことかと視線を向けてしまう。
「………婚約したから色々と覚えなきゃいけないことがある」
面倒そうな顔に勉強なのだろうなとユーガ達も察する。
どんな勉強をするのかは知らないが学生にとって一番の大敵は学業だ。
ケンキが思わず面倒そうな顔になることといったら、すぐにそれだと察せれてしまった。
自分達も勉強は面倒だと思っているから理解してしまう。
「………そうなんだ。ねぇ、いつなら寮に泊まれるか分かるの?」
「……さぁ。その日ごとに違うだろうし決まってない」
「決まったら教えて」
「………なんで?」
「いいから」
サリナの寮にいる日は教えてとの言葉に話が聞こえてきたクラスメイト達は冷や汗を流した。
この少女はフラれたのに全く諦めていないと。
そうでなければ暇な日なんて聞くはずもない。
「………わかった」
ケンキはサリナの頼みにまぁ、良いかと頷く。
サリナが自分を諦めていないことに気付いてもいない。
もし気づいていたとしても、また断れば良いと考えているのかもしれない。
「………えぇ」
当然、シールもサリナが誰が好きなのか理解する。
女の勘で泣いていたのは失恋したからだと察していたが相手がケンキだとは思っていなかった。
そして諦めていないことにパワフルだと思ってしまう。
「………これが平民の恋愛!………いや、貴族も変わらないか?」
レドは平民の恋愛観に恐れをなして一瞬で貴族も変わらなかったと思い出す。
好きな相手を手に入れるために色々としているのは、よく聞く話だ。
中には犯罪そのものもあり、それで捕まる相手もいるから完全に笑いごとだけでは済ませれないが。
「…………そろそろ休みも終わるし机を元の位置に戻す」
「え。あぁ、そうだな。話はまた後でしよう」
ケンキの突然の言葉に時間を確認すると確かに昼休みがもう少しで終わりそうになっていた。
他にも周りを見るとどこかに行っていたクラスメイト達も戻ってきている。
急いで自分達の席を元通りに戻す。
「…………放課後も勉強か」
ケンキは今から王城に戻った後のことを考えて一人憂鬱だった。




